第10話 女騎士さん、心配される

 その日の晩、ロインと両親、そして魔王・晶とモギナスは、城下にある大使館の晩餐会に招かれていた。


「似合ってるな、それ」

「ああ……ドレス? 褒めても何も出ないけど」

「いや、普通に褒めただけで、はなから期待なんかしてねえよ」

「っていうか、騎士団の制服の方が良かったんだけど」

「マイセンに止められたんだろ?」

「……せっかくサイズ調整までして用意してたものを、着ないわけにもいかないでしょ」


 これだから、この女はやりにくい。

 晶は晩餐会が始まる前から疲れていた。


 晶が魔王として、公式の場に出るのはこれが初めて。

 事前にあれこれレクチャーされているとはいえ、いつボロが出ないかと不安で仕方がない。出来ることなら誰かに代わって欲しい。


「大丈夫です。ちゃんと私がフォローしますから、陛下は大船に乗ったつもりでいらして下さい」

「う~ん……」


 女子でなくとも不安である。

 そもそもこいつ、モギナスが余計なことをしなければ、こんな大それた事態に発展することなどなかったのだ。

 今回は、晶もガッツリと被害者である。


 それにしても……。


 晶はふと気付いた。

 大使館内の人たちが、自分を遠巻きに見ていることに。


 普段は全く意識してはいないものの、自分は、たった一国で数カ国を相手に、何十年もの間戦争をやってきた魔族の王である。

 よくよく考えれば、恐ろしく思わない方がおかしい。


 ましてや終戦からたった一年である。

 急に仲良くしろと言っても、親の代からの恐怖を今すぐ捨てろと言うのはムリ、友好関係を築くには、何世代かかかってしまうのかもしれない。


 そう思うと、晶はさびしい気持ちになった。


「畏怖の対象、か……。俺だって人間なのに」


 ロインは、自分をあまり恐れない。――特別なのか? ヤケなのか?


「陛下、お時間です」


 モギナスが声をかけた。


「わかった」


 魔王・晶は漆黒のマントを翻し、宴会場へと向かった。



 ☆ ☆ ☆



 新米騎士・ロインは不服だった。

 どんどん外堀を埋められて、身動きが取れなくなっていく。

 これではまるで、己が政略結婚のコマではないか。


(冗談じゃないわ、こんなの)


 一息つこうと、テラスに出ると先約がいた。


「なんだ、パパか」


 一躍時の人となったテンダー卿が、ワイングラスを片手に、憂鬱そうに城下町を眺めていた。


「ロインちゃん、ホントにあの魔王と結婚しちゃうの?

 パパ魔族と親戚になるとか怖いよ……」


「ないない。というか、魔王の城にいるのは、ちょっとした事故なのよ。

 なんというか……えっと……、魔法事故」


「なんで事故だと魔王と同居なの、パパさっぱりわかんないんだけど」

「……ここだけの話、特にママには絶対言っちゃだめだよ。いい?」

「わかった」

「手違いで、私に魔法が掛かって、この城下町から出られなくなっちゃったのよ」

「mjd。……魔族、なんて非道な。

 というか、魔王様に気に入られたんじゃないの? 違うのかい?」


「だから事故だっつってんでしょ。

 それで、魔法を解ける人がいないから、仕方なく居候してるってカンジで……。 あっちも悪いと思ってるから、まあ、なんというか客人扱い? みたいな。

 パパたちがこっちに引っ越してきたのも、そのお詫びみたいなもんよ」


「じゃあ、パパは魔族の親戚にならずに済む、いやいや、ロインちゃんは魔王のお后にならずに済むってわけか。

 でも良かった。元気そうだし、うちより贅沢させてもらってるみたいだし。今日のドレスやアクセサリーだって、それすっごい高いと思うぞ。

 ……じゃなくて、可愛そうに。でもパパ近所にいるから、なんかあったらすぐ公館来るんだよ」


 これってぶっちゃけ魔王のスキャンダルなんだけど、ホントに娘のことしか考えてない男だなあ、とロインは少々呆れた。


「でもさ、パパにとっては、私があいつと結婚した方が都合いいんじゃない?

