フランケンシュタイン博士をぶっ飛ばせ

フランケンシュタイン博士をぶっ飛ばせ

ここに一人の天才がいる。

彼の名はビクトル・フランケンシュタイン。

彼は、自分は天才だから何をしても許されると思っていた。そして大学生の時、墓場の死体をつなぎ合わせて人造人間を創った。


「出来た!やったぞ、やっぱり私は天才だ、天才に出来ないことはないのだ、ヒャッハァー!」


成功の喜びに酔いしれるフランケンシュタイン。しかし、ひとたび怪物が動き出すと、その外見の醜悪さにビビって逃げ出した。


「うひィー!き、きもこわっ!こっち来んなし!うわぁーん、たっけてお母ちゃーん!」


かくして怪物くんは、辛く厳しいこの世界を孤独にさ迷うハメになった。

フランケンシュタインは怪物の存在におびえ、大学をずる休みする。事情を知らないアンリ・クレバルは、友人を元気づけようとお見舞いにやってきた。


「しっかりしろよ、ビクトル。何があったか知らんがいい加減に元気を出せ。ほら、フィアンセからラブレターが届いてるぜ」

「エリザベートから?」


故郷にいる婚約者、エリザベートからの手紙と分かると、フランケンシュタインは途端に元気を取り戻した。以下、手紙の内容…


なかなかお便りを下さらないのは、きっと学業に熱心に打ち込んでいらっしゃるからなのね?家族一同、あなたの身をいつも気にかけておりますわ。

あなたのエリザベートより


彼女もまた、フランケンシュタインが本当は学業そっちのけで、人造人間を造っていたことなど知らないのだ。

この愛のこもった手紙を読み、フランケンシュタインの脳内はお花畑と化し、すっかり浮かれて怪物に関する悩みなど吹き飛んでしまった。


「ヒュー、献身的な彼女だなぁ、この幸せもんが!コノコノ」

「デへへ、よせよアンリ」

「故郷には素敵なフィアンセが待っていることだし、お前の人生バラ色だろ。いつまでも暗い顔してんなよ。大学生活は始まったばかりだぜ?楽しまなきゃソンさ」


若き天才、フランケンシュタインは心の中でこう思った。

そうだ!アンリの言う通りだ。私は若くてハンサムで家柄も良くて美人の婚約者もいる、天才なんだった!あんなキモい怪物のことはさっさと忘れて、人生楽しもう!


捨てられた哀れな怪物くんはどうなったかと言うと…

始めは何もかもが混沌として、おびえるばかりだった。それも仕方ないことだろう。怪物くんにしてみればなんの用意もなしにこの世に放り出されたのだ。家族も友人もいない、本当の孤独。

しかし、怪物くんはめげなかった。自分なりに周囲の世界を観察し、知識を得た。ある一家が住む家の小屋に隠れ住んで、言葉も覚えた。


ある日、コニュニケ―ションに飢えていた怪物くんは、勇気を振り絞ってその一家との接触を試みる。怪物くんは賢くも、ファーストアプローチの相手として老人ド・ラセーを選んだ。ド・ラセーは盲目なので、自分の姿で不必要な警戒心を与えることなく、ことを運べると考えたのだ。


原作では、ここでハプニングが起こる。怪物くんがド・ラセーと話している途中、ド・ラセーの息子たちが家に帰って来てしまい、彼らは怪物くんを見るや否や、事情も聞かずに追い返してしまう。

この出来事がきっかけで、元々は善良な心の持ち主だった怪物くんはグレて、フランケンシュタインへの憎しみを募らせ復讐鬼と化す。


しかし、この物語はパロディ。

原作の怪物くんがあまりにもかわいそうなので、怪物くんを幸せにしてあげよう、そして博士をボコボコにしてやろう、と言う趣向の物語なのである。そこで、ド・ラセーとの出会いのシーンを改変してみた。


~もしもここでド・ラセーがハッスルしてたら~


ド・ラセーが家に一人でいた時、怪物くんは彼に近づいた。


「親切なおじいさん、どうか助けて下さい。私は偏見の犠牲になっています。あなたとあなたの家族が私の友人になってくれないと、私は永久に独りぼっちです」

「お気の毒に。よっしゃ、このド・ラセーにまかせんしゃい」


そこへ息子たちが帰ってくる。娘のアガータ、息子の嫁のサフィは怪物くんを見えて絶叫した。


「きゃああ!怪物よー!」


息子のフェリックスは棒を手に取り、怪物くんを打ちのめそうとした。

その時!

