百八十七話 四支神4
草むらで息を潜めて周囲を窺う。
どうやらこの近くにはいないようだ。
私の身につけているローブは、遠視による認識などを阻害する効果を有している。
反対に青龍神も隠蔽のスキルがあるらしく、遠視ではどこにいるのかも不明。
しかも双方隠れてしまったので、なかなか決着がつかないでいた。
向かいの浮島にきらりと光るものを見る。
いたっ! あそこだ!
弓に魔法で創った矢をつがえて放つ。
浮島から爆音が響き大きな土煙が上がった。
直後、数十本の矢がこちらに飛んでくる。
私はすぐさま退避、走りながらまだそこにいるだろう敵に矢を撃ち続けた。
「まるで効いている感じがしない。幽霊を相手にしているみたいだわ」
単調な応戦だけでは倒しきれないことがはっきりした。
そろそろ大規模な攻撃を行うべきだろう。
木の陰に入った私は弓を上に向けて高速連射する。
数百の矢は上空で軌道を変えて浮島へ直撃。
轟音と共に島は粉々になって落下する。
「どこ? 出てきなさい」
矢をつがえたまま視線を彷徨わせた。
崩れる島から出てくる様子はない。
だとすると転移か何かで移動した可能性が高い。
神同士の戦いがこんなに面倒なんて想像していなかった。
どんな攻撃が来るか分からないし、どこからともなく現われるし、どこまで攻撃が通用するのかも不明だし。謎だらけで厄介すぎ。
まだ天使と戦ってる方が何倍もマシだ。
あ、そろそろ場所を変えないと不味いかも。
転移で別の浮島へ跳ぶ。
すぐさま草むらで息を殺して回りを確認した。
どうやらここにあいつはいないようだ。
ドゴォオオオオ。
数秒後に先ほどまでいた島が一本の矢で大爆発した。
「発射場所は――あそこね!」
今度は逃さない。
光速の矢を連射した。
放たれたビームとも言うべき攻撃は島を貫通。
木々の間で見えるあいつの姿を追いながらさらに連射速度を速めた。
青龍神は島から飛び降りて、大弓に矢をつがえる。
来る!
私も走り出して島から飛び降りた。
次の瞬間、浮島を閃光が貫きチーズのような穴だらけになるのを見てゾッとする。
なんて恐ろしい攻撃、あんなのを喰らえばただでは済まない。
まだ青龍神は移動していない。
今がチャンスだ。
最大の攻撃力と速度を込めた矢を創って放った。
パシュン。
――が、矢はあいつに当たった瞬間に光の粒子となって消えた。
まさか真一と同じ魔法を無効化する神器を持ってる!?
「そこか!」
「やばっ」
転移して逃げる。
離れた浮島に逃げ込んで呼吸を整えた。
冷静になれ。落ち着くのよエルナ。
ゴーマが創造神になったってことは、真一の持っているような道具を作れるってこと。最初から分かっていたことじゃない。問題はどうやって殺すかってことだけ。
さすがに物理の無効化まではできないはず。これは私の勘だけど、強力な道具って複数の効果を組み込めないのだと思う。物体のバランスとでも言うのかな、神器と言ってもある程度の”枠”はあるみたいだし。
またしばらく静かな時間が過ぎる。
見えない敵と戦うのはストレスだ。
というかこう言う戦いをすること自体が初めて。
地球で見た映像作品の中で、似たような状況があったような気がする。
見つからずに敵を見つけるってかなりハードだ。
今のうちに私は鋼鉄の矢をいくつも創って籠に入れる。
背中に装備すると一本だけ矢をとって攻撃に備えた。
次の攻撃はさらに苛烈となるだろう。
魔法が効かないとバレてしまったのだから。
ズンッ。
離れた位置にある浮島で土煙が上がった。
向かいの島で矢を放つ青龍神。
ぶふっ、見間違っちゃったのかしら。
ゴーマの配下って言ってもたいしたことないわね。
好機と見て反射的に矢を放つ。
あいつはこっちを見てニヤリとした。
「しまった! 罠だ!」
「もう遅い!」
真上に転移してきたあいつが矢を放つ。
私は地面を転がってなんとか躱した。
チュン。チュンチュン。
音速の雨が木々をえぐる度に不快な音が響く。
私は森の中を必至で走っていた。
ひぃいいいいいっ! 死ぬ! 死んじゃう!
