百八十六話 四支神3

 槍と槍がぶつかる。

 真っ赤に熱した溶岩が衝撃波で飛散した。


 岩から岩へ飛び移りつつ私も朱雀も笑みを浮かべている。


「楽しいなぁ、おい!」

「戦いで心躍るのは久しい。ここ最近は相手にもならない小物ばかりだったからな」

「俺も同じだ! 見込んだとおり、あんたいい腕してる!」


 互いに速度を一段階上げて攻撃を繰り出す。

 まるで舞踏会で踊っているかのようだ。

 槍を交すたびに相手の熱が伝わってくる。


 面白い。戦いが楽しいものだと再確認させてくれる最高の好敵手だ。


 さらにもう一段階速度が増した。

 今度は力も引き上げてぶつけ合う。


 足場となっていた岩は衝撃に耐えきれず崩れる。


「煌炎衝!」

「真・流星突き!」


 私の方がやや体勢が悪かった。

 力が槍に乗り切らず弾き飛ばされてマグマの中へ。


 どろりとした粘体が身体にまとわりつき、じんわりと身体を温めてくれる。


 神となった私に溶岩などぬるま湯でしかない。

 ここは私にとってちょうどいい場所だ。


 ずがんっ。岩がせり上がって私を押し上げる。


 すでに朱雀は槍を構え待っていた。


「俺さ。実はゴーマ様の創る世界ってのにはあまり興味がねぇんだ」

「む、そうなのか?」

「あの御方が創りたい世界って人もいねぇし、神々もゴーマ様に絶対の忠誠を誓う存在になるだろうしさ。戦う相手がいなくなるんだよ」


 それは確かにこの者にとってはつまらないだろうな。

 敵を失った戦士に存在価値などない。


「ならなぜ従う」

「そりゃあゴーマ様に恩があるからだ。それにこっちについた方が死ぬほど戦えると思ったのさ。実際そうだったしな」


 恩か……それは裏切れないな。

 その気持ち痛いほどよく分かる。


「では最後の敵としてきっちりここで始末してやろう」

「はははっ、おもしれー! だが勝つのは俺だぜ!」


 私と朱雀の身体から熱が放出される。

 空気は陽炎のように揺らめき景色が歪む。


 次の瞬間、互いに激しく衝突した。


 溶岩は吹き飛び衝撃によって岩が粉砕する。


 私と奴は空中で突き続けていた。

 示しあったかのように矛先と矛先がぶつかって絶妙にピタリと止まる。

 まるで鏡と戦っている様な気分だ。


 さすがは永き時を生きる神。

 繰り出す技も神業の域か。


「惜しいな! 磨けば俺よりも強くなりそうなのに、殺さなきゃいけない

なんてよ!」

「なら今からでもこちら側につくか?」

「誘ってくれるのは嬉しいが、あいにく俺はゴーマ様と運命を共にすると誓っている!」

「愚問だったか。悪い」


 奴の槍に炎が巻き付き間近で放たれる。

 しかし、水神の槍から放出された大量の水によって消失した。


「炎属性のくせに水の槍を使ってんのかよ」

「どういった巡り合わせか分からないが、なぜかコレに気に入られてしまってな」


 魔宝玉が青く輝き槍から膨大な水が地上へと流れ出した。

 じゅぅううう。無数の蒸気を発生させながら、溶岩は水で満たされ冷えて固まっていく。

 最初の異空間と似た場所ができあがってしまう。


「へっ、熱を奪おうって魂胆か。こんなもので俺の熱さは奪えないぜ」


 朱雀がさらに熱量を上げた。

 眼下の水はぼこぼこ沸騰し始め空気中に大量の蒸気が舞う。


 だが、この異空間の水を全て蒸発させるには熱も時間も足りない。


 水神の槍に魔力を流し込む。

 青かった槍は私の魔力によって紫色へと変り、最後には魔宝珠も眩いほどの紫色に染まってしまった。


 これはごく最近発見した水神の槍の新しい使い方だ。

 私の魔力と魔宝珠の魔力を混ぜ合わせ、異なる属性を一時的に創り出す。


 混ぜ合わされた魔力は水の性質を持った炎となる。


 槍から紫炎が吹き出し私を取り巻いた。


「なんだその炎……」

「少し前に面白いことに気が付いたんだ。魔石と呼ばれる属性を帯びた石は、私の生まれ育った星にしか存在しないのだと。つまりその完成形である魔宝珠は、神も知らない未知の鉱石なのだ」

「何が言いたいんだ」

「まぁ聞け。そこで私は一つの仮説を立てたんだ。魔石とは今はなき創造神がもしもの為に創っておいた、ゴーマへの対抗手段の一つだったのではとな。魔宝珠とは永い年月をかけて創られる神器だったと考えれば納得もできる」


