百八十八話 終わりの戦い1

 一呼吸で間合いを詰めた儂は下から斬撃を振るう。対するゴーマは大剣を盾とし軽々と防いだ。瞬時に反撃として振られた剣を儂は紙一重で躱し、身体を横に回転させて打ち込む。

 これもまた容易に防がれ甲高い金属音と火花が散った。


 ウォーミングアップ程度の攻防だが、それでもひしひしと感じる奴の強さ。


 振り下ろす大剣にブレはなく剣筋には迷いがない。

 のしかかる剣圧も重く、静かにそれでいて獅子のごとく気迫が伝わる。

 揺るぎない自信と覚悟がそこにはあるように見えた。


「破壊神となった貴様ならあそこに入れたのではないか」

「玉座の後ろに隠されていた部屋か?」

「そうだ。今なら貴様も理解できるだろう、この世界は奴らによってコントロールされているということが」

「だからなんだ。そんなものどこに行っても同じではないか。あらゆる存在は必ず何らかの支配を受けている。たとえ上位の存在がいたとしても驚きなどしない」


 一秒間に数十と剣が交わる。

 互いに位置を変え、手を変え、狙いを変える。

 まだまだ本気ではないものの儂も向こうも確実に命をとりに行っていた。


「その点には我も同意しよう。だがしかし、悪意あるものが支配者ならどうする。それでも貴様は今の世界を受け入れるか」

「くだらん。お前はただ支配されるのを嫌がっているだけじゃないのか」

「否定はしない。我の支配欲は我ですら底が見えぬからな。だがしかし、それでも我は堂々と正義であると主張しよう。この世界は間違っている」

「正しいなど間違いなどどうでもいい。儂らはこの世界で生きているのだ」


 速度の上がる剣を剣でいなし、素早く横蹴りを鳩尾に直撃させる。

 ゴーマは壁を突き破り隣の部屋へと蹴り飛ばされた。


 瓦礫から何事もなかったかのように出てきた奴は表情をピクリとも変えない。


 元々あんな攻撃効くとは最初から思っていない。

 言わば様子見だ。どこかに弱点らしきものがないか観察している。

 もちろんそれは向こうも同様だろうが、儂ほど必死さはないように思う。


 ゴーマが左手を掲げる。

 指輪の一つが輝き奴が三人となった。


 本体である奴はのそりとこちらに戻り、その間儂は分身の二人を相手する。


 二メートルもある大剣を短剣でも扱うように、分身達は息継ぎをさせる間もなく一方的に攻撃を続けた。正面にいる一人が一文字に一閃、背後のもう一人が真上から切り下ろす。儂は正面の攻撃を剣で弾きつつ背後からの斬撃を紙一重で躱した。


 すかさず攻撃に反転、剣をほんの一瞬本気で振れば分身の大剣が根元から切断された。


 なるほど……所詮は分身、装備している物までは完璧に模倣できないか。

 恐らく創造神としての力もないのだろう。


「はぁっ!」

「「!?」」


 一人を真下から脳天にかけて真っ二つにし、そのままの流れでもう一人も前から一刀両断にする。二人は手で払った蒸気のように霧散して消えてしまう。


「貴様にはあまり意味のない攻撃のようだな」


 オリジナルのゴーマは大剣を中段に構える。

 儂は下段の構えで距離を取りつつ側面へと移動した。


「知っているか。なぜ神が進化できないのかを」

「さぁな」

「答えは簡単、魂がないからだ。神とは空っぽの人形。輪廻という魂の流れを管理する奴隷だ。残酷だとは思わないか」

「…………」


 ゴーマは話を続ける。


「我は考えた、たとえ宇宙を再創造したとしても、奴らがやってきて元の状態に戻してしまうだろうと。それではこの行いが無意味になってしまうと」

「……だろうな」

「残念ながら今の我には奴らに勝つ手段はない。だがしかし、魂を手に入れれば勝利することもゼロではない」

「ふむ」

「我ら神は魂を持たぬ故に輪廻の流れに身を投じることもない。だが、そのせいで進化という究極へと続く道を手に入れられなかった。否、与えられなかった。神が次のステップに進むには魂が必要なのだ」


 つまりゴーマは魂の有無が上位者への勝利の鍵と睨んでいるのか。

 創造神になったところで存在自体はこの世界の枠を出ない。もし真の支配者に立ち向かうとするなら、少なくとも世界の枠を抜け出し、同等以上にならなければならないはずだ。もちろん進化の道がそこまで続いているかは不明ではあるが。

 何もかもが分からない存在に挑戦しようとするなど正気の沙汰ではない。


 いや、もしかしてこいつは上位者に会ったことがあるのか?


