百八十三話 決戦へ
儂らのまずしたことは天界の大掃除だった。
眷属や天使を使って死体を片付け、建物を元の状態へと修復して回った。
そうした理由は未だに立てこもる一部の神を安心させるため。
まずはこちらが味方であると行動で知らせる必要があったのだ。
「これであらかた片付いたか」
「向こうも遠視で見ておるはずじゃ。今度こそ呼びかけに応えてくれるはず」
「そうだといいが」
噴水の縁でふんぞり返る黒姫に儂はぽりぽりと頭を掻く。
すでに一度立てこもっている者達に呼びかけていた。
しかし、返事は一切なかったのだ。
生存していることは確実なのだが、長い閉じこもり生活でかなり怯えていると黒姫は言っていた。どれだけの年月をそこで過ごしたのかは分からないが、疑心暗鬼になるほどの苦しい日々を乗り越えてきたのだけは理解できた。
儂と黒姫はとある建物へと入った。
そこはこじんまりとした民家のような場所。
床の一部を開いて階段を降りれば、洞窟のようなむき出しの岩肌が続く横穴へと出る。
さらに先を進めば行き止まりに扉があった。
扉は一見すると真っ白い壁のようにも見えるが、太い金属のような取っ手があることから、辛うじて扉であることが分かる。
遠視ができなければここに誰かがいるなど気が付かなかったはずだ。
こんこん。軽くノックする。
「前にも来た田中真一だ。すでにゴーマと四人の配下はここを出て行き、天界も取り戻した。もうお前達を害する者はいないと保証する」
「…………」
「返事はないか」
まいったな。できればゴーマの行き先を聞き出したいのだが。
現状、儂の遠視ではあの五人は捉えられない。
不可視の力を使っているのか、儂の目が届く範囲から出ているのかだ。
どちらにしろ手がかりを得なければ、この広大な宇宙をあてもなく彷徨うこととなる。
「出直すか」
「そうじゃの」
立ち去ろうとしたところで返事があった。
「……ゴ、ゴーマは本当にもういないのか?」
「間接的ではあるが追い払ったのは確かだ。すでに天使達にはここの防衛を任せる為に各地から撤収させている。生き残った他の神もじきに戻ってくるはずだ……たぶん」
「あんたは何者なんだ? どうしてゴーマと敵対する?」
「ああ、そう言えば名前だけしか伝えてなかったな。儂は田中直樹の父にして次代の破壊神だ。まぁ創造神の義理の息子と言う事にもなるのか」
「直樹様のお父上!? 破壊神!?」
ゴゴゴゴ。突如として扉が開き始めた。
出てきたのは三十人ほどの老若男女。
未だ怯えた表情だがそれでもなんとか笑顔を作ろうとしていた。
代表者はどうやら四十代ほどの男神らしい。
ひょろっとしていて色白だが理性的な顔立ちをしていた。
「心配するな。危害は加えない。それよりも腹が減ってないか?」
「全員空腹です。すぐにでも何か食べさせていただきたい」
「では付いてこい」
見たところそのほとんどは下級神のようだ。
神のランクというのは神気の生成量も関係している。
神気というのは人で言うのなら血液みたいなものだ。
一日に生成できる量は神それぞれ、ショートケーキ一個が限界の者もいれば惑星まるごと創る者だっている。
下級に分類される彼らは生成量が少なく日々を凌ぐのが限界だったようだ。
神でもピンからキリまでいるということだ。
彼らを連れて地上に出る。
しばらく建物から外を覗いて出てこなかったが、一礼するスケルトンや無言で通り過ぎて行く天使に次第に状況を受け入れ始める。
「直樹様の父上とお聞きしたが、それでは貴方はアフロディア様と契りを交した相手ということなのでしょうか?」
「アフロディア?」
しばし考えてようやく何を言っているのか飲み込めた。
美由紀の神としての名前なのだろう。
「恐らくそうだ。儂は本当の彼女のことをあまり知らないので断言はできないが」
