双葉和加奈 篇(恋文・ラブレター)

「双葉さん、少し休憩しよう!」


「はい!」


「あの二人頑張るね、今日はクリスマスイブだよ‥」


「部長はようやく期待出来る新人見つけたから仕方ないよ」


「誰か!わたしと双葉さんにドリンク持ってきて!」


「はい、今行きます!」


「部長、ドリンクならわたしが‥」


「双葉さんはいいから」


「でも、わたし一年生ですし、この前入部したばかりなのに‥」


「関係ないよ、それに来年は双葉さんに上に立ってもらわないと」


「えっ?」


「双葉さんしかいないよ‥次の部長は」


「そんな‥わたしなんか」


「実力からいったら当然だよ、だから頑張ってよ!」


「はい!頑張ります」


「よろしく頼むわね、ところで今日は彼と約束あるんでしょ?」


「‥はい」


「たまには早く行ってあげなよ」


「えっ?」


「いつも待たせてるんでしょ?三茶の駅で」


「何でそれ‥?」


「有名だよ、イケメンの彼が双葉さんのこといつも待ってるってさ」


「‥すいません」


「謝ることないよ、彼氏の一人くらい、いないでどうすんのよ、わたしも今日は早目に上がるよ」


「岡山部長も予定あるんですか?」


「あったり前でしょ?わたしだって彼氏くらいいるんだからね!」


「そうなんですか、知らなかったです」


「彼は大学生なんだよ」


「へ~っ、彼氏は大学生ですか?岡山部長って大人ですね」


「何言ってんの、双葉さんだって十分大人だよ」


「わたしなんかまだまだ、子供ですよ」


「子供がイケメンの彼氏なんか作らないよね?」


「ハハハ‥そうですね‥」


わたしは部活を早目に切り上げて世田谷線の三軒茶屋駅に向かっていた。


自然と足取りが早くなる。改札口に着くと、巧の姿はまだなかった。


時計を見ると午後の4時を少し回っていた。


かなり薄暗くなってきて寒かったけど、わたしは我慢して巧をじっと待っていた。


巧はいつもこんな思いをしてわたしを待っててくれてたんだ‥

なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


しばらくして巧が制服姿でやってきた。


「和加奈‥待っててくれたんだ。寒かったでしょ?」


「平気だよ、それにいつも待ってもらってるから」


「今日は早いね、どうしたの?」


「部長が早く行けって、いつも待たせてるとわたしが悪者になるからって」


「部活なんだからしょうがないよ、部長さんに悪いことしちゃったな」


「部長も今日は彼氏と約束あるんだって」


「そっか、じゃあ部長も早く上がりたかったんだね?」


「そう言うこと、ねえ、早く行こうよ!琴美ちゃんとお母さんが待ってるよ」


「うん、そうだね」


わたしと巧の初めてのクリスマスは巧の家で琴美ちゃんと巧のお母さんと一緒にクリスマスのお祝いすることになった。


世田谷線を上町駅で降りると巧の家までの道を一緒に歩いていた。


「琴美ちゃん元気にしてるかな?」


「うん、和加奈に会えるの楽しみににしてるよ。でも、せっかくのクリスマスなのに和加奈のお母さん寂しくないのかな?」


「全然、巧の家に招待されてお母さん喜んでるんだよ、いい人にめぐり合えて良かったねってさ」


「う~ん、それプレッシャーだな‥それに僕の方から先に好きになったんだからね」


「それが信じられない、わたしのどこが良かったの ?」


「どこって、好きになった理由なんて説明出来ないよ、ただテニスに直向ひたむきな姿とか、もちろん可愛いからなんだけど‥」


「巧は引く手数多てあまただったんじゃないの?」


「そうでもないよ、中学の頃はテニスばっかりやってて、都大会で和加奈に出会うまでは女の子にあまり興味なかったな、でもいつか彼女とか出来るなら一緒にテニスができる人が良いなって思ってた‥」


