第12話 魔王、ほらを吹く
「アキラ……聞いてたの……」
テラスの手すりに寄りかかっていたロインと父親は、晶の声で振り返った。
テンダー卿は、会釈をした。
「私は遠い過去、ほんのひととき、ここではない別の世界にいた――」
晶はやや低く、芝居がかった口調で語り始めた。
――みささとは、異世界に存在する女神の一柱であり、かつて自分が心酔した女性であると。
その世界で自分は、女神の傍らで、女神の似姿を数多く描き、物語を作り、人々に女神の素晴らしさを伝える伝道者であった。
しかしある時、その幸せは失われてしまう。
とある魔神のはかりごとのために、自分は元の世界に送り返されてしまった。
もう戻ることが出来ない、遠い場所にいる女神を想い、心を痛める日々が続いた。
最近になって、近隣の人間が自分たちに宣戦布告をしてきた。
女神のことで塞いでいても、家臣が心配するばかり。
それならば、と、気を紛らわせるために、人の遊びに付き合うことにした。
……それが、先の戦争である。
「私が人との遊びにも飽きて、女神のことも記憶から薄れ始めた頃、私の前にロインが現れたのだ」
「女神……、私が……」
「あまり家臣が聞いて気持ちのよい話でもない故、モギナスをはじめ誰にも語ったことがなかったのだ。
だが、それが愚かな私の過ちだった。奴が知っていれば、ロインに迷惑を掛けることもなかったのに……。
申し訳ないことをした。ロイン。そしてテンダー卿。」
「……そんな話されても、何て言えばいいか……わかんないよ、私」
「一つだけ言えるのは、女神みささはもう、遠い過去の思い出という事だ」
晶は全力で遠い目をした。
魔王による告白を、人間の親子はどのような心持ちで聞いていたのだろうか。
本物の魔王ではない自分には、伺い知ることは出来ない。
しかし、ロインたちの露程も自分を疑ってはいない目を見ると、このハッタリは成功したように思える。
この世界の魔王観がどのようなものかは知らないが、自分の知る限りのなけなしの魔王的存在を脳内からダウンロードし、死ぬ気で大芝居を打ったつもりだった。
(大丈夫……かな)
人前で芝居をするなんて、高校の文化祭以来である。
自信などなかった。
だが、魔王補正でなんとか信用してもらえたようだ。
「誰にも言ったことのない、秘密の話をしてくれてありがとう。ホントは話したくなかったんでしょ? ……ごめんね、アキラ」
「父君も不安がっておられるので、お話ししたまでのことだ。気にすることはない。それよりも、信じて頂き感謝する」
(うわあ……罪悪感パねえ……。でも半分ぐらいは本当だから)
「他の世界とか、女神とか、正直私にはよく分からないが、陛下の真摯なお気持ちは伝わりました。
私は、娘の幸せを願う、ただの一人の親に過ぎませんが、せめて娘を悲しませるようなことだけは……。どうか、どうかそれだけはお許しください」
テンダー卿は、晶の前に跪いた。
「パパ……」
「貴公の願い、聞き届けた。ご息女のことは私が責任を持ってお預かりする。
なお、このような事情ゆえ、私とご息女との婚礼について、あまり騒がぬよう、周りの方々にお取りはからい願いたい」
「承知しました、陛下」
「それから、ロイン……」
「な、なに?」
「…………………………」
「なによ」
「なんでもない」
「なにそれ」
「じゃ、じゃあこれで!」
多分きっと絶対、顔が真っ赤だ。
これ以上ここにいたらボロが出るのは時間の問題。
言うだけ言って、晶は早々に大使館から退散した。
一人で。
☆ ☆ ☆
翌朝のお茶の間。
当然ながら、勝手に先に城へ帰ったことを咎められる、城主・晶。
「なんで昨日、先に帰っちゃったのよー」
「ごめん……。だってボロ出そうだったから」
「陛下は堅苦しい場が大の苦手ですからねえ。ちゃんとフォローしときましたから」
「でさ。モギナス、お前」
「なんでございましょう、陛下」
「どーして俺とロインを、そこまでくっつけたいわけえ?
周りのやつと一緒んなってコソコソやってただろ。さすがの俺でも分かってるぞ」
「いやいや、そのようなことは。オホホホホ……」
「きもちわるい」
「ロイン嬢? きもちわるい? きもちわるいですって? キーッ!」
「だーかーら、朝っぱらからケンカすんな、お前ら」
「先に帰っちゃうアキラが悪い」
「うっせ、パパとママをこっちに呼んだモギナスが戦犯だろうが」
「モギナスが全部悪い」
「たしかにモギナスが悪い」
「キ~~~~~~~~~~~~~ッ! 二人ともひどい!!」
ちらと互いを見る、晶とロインの表情は、普段よりも柔らかかった。
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