承 教会と、町と、そして家

「お疲れさま。なんだか最近は調子がいいのね」


 ――自分たちが暮らしている街エスクローに帰ってきて、まず一番に向かったのは教会だった。理由はもちろん、魔物を狩って集めた金貨を、この街で流通している貨幣と引き換えてもらうためだ。


 街で一番大きな建物である教会は、冒険者の協会も兼ねており、魔物狩り以外の依頼に関してもここで受注することができる。


 収穫は結果で言えば上々。大物はいなかったが、スライム以外にも3、4種類の魔物がいたのが救いだった。


「どうも、シーラさん。これも、優秀な相棒のおかげだよ」


 受付シスターであるシーラさんに挨拶をして、十数枚の金貨を手渡す。


 自分は非力だが、魔法の才能はあった。

 といっても、炎を出したり氷を出したりといったことはできないが。


 唯一できることと言えば、自分の思い通りに動かすことのできる人形――ゴゥレムを作り、それを操ることだけ。長くてしなる二本の腕と、操り手である自分をしっかりと保護してくれる巨体が自慢の、手製のゴゥレムである。


 こいつがいるから、俺は様々な魔物を狩ることができるし、こうやって金を稼ぐことができているのだ。


「昔からそのゴゥレムで頑張ってきたんだものね。そういえば……なんだか見た目が少し変わった? こんなの今まで付いてたかしら――」


「わーっ! こ、これはまだテスト段階の装置で、デリケートなものだからあんまり触って欲しくはないかな……」


 シーラさんが手を伸ばしてきたので、慌ててそれを遮る。


 彼女が気になった“装置”――金貨を投入するボックスについては、少し前にあった出来事によって勝手に取り付けられてしまったものであり、自分も完全には解析しきれていない。下手に触ると何が起きるか分からないのである。


「ふぅん? それじゃあ、ちゃんと金貨が本物であることも確認できたみたいだから、これが報酬のお金ね。それじゃあルシードくん、またね」


 じゃらりと報酬の入った袋を渡される。


 ずっしりとした重みが手にかかり、思わずにやけてしまう。

 この世に金を貰って喜ばない奴なんているか? いないよな? 


 落とさないように荷物入れにしっかりと仕舞い込み、教会をあとにした。






「まぁ、確かに今日のはいい稼ぎだったよ」


 腰に提げた荷物入れの重みを確かめるようにして、上下に振ってみる。金属が擦れあう、ジャラジャラという良い音がした。


 これだけあれば、1日とはいわず3日ぐらいは保つだろう。


 みんなも食べ盛りだし、食事をあまり質素にすることは反対だ。みんな小遣い程度しかもらえない町での仕事よりも、自分の狩りの手伝いをしたいとは言っていたが、まだまだ幼いので危険すぎる。


 これからも、自分が稼ぎ続けないとならないのだ。


「もっと凶暴な魔物がいる狩場を探さないとな……」


 魔物の金貨を集めている蒐集家コレクターだって、世の中にはいるらしい。珍しいものだったら、教会よりも高値で金貨を引き取ってくれるのだ。あとは、金貨限定でやりとりをする賭博だってあると聞いたことがある。


 自分で狩る以外に金貨を手に入れる方法はあっても、それをするには結局のところ、代わりの金貨か貨幣が必要なわけで。


 金を手に入れるのにも金が必要というのは、この世の心理だと思う。


「世知辛ぇよなぁ……」


 最終的にどこに行き着くのかというと、労働しかないのである。


 楽して大金を稼ぐ方法はないものかと頭を悩ませながら、ゴゥレムを商店通りの方へと歩かせていると――通りの端の方から声をかけられる。


「よっ! ゴゥレム使いのエース! 調子はどうだい?」


 昔からこの町に住んでいるため、顔なじみも多い。自分をゴゥレム使いと呼ぶのは、決まって魔物狩りの仕事関係の人たちだ。髪を逆立たせて、無精髭を生やした顔を見せているのは、たまに一緒に狩りに出ることもある冒険者の一人だった。


 一口に冒険者といっても、その戦い方は人それぞれである。自分の身体能力に自信があるのならば剣や槍などの武器を持って戦うし、魔法の才能がある者は魔法使いとして活躍する。


 自分のような〈ゴゥレム使い〉は魔法使いの中でも珍しく、どちらかというと不便な能力だと蔑まれることも多いのだが、彼はそういったことを気にせず組んでくれる。


「収穫はほどほどって感じだよ。できればドバッと稼ぎたいんだけどさ」

「そんなお前に、耳よりの情報があるんだよ――」






「今日の料理は豪華だぞ! ゴロゴロ肉のカレーだ!」


 教会からの帰りに買って来た新鮮な肉と、複数のスパイスによる香ばしい匂い。食卓に並べられた豪勢な料理に子供たちが『わぁー!』と歓声を上げる。


 面白いことに、家畜は死んでも金貨には変わらない。“魔物”と“凶暴な動物

”は根本的に違うのだと、小さい頃に教えられた記憶がある。……もちろん、人だって死んだらそのままだ。魔物だけが、この世界では“異質”な存在だった。


「いただきまーす!」


 …………。


「料理を作ってくれて、とても助かってるよ。ありがとうな、ルチル」


 ガツガツとかっこむ子供たちを横目に、料理を用意してくれた新入りの少女、ルチルに礼を言う。


 行き倒れていたルチルを拾って、この孤児院に連れてきたのが2週間前。怯えた様子だった彼女は、目を覚ますなり警戒していたものの――ここが親を失たった子供たちが集まる場所だと知って、多少なりとも気を許してもらえたのだ。


「別に……。子供たちだって稼ぎに出ているのに、私だけ居候したんじゃ申し訳ないもの。せめて、住まわせてもらってる分ぐらいは、私も貢献しないと。それに……お父さんとお母さんを見つけるために協力してもらってるんだし」


 いなくなった両親を探すために、住んでいた場所を離れてここまで辿り着いたらしい。放っておくわけにもいかず、確かに探す約束をしたのだが――なんとも説明も曖昧で、完全には心を開いているわけではないようで。


 それでは探すのも無理な話、というやつなのだが……まぁ、その中でもできる限りのことをやっているつもりではいる。


「情報だって金で買うものなんだ。適当にあれこれ探していても時間がいくらあっても足りない。今はもう少し資金が欲しい。それに……。そうだろう?」


「でも、お金なんて簡単には集まらないじゃない……」

「それなんだが――」


 そこでちょうど町中で聞いた話が役に立つ。


「近く、“竜の巣”と呼ばれる場所で、大規模な討伐作戦があるらしいんだ――」


 何人もの冒険者たちが集まって、ドラゴンを見つけ出して狩ろうという話らしい。確かに自分も噂を聞いたことはあったが、魔物の数も多く、ドラゴンなんて一人で狩れるわけがない。いままで保留にし続けていた案件が、こういった形で舞い込んでくるなんて運がよかった。


 問題は、雇われの冒険者をかき集めているせいで、連携が取りにくいということだ。それに報酬は最終的に山分けという形になっているが、どこまでそれを信じられるのか。


 ……まぁ、ドラゴンの金貨ともなれば滅多に出てくるシロモノではないから、教会に持ち込んだ時点でちょろまかしたことがバレるのだろうけど。

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