第11話 魔王の『俺の嫁』&『ときめき』

 面倒な応対は全てモギナスに押しつけ、魔王・晶は晩餐会が始まると、ひたすら出された食事を貪り喰っていた。


「んーっ、んふーんふー♥ んんまあああ~~~~~♥」

「魔王様は料理が大変美味だ、とおっしゃっています」


「おお……」

 大使や関係者らが、ほっとしている。

 自分らの出した食事を魔王がとても旨そうに食べている様子を見て、人間たちは魔王に少し親近感を抱いた。


「あーほらこぼしてるよーもー」

「ん~ありあと~」


 隣に座らされたロインが、晶の口もとをナプキンでぬぐっている。

 いつものことなのだが、ロインもつい油断をした。

 これが魔王との仲むつまじさのアピールになってしまったのだから。


 ここから先はテンダー卿の歓迎晩餐会ではなく、魔王とロイン嬢の熱愛記者会見場と化してしまった。


(モギナス、たすけてー)

 SOSを発する魔王・晶。

 だが、聞こえないふりをするモギナス。


 ロインもだが、晶としても結婚なんて冗談ではない。

 愛するみささちゃんと瓜二つなくせに、性悪女のロインとくっつくなんて、俺的には最早、みささちゃんへの冒涜である。

 永久に戻れないならロインを后にするのも一興だが、己の中の何かが激しく拒む。


 モギナスは、このままなし崩しで結婚してもらった方がいい、と内心思っていた。拉致監禁の主犯が、己の犯罪を永久に隠蔽出来るとなれば、このまま押し切りたいと願うのは自然な流れだ。


 ロインだけでなく、晶まで外堀を埋められつつある。

 このままでは自分とロインは結婚させられてしまう――。

 一瞬危機感を抱いた晶だが、彼は己が魔王であることを思い出した。


(俺がしないといえば、しない。それだけのことだよな。モギナスの思うようにはさせねえぞ――)


 とにかくロインを助けなければ。

 これ以上彼女に迷惑を掛けたくはない。



 ☆ ☆ ☆



 ふとロイン親子の姿が見えないのに気付いた晶は、場内を一瞥。

 いない。

 なぜそこにいないと分かるのか、自分でも理解出来ないが、晶は席を立った。


 壁際で給仕を捕まえて問うと、ロインはテラスの方に行ったという。

 ついて来ようとする連中を睨みつけると、晶は足早にロインの元へと向かった。


 テラスを覗き込むと、ロインと父親が楽しそうに会話している。

 邪魔をするのは無粋だと思い、話が途切れるまで待っていると、何の気なしに会話が耳に入る。


 ――なんで。『俺の嫁』の話をしているんだ?


 会話内容から想像すると、みささちゃんを実在の人物だと思っているらしい。


 ――ま、二次嫁なんて概念、この世界にはないだろうし。

 それがどういうものかを知れば、誰も自分と結婚したいなどとは思わないだろう。


 さらに聞いていると、あくまで晶の勝手な想像ではあるが、一目惚れしてロインを誘拐したのではなく、みささちゃんの身代わりである、という点が彼女としては引っかかっていると。


 ……本当に一目惚れだったら、俺たちどうなっていたんだ?


 晶の鼓動が急に早くなった。

 まるで、幼馴染みや同級生を意識してしまった時みたく。

 思春期はもう十年も前に通り過ぎたはずなのに。


 しかも相手は、


 こうなったら手がつけられないのが男というもの。

 誤解を解けばきっと。


 いや、まてまてまて。

 落ち着け晶。

 向こうがその気とは限らない。

 みささちゃんが『二次嫁』だと知れたらきっと、

『アキラちょーキモい! 私の視界から消えろ! というか死ね!』

 ……などと言われるのがオチである。つい数秒前に想像したばかりじゃないか。


 もうガキではないし、そもそも今の自分は永劫の時を生きる魔王である。

 あー落ち着け、落ち着け晶。落ち着けー………………





 一分ほどかけて、『みささちゃん』のそれっぽい設定を構築する。

 己が魔王であるという前提は、大概のムチャな設定を凌駕出来る……はず。

 その一点に希望を掛けて。


 晶は脳内会議の末、満場一致で、ロインを説得する方針に決定した。

 ……やんわりと。



「さて、そろそろ俺の出番かな」

 テラスへと一歩踏み出した晶は、ロインたちに声を掛けた。


「それについては、ご理解を得るのは難しい話だ、テンダー卿」

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