「神に魂が必要だということは理解した。だがしかし、魂とは創造神が創り出せるものなのか?」

「そう、そこだ。創造神と言えど魂までは創り出せない。できるのはせいぜい肉の器を作ることのみ。つまり魂とは神の手が及ぶものではないということだ」

「だがお前は抜け道を見つけた……と?」

「魂とは人に定義される物にしか入れることはできない。では人と神を隔てる物とはなんだ。愚かさか? 脆弱性か? 無駄な欲深さか? 違う、この世界のシステムの深部がそう定めているのだ。ならばその目を誤魔化せばいい」


 奴の皮膚に人の顔が浮き出る。

 儂は何をしたのか分かって背筋が凍り付いた。


「この身体には数万の人間が融合されている。魂にも質があるらしく、いくら人に寄せようが中身と器が釣り合わなければ定着しないようなのだ。そこで考えたのが無数の魂を取り込み一つに融合させる方法だった。おかげで我は魂を持つ神となったのだ」


 数万の人間を犠牲にしてたった一つの魂を作ったと言うのか……。


 馬鹿げている。そうまでする意味が儂には全くもって理解できない。だいたいこいつはどうしてそこまで抗おうとするのだ。確かに未知なる上位の存在に操られるのは心地のいいものではない、しかしだからといって危害を加えられたわけではなければ、今の何かが劇的に変えられたわけでもない。