脳裏に鎌を持った死神さんがにっこり微笑んでいる。
そもそも死神って実在するのだろうか。
どうでもいいことが頭の中を駆け巡った。
隠れようにも向こうの攻撃は岩すらも貫く。
この場に盾らしい盾なんて存在しない。
「逃げるなぁぁあああ! 殺す殺す殺すぅううううううっ!」
「なんなのあいつ! ただのキ〇ガイじゃない!」
血走った目で涎をたらして追いかけてくる青龍神。
一体何に火を付けたのかは分からないけど、今のあいつはぶっ飛んでる。
でも向こうから近づいてくれたのだから好都合でもある。
すぐにでもキ〇ガイの脳天をぶち抜くわ。
あいつの真上に転移、鋼鉄の矢を連射した。
もうもうと立ち昇る土煙。
風が吹くと煙が晴れてそこにはあいつはいなかった。
「だまされたなぁぁぁああ! メス豚!」
「しまっ――っ!?」
さらに真上に転移されていた。
降り注ぐ矢の嵐に脚や肩を貫かれながらも転移で逃げる。
「あつっ、いたた」
木陰に隠れて溜め息を吐く。
傷は瞬時に再生したが精神的疲労は溜まる一方。
なんとか倒す方法を見つけないと。
実はまだ重力操作と特異点を使っていない。
特異点の方はよく分からないので、重力操作で勝つ方法を模索するべきだろう。
問題はどうやって勝つか。
はっきり言うとこのスキルには色々と問題がある。
というのも神はほぼ例外なく僅かながら重力を操っている。
空を飛んでいることを考えればすぐにたどり着く答えだ。
もし使うなら不意打ちでしか効果はない。
それとブラックホール形成も時間がかかる。
一度発動すればあらゆるものを吸い込んでくれるが、そこに至るまでに私は射貫かれて死んでしまうことだろう。
どちらにしろこちらが有利な状況に持っていかなければ、勝ち目はゼロと言っていい。
こんな時、真一ならどうするのだろう……。
頭の中の真一が『うむ』と頷いた。
彼は『儂の戦い方を思い出せ』なんて、キリッとした顔で言ってからTKGを口に掻き込んだ。
だめだ。私の中の真一は役に立たない。
だいたい真一の戦い方はむちゃくちゃなのよ。
糸を使ったり、炎を吐いたり、分裂したり……。
あ、ちょっとまって、糸って使えるんじゃない?
そう思い至って神気で蜘蛛の糸を創ってみる。
じゃあこれをこうして――うん。いけそう。
私は新しく創った鋼鉄の矢を籠に入れて立ち上がった。
「どこにいるの! でてきなさい!」
私は島の端で叫んだ。
けれど反応はない。
「それでも神なの!? この臆病者!」
反応はない。
「バカ! クズ! キ〇ガイ!」
反応はない。
「ゴーマの脳みそってミジンコくらいらしいよ!」
ヒュン。
近くを矢が通り抜けた。
すぐ近くの浮島に憤怒の青龍神の姿があった。
ご主人様の悪口だけは我慢できないらしい。
「許さん! ゆるさんぞぉおおおおおお! よくもゴーマ様をぐろうしたなぁぁぁああああ!!」
敵が矢をつがえる前に私は飛行して逃げる。
頭に血が上ったあいつはまっすぐ追いかけてきていた。
「無情矢雨!」
数万という追尾機能を付与した矢が放たれる。
対する私も魔法で矢を撃ち落とす。
あいつには効かないけど矢なら問題ない。
ちらちら進行方向を確認して少しずつ飛行速度を落とす。
「神死の矢!」
一際大きな矢が放たれる。
あれは不味い。なにがどうとか具体的には言えないけど、本能が危険信号を発している。
私は全力で矢を撃ち落とした。
「ころされろぉおおおおお! しんでくれぇええええええ!」
「お断りだわ! 死ぬのはあんた!」
ちょうど二つの島と島の間にさしかかる。
待ってましたとばかりに私は、特製の矢を弓につがえて撃つ。
矢はあいつに当たる前に爆発すると、大量の蜘蛛の糸を放出した。
「ぐべっ!? 糸だと!?」
二つの島の間で巨大な蜘蛛の巣ができている。
青龍神は囚われた蝶のようにジタバタと藻掻いていた。
これはかつて真一が使っていた糸爆弾を参考に創った新兵器だ。
