八章 魔王と女騎士さんの間の次元の壁

第28話 魔王、幸せすぎてこわい

「えへへ……」


 謁見後、ロインのパパ上をお茶の間に招いた魔王。

 絶賛、鼻の下伸ばし中である。


「しゃんとしなさいよ、アキラ」

「してるよぉ」


 はーっ。とロインのため息が漏れる。


「そんなんで結婚式とか、あたし絶対ヤだから。ちゃんとしてよー」

「だってぇ……ふひひ」


「愛か? 愛なのか?」

「吐き気がするほど甘い愛だな」

 なんだかんだいって、未だ地下室に戻らない兎耳の薬師と古竜。

 お茶の間にいれば三食おやつ付きなので、出て行く気配がない。

 古竜など、杖の中から頭だけを出して、お茶をピチャピチャ舐めている。


「あのお……この方々は……」

 魔族のお茶会に始めて呼ばれたテンダー卿は、ビビっていた。


「怖がることはない。城の薬師と、守り神の古竜神だ」

 晶がフォローを入れた。

「こないだビビりまくってたくせに」

「ロインちゃんは、マジ余計なこと言うのやめなさいよ。声出ない魔法かけるよ」

「そんなのあるの? モギナス」

「ございますよ」


「でも……ロインちゃんが幸せそうで、パパ安心したよ」

「そう?」

「さっき見せてもらったお前の部屋もうちの100倍は立派だし、魔王様だって……その……」

「鼻の下伸ばして」

「パパもこんなに嬉しそうな婿殿初めて見るよ」


 晶が急にしんみりとした様子で話し始めた。


「俺……もう結婚とか出来ないかと思ってたから……グスン」

「どうしたの? アキラ」

「俺……すごい、幸せで……ううう(泣)」

「やだちょっと、泣かないでよ。まだ式も挙げてないのにー」


「うわああああああ」

 ロインに抱きつき号泣する魔王。


「ちょっとやだも~~」

「俺、あまり親の愛情とか知らないし、家臣はいても家族いなかったし……(泣)」

「はいはい、よしよし」


 テンダー卿がモギナスに尋ねた。

「そういえば、陛下のご家族はどちらに?」

「こちらの世界の概念で申し上げますれば、魔界、ということになります」

「ああ……そうですか。婚礼の際には……」

「んー……、ご参列頂くのは、少々難しいかもしれませんねえ。人間と同じく、魔族の中にも家族の情がとても薄い方もおられます故……」

「魔王様はその点、とても情の深いお方とお見受け致しますな」

「いつもお嬢様に言われてますよ。『魔王らしくない』と」

「てへへ……」


 それに引き替え、真の魔王・ビルカの、なんと薄情なことか。

 魔族にしては情の厚いモギナスは、淋しさを噛み殺した。



 ☆ ☆ ☆



 父を見送った後、ロインは片付けきれていないクローゼットの整理をしていた。


「……あれ?」


 晶の衣類の下に落ちていた、薄手のタバコ入れのようなものを拾い上げた。


「なんだろう……」


 二つ折りのそれを開いてみると、小さな肖像画と、見たこともない文字がたくさん書かれたものが入っていた。

 その肖像画は若い男性で、2~3センチ程度の大きさなのに、生き写しのように精巧に描かれていた。


「……ちょっとまって……」


 ロインはあることに気付いた。

 肖像画の男性が着ている異国のコートと同じものが、いま目の前にぶら下がっていることに。


「どういうことなの……。この男は一体誰?」


                  ☆


「ふー。さっぱりさっぱり」


 髪をバスタオルで拭きながら、晶が自室のバスルームから出て来た。

 城には大浴場があるが、部屋から遠く湯冷めしそうなので敬遠している。


「アキラ、ちょっと見てもらいたいものがあるんだけど」

「ん? なんだい」


 ロインはテーブルの上に、薄いタバコ入れのようなものと、異国のコートを置いた。

「これってなに? 肖像画の人ってだれ?」


 ――どうしよう。隠すの忘れてた……。


「それは……。かつて異国にいた頃に身に付けていたものだ。その肖像画の人物は、俺の異国での仮の姿だ。とある人物の姿を借りていたんだ」

「異国の……」

「ああ。そのカードは、一種の身分証明書のようなもので、とりたてて特別なものではない。成人男性の多くが、そうした肖像画入りの身分証明書を持ち歩いている」

「ふうん……」

「な、なんだよ」

「……なんか様子がヘン」

「別に」

「私に言いたくないこととか?」

「なんだよ急に」


「この城に来てまだ間もない頃。貴方が部屋に引きこもる直前かな。

 アキラが何かに「巻き込まれてる」って言ったとき、何に巻き込まれてるのか気になって、モギナスに尋ねたのね。でも、モギナスは教えてくれなかった。

 そして、『貴女がお后にでもなれば、お話しする機会もありましょう』ってだけ言ったの。……まだ、私にはそれを聞く資格はないの?」


 晶はしばしの沈黙の後、ためらいがちに口を開いた。


「ごめん。これは俺だけの判断で語っていい話でもないんだ。

 モギナスと相談しないといけないから、少し時間をくれないか……」


「愛してる?」


「……え?」


「だから、愛してる?」


「ああ。この世界で、一番お前を愛してるよ、ロイン」


「だったら、どうして、そんな悲しい顔をするの?」


 晶は思わず、己の顔を両手で触った。


「……お前が好きだから。失いたくないから」


「どうして失うかもしれないの?」


「……」


「どうして?」


「…………お前が、この世界の、人間だからだよ」


「魔族とか気にしてないから! わかるでしょ? わたし、大丈夫だから……。だから……」


 ロインは晶にすがりつき、大粒の涙をぽろぽろと流した。


「知ってるよ。うん、知ってる。でも、それだけじゃあ、ないんだ……」


「だからなんなの? 異国のことが関係あるの? ねえ、教えてよ! 絶対逃げたり嫌ったりしない! ねえ!」


 ロインは、晶の胸を何度も叩いた。


「……時間をくれ。今はそれしか言えない。だけど、俺は、お前と離れたくない。俺にとって、たった一人の家族になる人だから」


 晶はロインを抱き締めた。



 ――彼女こそ、この異世界にたった一人の自分が、唯一見つけた家族だから。

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