第23話 魔王、告る

「ロインを悪く言わないでください、魔王様……」


 ルーテが小声で言った。

 まだ魔王に慣れていない様子だ。


「この子がこんな性格なのには訳があって……。ご両親とか、兄弟とかとあまりうまくいってなかったし……」

「いいよ言わなくて」

「でも……」

「あれだろ? 跡継ぎがいなくて、家の中がギスギスしてたとか、そういうやつ」

「はい、魔王様。そういうやつ、です」


 ううう、とうなるロイン。


「まあ察しはついてるけどね。大丈夫だよ。俺、一応これでも魔王だし。こないだ親御さんとも挨拶したし。だから、安心してキミの友達を預けてよ。な?」


「はい。よろしくお願い致します」


 ロインは居心地悪そうに、苦笑していた。



☆ ☆ ☆



「なんだかんだ、二人でたくましく生きてたみたいだね」

「私もビックリでございますよ、陛下」


 お茶の間の窓から、城を去って行く黒騎士とルーテを見送る、晶とモギナス、そしてロイン。


「……うん。駆け落ちも悪くない……かもしんない」

「おま、あんだけノープランはイヤだーとか言ってたくせに」

「……」


 普段なら、ここで憎まれ口を叩いているロインだが、どうも様子がいつもと違う。


「なあ、ちょっと俺の部屋来ないか」

「……うん」


 気になった晶はロインを試してみた。


 やっぱりおかしい。

 普段なら警戒して罵詈雑言が飛んでくるはずなのに……。


 晶の脳裏にある仮説が過ぎり、鼓動が高鳴ってきた。


(ええい、ままよ)


                  ☆


 晶は、ロインを部屋に招き入れると、若干装飾過多で大ぶりなソファに座らせ、自らも隣に腰掛けた。

 ロインが妙に縮こまっているので顔を覗き込むと、ぷいと横を向かれてしまった。

 

「どーしたんだよ。お友達が来てから、なんかへんだぞ~お前」

「べつに……」


 はー……。晶のため息ひとつ。

 少々煽ってみる。


「城下から出られないっつったって、端から端まで10kmぐらいあんだし、好きなとこに住めよ。使用人つきの家ぐらいやるから」


「誰がここ出るって言ったのよ。バカじゃないの」


 やっと憎まれ口が出た。

 しかし、普段の勢いは微塵もない。


「な~~、どうしちゃったんだよロインちゃん。ぜんぜん元気ないから魔王しんぱいしちゃうんだけど~……みたいな」


「……くせに」

「ん? 声小さくてきこえない」

「わかってるくせに」


 ロインは膝の上で両のこぶしをぎゅっと握った。

 晶は確信した。


(ああ、わかってるさ。

 お前が《しおらしい》原因は――)


「きゃッ……」


 晶がロインの肩に手をかけ、ぐっと抱き寄せると、彼女は小さく鳴いた。

 胸が小刻みに上下し、唇が震えている。


(もう理性……つらいわ)


 ぴと。

 彼女の頬に自分の頬を寄せてみる。

 息が、荒い。

 ロインも。自分も。


「俺に惚れ薬、使ってみない?」

「えっ……」

「作ってもらうつもりだったんだろ、兎に」


 彼女の体が硬直する。

 頬が紅潮するが、晶からは見えない。


「必要……あんの?」


 ごもっともである。

 魔法をかけてくれ、と頼むやつには、最初から不要だ。


「実は、俺も作ってもらおうと思ってた」

「えっ?」


「でも……。竜神に、その気持ちは、気のせいじゃないのかって言われてさ」

「……」

「だから、一度は思いとどまったし、そもそも最初から宝具もあるわけで、お前を思い通りにする手段は他にもあったんだよね」

「なにそれ……」


「でも」

「でも?」


「やっぱダメみたいだ」

「ダメって……」

「気のせいなんかに出来ない」

「……」

「いっぺん火が点いちまったもの、元に戻すなんて出来ないよ」


 晶はロインの手を握った。

 自分の手が汗ばんでいることなんて、気にする余裕もなかった。


 二次元の嫁に愛を囁いていた頃の自分には、想像も出来ないことを、

 いま、

 している。


 日本風に言えば、

 二次嫁のコスプレをした、クリソツな白人娘、

 しかも自分に惚れてる娘を、

 イケメンセレブおっさんに転生して、口説いている状況である。


 柄にもなく、激しくときめいている。

 いや、そんなかわいい表現は似合わない。

 リアル二次嫁を前に、激しく欲情している、というのが正しい。



 なんて贅沢な!!!!!