「そうなんだ‥」


「和加奈は?」


「わたしも中学のときはテニスが彼氏だったな」


「中学の都大会のときに声を掛けなくて良かった‥その彼氏には勝てなかったよね?」


「そうかもね‥わたしテニス以外のことなんて考えられなかったかも」


巧と中学時代に会ってたらどうなってたかな‥

わたしが恋愛なんて、やっぱり考えられなかったかも‥

わたしも少しは大人になったのかな。


程なくして巧の家に着いた。


巧はインターホンを押した。


『お兄ちゃん!お帰り今開けるね!』


琴美ちゃんが元気よく出迎えてくれた。


「和加奈お姉ちゃん、いらっしゃい!」


「琴美ちゃんこんにちは、今日はお招き頂きましてありがとうございます」


「お姉ちゃん、そんな堅苦しい挨拶は抜き!さあぞうぞ」


わたしと巧は琴美ちゃんの招きで玄関に入った。


玄関を入ると巧のお母さんが出迎えてくれた。


「和加奈さん、久しぶり、巧がいつも面倒掛けてます。」


「お母さん、お久しぶりです。今日はありがとうございます。せっかくの家族団らんにすいません」


「和加奈さん、そんなことないわよ、巧も琴美も大歓迎なんだから、もちろんわたしもね!」


「和加奈、さあ、上がってよ」


巧に促されてわたしは玄関を上がった。


リビングに入るとテーブルの上には既に食事の用意が出来ていて、ご馳走がところ狭しと並んでいた。


「母さん、すごいね」


巧が目を丸くして声を上げた。


「琴美が随分頑張ってくれたのよ、琴美はすっかり料理好きになってしまって、和加奈さんのおかげね」


「そんなことないです、琴美ちゃんの才能ですよ」


「お姉ちゃん、座って、みんなで食べようよ!」


琴美ちゃんに促されてわたしは椅子に座った。


「わたし、今日は琴美ちゃんにプレゼント持って来たんだ」


「プレゼント?」


「うん、琴美ちゃんテニス教えて欲しいって言ってたでしょ?」


わたしは以前に巧から琴美ちゃんにテニスを教えて欲しいと頼まれていた。


「うん!琴美は和加奈お姉ちゃんに教えてもらいたいんだ」


「もちろんオッケーだよ、だからプレゼント」


わたしはラケットバッグから買っておいた新しいラケットを取り出した。


「え~っ!わたしにラケットくれるの?」


「うん、是非使って欲しいな」


「ありがとう!カッコいいね!」


「自分のラケットがあるとやる気が出てくるでしょう?」


「和加奈お姉ちゃん、ありがとう、大事に使うね!」


 琴美ちゃんはとても嬉しそうな顔をして言った。


「うん、一緒に頑張ろうね!」


「和加奈、ありがとう‥琴美良かったね!」


「和加奈さん、ありがとうね、さあ、みんなで食べましょうね!遠慮は無しよ」」


「はい、お母さん、お腹ぺこぺこです。ありがたく頂きます」


わたしはごちそうをいただいて楽しい時間を過ごした。


最後にクリスマスケーキを食べながら、家族っていいなって改めて思った。


わたしは一人っ子だったからこんな賑やかなクリスマスは経験がなかった。


わたしもいつかこんな賑やかな家庭を築くことが出来たらいいなって思った


「和加奈お姉ちゃんが、本当のお姉ちゃんだったらいいのにな」


「えっ?」


「わたしはお姉ちゃんも欲しかったな」


「琴美ちゃん‥」


「琴美ちゃんにはとっても優しいお兄ちゃんがいるじゃない?」


「お兄ちゃんは大好きだよ、でもお姉ちゃんだったら女の子同士何でも相談出来るし、料理ももっと教えてもらえるし、お姉ちゃんっていいなって」


「ありがとう、わたしのこと本当のお姉ちゃんだと思っていいからね、何でも相談して、でもわたしは琴美ちゃんが思ってるほどしっかりしてないよ」


「本当に!ありがとう、和加奈お姉ちゃん!」


「うん、何かあったら携帯に電話かメールしてね」


「やった!さすがお兄ちゃんの彼女だね!お兄ちゃんは見る目あるね!」


「ごめんなさいね、琴美が無理言って‥」


お母さんがわたしに言った。


「いえ、わたしも一人っ子で、こんな可愛い妹が欲しかったです。だから嬉しいです」


「和加奈さん‥巧も琴美も幸せだね、こんな素敵な人に出会えて、これからも巧のことよろしくお願いしますね」


巧のお母さんが頭を下げた。


「お母さん、やめて下さい。わたしはそんな人じゃないんです」


「ううん、巧、和加奈さんみたいな素敵な人はもう二度と現れないわよ!あなたがしっかりしないと、愛想つかされちゃうんだからね、和加奈さんを泣かすようなことしたらお母さんは許さないからね!」


