百九十一話 家族

 儂は遙か先を見る。

 エルナ達の消えた場所から光の糸が延び、その先は時空を越えている。


 ――なるほどそう言うことか。


 さすがは我が妻。あの状態でスキルを使っていたようだ。

 ならば儂がすべきは一つだけ。


 不意に時空の揺らぎを感知した。


 来るとは思っていたが思っていたよりも早い。


 何もない空間から突如として巨大な黄金のが出現する。

 その指の先にはちょうどブロック状のへこみがあり、それを見た瞬間に儂はなぜゴーマの再生を阻害する攻撃が効かなかったのか理解した。


 剣はひとりでに手から離れる。


 他にも五大宝具である、炎神の手甲、水神の槍、地神の斧、光神の大盾が瞬時に集まり輪を作る。


 風神の杖はオリハルコンを使っていないので含まれない。


 宝具は砕け散り、緋色の金属片が溶け出しブロック状へと変化した。

 それは巨大な指の先に収まり、初めからそこにあったかのように傷一つない綺麗な状態へと戻った。


 ずずず、指が引き抜かれ空間に空いた穴の向こうから、半目の巨大な黄金の目がこちらを覗く。


『惜しい。まことに惜しい。汝ほどの力があれば我らは大幅な戦力拡充を果たせたことだろう』


 身体に響く荘厳で静かな声。

 頂点である御方が直々に来られるとは。


 輪廻に戻る以前の儂なら戦々恐々としていたに違いない。

 もちろん未だ足下にも及ばぬ存在。だが、此度で鍛えられた精神が幾ばくかの勇気を与えていた。


「儂にこの世界の管理を一任していただく。たとえ貴方様であろうと、これだけは譲ることはできない」

『ほう、世界の管理をとは。よほどこの小世界が気に入ったか』

「未だ貴方様の手の平の上であることは重々承知している。直樹に時を超える力を与えたこと、儂が特殊な種族に転生したこと、身体の一部をオリハルコンと称し人間に与えたこと、それを使って儂を守ってくださったこと。全ては貴方様の計画通りだったと」

『否定はせぬ。だがしかし、進化に至ったのは汝の力の賜物。汝が進化する確率は一割もなかった。それを越えるばかりか汝は予想を上回ったのだ』


 ほんの少しだが儂はこの方の予想を超えたのか。

 それは驚嘆すべきことだ。

 恐ろしくもあり嬉しくもある。


『汝はこれから多くの苦しみを乗り越えることとなるがよいのか。ここは汝には不釣り合いな世界だ。都合良く改変したところで行き詰まることであろう』

「儂はこの世界で生きると決めている」

『よかろう。その覚悟しかと受け取る。正式に汝にこの世界の管理を一任しようではないか』


 内心でほっとしたが、恐らくこれは条件付きだろう。

 この方は寛大ではあるが決して与えるだけのお優しい存在ではない。

 それはこの世界を見ればすぐに分かることだ。


『しばしの猶予を与える。三千億の時を迎える頃、汝には我らの戦いに参列して貰うぞ。それまではホームレスとして生を謳歌するが良い』


 儂は無言で一礼した。


 破格の待遇といえた。それだけ儂の力があてにされているということだ。

 しかし、結局どこに行っても上には上がいるものなのだな。改めてこの世の仕組みには逆らえないことを実感する。


 さて、帰るとするか。




 ◇



「コケー!」

「待て!」


 儂はコッコ鳥を慌てて捕まえる。

 鳥を柵の中に戻し一息ついた。


 ここはモヘド大迷宮の箱庭。


 ゴーマとの戦いから一年が過ぎていた。


 とりあえずここまでの流れをざっとだが振り返るとしよう。

 まず儂は天界に戻り直樹達と合流してゴーマを倒したことを報告した。その際にゴーマから創造神の証を回収したことも伝え直樹に証を手渡す。


 だが、ここで問題になるのが創造神候補の不在だ。


 直樹は果てなき進化スキルを有していないので、証を所有する資格がないのだ。

 そこで儂は反則的な力で強引に資格を与え直樹を創造神にした。

 直樹も他の神々も目玉が飛び出るほど驚いていたが、説明するのも面倒なので適当に『破壊神だから』などと誤魔化した。

 一応ではあるが儂は未だ破壊神と言う事になっている。


 直樹に天界を無事治めてもらう事に成功したところで、儂はユグラフィエと共に惑星『シャムル』に帰還する。


 シャムルは儂が転生した惑星の名だ。

 まさか戦いが終わってから名前を知るとは複雑な気分だが、知らなくてもどうにかなっていたのでしょうがないといえばしょうがない。


 で、帰還した儂は強引に結界を破壊して惑星に侵入。

 この時間軸のユグラフィエを捕まえて未来のユグラフィエと融合させた。同一人物が二人いると言うのは色々と面倒だからだ。ただ、訳も変らず儂に押さえつけられ、未来の自分に踏みつけられるように背中から入られた彼女は少し哀れな気もした。涙ぐんでいたしな。


 そこから儂は、モヘド大迷宮の最下層に封印されているゼファを解き放ち、事情を説明、改めて証を儂が受け取ることとなり魔界は開放された。


 さらにムーアの分身であるモフモフ仙人を捕獲。

 大雑把な説明を行い、ムーアのオリジナルを蘇生させ、さらに氷漬けの奥さんも蘇生させてから地上に放り出す。残った分身は満足してエヴァのところへと去って行った。


 そして、儂はこの時間軸の儂と融合を果たした。


 正直、これは強すぎるニューゲームだ。

 万能の力で何でもできる。オークなど見ただけで消し飛ぶのだから。

 そこで儂は己の力の九割を封印し、ほどほどの強さで過ごすことにした。


 ――で、現在に至る。


「真一! ちょっと捕まえて!」


 エルナが箱庭の監獄から脱走したサツマイモ君V3を追いかけていた。

 ちなみにサツマイモ君はジャガイモ君の兄弟種である。他にもサトイモ君、アンノウイモ君、ムラサキイモ君、ヤマイモ君がいる。まぁジャガイモ君自体にも豊富な種類がいるのだが、今は横に置いておこう。