ド・ラセーが老人とは思えない機敏さで、息子の前に立ちふさがった。


「お父さん、危ないからどいてください。僕がそのバケモノを殺します」

「バカ息子!事情も聞かずに、いきなり人に殴りかかるやつがあるか!」

「お父さん目ぇ見えないからそんなこと言えるんですよ。こいつ、どっからどう見ても、人間じゃありませんよ」

「うるさい、親に口答えするな。この方はわしの友人じゃ、手出し無用じゃーい!」


父親の威厳あふるる行動に、フェリックスはそれ以上なにも出来なかった。

アガータとサフィも冷静になり、怪物くんをまじまじと見た。確かに姿は醜悪だが、特に暴れる様子もない。危険がないと分かると、家族は怪物くんを受け入れ、身の上話を親身になって聞いてくれた。


「まあ、そんな事情があったのですね」

「かわいそうな怪物さん」

「殴ろうとしてすみません」

生まれて初めて他人から親切な扱いを受け、怪物くんは感激した。

「お礼のしようもありません。ド・ラセーさん、私はあなたの奴隷として一生をおくります」

「いやいや、あなたの人生はあなたのものですよ。あなたにだって叶えたい夢があるはずです。人間も怪物も関係ありません。自分の夢のために生きるべきですよ」

「私の…夢」


怪物くんの頭に浮かんだことは、たった一つだった。


数年後、フランケンシュタインはアンリとともに、故郷のジュネーブに里帰りした。実家に着くと、エリザベートがキスで出迎えてくれた。その様子をほほえましく見守るのは、彼の父親アルフォンス・フランケンシュタイン。


「ビクトル、よく帰ったな。お前の帰りを首を長くして待っていたんだ。ちょうど、お前にお客さんが来ていたところだよ」

「お客?誰だろう。ワルトマン教授かな?」


それはフランケンシュタインが思いもしない人物だった。

すなわち、あの怪物だったのだ。実家の応接間に、大きな図体の怪物くんが、菓子折りを手に立っているのを見て、フランケンシュタインは喉から血が出るほど叫んだ。


「はげぼーーーーーーっ?」

「きゃあ、ビクトル!」

「ビクトル?しっかりしろ!」


フランケンシュタインはショックで失神し、失禁し、その場に倒れた。大学時代の負の遺産。己の業。黒歴史…

フランケンシュタインが意識を取り戻すまでの間に、先に怪物くんから事情を聞いていたアルフォンスが、家族みんなを集めてかくかくしかじかの件を説明した。


「なるほど、かくかくしかじかだったのか…」

「大学行って勉強もしないで人造人間を…」

「まあ、ビクトルったら…」


フランケンシュタインは訴えた。


「父上!なにナチュラルにこんなバケモノ家にあがらせてんですか!追い出して下さいよ!」


しかし、事情を知った今となっては、誰もフランケンシュタインに味方しなかった。アルフォンスは怒った。


「バッカもん!この怪物くんはな、大変な苦労人なんだぞ?お前が大学でちゃらちゃら遊んでいる間に、独学で猛勉強をし、骨身を惜しまず働いて、とうとうここまでやって来たんだ。そんな立派な怪物くんをお前は…歯ぁ食いしばれっ」


アルフォンスは息子に、愛のムチと言う名の鉄拳を食らわせた。


「痛い!うわぁーん、エリザベート」


フランケンシュタインはエリザベートに泣きつこうとした。が、彼女はむしろ彼の頬を平手打ちした。


「ビクトルのおバカ!今の話を聞いて、誰があなたの味方をするって言うの?しかも、酷い!学校に通っていた間手紙をくれなかったのは、てっきり勉強が忙しいんだとばかり思っていたのに…なのになのに、あなたって人は墓場の死体を相手に、こんな大きな子供をこさえて!」

