四章 魔王と女騎士さんのラブコメ

第13話 宰相と兎耳の少女と蛇

 ある日のお茶の間。


 モギナスはテーブルの端の方でせっせと書類にサインをしている。

 自分の執務室で作業をすればいいものを、珍客である晶とロインを監視していないと不安なので、紙の束を持ち込んで仕事をしている。


 まるでリビングで宿題をする小学生のようである。


 そんな宰相の苦労をガン無視し、城主たる魔王・晶と、その婚約者(と城下で認識されている)・女騎士ロインの二名は、お茶の間のテーブルを挟み、晶お手製のゲームでヒマを潰していた。



「あーッ! ズルい! 何でそこに置くの!」

「ボケっとしてるロインが悪いんだろ。守ろうと思ったら、もう4手前にはどーにか出来てたはずだぞー」


 晶は無慈悲に、ゲーム盤上のコマをパタパタとひっくり返し始めた。

 このゲームは地球でもかつて大流行したものだ。

 碁盤の目のようなマス目の上に、コインのように平たくて、表と裏が白黒に塗られたコマを置いて陣地を取り合う、あのゲームである。


「もーやだーぜんぜん勝てないー面白くなーい!」

「まあまあまあまあ……次からハンデやるから」


 これでもまだ手加減している方なのだが……。

 他に遊び相手もいないので、機嫌を損ねては元も子もない。

 魔王・晶もロインにはヌルい対応を強いられている。


「根を詰められては、疲れてしまいますよ。お茶でもいかがですか」


 厨房から出来たての焼き菓子を持ったマイセンがやってきた。


「「わーいおやつだー☆」」


「私の分はありますかな?」


 書類の山の隙間から、モギナスが顔を覗かせた。


「モギナス様にはこちらをご用意致しました」


 そう言って、マイセンが差し出したものは――。


「ええ~~、そんなご無体な……」


 毒々しい極彩色のシェークのようなものが入った大振りのグラスだった。

 赤、水色、緑、オレンジ……。

 子供向けの輸入菓子に似た、悪趣味な色合いのどろりとしたものが、はんぱに混ざり合っている。


「それ……飲み物なのか?」

「キモい」

「お前それしか言わないな。ボキャブラリー少なすぎんぞ、ロイン」

「うっさいなー」

「で、それなんなの」


「生薬のようなものでして……うえっぷ」

「さあモギナス様、ぐいっと一杯。頭が冴えてお仕事が捗ります。さあ!」

「や、やめてえ~~~~(泣)」


「「がんばれがんばれ♥」」


「お覚悟!」

「二人してひど、んがッぐぐ……」


 マイセンに顎をガッシと掴まれて、毒物にしか見えないドリンクを口の中に流し込まれるモギナス。

 哀れに思わなくもないが、エナドリだと思えば止めることもあるまい、と晶はニヤニヤしながら静観していた。


「うごごごごご……」

 全ての薬剤を流し込まれたモギナスが、床の上でひっくり返っていた。


「どうしよう……、モギナス、白目剥いてるよ……うわぁ……」

「そ、そのぐらいじゃ死んだりしないよ、たぶん」


 ぶっちゃけ魔族がどのぐらい丈夫かなんて、昨日今日こっちに来た自分には、分かるわけがない。

 ここはもう、マイセンを信用するほかはなかった。


 まもなく、モギナスの体がビクンビクンと脈打つように、小さく跳ねだした。


「……さすがにちょっと、心配になってきたぞ」

「やだ……悪霊に取り憑かれたんじゃ」

「魔族なのに? うあ……マジでヤバそう」


 晶とロインがモギナスの様子にドン引いて青くなっていると、部屋に誰かが入ってきた。


「失礼します……」


 そう言って、モギナスの上に長い杖をかざしたのは、ローブを着込んだ10才くらいの、ウサギ耳を生やした女の子だった。


「う、うごごごご……ぐげげゲロゲロゲロゲロゲロゲロ」


 モギナスは仰向けのまま体を海老反らせると、口をこれでもかと大きく開けた。

 と、同時に、口の中から極彩色のヘビのようなものが幾本も飛び出して、女の子の杖の先にはめられた宝石の中へずるずると吸い込まれていった。


「き、きゃああああああああああああああああッ」

「うわああああああああああああああああああッ」


 あまりの恐ろしい光景に、晶とロインは絶叫し、その場にへたり込んで抱き合った。


「はい、終了です。お疲れ様でした、モギナス様」


 声を掛けられたモギナスは、白目を剥いたまま床に転がっている。

 ウサギ耳の少女は、用事は済んだとばかりにくるりと向きを変えると、すたすたとお茶の間から出て行ってしまった。


「モギナス……。大丈夫なのか……」

「うわッ、なに抱きついてんのよバカ!!」


 いきなり突き飛ばされる晶。


「いてて、何すんだよったく。それより、モギナス……モギナス……マジ大丈夫なのか」


 四つん這いで、白目を向いて倒れている宰相の元に近づく晶。


「陛下、お忘れですか? 蛇を使って体内に精力を送り込む治療じゃありませんか」


 マイセンがすかさずフォローを入れた。


「え、あ、そ、そうだっけ。久々だから忘れてたわ……。それにしてもキツいな」

「まもなく目を覚まします。ご安心下さい」

「お、おう……」


 ふと横を見ると、ロインが半泣きでモギナスの顔を覗き込んでいる。

 女の子でなくても、人の口からドバドバ蛇が出てくる様なんて、ショッキング映像以外の何物でもない。……多分、この世界でも。


「う、うう……」


 むくり、とモギナスが身を起こした。


「大丈夫、か?」

「ああ、陛下。おはようございます。申し訳ございません、お見苦しい所を……」


「なんともないの?」

 ロインがこわごわと声をかけた。


「ええ、もう大丈夫です。気分スッキリ、体調も良くなりました。ただ……」

「「ただ?」」

「アレを飲み込んだ後、内臓がかき回されるように苦しくなるので、個人的にはあまり多用したくない方法なのですよ、ええ」


「そうでもしないと片付かない分量ではないですか? モギナス様」

 冷ややかなマイセンの声が、モギナスの胸にグサグサと刺さる。


「はい……そうですね。はいぃ……ごめんなさい……」


「モギナスちょっとかわいそ……」

「そだな」

「あ、さっきのウサ耳の女の子は?」

「城の薬師でございます、お嬢様」

「あれは、どう見ても薬には見えなかったんだけど……」

「一般的な薬物を扱うほか、あのような魔法生物を使った治療も行っております。……人間の国では一般的ではないのでしょうか」

「見たこと……ないです……」


 晶とロインの顔は引きつっていた。

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