百八十五話 四支神2

 繰り出される拳を捌き、即座に反撃をする。

 だが、向こうも同じように拳を反射的に捌いて攻撃に転じる。

 しばらくはそれの繰り返しだった。


 水面にいくつもの波紋を作って走り抜ける。


 轟音と共に衝撃波が水を吹き飛ばした。


「ふっ!」

「甘い」


 一瞬の隙を突かれて腹部に肘打ちが入る。

 流れるような連撃がそこから続き、最後に強烈な一撃を貰って僕は水面をバウンドした。


 大きな水しぶきを上げて地面に倒れる。


 すぐに起き上がった僕は、腹部にじんわりと痛みを感じた。

 この身体になって大体の攻撃は効かなくなったが、さすがに最後のは痛かった。

 的確に人体の急所を突いた一撃必殺の攻撃だったからだ。


「知っているか。純粋な神族とは生まれた時から、頭脳以外の全ての能力が決定されていて進化することもなければ退化することもない」


 瞬時に目の前に現われた玄武神は、空中回し蹴りを放つ。

 僕は左腕でガードして衝撃を受け流すようにして横に飛んだ。


 追い打ちをかけるかのように連撃が繰り出され、僕は寸前で躱しつつ後ろへ下がる。


「いつしか神は生まれ持った力だけを誇るようになった。だが私は思うのだ。たとえ肉体的成長はなくとも強くなる方法はあると。そのことに気が付かないとは、なんとも悲しいとは思わないか」


