第30話 魔王、帰還する
「お、お前は!!」
「あ! み、見たことある! あの肖像画の男!!」
アロハシャツにくたびれたジーンズ。
頭には黒くて丸い二枚の板がついたカチューシャ。
頬にはパステルカラーのタトゥシール。
右手には細長い揚げ菓子を持ち、左手には土産物でパンパンの、有名キャラクターをあしらった手提げ袋をぶら下げている。
まるで、夢の国から今しがた出て来ましたと言わんがばかりの、何とも珍妙な出で立ちをした男が、突然、魔王とロインの前に現れた。
「よう、ひさしぶり。元気してた?」
「……なんで」
晶は全身の力が抜けたように、ふらりと体が揺れて、そのまま落馬してしまった。
「ちょ、ちょっと、どうしたのよアキラ! しっかりして!」
ただならぬ魔王の様子に、ロインが駆け寄った。
「……あれえ? 俺ってお邪魔だった?」
この男こそ、東京で晶を異世界に送り飛ばした張本人、
真の魔王・ビルカである。
「いや~、城行ったらみんないねーから探しちったよ~」
呑気に揚げ菓子をもしゃもしゃと食っている。
血相を変えたモギナスが慌てて近寄り、ビルカに何かを耳打ちした。
「はは~……。こりゃまた。俺マジでおジャマだったぽいじゃんよ」
「アキラ様、しっかり。大丈夫ですから。ちゃんと立って。ほら」
呆然とする晶を抱き上げ、二三発ほど彼の頬を叩いた。
「あ、ああ……モギナス。俺……」
「タイミングが悪うございましたが、大丈夫です。今はとにかく城に戻りましょう」
「……あの、あなたは誰?」
ロインがこわごわと、晶の姿を借りたビルカに尋ねた。
「俺は――」
ビルカが返事をしようとしたその時、晶が前に出て彼を制した。
彼女を失うかもしれない。その恐怖が、彼を奮い立たせた。
「ロイン! こいつの正体が知りたければ、俺と城に来い!」
「は、はい!」
ロインは、晶の胸に飛び込んだ。
☆ ☆ ☆
「でね、こちらが本物の魔王様で、俺が向こうの世界で――」
「ああ~~、あっちとかこっちとか、ちっともわかんなあああいい!!」
晶とロイン、モギナス、そして真の魔王・ビルカは王城に戻り、お茶の間で一部始終を説明して――かれこれ十回目である。
ただでさえ形而上的な話題に弱いロインにとって、SFのような設定をいくら語って聞かせても、脳の上をダダ滑り、耳の右から左へと流れていくだけで、分からないことがなおさら分からなくなっただけだった。
「仕方ない。図で説明するか」
言葉での説明では埒があかないので、晶は落書き用の紙と鉛筆を用意し、すらすらと略式図を描き始めた。
「いいか? これがこの世界、そして、こっちが俺が元いた世界な」
「ふむふむ……」
「そして、この男、真の魔王が俺のいた世界に遊びにやってきて、俺を殺して体を奪い取ったんだ」
「う、うん……? 殺した?」
「そんで俺は、お前のいるこっちの世界に飛ばされて、魔王の体に放り込まれたってわけ」
「……えっと、魂的に、でいいのかな」
「そうそう、おおむね合ってる。装備品はそのまま持ってきたがな」
「……ここまでは何とかわかった」
「よし。で、俺は、こいつが放り出した魔王業とこの国を押しつけられたってわけ」
「……魔王、じゃないんだ」
「いえ、アキラ様は魔王様でございますよ。ちゃんとそちらの魔王様より委任状を頂いておりますから」
モギナスは懐から、以前晶がビルカから渡された書き付けを取り出して、皆の前に広げて見せた。
そこには、「余の正当なる後継者としてアキラを送る。モギナスよ、アキラを余の息子として仕えよ」と、サインと血判つきで印されていたのだ。
「息子って……。俺も初耳だよ」
「じゃあ、アキラは、遊ぶために選んだ、ただの身代わりじゃあなかったの?」
「いや、遊びたいから後継者を探したんだよ、お嬢ちゃん」
「やっぱ遊びたいからかよ!! ていうか息子ってなんだよ」
「それな。正確には……ひ孫くらい?」
「……え。まさか、俺に魔族の血が入ってんのか?」
「そうだ。前に向こうへ遊びに行ったときに作った子供の子孫、それがお前だ」
「聞いてねーよ!」
「そっか……。アキラは魔族の血が入ってたんだ……。そっか~♥」
「なにホッとしてんの、ロインちゃん」
「いえ、なんでも」
「でさ。うちのしきたりみたいなもんで、魔王やめたければ後継者を作らなきゃなんねえんだわ。でも俺、こっちで子供作ってなかったんだよね」
「ビルカ様は女遊びはされても、子は残されませんでしたからねえ」
「わざとだよ。寝首でも掻かれたら困るだろ」
「なんつー理由だよ」
「お前のいた世界、地球に行ったときは油断してた。出来ちまったと聞いたときはしくじったと思ったが、幸い自力で次元の壁を越えられることもなかろう、そう思って堕胎させなかったのさ」
「なにそれ」
「それで……俺のご先祖はどうなったんだ?」
「さあな。可愛がってはいたが、やたら束縛する女でな。記憶を改竄して別の男をあてがっておいた。財産も十分与えておいたから、苦労することもなかっただろうよ」
「サイテー」
「なんてこった」
「陛下にしては、なんて人道的な配慮をされたんでしょ」
「だろ?」
「でも、俺があんたの子孫なら、別に体を入れ替える必要なんてあったのか?」
「バカ言うな。純血でもないお前が、いきなり魔王なんてやっていけるわけねーだろ。だから、面倒だがいっぺん殺してお前と体を入れ替えたんだよ」
「なるほど……」
「後でこの体修復すんの大変だったぞ」
「ビルカ様、せめて私にだけでも教えて下さっていれば……」
「だーってお前、絶対に反対すんじゃん」
「しますとも!」
「だろ。だから黙って行ったんだよ」
「まったく……」
「じゃあ、俺、ここでずっと魔王やってていいのか? ひいじいさんよ」
「じゃねえと、俺が困る」
「で。モギナスよ」
「なんでございましょ、アキラ様」
「お前さ、こいつがいつ帰ってくるか分からない、何十年先か、何百年先か、とか言ってたよな。ものの数週間で戻って来やがったんだけど」
「あはは……。鉄砲玉のような方ですので、いつお戻りになるかなんて予測出来るわけありませんよ」
「おま、そんなこと言ってたのか」
「ビルカぁ、また向こう行っちゃうの? ルパナも連れてってよ~」
「おーよしよし。悪いが、まだお前を連れていくわけにゃいかないんだよ」
「なんで~。私ビルカと一緒にいたい~」
「……生活費がないんだわ」
「「「生活費?」」」
ビルカは、頭にずっと付けていた、黒い丸が二つくっついたカチューシャを外すと、深いため息をついた。
「なんでさ~、今のあっちの世界って、なんでもかんでも金かかんだよ~~~、すぐ金なくなるじゃんかよ~~~~~~~~~~~~」
「金を取りに戻っていらしたのですか……アタタ」
モギナスが頭を抱えた。
「…………夢の国で散財しといて何だそれ。アホか」
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