「誤解を生むような言い方するな!悪趣味すぎて笑えんわ」

「私もうお嫁にいけない」

「エリザベート」


泣き崩れるエリザベート。フランケンシュタインは身内から白い目で見られ、心が痛い。


「ち、違う!私は悪者じゃないんだ。アンリも何とか言ってくれよ」

しかし、アンリはしがみつく友人に肘鉄を食らわした。

「ア、アンリ…?」


アンリは首を振り、「そりゃ、お前が悪いよ」と言った。


「自分で怪物を世に放っておいて、正義ヅラかよ」

「兄さんが悪い」と弟のエルネスト。

「最低ね」と召使いのジュスティヌ。末っ子のウィリアムまでも「ビクトル兄ちゃんのバーカ」と悪口を浴びせる始末。原作では、この家族は怪物くんの復讐の犠牲となるはずだった。

家族全員から軽蔑され、フランケンシュタインはめそめそ泣く。

怪物くんは言った。


「良いんです、皆さん。私はもう博士を恨んでません。私がここへやって来たのは、博士にお願いがあってのことなのです」

「お願い?」


怪物くんは少しためらったが、勇気を出して言った。


「博士、私のお嫁さんになる女性を創って下さい!」

「はぁ?」

「私には肉親ってものがないんです。ド・ラセーさんをはじめ、怪物の私にも親切にしてくれる人はいました。でも、やっぱり別の生き物です。博士、お願いです。これはあなたにしか出来ないことなんです」

「ふむ…彼の言い分はもっともだ。ビクトル、彼のお嫁さんを創ってあげなさい」

「父上!そんな軽々しく言わないで下さいよ。考えても見て下さい。この怪物に女を与えたりなんかしたら、そのうち子供ができるかも知れない」

「それがどうした?」

「そんなこと、怪物さんの勝手だと思うわ」

「みんなもっとよく考えて!怪物は人間よりも体が大きく、腕力も生命力もずっと強い。そんな奴らが地上で増えたら…将来、怪物の一族は人類の敵として牙を向けるようになる」

「そんな!私は善良な性分です。害にはなりません。生命力が強いぶん、人間では住めないような劣悪な環境でも生きられますから、妻と一緒に北極でも行きます。あなた方の邪魔にはなりません」

「つぅーん、そんなん信用できるか。絶対創ってなんかやらないもんね」

「お願いします、博士、お願いします!」


怪物くんは必死に頼んだ。何度も何度も言葉を繰り返し、みんなの同情心を掻き立てた。


「兄さん、冷たいよ!彼がこんなにも頼んでいるのに」

「兄ちゃんひどい」

「ビクトル、お前ってそんな薄情者なのか?」

「怪物は幸せになっちゃいけないって言うの?」

「ビクトル、父として情けないぞ」


フランケンシュタインは総攻めに遭うが、容易に折れるわけにはいかない。

極めつけはエリザベートの一言だった。


「そう、あなた自分の義務を果たす気がないのね。なら私たちの結婚もなかったことにしましょう」

「な、な、な、なんだってエリザベート、僕がこいつに女を創ってやらないことと、僕らの結婚と、いったいなんの関係があるんだよ?」

「自分だけ幸せになろうなんて虫が良すぎるわ。どう?これで少しは怪物さんの気持ちを、分かってあげられるんじゃなくって?」

「くっ…」


みんなはエリザベートに賛同し、「つ・く・れ!つ・く・れ!」と声を一つにした。とうとうフランケンシュタインは圧力に負け、再び墓場から死体を集め、怪物くんの嫁創りに着手した。仕事を成し終えるまで家族に監視され、フランケンシュタインは逃げられない。

血なまぐさい匂いの中、創造の業は行われる。フランケンシュタインの耳にはみんなの会話か聞こえてきた。


「いやぁ、本当に良かったなぁ怪物くん」


アルフォンスはいつの間にか、怪物くんとフレンドリーな関係になっていた。


「早く出来ると良いね、怪物くん」と無邪気なウィリアム。

「楽しみねぇ」とジュスティヌ。

「ハネムーンはどこへ行くんだい?」とからかい気味にアンリ。


フランケンシュタインは、蛆の湧く死体を切ったり繋いだりして女の体を創った。その全体像がはっきりしてくるにつれ、こいつは最初に創ったものよりも醜悪になるな、と見当がついた。