 奴はどこに行こうとも動きを予測して付いてくる。

 ぴったりと張り付いて離れない。


 現時点で分かっていることは、格闘技術は向こうが上。

 僕はなんとか高い身体能力で対等に戦っていた。


「ようするに君は経験を積んで技術を磨いたっていいたいんだね」

「中級神族である私がゴーマ様にお仕えできるのも、積み重ねた膨大な戦闘データと試行錯誤し続け洗練させてきたこの腕があるからこそ」

「でも分からないな。君がゴーマに従う理由が」

「簡単な話だ。私はあの方に恩義があり、あの方の理想とする世界に共感したからだ。それ以外にはないな」


 会話をしつつ互いに至近距離で拳と拳をぶつけ合う。

 空気を震わせる打撃音が、衝撃波となって何度も半球状に広がった。


 僕の出した拳を腕の回転で受け流し、ほぼ同時に強い踏み込みによる、強烈な打撃が鳩尾にめり込んだ。


「あぐっ!?」

「てはぁ!」


 間髪入れず同じ場所に横蹴りが入れられ、僕は数百メートルも蹴り飛ばされてしまう。

 水面を何度も跳ねながら体勢を整え、滑るようにして着地。


 奴は動かず受けの構えで僕を待っていた。


「こんなにも勝てないかもって思う相手は初めてだ。だんだん隙がなくなって技が鋭くなっている」


 ズキズキと痛みの残る腹部を摩る。

 一撃一撃が重く鋭い。それでいてダメージが内部に残るように調整されている。


 星を割るほどの力はないかもしれない。

 だけど相手が生き物なら必ず仕留める力を有している。

 恐ろしく強い相手だ。


「そろそろ僕は行かなくちゃいけないから本気を出させてもらうよ」

「好きにすればいい。ちょうどこちらもそうしようと思ってたところだ」


 超光速で地面を蹴る。

 それだけで爆発したようにクレータを作りだした。


 玄武神の瞬きが止まり、周囲のあらゆるものが動きを無くす。


 僕は鋭い爪を喉元へと振った。


 首を切り飛ばして終わり。


 だが、爪があと数センチというところで翡翠の手甲が輝く。

 奴は息を吹き返したかのように瞬時に僕の腕を弾いて、そこから滑るようにして鼻先へ掌底を食らわせた。


 視界がぐらりと揺れる。


 鼻の奥でつーんとした妙なしびれを感じ、思わずふらつきながら後ずさりする。


 さらなる追撃は、胸に手を軽く添えられからの掌打。

 脚と腰から発生する力は腕に伝わり、僕の肺や心臓を直撃した。

 しかもダメージは外には出て行かず内部に留まる。


 大量の血を吐いた。


「はいやぁ!」


 ミシリ。そんな音が聞こえた気がした。

 最後に回し蹴りを横っ面に喰らい、僕は弾き飛ばされて水の中に落ちた。


「うぐっ……どうして動けるんだ」


 未だ視界が揺れている。

 ダメージもなぜか回復しない。


 痛みを我慢しながら立ち上がる。


「この手甲は数ある神器の中でも特別。我ら四支神の為にゴーマ様が創られた最強クラスの武具なのだ」

「僕のスキルに反撃できたのも武具の能力?」

「そうだ。いかなる神の力であろうとコピーする究極の神器の一つ」


 スキルをコピーだって?

