三章 女騎士さんの家庭の事情
第9話 女騎士さんご一家がやってくる
王宮に新たにしつらえられた、魔王専用食堂兼リビング『お茶の間』。
皆で朝食後のお茶を飲んでいると、やってきた文官がモギナスに耳打ちした。
「ロイン嬢、お喜び下さい」
「は? なによ唐突に。またなんか企んでんでしょ」
相変わらず信用のない男、モギナス。
「失敬な。先日貴女がおっしゃっていたでしょう。家に帰りたいと」
「まあ……。それが何か?」
「残念ながら、現状ではご自宅にお帰り頂くことが出来ないので」
「そりゃそうよね。だれかさんのせいで」
「んっんー。話の腰折るなよ、そこの女子」
「わーったわよ、アキラ。んで?」
モギナスは満面の笑みを湛えながら言った。
「テンダーご一家を城下にお招きいたしました~~~♪」
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――ッ!?」
「お父上には、大使館でのお仕事をご紹介し、お屋敷もご用意させて頂きましたので、まあ、家ごと城下に来たカンジでしょうか。これならいつでもご自宅にお戻りいただ――」
「バッカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
ロインは卓上の燭台をフルスイングでモギナスに投げつけた。
ガッチャン!!
と盛大な音を立てて豪華な燭台がバラバラになり、モギナスは椅子ごと後ろにひっくり返った。
「いたた……。人間だったら怪我してますよ、まったく……」
「おい、大丈夫か? モギナス」
隣の席の魔王・晶がモギナスに手を差し伸べた。
「おい、何がそんなに問題なんだ? ロイン」
「うるさいわね、アキラになんか――」
そうロインが言いかけた時、
バ――――ン!!
けたたましい音を立てて、お茶の間のドアが開いた。
「ローイーンー! 会いたかったわよ~~~~~~~~~~~~~」
シャウトしながらドカドカ侵入してきた、割腹のいい中年女性。
その脇に、気の弱そうな中年男性が付き従っている。
「ゲッ……」
ロインの血の気が引いた。
「……あれって、ご両親?」
引き気味の晶が尋ねた。
ロインが小声で応える。
「アキラ、今日だけ、私をどっか連れ回しても許す。いますぐここから逃げたい」
「あー……。そういうこと――ギャッ!!」
次の瞬間、晶の視界に天井が映った。
ロインママにド突き倒されたのだ。
「も~ママびーっくりしちゃったあ~。あなたが騎士団なんか入って、家にも寄らずに女学校の寄宿舎から真っ直ぐ団員詰め所に引っ越して~」
「あ、あれはスケジュール的に自宅に戻る余裕がなくて……」
「いくら戦後と言っても騎士団でしょ~? あぶないことするんじゃないかって不安で不安で。でもこちらの国王様に見初められて宮廷に入ったって聞いてもうママびっくりで~、これって運命の出会いというやつ? 結果オーライ? というか玉の輿よね? いつ式挙げるの? も~たいへん。ねえパパ?」
「式とかしないし」
独り言のようにつぶやくロイン。
タイヘンなのはテメーの頭だBBAと脳内で吐き捨てる。
「あ、どうも……。私、テンダー家当主、フィーレでございます。…………あの、魔王様はどちらに? こちらは使用人控え室でしょうか……」
「ちがうよパパ。ここは魔王のお茶の間。あー……なんというか、魔族の特殊なリビング。で、魔王はそこ」
娘の指さす先を見た父親は、血の気が音をたてて引いていくのを感じた。
「マ、ママ! お詫びしなさい!」
「え?」
母親の蹴倒した椅子を起こしつつ、魔王が立ち上がった。
「大丈夫ですよ、お母さん。ようこそ、魔王城へ」
☆ ☆ ☆
「ふー、ひどい目に遭った……」
「まったくだわ」
平謝りする両親をお茶の間から早々に追い返すと、早速モギナスの尋問が開始された。
「申し訳ございません――ッ」
カーペットの上に頭を擦りつけながら土下座をするモギナス。
「どういうことか説明してもらえるのかしら? モギナス宰相」
「俺も朝っぱらからおばさんに吹っ飛ばされる趣味はねえんだが……」
またもやモギナスの独走。
何気なく、自宅に帰りたいというロインの言葉を重く受け、実家を丸ごと城下に移転させることを思いついた。
早速、王都に遣いを送り、本来の特命大使とは別に、当主のテンダー卿を文化友好大使として魔都に招くことに成功、邸宅を用意し一家そろっての転居を実現させた。
「……ったくこの糸目男はロクでもないことばかりして……。
あの親見てわかるでしょ?
顔も合わせたくないから騎士団に入ったってのに、ほんっとーに余計なことばっかして、私に何か恨みでもあるわけ?
それとも魔族の親切って嫌がらせのこと?
マジ殺したくなったわ。というか、こいつ殺してもいい?」
「いやそれはさすがに……。俺が困る」
「恐れながらロイン嬢、それでは何故、ご自宅に戻りたいなどと……?」
「私、ここに引っ越してきたんじゃないの。いきなり誘拐されたの。
わかる?
身の回りのものも、大事なものも、みんな置きっぱなしのまま。
まだ騎士団にいれば、使用人を呼んで持って来させることも出来たのに。
とにかく、いろいろ必要なものがあんの。
こっちで買いそろえればいいとか、そういう話じゃないの。
私にも都合ってのがあるってのに……」
「面目次第もございません……」
「あ~も~、どうしてくれんのよ~~~~」
ロインは頭を抱えた。
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