七章 女騎士さん、魔王の婚約者になる

第24話 魔王と女騎士さんの、事後

「ん……。ふわぁ……」


 翌朝、晶は己の寝床で目を覚ました。


「ああ……。なんか、もう思い残すことねえぐらい、いい夢見たなあ……ん?」


「んんん~……ムニャムニャ……。アキラ、お前を殺す……」


「ったく、なに物騒な寝言を…………ををッ!? な、なんで……」


 だだっ広いベッドの中、己のすぐ隣に、――奴はいた。

 晶の全身から血の気が音を立てて引いていく。


「いやいやいや……マテマテマテ……。まだ、何かあったとは限らない。

 勝手にこいつが侵入してきただけかも……」


 念のための確認とばかりに、侵入者を起こさないよう、

 そっと掛け布団をめくってみた。


「うそ………………、でしょ?」


 そこには、一糸まとわぬ姿で気持ち良さそうに眠っているロインと、

 契りの証たる赤いシミが、くっきりと残っていた。


「夢じゃなかったんだ……。

 俺、こいつと……

 こいつの、こいつの初めてを俺が……がががが……」


 パニック寸前の頭とは裏腹に、怒気を増していくマイ・サン。


「どどどど、どう……しよう……何で俺……」


 ――とにかくここは、土下座でもなんでもして謝るしかない。


 一度謝ると決めると、晶は急に冷静さを取り戻すことが出来た。

 そっと掛け布団を戻すと、彼はベッドから降りて部屋の様子を確認した。

 何がどうしてこうなったのか、その原因に至る物証が残っているかもしれない、

 そう思ったからだった。


「んー……。服は……と、あら。

 なんだ、雑に畳んであるじゃないか。ということは……合意?

 無理やり破ったりした形跡はなさそうだぞ」


 バスルームへのドアが開いていた。

 中を覗いてみると、バスタオルが二枚、使用済みになっている。


「なんだよ……。もしかして仲良く風呂入ったってか?

 くっそー……記憶が曖昧だぜぇぇ、ファッキン!」


 部屋に戻り時計を見ると、朝食までまだまだ時間がある。

 それまでに事態を収拾せねば……。


 ソファに腰掛け、昨日の記憶を呼び覚ます。

 しかし、夢の中のような、酔った時のような、

 混濁したままの記憶が、頭から吐き出されるだけだった。


 ……おかしい。酒など飲んだ覚えもないし……。


「たしか……。ロインの様子がおかしくなって、俺の部屋に呼んで……。

 それから先はよくわからねえなあ。

 なんか無性にこいつが欲しくなって、口説いて、そんで…………

 ロインも激しく俺のこと…………」


 記憶をたぐればたぐるほど、昨夜のあれこれが明瞭になっていく。


 ごくり。


 晶の体が熱くなってきた。


「ごめん……、あとでまとめて謝るから……」


 上半身は下半身には逆らえない。

 世界を越境しても、変わらぬ真理であった。


 音を立てずにベッドに戻り、静かに掛け布団をめくっていく。


 ――うわあ……。


 魔王の名を免罪符に、欲望の限りを尽くしてしまいたくなる。

 確かに奴は、真の魔王は、自分に楽しめと言った。

 だけど。

 素面のいま、そんなマネが出来るほどの度胸はない。


「ああ……。ロイン……」


 名を呼びながら、髪を撫で付ける。


「ごめん……」


 晶が、彼女のふくよかな胸に触れたその時――


「バカアキラ!

 いつまで待たせんのかと思ったら、いきなり触るとかなによ!」


 ガバっと起き上がったロインが晶の手をピシャリと叩いた。


「……え。………………あ」


 晶はベッドの上に正座をし、手をついて深々と頭を下げた。


「も、申し訳、ございませんでしたッ!」


「バカーッ! ちがーうッ!」

 枕がブッ飛んで来た。

「朝っつったら、お目覚めのキスでしょおおおお!!!!」


「あ、……ああ。お、お目覚めの、キス、でございますか、お嬢様」


「もーやだサイテー。初夜の翌朝がコレとか、もーやだああ~」

「……初夜って。まだ結婚してないじゃん、俺ら」

「え。そうだっけ……」


 うんうん、とうなづく晶。


「なんか、記憶違いしてない?

