百八十四話 四支神1

俺とマーガはエルナさんに連れられて装置の一つへと到着した。


そこは暗黒に漂う巨大な構造物。


表面は鋼色をしていて光沢を帯びていた。

全体的には菱形で中央を割るようにして隙間が存在している。

いや、二つのピラミッドが合わさったと言った方が適当かもしれない。


俺達はその隙間に踏み入った。


「……敵の気配はないわね」

「こんな重要な場所なのに?」

「もしかするとこれ自体が罠なのかも」


ありえる。いくら防衛設備が守りの内側にあると言っても、破壊神である田中師匠を計算にいれないわけがない。むしろ結界を突破されることを読んで、罠を仕掛けるくらいが自然だ。


「先に俺が行きます」

「気をつけてねリベルト」


マーガの声に背中を押されて飛び立つ。




ここは恐ろしく何もない。

ただ真っ平らな床とも壁とも言える二つの面が続くだけ。


ふと、視界にエメラルド色の光が見えた。


俺は高度を下げてその光の近くで降り立つ。


それは上下の台座に挟まれたエメラルドのエネルギー球体だった。

球体からは電気のようなものが発生しており、細い枝が眩い光を伴って空間を走り抜ける。


台座の下にはコントロール装置のようなものがあった。


出力を示す画面とスイッチ一つないパネル。

パネルには手の形のくぼみがあって、手を置けと言っているようだった。


「リベルト!」

「マーガ、それにエルナさん」


二人も到着して目の前の装置に目をやった。


「これが結界を創り出している装置の核ね」

「破壊できますか?」

「やってみるわ。二人とも下がって」


エルナさんが杖を振って黄金の球体を創り出す。

それをエネルギー球体に放った瞬間、とんでもない規模の爆発が起こり周囲を炎が飲み込んだ。


「大丈夫よ。落ち着いて」


エルナさんは片手で炎を防ぎ続ける。

俺とマーガを虹色の膜が包み込んでいた。


「ダメね。効果なし」


炎が消えた後にあったのは、傷一つないエネルギー球体とコントロール装置だった。

あれだけの攻撃でびくともしないなんて一体何でできているんだ。


「二人とも離れていてください。俺が手を乗せてみます」

「やめてよリベルト! 罠だって!」

「もしかしたら罠じゃないかもしれない」

「でも!」


二人には離れてもらいパネルに手を置いた。


ピッ。


画面の表示が切り替わり、装置を切る為の説明が表示される。



『結界システムは五つの構造体のスイッチを同時に切ることで完了いたします。本機のスイッチを切りますか? YES/NO』



五人同時に切らないとダメってことか。

俺はマーガに念話を飛ばす。


「お前はエルナさんと一緒に次の装置に向かえ」

『どういうことなの? 罠じゃなかったの?』

「まだ分からないが、少なくとも結界を解くには五人同時にスイッチを切る必要があるらしい」

『五人同時ね。了解したわ』


それから続々と仲間からポイントに着いたという報告が入る。

五人全員がスタンバイしたところで、田中師匠から念話があった。


『儂の分身に代わらせてもいいのだぞ』

「それだと神気を大量に使いますよね?」

『それはそうだが……』


田中師匠は神気で以前に有していたスキルを再現使用している。

分身ともなれば大量の神気を失うことになるだろう。

それではゴーマとの戦いに差し支えるはずだ。


なんの為に俺達が着いてきたのか忘れてはいけない。


田中師匠との念話を切って、エルナさん達に念話を飛ばす。


「念のためエルナさんは構造物から離れていてください」

『分かった……無事を祈ってるわ』

「ありがとうございます」


俺達は五秒から数え始め、タイミングを合わせてスイッチを切った。


ピピッ。



『本機の機能が停止しました。これより自爆シーケンスに入ります。三秒前』



嘘だろ。たった三秒しか逃げる時間がないのか。

俺はその場から全力で離脱した。


この進化した肉体ならギリギリ間に合う。


そう思っていた。


ガション。


見え始めた出口が鉄格子で閉じられる。


くそっ、ここまでだったか! あとは頼みます師匠!