 人に、魔族に、破壊神に、創造神は抵抗できる手段を残したのだと私は思う。

 もしかしたら星を創る際に、破壊神と創造神で話し合って加えた要素かもしれない。


 だからこそこの魔宝珠が難なく私の力に付いてこられることも納得できる。


 これは元々神と戦う為のものなのだ。


 紫の炎が朱雀を取り囲んで渦を巻く。

 激しく燃えているにもかかわらず熱は急速に奪われていた。


「ぐっ……力が……」


 朱雀は槍で炎を吹き飛ばし岩に足を下ろす。

 直後に片膝を突いた。


「やってくれるじゃねぇか……」

「もう私はただ猪突猛進で突っ走るだけの騎士ではない。使えるものは何でも使おう。勝つために正々堂々と卑怯なことをしてみせる」

「ふっ、ふはははっ、おもしれー! ますます燃えてきたぜ!」


 朱雀から新たに熱が放出された。

 対する私は熱を身体の内側に閉じ込める。


 新しいスキル、アトミックエナジーは始動に時間がかかる。


 ようやくエンジンがかかって熱を帯びてきたところだ。


 朱雀は槍を構え直し、真っ赤な炎に身を包んだ。


「ゴーマ様より賜りし神器の力、今こそ見せてやる!」


 ぼっぼっぼっぼっぼっ、炎と共に十体の朱雀が姿を現わした。

 しかも実体のあるオリジナルとほぼ同一の分身。


 前々から田中殿の分身はある種の理不尽とは思っていたが、敵が使用すると余計にそう思えてしまうな。


 十一体が一斉に向かってくる。


 私は神気で以前のスキル、瞬間移動を再現発動しながら回避と攻撃を繰り返す。

 さらに瞬時に創り出した鋼鉄の槍を、三十本ほど周囲に浮かべて音速を超える速度で射出した。


 やはり十一体もいると隙ができる。


 三体を紫炎で弱らせつつ鋼鉄の槍で仕留め、残り八体を相手に近接攻撃を行いながら、超至近距離で槍の連弾をお見舞いする。


 残り五体。


 この辺りになると簡単には死んでくれない。

 連携も巧みになり手強い。


「どうした、ずいぶんと手こずってるみたいだが」

「すぐに終わらせるのは勿体ないと思ってな」

「あ~、その気持ちわかるわぁ。俺も敵が分裂してくれたら最高なのにってよく思うし」

「ではその槍を渡せ。すぐに味わわせてやる」

「今回は遠慮しとく。相手が悪すぎるしな」


 減らず口をたたきつつようやく一人を両断する。

 残り四人。数が減るほど手強くなる。


 私は後ろに飛びながら鋼鉄の槍に紫炎を纏わせ撃ちまくる。

 向こうは岩を避けつつ追随していた。


 槍を避けられる度に水の柱ができる。


 ここだ。


 タイミングを見計らって瞬間移動、一人の背後に出現して神通力でほんの一瞬捕まえる。

 素早く頭部を穿ち、その場から離脱する。


 残り三体。


「ここからが本領発揮だぜ! 俺は三体で真の力を発揮するんだからな!」

「それは楽しみだ」


 三人の朱雀が炎に包まれ熱を増幅させる。

 再び水はぼこぼこ沸騰し始める。


「いくぞ! 三位一体! 奥義・紅蓮滅衝!」


 巨大な炎の鳥となって私に迫る。

 なるほど、確かに強力な技だ。


 ……だが、マックスパワーとなった私には物足りないな。


 アトミックエナジー本格発動。


 激烈な力の奔流が全身を駆け巡る。

 太陽すらも燃やすほどの熱が一気に放出された。


「ぐぁぁぁぁあああっ!?」


 光と熱の波に飲み込まれて朱雀は吹き飛ばされた。


 眼下の水は一瞬にして蒸発。

 固まった溶岩を解かして赤く発熱させた。


 いや、溶岩すらも燃えて灰になっている。


 私の放つ熱量に耐えられないのだ。


「何だその姿……」


 火傷を負った朱雀は青ざめ顔で見ていた。

 どうやら他の二人が盾になったことでオリジナルは生き延びららしい。


「これが私の本気。では戦おうか」

「――っつ!?」


 朱雀は私が近づいただけで悲鳴をあげて悶え苦しむ。


 そして、すれ違い様に首を切り飛ばした。


 死体は灰も残らず消失、岩に突き刺さった奴の槍を私は拾い上げる。


「ありがたく使わせて貰う」


 アトミックエナジーを解くと、もう一つの扉からペロ様が現われた。


「終わったみたいだね」

「ペロ様! 無事だったのですね!」


 ペロ様の長い尻尾に飛びついてモフモフする。

 ああ、気持ちが良い。すりすり。すりすり。


「ほら、リズさんを助けに行くよ」

「おあずけとは。しかし、ペロ様萌え下僕騎士である私にはむしろご褒美」

「やめて。聞きたくない」


 耳を塞ぐペロ様は、次の扉へと彗星のごとく飛んでいった。



 ◆



 キィン。刀と巨斧が火花を散らして交差する。

 回りの細かな砂が舞い上がって視界を黄色く染めた。


「星断撃!」

「当たらない」


 振り下ろされた巨斧から不可視の斬撃が直線に放たれた。

 寸前で避けたところで、すかさずダークマターで創った手裏剣を投げる。


 ダークマター手裏剣は当たった相手を闇で拘束する効果を有する。


 それを知ってか知らずか白虎神は、砂を巻き上げてその場から姿を消した。


 ずざぁ! 