 冗談じゃない。そんなの勝ち目がないじゃないか。

 ただでさえ経験と技術で劣っているのに。


「しかし、この速度での戦闘は未知の領域。慣れるにはしばらくかかりそうではある」

「そうは見えなかったけどね」

「…………」


 僕と玄武神の拳が激突した。


 半径数キロの水が一瞬で吹き飛び気体となる。

 発生した熱が空気を膨張させ揺らめいた。


 ドン。ドン。ドン。ドン。


 何度も何度も拳を衝突させ、衝撃で地面は陥没していった。


「でやぁ!」

「せいはぁ!」


 互いに渾身の一撃を放ち、反動でどちらも後方へ弾き飛ばされる。


 宙で回転して地面に着地。

 そこでようやく水が戻ってきて地面を満たした。


 僕は構えつつなにか手はないか考える。


 経験も技術も向こうが上。

 スキルに至っては同等。

 優位なのは身体能力のみ。


 だとすればその唯一の強みで押し切るしかない。


 向こうは対神戦のプロフェッショナル。

 そもそも人型で戦うこと自体が不利だったのだ。


 ならば変ろう。今だけは獣に。


 僕は両手を地面に突いて四つん這いとなる。

 己の中の眠りし獣を呼び覚ました。


 アレは肉だ。喰らうべき対象。


「ぐるるるるっ」

「そうきたか」


 超光速で肉薄する。

 鋭く放った奴の拳を柔軟な身体でするりと躱し、すれ違い様に肩の肉を食いちぎった。


 飛び散る血液は空中で動きを止めて固定される。


 着地と同時に地面を蹴る。

 今度は右太ももの肉を食いちぎり、滑りながら足にブレーキをかけた。


「ぺっ、まずい」

「うぐっ!」


 玄武神は膝を折る。


 二本足で戦っていた時よりも視界が広い気がした。

 獣としての戦い方は本能が知っている。

 普段よりも思考回路は単純。だが驚くほどクリアで決断が早い。


 すれ違い様に今度は左腕を肩から食いちぎる。


「あぎっ!?」


 次は右足。


「ひぎいっ!?」


 ぺっ、肉を吐き出す。

 手足を再生させて立ち上がった玄武神は、先ほどとは打って変わって緊張した面持ちだった。


「直感的に攻撃する獣となれば……やはり分が悪いか」


 奴は構えを解いて無防備となる。

 すると周囲の水が球となって浮き始めた。


「我が名は玄武神。水を司る神なり」


 水の球が弾丸のごとく僕に降り注いだ。

 肉を貫き骨を砕く。

 なんとかその場から逃げ出すが弾丸の雨は僕をどこまでも追ってくる。


「はっ、はっ、はっ、まずい。あれは危険」


 身体が再生すると一気に加速する。

 けれど閉じた空間ではどこまで行っても出口はない。

 それどころか同じ場所に戻ってくるだけだ。


 あんな魔法みたいな攻撃どうやって防いだら――。


 そこまで考えて自分の属性のことを思い出す。

 最近は気にしなくても良かったからすっかり忘れていた。


 足にブレーキを掛けて立ち止まる。


「氷結陣!」


 莫大な魔力を注ぎ込んで氷点下の世界を創りだした。

 むき出しの地面は白く凍り付き、冷気は玄武神の元まで及ぶ。


「氷の属性か。ならば奥の手を出そう」


 ピキピキ。足下から凍り付いて行く。

 ただの自然現象ならば神族には効果はないが、これは魔力で創り出された特殊な現象だ。

 たとえ神であろうとそう簡単に逃れられるものではない。


 身体に付着した氷を割って玄武神は再び構えた。


「奥義・夢幻演舞」


 今までとは違う構え。

 手の平を上にして半身に構えていた。


 ダメだ。攻撃が予測できない。

 だとすればここは一つ様子を見ることにしよう。


 駆けだした僕は左足を狙って牙をむく。


「!?」


 噛みつこうとした瞬間、玄武神はゆらりと姿を消して真横から姿を見せた。


 脇腹に沈み込む拳。

 ベキベキ。あばら骨が折れる音が響いた。


 このっ!


 右手に噛みつこうとしたが、再びゆらりと陽炎のごとく消える。


 今度は真正面に現われて、顔の真下から蹴り上げられた。


「あ、が……?」


 ふらふら二本足で後ろに下がる。

 が、間髪入れず鳩尾に肘が入った。


「あぐううっ!?」

「そろそろ終わりだ。神殺しの力受けるがいい」


 吐血したところで神気が奪われていることに気が付く。

 襲い来る虚脱感に僕はあっけなく倒れた。


「所詮は獣、我ら四支神の敵ではない」


 視界がぐるぐる回って定まらない。

 力が入らず弱り切っていた。


 なぜだ。なぜ僕の攻撃が当たらない。


 そこでエルナお姉ちゃんの顔がよぎる。


 光……そうか、空気中の水分を鏡のように利用して幻影を創っていたんだ。

 本物は近くで姿を隠して待ち構える。それこそが夢幻演舞の正体。


 でも今頃分かっても意味がない。

 もう勝機は完全になくなった。


 のぞき込む玄武神は無表情だった。


「慈悲として痛みを感じずに死を与えてやる」

「それはありがたいよ。僕、痛いの嫌いだから」


 奴が手刀を振り上げた時、僕はビクンと尻尾が緊張で揺れた。



 ん? 尻尾?



「さらば」

「やっぱり死ぬのは止めるよ」


 硬質化した長い尻尾は奴の胴体を貫いた。

 つうぅ、と玄武神の口から血が流れる。


「尻尾があったことを……見落としていたか。げぼっ」

「獣だからね」


 尻尾から神気が流れ込んで力が急速に戻ってくる。

 胴体から尻尾を引き抜くと、とどめにぽっかりと空いた穴にアビスゲートを開いた。


 わらわらと出てくる歪な生物。


 それらは奴の身体を這いずり回り容赦なく肉を喰らう。


「やめろ……身体を喰うな……!」

「きゅぃいいっ!」


 増え続ける蟲は最後には玄武神を飲み込み、骨も残さず食べられてしまった。


「ふぅ、ちょっと疲れちゃったな」


 疲労感が全身に広がっている。

 でも休んでいる暇はない。


 今頃三人が死の瀬戸際にいるかもしれないからだ。

 それにお父さんのことも気にかかる。


 負けるなんてことはないと思いたいが、もしもの場合もある。


 立ち上がって尻尾を一度だけ振ってみた。

 そっか、僕にはこれがあったんだね。人に囲まれて生活してるとついつい頭からこれのことが消えちゃう。

 うっかりというか、ちゃんと覚えていればもう少し賢く戦えたかもなぁ。


 反省しつつ次の異空間の扉へと向かった。


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