「直樹様のお父上ならばそのはず。アフロディア様も田中という家名を時々名乗られておられましたので」
「そうか」
ズキンと胸が痛む。
頭では死んでしまったと理解していても、やはり気持ちの上ではまだどこかで生きているような感覚があった。彼女を知ることはこの喪失感をより大きなものにする行為なのだろうか。そんな考えがふとよぎる。
儂らは屋敷と言っても相違ない大きな建物に入り、連れてきた三十人あまりを席に座らせた。
直後に出されるのは作りたての料理の数々。
メイド服を着たスケルトンがテーブルに山盛りの大皿を次々に置いた。
それだけで若い神は歓声をあげる。
「好きなだけ食べるといい」
「感謝いたします」
この料理はスケ太郎達がせっせと作ったものだ。
彼らが出てこなければ儂らの腹に入る予定だったのだが、こうして食卓についてくれたので少しほっとしている。
なんせ半端ではない量だからな。
「これは?」
「焼き鳥だ。食べてみろ」
一口食べて無言。夢中に食べ始めて無言。
一度食事を始めると、マナーなど気にせずむさぼっていた。
儂も焼き鳥を食べつつ日本酒をちびちび飲む。
「ところで貴方様が今後は天界を治めるのですか?」
「ん? いや、ひとまず直樹に任せようと考えているのだが」
「おおおおっ! では直樹様はまだご存命で!?」
「今は元気にしている」
「ならば! アフロディア様は!?」
「…………すまん」
男神は「そうですか」とだけ返事をした。
やはり創造神の娘なだけあって神々からの信頼は厚かったようだ。
儂だって美由紀が生きていれば後のことは任せていた。
今さらいない者を求めても仕方がない。
生きている者達でどうにかするしかないのだ。
「ところでお前達で奴の行き先を知っている者はいるか?」
「申し訳ありません。ここにいる者達はあの男とはほとんど面識がないのです」
「知らないか。最悪そう言う場合もあるだろうとは考えていたが……」
「ですが、ある程度予測はできます」
「なに!?」
代表者の男は眼鏡をくいっと上げて笑みを浮かべる。
「聞くところによると、奴は創造神の証を手に入れたそうですね? だとしたら何者にも邪魔されない安全な場所を得ようとするはず。十中八九自身の星に向かったと推測します」
「ゴーマの星とは」
「とても守りが堅い星だと聞き及んでいます。前創造神ですら容易に近づくことはできないと言われていたほど。創造神となった今ではどれだけ強固になっているのやら」
居場所さえ判明すればこちらものもの。
どのような守りだろうと破壊の力で突破する。
彼は手を広げて立体映像を創り出した。
それは青い光で表示された宇宙マップのようだった。
「現在地がここです。ここからアンドロメダの方へ進むと『シユウ星系』の『カショ』という惑星があります。そこがゴーマの所有する星です」
「人は住んでいるのか?」
「いなかった……と思います。奴は人間を嫌っていましたし」
ふむ、惑星ごと消しても問題ないようだな。
しかしながら向こうも対策を立てているだろうから、簡単にはそうならないだろう。
ひとまずここの守りを固めつつ計画を練るとするか。
◇
意外にも神々は早い段階で天界へと戻り始めた。
どうやら天界に攻め込む儂らを多くの神々が見ていたらしい。
直樹もユグラフィエに守られながら天界入りを果たし、天界の所有権はペロから直樹へと委譲されることとなった。
ゴーン、ゴーン。
鐘が鳴り響き玉座に座る直樹は天界の王となる。
神々はひれ伏し創造神の正当な後継者として認められることとなった。
「我が名は田中直樹。これより天界を治め、祖父以上にこの地を繁栄させることをここに約束する。今こそ堅く結束せよ、我らは天を支配し管理する神々なり」
おおおおおおおっ!