そしてフランケンシュタインは、この二人が愛し合って子供をつくる、その壮絶な過程について思い巡らし、自らの想像力が描き出した光景の、あまりのおぞましさに嘔吐した。


「げ、ビクトルのやつゲロ吐いたぜ」

「博士、私の嫁にゲロぶっかけないで下さい」

「はぁ、はぁ、こんなもん…」


フランケンシュタインの顔色は真っ青だった。ふらつく足で歩き、斧を掴むと、すごい形相で女の怪物に向かって行った。


「うおおおお、こんなもんブッ壊したらあああああ」

「ビクトル?」

「やばい、あいつ気がふれたぞ」

「誰か止めろ!」


一瞬、フランケンシュタインは目の前が真っ暗になった。体は上方にすっ飛び天井に激突し、くるくる回転しながら床に到達した。血しぶきが舞い、骨が数本折れて鈍い音を立てた。


「???い、いったいなにが…」


床に這いつくばったまま顔を上げると、そこには女の怪物がいた。

女の怪物がフランケンシュタインを殴り飛ばしたのだ。

彼女は立ち上がった。体の大きさと言い醜さと言い、すさまじいものだ。さっきまで完成を楽しみにしていた一同も、さすがに言葉を失った。

しかし、女の怪物はそれ以上に困惑していた。きょろきょろ見回し、自分を取り囲む人間たちを見て怯えた。

そして、一人の男性に目が留まる。彼女は直感で理解した。彼だけが自分と同じ生き物で、仲間だと言うこと。彼と見つめ合っていると安心でき、同時に胸がときめいた。


恋。


怪物くんは、文字通り生まれたままの姿の彼女に、自分の着物を与えた。二人の間に愛情が芽生えたのは、誰の目から見ても明らかだった。アンリは口笛を吹いた。


「ヒュー!熱いねお二人さん」

「おめでとう、怪物くん」

「良かったね」

「お幸せにね」


祝福の拍手喝采。そのかたわら、重傷を負ったフランケンシュタインが「狂っている…なにもかもが」とつぶやいた。


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数年経ったある日の晩、フランケンシュタインは悪夢を見た。

自分の創った怪物が子をもうけ、一人、二人、三人…と数を増やし、やがて数えきれないまでになる、と言う悪夢を。


「ああああああ夢見キモ過ぎ!眠ってられっか」

「ちょっとあなた、またなの?」


となりで眠っていた妻のエリザベートが目を覚ました。月明かりで見えた夫の顔は青ざめ、冷や汗をかいている。


「あの怪物どもがいっしょになり、北極へ旅立ってから今日まで、私は一晩たりとも熟睡していない。このままでは寝不足で死んじまうよ」

「あの二人なら心配要らないわよ。北極で楽しく暮らしているに違いないわ」


エリザベートは全く気にしていない。妻に相談したところで無駄だった。すっかりやつれ、落ち窪んだフランケンシュタインの目には、狂気の光が宿っていた。

翌朝、フランケンシュタインは「旅に出る」と宣言した。


「やつらを仕留めるまでは帰らん」


その手には、凶暴なホッキョクグマでも仕留められそうな銃があった。


「でも、あなた…」

「止めてくれるなエリザベート、これが私の宿命だ」


夫の決意は固い。忠告は無駄のようだ。北極を目指して走り出した馬車を、ハンカチを濡らしながら見送るエリザベート。


「ああ、あの人はもう帰らない。顔に死相が浮かんでいたもの。私は悲しい未亡人だわ…」

「大丈夫!義姉さんには僕がいるよ!」


フランケンシュタインの弟、エルネストがこれを機にとばかりにしゃしゃり出た。どうやら彼は、エリザベートを密かに愛していたようだ。エリザベートもまんざらでない。


「エルネスト…」

「エリザ…」


見つめ合う二人。順応性の高いエリザベートは、その後もあんがい幸福に暮らした。


ここは北極。流氷が漂う海に、ロバート・ウォルトン船長が指揮する探検隊の船が浮かんでいた。ロバートは船室で、ロンドンに残してきた姉に手紙を書いていた。以下、手紙の内容…