しかも強度も粘着力も非じゃないほど強力にしてある。
いくら転移しようとしても身体にひっついてるから逃げ切る事は難しい。
「この強烈な風はなんだ?」
ようやく気が付いたみたい。
すぐ真下で黒い球体が出現していた。
「きさまぁぁああああああ!」
「ほらね。死ぬのはそっち」
しゅるん。そんな感じであいつは黒い球体に吸い込まれてしまった。
ギリギリだった。もっと早くに黒い球体に気づかれていたら逃げられていたかも。
「さて、アレを消さないと大変なことになっちゃう」
意識を黒い球体に向ける。
全集中力で消えろ消えろと念じ続けてようやく消滅する。
やっぱり強力だけど扱いの難しい力だ。
「エルナお姉ちゃーん!」
声がして振り返るとペロ達がこちらへと向かっていた。
私は近くの浮島へ着地して三人を迎える。
「無事に勝ったみたいね」
「なんとかね。フレアとリズさんは余裕だったみたいだけど」
リズが私のボロボロの姿を見て鼻で笑う。
なんなのその態度。
ムカつくわね。
「しかし四支神の持つ武器は恐ろしく感じた。ゴーマはあれらよりより強力なものを持っていると考えるべきだろう」
「ん。確かに危険」
「僕なんかスキルをコピーされちゃったからね」
聞けば他の敵も驚くべき能力を有していたらしい。
ただ、真一が持っていた能力ばかりなので少し呆れてしまった。
……ウチの旦那様は神の世界でも規格外だったのね。
「お父さんが心配だ。すぐに助けに行こう」
「そうね、今頃苦戦しているかもしれないし」
私達は真一を助けるべく扉へと向かった。
◆
――扉をくぐった先は花畑だった。
風に吹かれて花びらが舞い散る。
青い空にざわめく木々と遠くに見える海。
遙か空には巨大な宮殿が浮かんでいた。
ここがゴーマの星か。
どことなく儂が転生した星と似ている。
儂は浮遊する宮殿へと飛翔する。
あそこに奴がいることは疑う必要もない。
せり出した円形の足場に着地、儂は剣を抜いて全体像を確認する。
どうやら最上部にいるようだ。だが、ステータスは隠蔽しているのか見えない。
隠れるつもりはないが手札を見せるつもりもないということか。
儂は内部に入って最上部へと向かう。
別に直接飛んで行ってもいいのだが、今はそういう気分ではなかった。
金で縁取られた扉を開いて中を進む。
宮殿内は意外にもおとなしめの内装だ。
無駄な装飾は置かず、代わりに生け花がよく目に入る。
中には盆栽もあった。
やはりというか人気は全くなかった。
儂の足音が嫌なほど響く。
階段を上り二階へと上がる。
二階も一階と同様に静けさが満たしていた。
そのまま四階まで上がってとある扉を見つける。
ここに来るまでに見たもので最も豪華で重厚な扉。
扉の奥からは人の気配がしていた。
儂を待っているようだ。
ごごごごご。
扉を開けて入れば、巨大な部屋の最奥で玉座に座るゴーマがいた。
「待たせたようだな」
「先ほど来たばかりだ」
「?」
「分からぬか。日本で言うジョークだと聞いたのだがな」
一体どこの情報だ。
それは待ち合わせに使う気遣いの言葉だろう。
しかし、状況によってはジョークと言えなくも……ないのか?
いやいや、そんなことはどうでもいい。
今は戦いに向けて集中しろ。
「のんびりしているところで悪いが、今すぐにお前には死んでもらう」
「ふっ、破壊神らしい物言いだな。よかろう相手してやる」
玉座から立ち上がったゴーマは腰にある大剣を抜いた。
それだけで背中に悪寒が走った。
「先に言っておいてやろう」
奴は身につけている黄金の鎧を指で軽く叩く。
「この鎧は全ての物理攻撃を無効化する。加えて我がマントは全ての魔法攻撃を無効化、さらに左手にはめている四つの指輪にはそれぞれ能力が込められている。そして、この大剣は空間をも切り裂く宇宙最強の武器だ」
冷や汗が流れた。
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