立ち上がった神々は雄々しく拳を掲げた。
直樹が戻ったこと、破壊神である儂が登場したことで、彼らはようやく希望を見つけたのだ。
今さら破壊神がどうとか言い出すものはただの一人もいなかった。
「父さん、本当にいいのかい? ボクはできれば父さんに天界を治めて貰いたかったんだけどな」
「人ととして育った儂よりも神として教育を受けたお前が適任だ。それに未来の直樹も言っていたが、儂は何十万年も何億年も縛られるのには向いていない」
「ホームレスだから?」
「田中真一だからだ」
直樹と儂は微笑みあう。
自由こそが儂の武器であり安息なのだ。
今さら社会や組織に組み込まれるなどごめんである。
「もったいないなぁ。神々の王ってすんごくちやほやされるのに」
「神王の妃。悪くない」
後ろでエルナとリズがぶつぶつ言っているが無視だ。
どうせ表面的なことしか見ていないだろうからな。
「スケルトン軍は置いて行く。しばらくは戦力の補強にできるだろう」
「ありがとう父さん。何から何まで」
「気にするな。儂がこうしてここにいられるのも、未来のお前が手を貸してくれたからだ。儂は恩を返したようなものだな」
「いつでもボクは父さんを歓迎するから」
直樹の言葉に頷いてから神殿を出る。
神々は揃って儂に頭を垂れていた。
天界を出た儂らはゴーマの星を探すべく、アンドロメダに向けて転移を繰り返した。
メンバーは、儂、エルナ、リズ、ペロ、フレア、スケ太郎、黒姫、栄光の剣。
ユグラフィエはもしもの為に直樹のところに置いてきた。
本人は付いてきたがっていたが、再び天界をとられるわけにはいかない。
様々なものを目にしながら宇宙を飛び続けた。
宝石のように青く輝く星。
リングのある赤い星。
白い氷に閉ざされた星。
ガスで構成された紫色の星。
緑で覆われた自然豊かな星。
ぶつかる直前の二つの星。
七色に輝くガス。
破損して漂う高度な知的生命体の宇宙船。
近くを通り過ぎる彗星。
時折、小惑星群で休憩がてら遊んだりもした。
星のリングの上で食事をしたり。
たった一日の出来事だが、一生忘れられないような光景を山ほど見た。
そして、儂らはたどり着いたのだ。
ゴーマの星があるシユウ星系に。
「――なるほど。星には絶対に近づけさせないつもりか」
小惑星帯で儂は腕を組んで唸る。
奴は星系をまるごと結界で包み込んでいた。
軽く触れてみるがばちんっと弾かれる。
ユグラフィエが創り出すものとほぼ同じもののようだ。
「創造神は何でも創り出すって言ってたよね。ユグラフィエのような神を創って結界を発生させたのかな」
「いや、直樹の話によると神を創るにはかなりの神気を消費するらしい。守りに入っている奴がそんな手段をとるだろうか。それよりももっと手っ取り早く、道具のようなもので結界を創りだすだろう」
「じゃあその道具を破壊すれば侵入できるんだね」
遠視で星系全体を確認する。
どうやら五つの構造物が結界を発生させているらしい。
問題はそれが結界の内部にあること。
試しに破壊の波動で結界を壊そうとするが、壁が消えたのは一瞬だけで刹那に元通りとなってしまう。
中へ人を送り込むことは可能だが、儂はここから離れられないようだ。
「師匠、今こそ俺達が役に立って見せます」
「リベルト……危険だぞ?」
「任せてください! 俺達は破壊神の弟子ですよ!」
ドンッと胸を叩く彼に心強さを覚えた。
出会った時はどこか頼りない感じもしたが、今では背中を任せてもいいと思えるくらいになっていた。
「念のためにエルナ達も連れて行け」
「ありがとうございます!」
儂は破壊の波動で結界を消滅し続ける。
空いた穴からエルナ達が侵入、後に続いてリベルト達が抜けた。
こっちに残るのは儂とスケ太郎と黒姫だ。
一応だが儂も抜けられないか試してみる。
力を消した瞬間を狙って前に出るが、結界は光よりも早く修復してしまった。
おかげで顔面を強打して弾き飛ばされてしまう。
「師匠! 行ってくるっす!」
「アタシ達の活躍見てて♥ うふふ♥」
「必ず結界を消して見せますので」
「エルナ師匠もいるし、こんなの余裕よ!」
「気を引き締めろ。行くぞ」
リベルト達の離れ行く背中を見送った。
儂は心の中で無事を祈る。
死ぬなよ。お前達。
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