ピーターの苦難の日々4
家に入った僕は新しい家に驚く。
シンプルだが美しい内装。天井は高く窓から明るい陽光が差し込んでいた。
とても中古物件とは思えない未来的でありながらも落ち着いたデザインとなっている。
玄関のすぐ近くにはリビングがあって、そこでは座り心地の良さそうなソファと火がついた暖炉があった。師匠はソファに腰を下ろしておりこの場にいる誰よりも家の主感を漂わせている。
僕と両親は対面のソファに一緒に座った。
「では改めて自己紹介をしよう。儂はタナカ家初代当主田中真一だ」
「「…………え」」
両親は目を見開いたまま固まった。
たぶん色々理解が追いついていないのだろう。すでに死んでいないはずの初代当主が目の前にいるなんてどう考えたって衝撃的だ。僕だって師匠に自己紹介をされたときは偽物じゃないかと疑ったからね。
師匠は話を続ける。
「儂が偽物ではないことはすでに体験済みだと思う。君達夫婦も不思議に思ったことだろう。タナカグループの協力の申し出、銀行の巨額融資。あれらは儂が裏で手を回したことだ」
「た、たしかに……私達に見向きもしなかったグループが、手の平を返したように突然バックに付くと言い出しましたが……まさか本当に……」
「現当主が挨拶に来たのではないか?」
「!?」
父はソファから飛び降りるようにして師匠の足下で土下座した。
すぐに母も察したように同様の行動に出る。
「まさか未だご存命だったとは! たいしたもてなしもできず申し訳ありません!」
「よい、それよりも子供の前でそのような姿を見せるな。儂はお前達に頭を下げさせるために来たのではない」
「しかし!」
「この程度でうろたえるな」
師匠がニヤリとする。
その瞬間、僕は全身から嫌な汗が噴き出した。
「緑茶を一杯もらおう」
「は、はい! 初代様にお茶をお出ししろ!」
「わかりました!」
母は台所へと慌てて走り。
父は硬い笑顔で師匠と視線を交わす。
「単刀直入に伝えよう。お前達の息子は儂の弟子となった。末席とは言え一族に身を置くお前ならこの意味が分かるはずだ」
「まさかそんな! ウチのピーターが!?」
父の動揺に僕は疑問を抱く。
師匠と弟子、この単純な関係性に別の意味があるのだろうか。
父は僕の両肩を掴み満面の笑みを浮かべる。
「やったな! いつか何かを成し遂げる子だと信じていたが、まさか初代様が直々に指導してくださる逸材だったなんて! 親として鼻が高いぞ!」
「ちょ、どうしたのパパ」
「初代様の弟子となった者は例外なく歴史に名を残す偉業を成し遂げている! 一族で上位に席を置いている家々は全て、かつて初代様が弟子として鍛えた者の後継なんだ!」
「じゃあロックウッドもいずれ上に?」
「そうだ! ピーター、お前が現在の一族の序列を変えるんだ!」
正直ピンとこない話だ。
何度か一族の集まる場に呼ばれたことはあるが、どこの誰が上位で下位なのかよく知らないし興味もなかった。
ただ……ただ、父がぺこぺこ頭を下げて回る姿はしっかりと覚えている。
「本当に僕にそんなことができるのかな」
「できる。儂が保証してやろう。その代わり死ぬほど苦しい試練が待っているがな」
「ひぇ」
笑みを浮かべる師匠にゾッとする。
きっと僕や家族が了承するかどうかなんて関係ないんだ。この人は最初から僕を一族の上位に入れる算段で動いている。理由は分からないけどそんな気がする。
「パパも最大限応援するからな!」
「えぇ!?」
しまった、師匠がここに顔を出したのはこれが目的だったのか。
両親を味方に付け逃げ場を完全に塞ぐ作戦なんだ。
一族で肩身の狭い思いをしているパパには願ってもない話だし。
そこへお茶を持ってきた母が戻ってくる。
「初代様には粗茶かもしれませんが……」
「いやいや、充分だ。うむ、美味い」
湯飲みでお茶を啜る師匠は微笑む。
ソファに座った母へ父が嬉しそうに言った。
「初代様の元でピーターを鍛えてもらえば我が家は安泰だ。上手くいけば一族の上位にロックウッド家が座ることができるらしい」
「まぁ! それはなんて素晴らしい! ピーター、貴方は前々から何かを成し遂げる子だと思っていたの! 初代様との出会いはきっと運命だったのよ!」
「ママまで!?」
ダメだ。二人とも地位と金に目がくらんでいる。
でもだからって責めることはできない。我が家は上流階級に憧れる底辺だったのだ。雲の上の世界を嫌と言うほど見ながら、自分たちの置かれている場所に涙を流し続けてきた。だから僕に期待する気持ちが痛いほど分かる。
それに僕だってクラリスに……。
「それでいつから修行を!?」
「事後で悪いのだが、ピーターはすでに初期段階の修行を終えている。次の修行に移る前に彼にはここで二つの課題をこなしてもらおうと考えているのだ」
「課題とは」
「一つはクラリス・タナカとの決闘に勝利すること。もう一つは定期試験で十位以内に入ることだ」
「なるほど、ピーターには簡単ですね!」
何を言ってるのパパ!? 簡単なわけないじゃないか!
金に目がくらみすぎて知能指数が下がったの!??
「クラリスとの決闘はこちらで都合を付ける。できるだけ自然にな。分かっていると思うが、三人とも儂のことは他言無用だ。一族でも儂を知る者は片手で数えるくらいしかいない」
「心得ております。ピーター、クラリス嬢には初代様のことは伏せるんだぞ」
「分かってるって。と言うか、どうしてパパが返事するのさ」
師匠は「そろそろ帰らせてもらう」と席を立つ。
父と母は後を追いかけて外まで見送りに出る。もちろん僕も。
外に出たところで師匠が振り返った。
「ピーター、今のお前は自分で思っているよりも何倍も強い。もし争い事に巻き込まれても相手を殺すな。ここでしっかり手加減を学べ。いいな」
「はい」
「それと儂の方から優秀な指導員を二名送る。その者達に勉学と対人戦を教われ」
「いつ頃来るんですか」
「ふむ、恐らく明日の夕方だな」
彼は「またな」と言って去って行った。
次は一ヶ月後かぁ……会いたくないなぁ。
このままお別れしたい。
三人で家の中へ戻ると、父が僕の肩を叩いた。
「二階にお前の部屋がある。見てこい」
「うん」
急いで二階へと上がりドアを開けた。
「うわぁ!」
広さに関しては以前の五倍はあるんじゃないだろうか。すでにベッドや机が置かれていた。
私物は段ボールに入れられたまま放置されている。それよりも目をひくのは壁にある小型ディスプレイだ。
噂のAIアシスト機能ではないだろうか。
AIに命令すれば自動で窓の透明度が変り、部屋の明かりはもちろん、クローゼットも触れずに開閉する。おまけに天井の一部が開き階段が降りてきた。昇れば隠し部屋のような屋根裏へと出ることができる。
以前の住人が置いていったものなのか、屋根裏には冷蔵庫やソファやTVがあった。
「言うことがない。最高の部屋だ」
狭くて薄汚かったあの自室からこんなにもランクアップするなんて。
これに関しては師匠に感謝したい。貴方のおかげで僕は最高に幸せな気分だ。
下に降りてくると、母がドアを少しだけ開けて覗いていた。
「どうしたの?」
「……いやらしい本は捨てておきましたからね」
バタンとドアが閉められる。
愕然とした僕は崩れるようにして両膝を折った。
この日、僕は羞恥心と悲しさに枕を濡らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます