百九十話 終わりの戦い3
純白の肉体に額に開いた第三の目。
中年男性だった顔は二十代ほどの美青年へと変っており、その目はゾッとするほど冷たく感情を見ることができない。
もはや人とも神とも違う存在なのか気配すらも感じ取れなかった。
光の粒子を発する銀の長髪、腕や足や胴体には身体の一部だと思われる黄金の外殻が覆っている。そして、肩でふわりと漂う羽衣。今までとは何かが違う、直感では分かるがはっきりはしなかった。
「エルナ!」
「あぐっ」
胸から大剣が引き抜かれ、エルナが儂の腕に抱かれる。
焦るな大丈夫だ。今の彼女はこれくらいでは死にはしない。
すぐに再生して傷が癒えるはず。
だが、一向に傷口が塞がる気配はなかった。
「どういうことだ!? なぜ傷が塞がらない!? なぜ再生しない!?」
「くく、くくくく、くははははっ。忘れたか田中真一、我の一撃は再生を阻害するのだぞ。なぜか貴様には効果がなかったが、他の者はそうはいかなかったようだな」
脳裏によぎる直樹の最後の姿。
不味い。すぐに止血しなければ。
布を取り出して胸の傷口に押し当てる。
「無駄無駄。もう手遅れだ。我に心の臓を貫かれた時点でその女は死ぬしかない」
「黙れっ!」
白い布が真っ赤に染まる。
出血は止まる気配はなくほどなくして布からあふれ出した。
やめろ。やめてくれ。死ぬんじゃない。
お前まで儂から離れて行くというのか。
「ごほっ、しんいち……」
「エルナ!」
そうだ。彼女には魂がある。
もし死んでも蘇らせることができるではないか。
「よくもエルナを!」
「やめろリズ!!」
ダークマターでゴーマを包み込んだリズが斬りかかる。
しかし、一瞬にして闇は霧散、奴は笑み浮かべたまま左手で刀を掴んだ。
「消えろ」
「!?」
リズが光の粒子となって形を失って行く。
左手が開かれるとそこにはもうなにもなかった。
あ、あああ、ああああ、リズ……。
「よくもぉおおおおおお!」
「許さんぞゴーマぁぁああああ!」
ペロとフレアが動くが、ゴーマは左手を向けるだけで二人を消した。
やめてくれ……儂の家族が……。
「新世界にお前達は不要だ。消えろ」
スケ太郎、黒姫、栄光の剣が光の粒子となって消失した。
残るは儂とエルナだけ。
「しんいち……いきのこって……」
「違う! お前も生きるんだ!」
「わたしはもう……」
右手が儂の頬を撫でた。
直後、エルナは光の粒子となって消える。
「反魂などと無用な幻想は抱かぬことだ。今の我は魂すらも破壊することができる。真の破壊を創造したのだ」
「…………」
「そう、我は世界の枠から出たのだ。外から小さな水槽を覗いているようなものだな。我にはこの世界の全てが見える」
どろりとしたものが頭の中で広がる。
抱いたこともないほどの殺意が四肢を硬直させ自然と両手を震わせた。
かみしめる歯は砕け、至る所の血管が割けて目から血が流れる。
我を忘れるほどの怒りが神経を焼いた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!」
身体から破壊の波動が放出され、ありとあらゆるものを飲み込む。
恒星も機械天使も星系すらも。周囲は黒と紫のまだら模様に変化した。
「ようやく破壊神の真の力に目覚めたか。だがもう遅い。我はすでに破壊の力が及ばぬ存在となった」
「わしの……家族が……」
「痛みもなく逝けて良かったではないか。喜ぶがいい」
「きさぁぁぁあああああああ!」
儂の斬撃は片手で持った大剣で容易に防がれる。
無我夢中で何度も何度も剣の上から打ち込み続けた。
「くははははっ、とうとう壊れたか!」
「おまえだけは! おまえだけはぁぁああああ!!」
強烈な蹴りが脇腹にめり込んだ。
鎧の中で吐血するが、気にもとめず攻め続ける。
寸前で避けられ左腕を斬られる。
だが、なぜか再生しない。
「ここにきてようやく我の力が通用したか。もしかすると貴様はただの成り上がり破壊神ではないのかもしれんな」
儂は右腕だけで攻撃する。
左腕がなくなろうが知ったことか。
たとえ頭だけになろうが喉元を食いちぎってやる。
周囲の破壊の波動が消失し、ぽっかりと何もない空間が出現した。
「せっかくだ、超越神たる力を貴様に見せてやろう」
瞬時に後方へと転移した奴は左手を掲げる。
現われたのは深紅の神々しい槍。
「これは神器を越えた神器。因果を逆転し、結果を先に創る必中の槍だ」
槍が儂の右太ももに突き刺さる。
どうやって刺さったのか全く見えなかった。
「いくらでも次があるぞ」
槍が次々に容赦なく身体に突き刺さる。
引き抜いて奴に投げようとすれば槍は幻のごとく消えた。
「楽しいであろう? では次はこれだ」
三匹の黒い犬がどこからともなく現われる。
犬は姿を消し、鋭角な場所からにゅるりと姿を現わして儂に噛みついた。
「ころしてやるっ! ころしてやるぞぉおお!」
「やってみるがいい。できるものなら」
破壊の波動で槍も犬も破壊し、儂はゴーマに突貫する。
奴はすぐそこにいるのだ。手が届く目と鼻の先に。
「あぐっ!?」
見えない壁が儂を阻んだ。
即座に槍が身体に突き刺さり吐血する。
じゃらりと空間に空いた穴から数十もの鎖が巻き付き身動きがとれなくなった。
この鎖、神気を奪っているのだ。
「くそっ、くそくそくそくそっ!!」
「はははははっ、いい余興だ。貴様の憎しみがひどく愛おしい。なるほど、この世界がこうなのは弱者の藻掻く様を奴らが愛しているからなのだろう。我は真理を得たり」
ゴーマは大剣を儂の腹部に突き刺した。
「そろそろ終わりにしてやろう」
「ごぉまぁぁああああああ!」
「最愛の者達と同じく消え失せるがいい」
儂の身体が光の粒子となって消え始める。
いやだ。消えたくない。
儂にエルナやリズ、ペロ、フレアの仇を討たせてくれ。
もう望むのはそれだけ。お願いだ。誰か。
「ははははははっ! さらばだ田中真一!」
笑うゴーマを睨み。
儂の意識は闇の中へと沈んだ。
――ここは?
儂は深い深い闇の底を漂っていた。
光がない深海のような世界。
かぁぁぁあああん。
しゃん。しゃん。しゃん。
鈴と錫杖を打つ音が聞こえる。
『同胞よ。汝の役目はもうじき終わりを迎える。永き輪廻の旅、まことにご苦労であった』
一筋の黄金の光が差し込み、儂の身体を包み込んだ。
そうだ、そうだったのだ……思い出した。
儂がなんであり何を目的としていたのか。
儂は一つの役目を受けていた。
『敵が我らの世界の一つに入り込んだ。この世界を監視する者の一人として其方は、今一度輪廻に戻り敵の居場所を突き止めるのだ』
その為に儂は何度も生まれ変わり、その果てで田中真一へとたどり着いた。
費やした時間は三万三千三百五十六年と余り。
敵を見つけ出すという話ではあるが、あらかじめ全ての流れは決まっていた。
儂はただ運命に身を任せるだけでよかったのだ。
あぶり出された敵はこの後、我が同胞によって討たれることだろう。
『同胞よ。我らは汝の還りを待っている。ようやく汝は本当の家に帰ることができるのだ』
家? そうか、そんなものがあったな。
すっかり忘れていた。
ついニヤリとしてしまう。
『帰還を喜んでいるのか。永く険しい旅であったからな』
「違うな。儂はまだ勝ち目があったことに歓喜しているのだ」
『何を申す。汝にはすでに役目が――』
「家だと。今さらそんなものいらん。儂はホームレスの田中真一だぞ」
破壊神の証と創造神の証が胸から出現する。
それらは回転しながら一つに合わさり黄金の球となった。
『地蔵よ! やめるのだ!』
黄金の球体を抱き進化する。
果てを越えてなお儂はさらなる壁を越えた。
儂の手はつかみ拾うためにある。それは自身すらも拾い上げ救う。
千の手で足りぬなら万の手で世に光をもたらそう。
我が糸は悪鬼を縛り、我が目は闇を暴き、我が剣は万象をも切り裂く。
『その姿……我らに逆らうつもりか』
「そのつもりはないが。そっちがその気なら受けて立つつもりだ。この世界は儂がもらいうける」
『ではあの方にそう報告しておくぞ』
「構わん」
しゃん。しゃん。しゃん。
錫杖の音が遠ざかり光が消えて行く。
さて、儂もここを出るか。
意識を下方へと伸ばしゴーマを見つける。
漂う儂の剣を見ながら嗤っていた。
儂は自身の身体を高次から下の次元へとスライドさせた。
◆
我はかつてないほど喜びに満ちあふれていた。
力を手に入れ邪魔者を完璧に消し去った。
あとは世界を再創造し望む新世界を創り出すだけだ。
そして、真の支配者に反旗を翻すのだ。
我がアレの存在を知ったのはほんの偶然だった。
たまたま創造神が何者かと会話をしている光景を目撃した時だ。
それは黄金に輝き、眼は恐ろしいまでに全てを見通すような深さがあった。
我は直感で神よりも上位の存在であると悟った。
それからは全てが嘘のように思えた。
全てを司るはずの神でさえ触れることのできない領域が存在していることや、無自覚に世界を管理させられていること、醜く争いに溢れたこの世界の姿。
我の中で憎悪が溢れた。まがい物の上で我らは生かされているのだと。
なによりアレをひと目見た時から、自身の中で抑えきれない破壊衝動が芽生えていた。
アレは滅するべき対象だ。我の何かがそう訴えていた。
次第に我は理想を抱いた。
争いのない全ての神が支配から抜け出した理想の世界を。
我は永く待った。そして、時は来たのだ。
創造神を殺し天界を支配下に収めた。
従わない神々を殺し、我が心は潤いを覚えた。
そう、欺瞞に満ちたこの世界は全て壊すべきなのだ。
だがしかし、我が計画は狂ってしまう。
女神アフロディアとその息子田中直樹だ。
奴らが保管されていた創造神の証を持ち出し逃亡した。
我は激怒した。
さらに田中真一なる者が現われどこまでも阻もうとする。
それでもなんとか証を手に入れ我は創造神となった。
しかし、創造神としての真の力は未だ覚醒せずにいた。
証に受けいられただけでは創造神とは言えない。
宇宙創造を成し遂げる力は未だ有していなかったのだ。
そのことを事前に知っていた我は手を打っておいた。
数万の人間共を魂ごと吸収し進化への道を獲得していたのだ。
進化は恐るべきシステムだ。容易に力関係を逆転させ下克上を成し遂げる。
幸いなことに我は世界に疑問を抱く以前から、神が進化を手に入れる方法を模索していた。これにより我は創造神を越える超越神と至ったのだ。
今の我ならアレらにも勝つことは不可能ではない。
より時間かかければ、対等以上に戦えることだろう。
「くっくっくっ、再創造の時間だ」
右手に破壊と創造の力を凝縮させる。
それは小さな光の球体。宇宙の種だ。
右手を掲げ再創造を開始する。
「――?」
なぜか何も起きない。
右手を下ろせば宇宙の種は消えていた。
「それは儂が消した」
「!?」
振り返った我は、眩い黄金の輝きに腕で目元を覆う。
後光を放ち額には白い渦を巻いた毛があり、目は虚空を見つめるように半目。
その身には一枚の薄い布がひらひらと纏われていた。
「馬鹿な!? 魂すらも消滅させたはず!」
「魂とは大いなるものの一部。いくら一を消し去ろうとも全が消えることはない」
まさかこいつ今まで真の姿を偽っていたのか!
アレの仲間だったと気づけなかったとはなんと不覚!!
瞬時に大剣を再創造し、奴を殺せるだけの神器を創り出す。
びたっ。大剣は寸前で止まった。
奴は身動きしていない。
すっ、右手が動き大剣を指で弾く。
薄氷を砕くがごとく我が大剣は砕け散った。
「悪鬼に巣くわれたお前の心を救おう」
「あがぁぁぁあああっ!!?」
我が口からどす黒い何かが飛び出した。
奴は黄金の糸でそれを縛り上げる。
ぶぶぶぶぶぶぶ。
不快な羽音。
それは巨大な蝿だった。
『ここまでか。しかし主の目的は達した』
「滅」
巨大な蝿は弾け飛ぶ。
我は呆然としていた。
心にあった重要な何かが抜けた喪失感。
たぶんそれは欲という名のなにかだろう。
「お前には数万の魂が融合している。故に人として数万人分の輪廻を果たせ。その時、再び相まみえよう」
我の身体が縮み青年、幼児、赤ん坊へと変化する。
魂の状態になっても辛うじて意識はうっすらあった。
これからどれほどの年月を過ごすこととなるのだろうか。
想像しただけでゾッとする。
一つの魂が終わりを迎えて輪廻から脱するのを我は一度も見たことがないのだ。
神として一億以上の時を生きている我ですら。
輪廻に投げ込まれたところで我は悲鳴をあげていた。
そして、意識すらも途絶えた。
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