 魔王やってよかった!!!!!


 ありがとう、本物の魔王!!!!!


 もー帰ってこなくていいから!!!!!



「い……いつ、から? 最初、私のこと嫌ってたでしょ」


「晩餐会の夜、お前とパパさんの会話を盗み聞きしてた時だ。

 お前を拉致した理由が、本当に一目惚れで、

 お前はみささの代りなどではなかったとしたら――」


「あ……」


「そんなifを聞かされて、ガマン出来るかよ。

 惚れるに決まってんだろ……」


「……アキラ。私はただ……」

「うん」


「私はただ、こんな自分でも……誰かに望まれるなら……考えなくもないかな……って……。

 ルーテたちのこと見てて、うらやましかった。

 家ぶっ壊してでも奪ってくれる人がいる。

 自分だけのナイト様がいるんだよ。……魔族だったけど。

 そんなの、うらやましくないわけないじゃん!

 ……でも、そんなの自分には絶対ないと思ってた」


「でも、起きた。……と思ったら手違いでした。

 じゃあ、たしかに腹は立つわな。

 ……済まなかった」


 ロインは小さく頭を振った。


「だけど、アキラから女神の話を聞いて、あれは過去の事だから、もしかしたら手違いじゃなく出来そうかな。自分にもチャンスあるのかな。

 そんな気がして……。だから、薬作ってもらおうかと……」


「女の子だなあ」

「他の何に見えんのよ?」


「……俺の女神」


「バカ」


 いやいやいやいや、なまじウソでもないんですけども……。


 晶は、すっと席を立つとロインの前にかしずき、彼女の手を取った。


「ロインさん、俺と、結婚前提に付き合ってください」


 ロインは一瞬、ひどく驚いた表情をしたが。

「く、くっく、ふふふ、ふははははは」

 腹を抱えて笑い出した。


「な、何がおかしいんだよ。俺、本気だよ?」

「ははは、だってえ」


 ロインは涙目で続けた。


「ソレ、魔王の言う台詞じゃないよ~~、ふふふ」

「ふう……、じゃ仕切り直すわ」


 晶はふむ、と納得して立ち上がると、

 バンッ、とロインの肩のあたりの壁に、両手を突いた。 


「ロイン。俺のものになれ」


「……も、もうちょっと待って。心の準備が……」


「此の期に及んでそれかよ?

 待ってるうちにお前の寿命が尽きたらどうすんだよ。

 俺は、欲しい女を手に入れる前に失うのは、もうイヤなんだ」


「……わかった。晶のものに……なる」

「ありがと、ロイン」


 晶はロインをぎゅっと抱き締めた。


「……やっぱ、魔王らしくない」

「まず、この口を治さないとだな……」


 晶はロインの唇を奪った。

 なんて甘露な味だろう、一生忘れない。

 彼は、そう思った。



 ☆ ☆ ☆



 魔王の私室前の廊下に、薬師の姿が。


「……面倒だから、両方に惚れ薬を盛った。……いいよね」

「盛ったら観察にならんではないか?」

「イライラしてきたから」


 竜神は大きなため息をついた。


「……そういえば、お前は気が短い方だったかの」

「分からないことをそのままにするの、やっぱムリ」

「そうやって実験を反故にしてしまったこと、何度あった?」

「……忘れた」

「やれやれ……。儂より若い者が情けない……」


 兎耳の薬師は、むっとしながらその場を立ち去った。

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