「僕が捕まえるよ!」

「お願いペロ!」


 サツマイモ君V3の跳び蹴りをペロが腕で受け止める。

 我が息子は足首を掴み地面に芋を叩きつけた。

 危ない危ない。地上に出たら大問題だ。


「サツマイモ君Xの開発に勤しむ余り、すっかり気が緩んでおったようだ。捕獲感謝するぞ」


 白衣にモノクルを付けた男性が姿を現わす。

 彼は奇想天外な品種改良ばかり専門に研究している奇人だ。


 ……まぁ、儂の分身なのだがな。


 ジタバタ暴れるサツマイモ君に注射器で謎の液体を注入、大人しくなったところでスケルトン達に監獄へと引き戻されていった。


「どこまで行く付くのか怖くなってきたよ」

「そうだな……」


 まさか悪の組織なんて作らないよな。儂VS儂の構図などごめんだぞ。

 しかしながら分身が提供してくれる成果は役に立っているので、今のところ表立って文句は言えない感じでもある。

 もうしばらくだけ様子を見るとしよう。


「今日の野菜も収穫したしそろそろ帰りましょ」

「そうだな」


 籠を背負って儂らは隠れ家へと戻る。


 結局儂は、こっちの時間軸でも同じ場所に暮らしているのだ。

 同じ仲間と同じ生活。これが儂の求めていたものだ。


「ただいま。いい匂いがするな」

「ん、すでに食事ができてる」


 リズがエプロン姿でささやかな胸を張る。

 今夜はトンカツカレーらしい。

 使用している豚肉は言うまでもなく……アレである。


 儂は腰の剣を置いて床に座った。


 エルナがのスプーンを配る。


「いただきます」


 カレーはほどほどに辛くコクがあった。

 エルナ、リズ、ペロもはふはふと舌鼓を打つ。


「ところでそろそろ隠していることを言ったらどうなの?」


 不意にエルナから話を切り出されカレーが逆流した。

 何度か咳き込み水を飲む。


「何のことだ?」

「初めて出会った時、いきなり抱きついてきたじゃない。涙をぽろぽろこぼしてさ、あれがずっと引っかかってるのよ」

「僕の時もそうだったよね。いきなりペロって呼んだんだ」

「ん、全く同じ」


 うっ、やっぱり忘れてはくれないか。

 なんとかはぐらかしてきただけにそろそろ限界かもしれない。


 もうすぐ……だと思うのだが。まだなのか。


 その時、三人の頭上から光が直撃した。


「「「…………」」」


 三人は不思議そうに回りをきょろきょろと見回した。

 まるでなぜここにいるのか分からない様子。


 いや、エルナだけは分かっているはずだ。


 三人の身体には神気が溢れていた。

 儂が知る限りこの時間の彼女たちは神族にはなっていない。

 それはつまり……帰ってきたのだ。


「よく戻ったな。ゴーマとの戦いは無事に終わったぞ」

「真一!? 私達の知っている真一なの!?」


 抱きつくエルナの頭をそっと撫でる。

 その上からリズとペロが涙を浮かべて抱きついた。


「うわぁぁぁああああああっ!!」

「生きてたんだ! よかったお父さんが生きてて!」


 いつもは無愛想なリズが大泣きしていた。

 ペロからはいつもより湿っている鼻先を押しつけられて頬は鼻水だらけだ。


 部屋にワームホールが開きフレアが飛び込んでくる。


「おい、田中殿!? どうして私だけ騎士を続けているのだ!?」


 そう聞かれて視線を逸らした。


「ひどいぞ! 仲間だと思っていたのに!」

「誤解だ。戻ってくればどうせ合流するだろうと思ってそっとしておいただけだ。それにお前を再び仲間にする方法が思いつかなくてな」


 フレアはいつの間にか仲間になっていたよくわからん奴だ。

 それに一度フレアがいないペロが、どういった成長をするのか見てみたかったのもあった。案の上モフモフ変態の影に怯えることなく、すくすくと育っていたのではあるが。


「しかしこれはどういったカラクリだ? 我々はさっきまでゴーマと戦っていたはずだが……」

「原因はエルナのスキル特異点だ」

「あの使い方が分からないスキルだと?」

「特異点スキルは使用した相手をだけ時間跳躍させることができる。範囲も起点から数年以内と限られていて、跳躍した先では同一の存在に上書きする形で存在が確定する。いわばタイムリープだ」


 エルナはこの力を使用した瞬間に効果を把握したはずだ。

 あの時、彼女は無意識にスキルを使用した。効果を知った彼女はゴーマが仲間を消す前に次々に未来へと個体情報をコピー送信した。その情報が時間を越えてようやく届いたのだ。


「ずぅううううううっ! はぁ、すっきりした!」

「儂のローブで鼻を拭くな!」


 目を赤くしたエルナは自分の指を見て顔をしかめる。


「結婚指輪がない」

「そりゃあこっちではまだ結婚していないからな」


 リズが目を腕でごしごししながら左手を差し出す。


「再度要求」

「そうなるのか」


 となると結婚式ももう一度することになるのだろうな。


「ならば私達もこのタイミングで式を挙げるべきだな」

「そうだね。もう戦いも終わったし」

「!?」


 フレアとペロの会話に、儂はかつてない衝撃を受ける。

 それはコンビニからアダルトな本が一斉撤去されたあの日ほどの衝撃だった。

 否、F〇7でエ〇リスが死んだ時ほどの絶望だ。


「儂は許さんぞ! そんなモフ騎士!」

「モフ騎士ではない! ペロ様萌え下僕騎士だ! そして、これからはペロ様萌え騎士妻となるのだ! これこそ超進化!」

「くっ! 儂としたことが獅子身中の虫がいたとは!」


 エルナ、リズ、ペロは儂らのことなどどうでもいいとばかりに食事を始めた。


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