 戦勝国の王室の親戚になるからって、いろんなヤツがパパにすり寄ってるじゃない。これって、遠回しにだけど、お家断絶が免れるチャンスでしょ?」


「まあ……。でも、正直パパそういうの、ヤなんだよな。

 実は、娘たちの代で家が消えるなら消えるで運命だった、ムリなことはしないでおこう、そう思ってたんだよ」


「パパ……」


「でもママはちょっと……な。娘のお前たちには言ってないけど、結局うちには男児が一人も産まれなかっただろ? それでママは実家からの風当たりが強いんだ」


「そうだったんだ……知らなかった」


「お前と魔王様のことで、ママや周りが盛り上がっちゃう気持ちは分かるんだ。でもそれでお前が苦しむんなら、やっぱりパパは反対だ。

 今まで周りからずっとうるさく言われてたけど、娘たちに婿を取れだの強制したこともないし、家を継がせるためだけに養子をとったりもしなかった。

 だって、ママも可愛そうだし、利用するためだけにもらわれてくる子供や、政略結婚する婿も可愛そうだ。お前だって、そんな子が家族になったら、どう付き合えばいいかわからないだろ?」


「ちょっと……複雑かな」


「そういうの、パパの代で終わりにしたいと思ってる。

 戦争も終わって、これから新しい時代が始まるんだ。だいたいそういうのもう古いんだよ。

 昔の習わしに縛られるのは、もうパパだけでいいだろ?」


「パパってそういうキャラだったっけ?」


 テンダー卿は悲しそうな顔で娘を見ると、


「だってお前、大きくなったらパパのこと邪険にしたり、女学校からちっとも戻って来なかったりで、話なんか聞いてくれなかっただろ」


「ああー……」


(ごめんなさいごめんなさいそれはママのせいです)


「で、お前はどうなんだ? しばらく一緒に暮らしてみて、あの魔王とはウマが合いそうか?

 お前が気に入ったんなら、パパは覚悟決めて魔族と親戚になってもいいよ」


「……正直、まだよく、わかんない」

「まだわからない、ということは、即アウトってことでもないんだな」

「なんというか……うまく説明出来ないんだけど……、ちょっと事情が複雑で……」

「事情、ね。確かに異種族婚は事情が複雑だな」

「そういう意味じゃなくて。……一目惚れした、ってやつが、ちょっと」


 ロインは口ごもった。


「ムリに言わなくてもいいよ。パパは近所からお前を想ってるから。ヤバくなったら俺のところに逃げればいい。命かけて守ってやるから」


「さすがに負けるでしょ」

「そういう覚悟だってこと。身も蓋もないこと言わないでよ、ロインちゃん」

「ごめん」


 一呼吸おいてロインは言葉を続けた。


「あいつが……魔王が一目惚れ、っていうの、半分合ってて半分違うっていうか……。

 よく知らないけど、あいつがすごい好きな『みささちゃん』って子と私が瓜二つらしくって。大使の護衛任務でここに来た時、偶然あいつに見られたの。

 あんまり似てるもんだから、あいつ、街中で興奮して大騒ぎして。

 それを横で見てた宰相のモギナスが早とちりして、魔王に命令されてもいないのに、私を誘拐したの。

 で、その時に私が逃げられないように、隷属の魔法をかけてしまった……。というわけよ」


「戦犯はモギナス卿か!!」

「というか……、魔王とモギナスの共犯かな。

 あとで魔王にみっちりお仕置きされてたよ、モギナスのやつ」

「して、その『みささちゃん』というのは、どこにいるんだ? その子を連れてくれば問題なさそうだが……。まさかもう、亡くなってるとか」


「それについては、ご理解を得るのは難しい話だ、テンダー卿」


 二人の背後から、魔王・晶が声をかけた。

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