第15話 魔王と女騎士、である前に

 魔王・晶は、足早に薬師の研究室から立ち去った。

 依頼を思いとどまったというよりも、恐ろしかったからだ。


 精一杯虚勢を張ったものの、恐らく気取られているだろう。

 そう思うと、少しでも遠くへと離れたかった。


「あれ……、そんな所でなにしてんだ?」


 居館(メインの居住区域)の中庭で佇む女騎士・ロインを見つけた。

 花壇の前のベンチに腰掛け、考え事でもしていたかのように見えた。


「あ、アキラ……。そっちこそ、どっか行ってたの?」

「う、うん。ちょっと散歩」


 彼の声に顔を上げたロインの表情は、どこか虚ろだった。


「座っていい? 隣」

「いいよ。っていうか、ここ自分ちでしょ。遠慮しなくていいよ」

「お、おう。そうだな……」


 ……しーん。


 ――気まずい。

 無言のまま、時間が流れる。


「「あのさ……」」

「そっちからどうぞ」

「いや、アキラから言いなよ」

「いやいや、ここはロインさんからぜひ」

「なによ、きもちわるい」

「あのなあ、何でもかんでも気持ち悪いで片付けるなよ。脳味噌かなり足りないと思われるぞ」

「うっさいな」

「その『うっさいな』もワンパターンだ。ガキじゃあるまいし」

「ガキで悪かったわね、お・じ・さ・ん」

「んだと。だいたいお前いくつなんだよ。いい年だろ」

「はあ~~???? 冗談じゃないわ! まだ18です!」

「う・そ……」


 おかしい……。

 自分のちょっと下ぐらいだと思っていたのに……。

 いや、もしかして、これは。

『ガイジンだから老けて見えてた』のでは!?

 

 晶は、ロインが老けて見える理由に数秒で思い至った。


「じゃ、じゃあ、俺は幾つに見える?」

「んー……。人間で言うと、25ぐらい?」


(うそー……。三十代半ばぐらいかと思ってたのに。やはりガイジン補正か……)


「そっか。思ったより若かったな……」

「でもホントはすごい年とってるんでしょ」

「まあ、な。で、話戻すけど、こんなところでぼーっとして、どうしたんだ?」

「いろいろ」

「いろいろって?」

「まあ……悩み、とか」

「街から出られない呪いのことか……。もう家のひとこっちにいるんだから、自宅に戻ってもいいんだぞ」

「はあ? 何度言えば分かるのよ! 家にいたくないから騎士団入ったのに、台無しにしたのあんたらでしょ?」

「すまん……。じゃ、城下で独り暮らしとか……」

「バカ。ママが侵略しに来るに決まってんでしょ。頭悪いの?」

「ったく、いちいち口の悪い女だな。ふつーに話せないのかよ、ふつーに」

「……ごめん」

「で。当方で取り得る補償について、お前様のご要望を言ってみろ」


 ロインはしばし宙に視線を泳がせると、そっぽを向いて言った。


「いまのままでいい」

「必要なものとか、なんかないのか」

「間に合ってる」

「そうか。……じゃあ、なに悩んでたんだ?」


 今度は指先をいじりながら、モジモジしている。


「ん? おじさんに言ってごらん?」

「……ある人にね、私は、ヤケになって、あることを思い込もうとしてるんじゃないか、って言われた」

「奇遇だな。俺もだ」

「そ、そうなんだ……」

「で、結局、思い直したとか、そういう話か?」


 ロインはぎょっとして、晶の顔を見た。


「な、なな、なんで分かったの!? 魔族だから心読めちゃうとか????」

「分かったっていうか、……俺もだから。ちなみに、俺は他人の心は読めない」

「……だよね。読めてたら、……いや、なんでもない」

「で、日も暮れて寒くなってきたってぇのに、一人中庭で己を見つめていたとか、そういうやつか?」


 思いっきりナナメ下に視線を落として、ロインはうなづいた。


「そか。……もしかして俺等、似たもの同士かもしれんな」

「似たもの?」


 晶はベンチの上で少し仰け反り、高い塔と壁に囲まれた、狭い星空を見上げた。


「ここでは、俺もお前も、孤独だってことだ」

「それ……どういう……」


 晶は少し悲しげな笑みを投げると、マントを外してロインに掛け、抱き上げた。


「もう、戻ろう。風邪ひくから」


 ロインは晶の胸に体を預けると、小さくうなづいた。

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