 魂がないからといって神が明日や明後日に消えることでもないのだ。


「貴様は疑問を抱かぬか。どうしてこの世界はこんなにも争いが絶えないのだろうかと。それはそうなるようにこの世界が創られているからだ」

「それについては否定しない。生存競争をさせることで成長を促し進化をさせるからだ」

「違うな。それは人の思考による人のための論理だ。理由はもっと単純で薄暗い。奴らは殺し合わせ錬磨されたより強い魂を求めているからだ。言わばここは『蠱毒』なのだ」


 脳裏に天界で見た命令書の一文がよぎる。



 『二つに分かたれし我が眷属に命ずる。未来永劫、世界と輪廻を管理せよ。その主たる目的は魂の救済と悪敵を討ち滅ぼす為の戦力の拡充である』



 真の支配者は戦力を欲している。

 そして、それはこの世界で創り出されている。


 この世界は明確な目的を持って創り出され、その目的はひどく歪んでいるということか。


「我は奴らに干渉されない争いのない世界を構築する。これを正義と呼ばずなんと呼ぶか」

「だったら聞くが、お前は人間をこの先どうするつもりだ」

「しれたこと。あれらはこの世界を争いに導く元凶の一つだ。当然排除する。輪廻を回る全ての魂は我の創る神々の贄となるのだ。新世界に人間など不要」


 強烈な踏み込みで肉薄、盾となって阻む大剣を力任せに押し込む。

 一際強い突風が部屋の中をかき混ぜた。


「くだらん。聞くだけ無駄だったな」

「やはりこうなったか。できれば破壊神である貴様を同志として迎え入れたかったが、所詮人間からの成り上がりでは我の崇高な計画を理解はできなかったようだ」


 何が崇高だ。あーだこーだと言い訳をしているが、結局自分の思い通りの世界を創って支配したいだけなのだろう。見え透いた嘘を。

 だいたい蠱毒がなんだ。お前の方がよっぽど儂には害悪だ。

 今こそ美由紀を殺した落とし前をつけてもらうぞ。


「雷帝撃!」


 至近距離から極太の紫電を直撃させる。

 ぱっ、眩い閃光が部屋を照らし轟音が建物全体を震わせた。

 目の前にあるのは空の見える大穴。


「魔法は効かぬと言っただろう」


 宙に浮かぶゴーマはマントをたなびかせて見下ろしていた。

 その身体には火傷一つなく数秒前と何も変らない。


「魔法攻撃が本当に効かないのか試してみたのだ」

「ならば証明されたな」


 儂も浮かび上がりゴーマと相対する。

 そろそろ本気でやり合う時間が訪れたようだ。

 すでにお互いの立場ははっきりした。

 これ以上言葉を交す意味はない。


 儂はこの世界を守り、奴は新世界を目指す。


「創造を司る我には勝利が約束されている」

「破壊を司る儂に負けはない」


 瞬時に行うは転移からの背後攻撃。

 ゴーマは即座に振り返り剣に剣を当てる。


「力とはこう使うのだ」

「!?」


 指輪の一つが輝き儂の真上に奴の分身が出現する。

 右肩に大剣が沈み込み血しぶきが舞った。力が緩んだところで、オリジナルが身体を回転させて強烈な回し蹴りを上方からたたき込む。儂は真下にある海へと垂直落下した。


 くっ、分身をあんな風に使うとは……予想外だった。

 なんだ? この壁は?


 海中で見えない壁に当たる。

 手探りで探ってみるがどこまでも続いていた。


 ぐんっ。なぜか壁が急速に儂を押し始める。

 これが透明な箱だと気が付いた時には、儂の動けるスペースは二メートルもなかった。


 隔離空間のような力なのだろう。

 恐らく四つある指輪の一つに似た効果を有するものがあるに違いない。


「早く出てこい。我は濡れるつもりはないぞ」


 声が聞こえる。

 海中から引きずり出すつもりか。


 儂は破壊の波動で箱を消滅させ、海上にいるゴーマめがけて神竜息を放つ。


「効かん」


 奴の周囲の空間が歪み神竜息が逸れる。

 ブレスが消えると同時に見えたのは、奴の腕にはめられた小型の盾だった。


 海上へと浮き上がった儂は眉間に深い皺を寄せる。


「くっくっくっ不満そうな表情だな。指輪の一つに広大な収納力を付与している。貴様の持つ腕輪と同じだ。そして、この中には様々な道具が入っているのだ」

「ぬかりはないといいたいのか」

「そうだ。備えもなく貴様を招くわけもなかろう」


 また厄介なものを……。

 能力から察するに空間を歪ませる盾であることは間違いないが、もしかしたら他にも能力を有しているかもしれない。迂闊には手を出せないか。


「雷帝撃!」

「効かん」


 盾が雷撃を逸らす。


「万能糸」


 しゅるり。奴の左腕に糸が巻き付く。

 さらに糸爆弾を射出して体中に粘着質の糸を絡ませた。


「これは……ずいぶんな奇策だな」


 急加速して奴へと連撃を浴びせる。


「爆炎剣舞!」


 炎に包まれた剣撃は次々に繰り出される。

 最後に一文字に一閃させ首を切り落とそうとした。


 ――が、刃は皮一枚切ることなく表面で止まった。


「物理攻撃は効かぬと言っただろう?」


 ぶちぶち。糸を引きちぎり身体を自由にする。


 奴は不敵な笑みを浮かべゆらりと大剣を真上に掲げた。

 全身を悪寒が襲い反射的に身体を反らす。


 シュイン。


 奇妙な音が響き、背後にあった巨大な宮殿が真っ二つになって崩れる。

 バラバラに崩れ始めた建造物は水柱を上げながら海へと落下していった。


 これが空間を斬るということか。


「我が宮殿があったことを忘れていた。また作り直さねばならぬな」


 すぐさま距離を取り剣を構える。

 だが儂は冷や汗を流しかつてないほど恐怖を覚えていた。


 あの剣は危険すぎる。


「ほとんど手の内を見せたのだ。貴様も破壊神としての力を見せたらどうだ」

「知っていたか……奥の手があることを」

「当然だろう。我はゼファが現役の頃から主神をしていた」


 だったら隠すことでもないか。

 切り札として取っておいたがもうそんなことも言っていられない。


 破壊神の神器、ローブ、腕輪、指輪を同時に共鳴させる。


 それらが黒い光を放ち全身を包み込んだ。


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