後方でエメラルドの光が瞬いた。


『リベルト愛してる!』

『生きてたら死ぬほどキスしましょうね』

『まだこんなところで死ねない』

『死んでもまたみんな一緒っすよ』


「お前達……」


念話で届く仲間の声。


光に飲み込まれる瞬間、俺は我が子をこの手に抱く映像を見た。







星系を覆っていた結界が消えた。

だが、なぜかリベルト達の返事がない。


「エルナ、リベルト達は!?」

『ひぐっ……うぐっ……』


届く泣き声で何が起きたのか察した。

やはり罠だったのだ。


がくっと崩れるように両膝を折った。


やはり大半の神気を失ってでも分身を向かわせるべきだったか。

しかし、今さらそんなことを言っても遅い。


すまない。リベルト。マーガレット。ドミニク。レイラ。ティナ。


『お父さん! 敵の軍勢だ!』


ペロの念話に視線を上げる。


向かってきていたのは天使のような翼を持つ真っ白な異形。

どの個体も十メートルをゆうに超え、その数は一万以上いた。


人型の異形は人と竜と獣を適当に混ぜたような外見をしていた。

生物としてあまりに不完全。その代わり攻撃力は天使の比ではないと推測する。


「妾の出番じゃな!」

「ご主人様の邪魔はさせない」


黒姫とスケ太郎が閃光となって尾を引きながら駆け抜ける。

直後に爆発が発生し、激しい戦いが繰り広げられた。


『主よ! ここは任せて先へ行くのじゃ!』

『我らもすぐにあとを追います』

「頼んだぞ」


儂はエルナ達と合流を果たし、ゴーマがいるだろう惑星へと転移した。





「なんだあれは」


エメラルドのような美しい惑星。

そんな星を四枚の層が包み込んでいる。


……なるほど。四枚の異空間が惑星を覆っているのか。


破壊の波動を惑星へと解き放つ。


――が、無数の小さな鏡面球体が現われ波動を受け止めてしまった。


蛇のように群がって伸びるそれは、星の回りで回転を続ける。

まるで八匹の蛇が星を飲み込もうとしているかのようだ。


何度も波動を出すが、球体は消える度に別の球体が分裂して増殖を繰り返す。


しかも特殊な鏡面なのか、波動を逸らされている印象を受けた。


これでは星ごと消すことはできない。

対策を打っているとは予想していたが、まさかこのような手段で最大の攻撃を潰すとは。

極大で波動を放ってもさらに用意された対策を発動させるだけだろう。


「エルナ、ブラックホールはどうだ?」

「やってみる」


エルナが創りだした黒い球体。

放ってはみるものの、今度は白い球体群が出現してブラックホールを飲み込んでしまった。


こっちも対策が施されているか……。


もしかするとあの天使との戦いを観察されていたのかもしれない。

こちらの手の内はある程度バレていると考えた方がいいな。


しかし、直接叩くとしてもあの蛇を突破するには骨が折れそうだ。


――などと思っていたが、蛇は儂らにはまったく反応を示さなかった。


星を破壊する攻撃にのみ反応する仕掛けらしい。

儂らは蛇をすり抜けて星へと向かった。





ちゃぷん。


最初の異空間は水に満ちた場所だった。


水位は浅く足首の少し上くらいまでしかない。

水平線はどこまでも延びていて、空は目が痛くなるほど青い。


そんな殺風景な場所に一つだけ目をひくものがあった。


小さな島だ。


それも白い砂が盛り上がっただけの島。

申し訳程度に植物が生え、一軒の小屋らしき建物があった。


じゃばじゃば。水をふみながら島へと向かう。


「ようこそ玄武神の空間へ」


小屋の前では、リクライニングチェアーで横になっている玄武神がいた。

その手には一冊の本が握られ、こちらに声をかけつつもその目は文字を追っているように見える。


パタン。本を閉じて静かに立ち上がった。


「この先を通りたいのだろ?」


彼は島の端にある白い扉を指さした。

恐らくあれがこの先に行く唯一の入り口。


だが、儂らは扉には向かわず武器を抜いた。


「私は多人数と戦うつもりはない。一人置いていってもらえれば、他の人を追うことはしないと明言しよう」

「何が狙いだ?」

