ピーターの苦難の日々3
転移の神殿と呼ばれる建造物の力で僕は地上へと帰還した。
時刻は午後四時。傾いた太陽がビルの間から顔を覗かせている。
どうやらここは博物館の敷地らしい。
転移の神殿はどこにでもあるモニュメントのように景色に溶け込んでいた。
まさかこんな場所に地下への直通路があったなんて。
師匠はいつもとは違い質の良いスーツを身につけ、高級腕時計にピカピカに光を反射する革靴を履いている。おまけに顔に皺が増えオールバックにした髪は白い。どうやっているのかは不明だけど、思わず頭を下げたくなるような威厳があった。
「もう帰ってもいいんですか?」
「いや、自宅まで儂の車で送って行く」
「師匠の車?」
師匠は僕を連れて博物館の正面玄関へと向かう。
そこには黒塗りの高級車が止まっていた。
庶民の僕には見ることもほとんどない雲の上の乗り物。
自動で後部ドアが開かれ先に師匠が乗る。
遅れて僕も乗り込めば、革を張った座席は程よくお尻になじみ、嗅いだことのない品のいい香りが鼻腔をくすぐった。
しかも対面式の座席だ。こんな車見たことない。
スモークガラスが透明なガラスに変り、運転席の女性が師匠へ敬礼した。
「このスケ太郎、本日の運転を承ります」
「うむ」
スケ太郎と名乗った人物は可憐な少女だった。
美しい白銀の髪に閉じられた両目。
運転手らしくスーツを身につけ頭には帽子をかぶっていた。
「あの人、目を閉じてますけど……」
「心配するな。スケ太郎はあれで見えている」
「というかなんで男の名前」
「そこは聞くな。儂の勘違いが原因だ」
師匠は恥ずかしそうに顔を逸らす。
どこをどう見ても女の子なのになぜだろう。大きな疑問だ。
車が発進、さすがは高級車だ。恐ろしく静か。
僕は窓をスライドさせ久々の地上の街並みを眺める。
大通りでは高層ビルが並び、お洒落な店のショーウィンドウが目をひく。
見慣れた風景なのになぜかとても新鮮に感じられた。普通なら懐かしいと言うべきなのだろう、だが今の僕は全てが違って見える。
いつもは視界に入っていても認識できていなかった店や建物がはっきりと見えていた。
それだけじゃない、道行く人だってはっきりと見える。彼らが何を考え、次にどういった行動を取るのか容易に予測できた。動きからどの程度戦えるのかまで見える。
この世界は膨大な情報で満たされていた。
以前の僕には見えなかったものが今は見えている。
「そうだ、お前にはこれをやろう」
師匠はどこからともなく剣を出した。
今まで使っていたアダマンタイトの双剣とサイズも重量もそっくりだ。ただ、無骨だったデザインが青と金の装飾が施された煌びやかなものへと変っている。
「お前の持っていた双剣を少しイジった。どこに出しても恥ずかしくないようにデザインし直し、いつでも抜けるように特殊能力を付与した。指を鳴らしてみろ」
言う通りに指を鳴らす。
すると師匠の手の中から双剣が消えた。
もう一度鳴らせば僕の腰に双剣が装着されている。
「すごい」
「これでどこに行っても武器を手に取ることができる。家にいる間もしっかり訓練しておけ」
「なるほど。そういうことですか」
でもこれは非常にありがたい。
すっかり武器を帯びる生活に慣れていたからないと不安だったんだ。
車は次第に僕の自宅へと近づく。
見慣れた道に入り、もうじき両親の経営するスーパーが見えてくる、その頃になってようやく僕は異変に気が付いた。
こじんまりとしたあの小さな店がないのだ。
ここからなら一発で見つけられる自信があったのに。
車はあっさりと通り過ぎ、僕は店があった場所を確認する。
そこは売り地になっていた。
まさかそんな……両親は店をたたんで惑星開発に?