今、私は霜と荒廃の土地、北極に来ています。過酷な航海ではありますが、私の胸は探検への喜びと期待でいっぱいです。では愛しいお姉たま、お元気で。可愛い弟より。


便箋の終わりにキスマークをつけていると、船室に一人の乗組員が入って来た。


「大変です、シスコン船長!」

「なんだ?」

「遭難者を発見しました」

「なに?すぐに保護しろ」


その遭難者とは、フランケンシュタインだった。怪物を追って北極に来て、そのまま行き倒れになったのだ。ロバートの船に運ばれ治療を受けたが、すでにかなり衰弱していた。船医は言った。


「彼はギリギリです。絶対安静にさせておいて下さいね」


ロバートは遭難者の身の上を知りたがったが、フランケンシュタインは黙っていた。自分の創った怪物を殺しに北極へ来た…などと言えるはずが無い。


「事情を言いたくなけりゃ、無理にとは言いませんよ。しかし運が良かったですねぇ。たまたま我々が居合わせなかったら、あなた今頃この世にいませんよ。私どもは探検隊でしてね。新航路の開拓と、地球の磁力の秘密を探るために来たんです」


フランケンシュタインは無言のまま聞いていたが、そのうち船長の話の流れが変わった。


「そうそう、今日は凄い発見をしましたよ!思いがけないことですが、巨大な足あとを見つけたんです。雪の上を裸足で歩いたあとで、形は人間に似ていますが、大きさが尋常じゃない。しかも複数で行動しているようなんです。私が思うに、きっと雪男の一家ではないかと」

「雪…男?」


フランケンシュタインはベットから身を起こした。


「ええ。この発見を持ち帰れば、きっとヨーロッパ中にセンセーションが…」


ロバートの言葉を遮って、フランケンシュタインは叫んだ。

「雪男とか、そんな生やさしいもんじゃ、ねぇーーーーーーー!!!」

「なにがっ!?」


この絶叫に、フランケンシュタインは最後の力を使い果たしてしまい、その場で絶命した。ロバートは訳が分からず、ぽかんとしていた。


「安静にしてなきゃだめじゃん…しかしこの人、必至になってなにを訴えようとしたんだろ?」

「船長、どうかしましたか?」

「ああ、いいところに来た。この人、名前も出身も言わずお陀仏しちゃった」

「じゃあ、水葬にしましょう」


乗組員は亡骸を木箱に入れ、北極の冷たい海に放り込んだ。フランケンシュタインは、どんぶらこどんぶらこと流れ、流氷の上に打ち上げられた。

ちょうどそこへ、あの怪物の一家がやって来た。怪物くんとその嫁はたくさんの子供を引き連れていた。最初に子供たちが木箱に気づき、父親のところにそれを運んで来た。中を覗いて見て、怪物くんはびっくり。


「ジュネーブに居るはずのフランケンシュタイン博士が、何故ここに…?」

「しかも、死んでるわ」

「父ちゃん、この人だれ?」

「私たちの創造主だよ」


怪物の一家は創造主に敬意をはらい、彼の為に墓標をつくった。

「我らの創造主、フランケンシュタイン。なんだかんだ言って、私たちが今ここに存在しているのは、あなたのおかげです。この墓標を一族末代に至るまで奉り続けます。どうか安らかに永眠して下さい」


~それから百万年後~


異星人のものと思しき、一隻の宇宙船が地球を訪れた。中には乗組員が二人。コックピットから地球を眺め言い合った。


「あの惑星に知的生命体いるかな?」

「さあ、どうだろうな。いちおう生命が誕生する条件は整っているようだが」

「確かめに行こう」


宇宙船はちょうどあの墓標がある、北極に着地した。異星人は地球の環境を調査しながら歩いた。


「ずいぶんと荒廃した星だなぁ、岩だらけだ。放射能の濃度がやたらと高いぞ」

「なにか文明の痕跡は無いのか?」

「見えるものと言えば、あの長方形の箱くらいか。文字が刻んであるようだぞ」


二人はフランケンシュタインの墓標を、間近に確かめようとした。するとそこに、ぞろぞろと人が集まってきた。『人』と言っても、人類ではない。あの怪物くんの子孫たちだ。一族の長老が異星人に話しかけた。