「狙いというよりも……純粋に面倒だと思ったのでな。一人でも相手にすればゴーマ様にも面目が立ち、なおかつあとが楽だ」

「全員でお前を殺す選択肢もある」

「では言っておく。私は君の神気を散々使わせて、万全のゴーマ様と戦わせると。それくらいのことは私にもできるのだ」


ギラリと翡翠の手甲をあからさまに見せる。


心なしか以前と少しデザインが変った気がする。

より強く高性能な武具をゴーマから渡されたのだろうか。


「分かった。ペロ、こいつと戦ってやってくれ」

「うん。この中なら僕だと思ってた」


玄武神はペロを頭から足先まで観察して頷く。


「相性は良さそうだ。存外楽しめそうな気がしてきたな」

「僕はさっさと倒してお父さんに追いつきたいけどね」


二人は距離を取って間合いを測る。


次の瞬間、二人はその場から消えて遠くで水しぶきが上がった。


「行くぞ」


儂は仲間を連れて先へと進む。






次は溶岩の流れる灼熱の空間だった。

足場となる岩が点在しており、一際大きな山の頂上に白い扉があった。


だが、扉の前では朱雀神が立ち塞がる。


頂上に足を付けた儂は剣を抜いた。


「俺はそこの女とやり合いたい。他の奴らは先に行きたきゃいけ」


フレアに向かって槍の矛先を向ける。


こいつもか。四支神とは一対一が好きなのだな。

それともこれもゴーマの罠か。

儂らをバラバラにして各個撃破するつもりだろうか。


「なかなか面白い。どちらが優れた槍使いかはっきりさせようじゃないか」

「おうよ。槍と言えば赤。槍と言えば熱血。槍と言えば槍だ」

「なるほど、貴様はよく分かっているな。敵ながらあっぱれだぞ」


まったく共感できないやりとりを二人がする。

似たもの同士ということか。


儂はフレアと朱雀神を置いて先へと行く。





次の場所は一面砂漠の世界。

離れた場所には白いドアと巨斧を抱えた男が立っていた。


足跡を付けながら扉へと近づく。


「我が名は白虎神。正々堂々の一対一を所望する」


かしこまった口調になるほどと納得する。

他の二人はアレだが、こっちはそういったことが好きそうな印象だ。


「あいつは私がやる」


リズが前に出る。


「勝てるのか?」

「負ける気がしない」


半眼で淡々と述べるリズはいつもと変らない様子だ。

彼女がそう言うのならそうなのだろう。


「小娘が相手か。よかろう」

「あとでエルナにすれば良かったと後悔する」

「ほぅ、あのエルフは弱いのか?」

「顔と身体と口先だけの女。私の方が何倍も高値」


リズはダークマターで相手と同じ巨斧を創り出す。

合図などないまま戦いは開始され、二人はその場から消えた。


轟音と共に遠くで砂柱がいくつも上がり衝撃波がここまで届く。


「納得いかないわ。私が口先だけなんて」

「喧嘩は後でしろ」


儂とエルナは扉をくぐる。





ドアを抜けるといきなり強風に煽られた。

そこは一見草原にも見えるが、崖のような場所から下をのぞき込むと、すぐに空の上だと分かる。


地面のない大空の続く空間には、空を漂う島が点在していた。


とある大きな島には白いドアがあり、大弓を持つ青龍神が立ち塞がる。


儂とエルナは島に上がり武器を構えた。


「破壊神はこの場に不要だ。さっさと行け」

「二人で倒すこともできるのだぞ?」

「ふん、まだ分からないのか。これは創造神たるあの御方の情けだ。せっかくここまで来たと言うのに、あっさり殺してしまってはあまりにも可哀想だからな」

「負ける可能性は万が一もないと言いたいのか」

「当然。あの御方は創造神を超える創造神だぞ」


創造神を超える創造神??

どう言う意味だ?


「こんなところで問答しても意味はない。その目で確かめるといい」

「…………」


返事はせずエルナに視線を向けた。

彼女はこくりと頷き一人で戦うことを承諾する。


青龍神はドアから離れ、儂に道を空けた。


ドアノブに手を掛ける。


「必ず勝て」

「分かってるわよ」


儂はドアを開けて先へと踏み出した。


 

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