 そういう夢でも見たのか?

 たしかに……、初めてだったのは間違いないんだけどさ……」


 晶はシーツの物証を指さした。


「……いたかったんだぞ……」

「知ってる。ごめん。

 だから和姦でも痛いって、こないだ言ったじゃん」

「いまそれ言うこと? もーサイテー」

「……ごめん。

 だけど、本当にまだ結婚してないんだよ。

 昨日何があったか、覚えてないのか?

 ルーテちゃんとハーさんがお茶飲みに来ただろ?」

「……あ」

「思い出したか?」


 ロインはこくりとうなづいた。


「式なんかやってないだろ?

 で、あの二人を見て、ロインさんがなんか盛り上がっちゃって、

 俺もつられて盛り上がっちゃって――」


「……まさか、流れで、しちゃった……だけってこと?

 は、は、初めてだったのに……うううう」


 ロインの目にぶわっと涙が湧き出した。

 晶は小さく首を振ると、彼女の頭をやさしく撫でた。


「俺らさ。盛られたんだよ、一服。

 覚えてるか? 兎がお茶出したこと」

「……思い出した。

 じゃあ……、なかったことに……するの?」


 ぽろぽろと大粒の涙がロインの頬にこぼれ始めた。


「それはイヤなんだろ?

 俺もだよ。

 それに……薬は、ただのとっかかりにしか過ぎないよ。

 きっと、二人とも、いつまでも薬を注文に来ないから、

 兎のやつが、しびれを切らしたんだろうさ」


 ロインがすがるような目で晶を見ていた。


「安心しろ。やりっぱなしになんか、しない。

 俺はお前のこと、好きなんだから」

「ホント?」


 晶はロインをぎゅっと抱き締めた。


「俺なんかで、いいのかい?

 あいつらみたく、苦労をさせるつもりはねえけどさ……」

「俺のものになれ、って言ったの、自分でしょ?

 今さらなによ」

「……ごめん。今思い出した。

 ――そっか。それを、プロポーズだと」

「勘違いした私が悪いの?」

「いいや。でも式はまだでしょって。

 嬉しかったんだな。そんな夢見ちゃったなんて……」

「……うん」

「よしよし、魔王がわるかったわるかった。あとで婚約発表しようぜ」

「うん」

「いつもこのぐらい素直だと扱いやすいんだがなあ~」


 ガブリ。

 ロインは晶の腕に噛み付いた。


「いでででででッ、なにすんだよ」


「アキラ! おはようのキスは?」

「はいはい」


 チュッ。


 晶は、濃厚ベロチューをカマしたい欲求を必死に押さえ、女子にウケそうな軽いキスをしてやった。


「はい、よくできました。じゃー朝ご飯食べにいこー」


 勢いよくベッドを降りたロイン。

 そのまま絨毯の上に倒れ込んでしまった。


「はああ~~~~っ、あ、あ、歩けないぃ……なに……い、いたい……」


「ああ……。そういうことか。

 ごめん……。マジごめん。ホントごめん」


 晶は床で転がっているロインを抱き上げ、ベッドに座らせた。


「どーゆーことよ」

「嬉しすぎて……つい」

「つい、何なのよ」

「わかれよ」

「わかんないわよ」

「なんと言ったらいいのか……困ったな」

「言いなさいよ」

「……怒らない?」

「怒んないから言いなさいって」

「……処女相手にやりすぎました。チョー久々だったんで……

 お前の体のこと考える余裕なかった……

 というか、野獣でした。ホントにごめんなさい」


 やっと理解したロインは、顔を真っ赤にした。


「そ、そそ、そんなに、私の体が、よ、よよ、良かったというのなら、

 ゆ、ゆゆゆ、許して、やらないことも、ない、です」


「ホントに?」

「うん」

「じゃあ、今からやらせてくれる?」

「アキラのバカああああっ!!!!」


 ぐしゃ。

 ロインの右ストレートが顔面にヒット。


「ふげぇ……ごべん」


「ったく。……夜まで、待ちなさいよ」


 まんざらでもないらしい。

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