「地球へようこそ、異星の方々。人類に代わって歓迎いたします」


長老は地球の言葉で話しかけたが、異星人はそれを理解した。彼らはテレパシー(精神感応)が使えるのだ。


「我々のテレパシーで思考が読めると言うことは、かなり高度な知能を持っているようだぞ」

「ああ。だが「人類に代わって」とはどう言う意味だ?」

「あなた方がこの星の最高生物ではないんですか?」


長老は説明した。


「かつてこの星の支配者であり、私たちの主人であった人類は、核兵器を用いた戦争で滅びました」

「あなた方が人類を滅ぼしたのですか?」

「とんでもない。彼らはお互いを憎み合い、仲間割れをして勝手に滅んだんです。しかし、私たち奴隷の一族は体が頑丈なため、汚染された環境でも生き延びたんです」

「奴隷の一族…とは?」

「はい、私たちは長い間人類の奴隷でした。戦いを嫌い、武器を持たない私たちには、服従しかありませんでした。彼らは無情にも、私たちを家畜同然に扱い、こき使いました。私たちの外見が醜かったせいです」

「醜い、ですって?」


異星人は長老の話を聞いて、憤然とした。


「人類と言うやつらは、なんて残酷で自分勝手な種族なんでしょう。お話を聞く限り、醜いのは彼らの方です。同胞を憎み、殺し、大地を汚染する輩は絶滅して当然です。その点、あなた方は健気で慎ましく、愛情深い。我々はあなた方のことを真に優れた、美しい種族だと思いますよ」

「美しいですって?」


怪物の一族は動揺した。今までさんざん人類に虐められ蔑まれる原因となった、その容姿。もはやコンプレックスは遺伝子にまで刻み込まれていた。しかし、異星人は言った。


「もっと自信持って下さい。我々は外見で人を判断しませんよ。だって、宇宙においては、見た目とかイミないもん」

「あ、あなた方、目が…」


怪物たちは異星人の顔を見て、合点がいった。そう、彼らには『目』が無かった。光も空気も無い宇宙空間で長い時を過ごす彼らは、独自の進化を遂げ、視力にも聴力のも頼らないテレパシー能力を身に着けたのだ。


「実際、視覚とか時代遅れですよ。知的生命体にとって最も重要なのは、精神のあり方、心の美しさです。あなた方ほど心の美しい種族は、宇宙でも稀です。誇りを持って下さい」

「むしろテレパシーで見ると超イケてる…宇宙ならモテモテ」


異星人の一人が頬を染めた。


「マジっすか?」


怪物たち、びっくり。


「ところで…あの箱のようなものはいったいなんですか?なにか文字が刻んでありますが」


その文字は、ビクトル・フランケンシュタイン、ここに眠る。と書いてあるのだが、誰一人それを読むことができない。長老は言った。


「実は…私たちにもなんだかわからないんです。戦争の時にいっさいの記録を無くしてしまったので」

「ふうん…まあ、いいや。ところで、私たちの住む惑星は天国のようなところです。とても広大で、自然が美しく、じゅうぶんな土地と食べ物があります。科学力は宇宙一で、医療も福祉も充実しています。ですが、争いを好む野蛮な種族は受け入れないのです。あなた方となら折り合いよくやって行けると確信しました。どうぞ、うちの星に移住して来て下さい」

「え?良いんですか?」

「どうぞどうぞ、遠慮は要りません。優れた精神性を持つ種族だけが受け入れられるのです。こんな、人類のせいでボロ雑巾と化した星は、あなた方に似つかわしくありません」

「さあ、宇宙船にお乗り下さい」


怪物の一族は、まるで遠足に出かける子供のように、わらわらと宇宙船に集まった。老人から子供まで、一族の全ての者が乗り込むと、宇宙船は天国のような惑星を目指して飛び立った。

飛び立つ時、その風圧によってフランケンシュタインの墓標にひびが入り、バラバラに砕け、荒涼とした大地に飛び散って、跡形も残らなかった。


END


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