 背後の砂の中から現われた奴は巨斧を振り下ろす。

 私は刀で受け流しつつ、その力を利用して空中で回転、回し蹴りを顔面にたたき込んだ。


 少しだけ身体をのけぞらせた白虎は、ぎらりと目を光らせてニヤリとする。


 蹴られて嬉しいとか変態なのだろうか。

 どこかで聞いたことがある。叩かれて喜ぶのはドMという人達だと。


「ドM?」

「そうだ。今くらいの蹴りをもっとくれ」

「本物だった」


 ドMだろうとドSだろうと殺す事に変わりはない。

 欲しいと言うのならいくらでもあげよう。


 刀で切り下ろせば巨斧の柄で受け止めてしまう。


「攻撃を受けない?」

「我が輩は打撃専門だ。斬り傷では興奮しない」

「ドM難しい」


 斬っては駄目とかほんと面倒。

 痛いのが気持ち良いならどっちも同じような気がする。


 私は後方へ高く跳躍、ダークマターで創った大型手裏剣を投げた。


「斧、手裏剣、何でもありだな。逆にどこまでできるのか興味が湧く」


 ぎぃん、巨斧で手裏剣を弾き返し、ミサイルのごとく巨体が飛び込んでくる。

 戻ってきた大型手裏剣を左手で受け止め、右手の刀で横薙ぎを受け流した。


「くっくっく、小柄な身体で我が輩の打ち込みに耐えるとはな。人から成り上がったようだが、なかなか上級神並の豪腕ではないか」


 再び振られる巨斧を火花を散らせながら受け流す。

 顔には出さないが内心では片手で防ぐことに苦面していた。

 見た目通りとんでもない力の持ち主だ。


 左手の大型手裏剣を、液体の様に溶かして奴の足下に流す。


 水たまりのような闇は何本もの黒い腕を出して二つの足を捕まえた。


「ぬぐっ!?」

「首狩り」


 首めがけて刃を一閃。

 しかし、白虎は反射的に攻撃を防いで不敵な笑みを浮かべた。


「そろそろ蹴るなり殴るなりしてくるがいい」

「お前が喜ぶだけ」

「そうだ。我が輩が喜ぶ」

「少しは隠した方がいいと思う」


 私は黒水で真上に移動して切り下ろす。

 これも難なく防がれ着地をしてから舌打ちした。


「そろそろいいだろう。終わりだ小娘」


 白虎神が左腕を突き出したところで、背筋が凍り付くような悪寒を感じた。

 素早くその場から離れると透明な箱が出現する。


 箱は縮小して最後には消えてしまった。


「ゴーマ様より与えられし神器の力だ。空間を隔離し押しつぶす。単純だが強力だ」

「真一の隔離空間みたいな力か。納得」


 奴は狙いを定めて何度も箱を創りだした。

 私は距離を取りつつ当たらないように動き続ける。


「我が輩のご主人様になるのなら殺さずにいてやろう」

「主人はゴーマでは?」

「あの御方は言わば王だ。ご主人様とは私生活で我が儘を罵って踏みつけてくれる者を言う」

「なにを言っているのかわからない」


 そろそろ距離を詰めるか、ここから一気に離れるべきか決めた方がいいかもしれない。

 苛立ったあいつが広範囲をあの力で覆うかも。そうなれば私は終わりだ。


「断る」

「ならば仕方がない」


 来る。広範囲攻撃。

 私は黒水で数百メートルまで退避した。


 予想通り五十メートル四方を覆う巨大な箱が現われている。


「逃したか。だが、次こそは殺す」

「死ぬのはお前。そろそろ飽きたから本気で消す」


 私はダークマターを創りだして、最大の速さでこの空間に満たした。

 光がない暗黒の世界。視覚で周囲を確認することはほぼ不可能。


「これは!? くそっ、ならばスキルで! 馬鹿な!? スキルでも何も見えないだと!?」

「ダークマターは私の知る限り、あらゆる物質、スキルの透過を拒む。真の闇の中で恐怖に震えて死ぬといい」


 白虎はなんとか闇を消そうとあらゆる手を使った。

 すべてが徒労に終わると巨斧を投げ捨てて両膝を突いた。


「殺してく――」

「首狩り」


 背後から一閃。

 ぼとん、砂の上に頭部が転がった。


「……エルナが心配」


 闇を消して扉へと向かう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る