ピーターの苦難の日々2
師匠達が暮らす本宅は大迷宮の三十階層に存在する。
昔はもっと上の階層で暮らしていたらしいが、子供が生まれことを良い機会に居住エリアを移したそうだ。
――で、僕の前には街が広がっている。
立ち並ぶ高層ビルと住宅。
道行くのは人にスケルトンに魔族に天使。
地上よりも種族がごちゃ混ぜで混沌としている。
大都市の中心部には進入禁止エリアが存在していて、そこに初代タナカ家が今も現存している。
まさかマーナの真下にこんな巨大地下都市があったななんて知らなかった。
間違いなくこの事実は世界を驚嘆させるに違いない。
時折スーツを着たスケルトンとすれ違う。
彼らは腕時計を確認すると、手を上げて超低空飛行するタクシーを停めた。
何度見ても不思議な光景だ。
僕と師匠は大通りに出て足を止める。
「迎えをよこせと言っておいたのだがな」
「誰が来るんですか」
「リズだ」
一台の黒の飛行型SUVが停車する。
スポーティーなデザインと鏡のように反射する車体がカッコイイ。
助手席の扉が自動で開く。
「ん。迎えに来た」
「悪いな。お前も乗れ」
「はい」
僕は後部座席に乗り込んで一息つく。
運転席では師匠の奥さんであるリズさんがいた。
艶のある青いショートヘアー。
相変わらず美人だけど何を考えているのか分からない無表情っぷりだ。
半眼の目がちらりとミラー越しに僕を確認した。
「修行は上手くいった?」
「及第点だな。しかし、今の時代はそこまで戦闘力を必要としていない。どちらかと言えば修行や進化でもたらされる総合的な能力上昇が目的だな」
「つまり金になる能力を育てるには、まず選択肢を増やすところから始めないといけない」
「まぁそういうことだ」
金になる能力なんて、もっとオブラートに包んで言って欲しかったな。
でも師匠もリズさんも僕のことを考えて言ってくれているのは理解できる。
実際、以前の僕は本当に何もできなかった。
思い通りにならない事ばかりで抗う術を持たなかったのだ。
車は赤信号で止まる。
隣のタクシーに五十年前に暗殺されたはずの大統領とよく似た人がいた。
多分……他人のそら似だ。教科書で見た人がこんなところにいるはずない。
そう思いつつ師匠なら、と嫌な汗がにじみ出る。
車が発進、高層ビルの間を抜けて厳重な警備がされた庭園へと侵入する。
緑の濃い敷地を走り抜け、大きな屋敷へと到着した。
師匠が言うには和風建築というものらしい。
木製の巨大な門が開かれ、その奥には屋根に黒光りする瓦を敷いた風格のある建物があった。
門の前では十人ほどのスーツを着た魔物とワーウルフが整列していた。
車を降りるなり十人が声をそろえる。
「お帰りなさいませ旦那様、奥様!!」
「出迎えはいいと言っているだろう」
「そうはいきません。ここはその名を轟かせる田中真一様のご自宅、来客者に舐められるようなことがあっちゃ、おれぁご先祖様達にどう詫びをいればいいのか」
「ほ、ほどほどにな」
サングラスを取った体格の良いワーウルフが、小さな可愛い目をうるうるさせて鼻を鳴らす。さすがに師匠も扱いに困っているようだった。
玄関を通り抜け屋敷の中へと入る。
どこからか良い匂いがして思わず涎が出そうになる。
振り返った師匠は微笑んでいた。
「腹が減ったか」
「ええまぁ。でもできれば早く地上へ戻りたいです」
「そう焦るな。そんな汚い格好で家に戻ればご両親が驚くぞ」
「あ」
そっか、今の僕は薄汚れてて酷い有様だ。
このままでは帰れないよね。
「まずは風呂に入ってこい。食事をしたらこれからのことを話してやろう」