「琴美も許さない!」


「ハハハ‥みんな和加奈の味方だね、もちろんそんなことしないから安心してよ」


「さあ、話も尽きないけど、和加奈さんも遅くなるとお母さんが心配されるから、お開きにしましょうか、巧、和加奈さんを送っていきなさいね」


「うん、わかったよ」


わたしは名残惜しかったけど、席を立って帰る支度をした。


玄関で靴を履くと、わたしはお母さんにお礼を言った。


「今日は本当にありがとうございました。ごちそう様でした」


「和加奈さん、こちらこそありがとう、これからもよろしくお願いしますね」


そう言ってお母さんは笑って手を振った。


「琴美ちゃんまたね!来年は一緒にテニスやろうね」


「うん、約束だよ」


「それじゃあ、バイバイ!」


そう言って玄関を出た。


わたしは巧に送ってもらって上町駅まで歩いて来ると、すぐに下高井戸行きの世田谷線がホームに入ってきた。


「巧、今日はありがとうね」


「うん‥あのさ和加奈」


「何?‥電車来たから行くね‥」


わたしが電車に乗り込むと巧も一緒に電車に乗って来た。


「巧、どうしたの?」


「和加奈、今日は家まで送らせてよ‥」


「巧‥ありがとう」


わたしと巧はただ黙って手を繋いだまま電車に揺られていた。


何も言わなくてもお互いの想いは伝わる気がした。


山下駅に着いてわたしと巧は電車を降りて、時計を見ると午後8時半を少し過ぎていた。


「ちょっとだけ寄り道しない?」


「寄り道?」


「うん、ファミレスでお茶しない?」


「いいよ‥」


わたしと巧は駅前のファミレスに入った。


「いらっしゃいませ、何名様ですか?」


元気な女の子がわたし達を迎えてくれた。


「二人です」


巧が応えた。


「こちらの席にどうぞ」


ファミレスは結構な人で賑わっていた。


「ドリンクバーだけでも良いですか?」


「もちろんです!お二つでよろしいですか?」


「はい、お願いします」


「それでは、ご自分でお願いいたします」


そう言うと彼女は席を離れた。


わたしと巧はドリンクバーコーナーカフェオレを作って席に戻った。


「和加奈、今日はありがとう‥琴美喜んでたな、ラケットまで貰ってしまって‥悪かったね」


「ううん、琴美ちゃん喜んでくれたから、琴美ちゃんとテニスやるの楽しみにしてる!」


「ありがとう‥和加奈、これ僕から‥プレゼント」


「えっ!わたしに?‥巧、無理しなくて良かったのに‥」


巧は赤い包装紙で包まれた小さな箱を手に持っていた。


「開けてみてもいいのかな?」


「もちろん」


包みを開けると中身はスポーツ用の腕時計だった。


「これ、巧とお揃いのだね?」


「うん、和加奈と同じものを何か持ってたくて‥」


巧が恥ずかしそうに言った。


「今、付けてもいいかな?」


「もちろん」


わたしは箱から時計を取り出してわたしの右手に付けた。


「わあ!すごく嬉しい、本当、巧とお揃いだね」


「うん」


「巧、ありがとう、大事にするね」


「ちゃんと時計も渡せたし、遅くなるからそろそろ帰ろうか?」


「そうだね、明日もお互い部活だしね」


わたしと巧は会計に向かった。


レジにはさっきの元気な女の子が会計をしてくれた。


「ありがとうございました、いいクリスマスだったようですね?」


「はい、とっても」


「時計、お似合いですよ」


彼女は笑顔を見せてわたしに言った。


「ありがとう‥」


わたしは巧とのやりとりを見られていたと思うと恥ずかしくなったけど、彼女にお礼を言った。


巧が支払いをしてくれた。


「巧、ごちそうさま‥ありがとう」


「ううん、遅くまで付き合わせてごめんね」


わたしと巧はファミレスを出ると、巧の左手にわたしの右手を絡めた。


「へへ、ペアウオッチ‥だね」


「和加奈とこれから一緒に同じ時間を刻んでいきたいと思ったんだ‥」


「もちろん、ずっと一緒だからね!」


「うん、よろしく」


「わたし、少し大人になった気がする‥」


「大人にかい?」


「うん‥だって‥」


「だって?」


わたしは巧に手を絡めたまま、巧の顔に顔を近づけてキスをした。


「和加奈‥」


「どうしても今、巧にキスがしたかった‥わたしの初めてのキスを‥これで少し大人になれたでしょ?」


「和加奈‥ありがとう」


「こうやって、巧と色々な思い出を刻んでいくんだね‥わたし、神様に感謝したい、巧に合わせてくれたこと」


「僕も感謝したい神様に、初恋の人に合わせてくれて、そして和加奈が僕を好きになってくれたことをね」


「巧、末長くダブルスのペアお願いね」


「もちろん‥ずっと和加奈がベストパートナーだよ」


わたしと巧の繋がれた手には、お揃いの腕時計がわたし達と同じようにぴったりと寄り添っていた。



 -Merry Christmas-



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