恐怖が全身の毛穴を収縮させた。
両親を見送ることもできなかったのかと絶望する。
車は少し離れた商業区に入り、そのまま巨大な駐車場へと入った。
どうやらできて間もない大きなスーパーマーケットらしい、駐車場に敷かれたアスファルトが真新しい。
しかも盛況だ。車が数百台止まっている。
僕は店の名前を見て固まる。
「……ロックウッドマーケット?」
まさか、まさかこの店は。
師匠を見ればニヤリとしていた。
車が停車し、僕は急いで降りる。
「本当にこれがあの小さかったスーパー!?」
「正真正銘、お前の両親の店だ」
「でもどうやって!??」
「簡単なこと。バックにタナカ家傘下の企業がついただけのことだ。直にこの辺りのライバル店も軒並み潰れ、盤石な基盤を獲得することができるだろう」
僕は店の中へ入り喜びに震えた。
あの不足しまくりだった品揃えは、今や豊富に取りそろえよりどりみどり。
大きく長い商品棚が僕を圧倒していた。
色とりどりの新鮮な野菜、見るからに美味しそうな肉、並んだ冷蔵庫には飲み物から冷凍食品にアイスまでなんでもここにはあった。
より僕を興奮させたのは客の数。
数台のレジに並んだ列を成す客はかつて見ることのなかった光景だった。
師匠は、師匠は約束を守ってくれたんだ。
これで家族が引き離されることはもうない。
ぽんっ、と僕の肩に手が乗せられる。
「まだ両親は来ていないようだな。ならば自宅へ向かうか」
「はい」
再び車に乗り込み発進する。
だがしかし、思っている家の方角とは真逆だった。
「こっちだと遠回りになると思うんですが……」
「これで合っている」
師匠の言葉に疑問を抱く。
それはすぐに解決した。
閑静な住宅地に車が侵入し、近代的な二階建ての家の前で停車した。
表札には『ロックウッド』と刻まれている。
「え!? ここが僕の家!?」
「そこそこ良い物を選んだつもりだが、なにぶん中古物件だからな。もしかしたら気に入らない部分はあるかもしれない」
芝生に覆われた庭はキャンプができそうなくらいの広さだった。
おまけにBBQができそうな場所もありプールも備えている。
マーナ人の誰もが憧れる理想の家。
玄関は鍵がかかっていたのでインターホンを鳴らす。
『はい、どなたですか』
「僕だよ! ピーターだ!」
『ピーター!? 貴方、ピーターが戻ってきたわ!』
『なんだとっ!? はやく入れてやれ!』
程なくして鍵が開けられ父と母が飛び出してきた。
二人は品の良い服に身を包み以前とは見違えるようだった。
僕を抱きしめるやいなや頬にキスの嵐。
「ママ、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるものですか。ようやく私の息子が戻ってきたというのに」
「ああ、これで家族が揃ったな。お前に見せたいものが沢山あるんだ」
「パパも泣かないで」
相変わらずだな。でも安心した。
環境は変ったけど二人はちっとも変っていない。
「おほんっ」
師匠が露骨に咳をする。
ハッとした父と母は誰か分からずきょとんとしていた。
「師匠、あのこちらが僕の両親です」
「うむ」
「パパ、ママ、この方が僕の師匠。田中真一さんだよ」
「「タナカ・シンイチ??」」
あれ? なんだか通じてない?
偉大なるご先祖様に会えてもっと喜ぶと思ったのに。
まぁ僕の中ではすでに鬼や悪魔の類いとして変更されてるけどね。
「そう言えばお前達には、タナカ一族のみで行われる短期間特別留学と伝えていたな。まずはそこから改めねばな。ここではなんだ、とりあえず話をさせてもらう」
師匠はスケ太郎さんに待っていろと指示を出して、勝手に家の中へと入っていった。
未だに状況を理解できていない二人はきょとんとしている。
「と、とりあえず中で話を聞こうよ。僕も聞きたいことがあるし」
「そうだな。まずはお前とお客さんを歓迎しよう」
「どこかで聞いた名前なのよねぇ」
僕と両親は家の中へと入った。
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