「分かりました。ぞれじゃあ行ってきます」
屋敷のお風呂は何回か入った事があるので勝手は分かっていた。
それよりも気になるのは後ろから付いてくる男達だ。
「あの、一人で入れますから」
「なに言ってんだ。旦那様の弟子となれば俺達の兄弟みてぇなもんだろ。それに俺はペロ様の子孫、つまりお前さんとは遠い親戚でもある。男同士肌を流して親睦を深めようぜ」
「ひぇ」
黒毛のワーウルフがニカッと笑う。
強面の男達が両腕を掴んで風呂場へと強制連行した。
あれよあれよという間に服を脱がされ、泡だったタオルで体を洗われる。
屈強な男達に背中を洗われるのは妙な気分だ。
ここに来ると毎回こんな風にされるので若干気まずい。
湯船に浸かってようやく落ち着く。
「横、失礼するぜ」
「どうぞ」
ワーウルフの三郎さんが真横に体を沈ませた。
基本的に良い人なんだけど、ちょっと強引なんだよね。
「で、あんちゃんは地上に戻って何をするんだ」
「とりあえず家族に会って無事だってことを伝えたいですね」
「はは、ずいぶんと様変わりしたあんちゃんに驚くだろうな」
「そんなに変りましたか?」
かなり筋肉は付いた気はするけど、そこまで変っていないように思う。
それとも自分では気が付いていないだけで、ずいぶんと変化をしたのだろうか。
「肝が据わったていうのかねぇ。目つきや雰囲気がちげぇ」
「目か……いつも通りだと思うけどなぁ」
湯気の漂う水面に映る自身の顔は以前と同じようだった。
でも、ちょっとだけ逞しくなった印象はあるかな。
「また戻ってくるんだろ」
「そうらしいです」
「じゃあ今度ウチの娘と見合いをするか」
「遠慮します」
三郎さんの娘さんってことはワーウルフだよね。
ちょっと好みからは外れてる。いや、かなりかな。
あいにく僕はモフ気はないんだ。
その後、たわいもない会話をして僕らは風呂を出た。
大きな長机に置かれた大量の料理。
僕の茶碗にはこんもりとご飯が盛られていた。
「さぁ沢山食べて。いくらでもあるわよ」
「ありがとうございます」
師匠の奥さんであるエルナさんが満面の笑みを浮かべる。
結んだ金髪を肩から垂らし、可愛い犬のワッペンが付いたエプロンを身につけている。
家庭的で優しく綺麗で言うことのない理想の奥さんだ。
正直、エルナさんと結婚できた師匠が羨ましい。
僕はさっそく彼女が作った肉じゃがを食す。
「おいひいです!」
「よかった! そうそう、こっちの漬物も食べて! 今回は新しいお野菜に挑戦してみたの!」
カリカリしていて絶妙な塩気。ご飯とよく合う。
やっぱりエルナさんは素敵だなぁ。
師匠が箸を置いた。
「話をしたとおり、これからお前には地上に戻ってもらう。だが、ただ戻すと言うだけではつまらん。よって課題を与えようと思う」
「課題ですか」
「うむ、一つはタナカ家令嬢クラリス・タナカを決闘で破ること。もう一つは定期試験で十位以内に入ることだ」
「うぇ!?」
無茶だ。クラリスはタナカ一族の中でも上位に入る猛者なのに。
しかも加えて定期試験で十位以内なんて。どう考えても無理に決まってる。
こう見えて僕は頭も悪いし運動はできないダメダメなんだよ。
「片方でも失敗すればお仕置きとしてモドキ五匹と戦ってもらう」
「ひどい!」
一匹倒すのにあれだけ苦労したのに、今度は五匹なんてあんまりだ。
絶対に嫌だ。戦いたくない。
「美味い料理が冷めてしまう。しっかり食べておけ」
「……はい」
僕は青ざめた顔で食事を再開した。
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