百八十二話 天界攻略
天界の存在する場所は『ヒミコ』と呼ばれる巨大天体の中心部だそうだ。
その大部分はガスで構成され、一直線に並ぶ三つの星団が輝いている。
この天体はとても古く宇宙生誕から八億年後に比較的早く形成されたとか。
青い光を放つその光景は神秘的で神々しくもある。
儂らはヒミコの中央に位置する星団の間近に転移した。
周囲にはガスが漂い見通しはあまり良くない。
振り返れば眷属達は無重力に悪戦苦闘し、ばらばらと隊列を崩して散らばっていた。
「無重力下での訓練を積んでおくべきだったか」
一方でエンジェルトン師団は身体が環境を覚えているのか、隊列を乱さずぴしりと揃っていた。
しばらく漂っていたスケルトン師団も動き方のコツを覚え、次第に隊列がそろい始める。
ただ魔獣部隊は未だ混乱状態ではあったが。
必死で犬かきをしたり羽ばたこうとするグリフォンはなんとも哀れだった。
「門番どものおでましじゃ」
黒姫の言葉を受けて星団に目をやる。
輝いているそれはとぐろを巻いて眠っていた龍だった。
その大きさは銀河にも匹敵するほど巨大である。
それが二頭。
巨大な鎌首をもたげてこちらを睨んだ。
それと同時に中央の星団からは数百億という膨大な天使が、白い蛇のように身体を伸ばして無数に出現する。
これはなかなか手こずりそうだ。
初手はこちらから。
儂は右手に透明な球体を五つ出現させ解き放つ。
球体はぱつんっ、と二頭の龍の頭部を丸く消し去った。
天使の軍勢もいくらか消え失せる。
もう少し減らすべきか。
儂は破壊の波動で敵の数を数百億から百億くらいには削りきった。
まとまって現われたのは悪手だったな。
ようやく間違いに気が付いた天使はちりぢりに散らばり、被害を最小限に抑える方向へと舵を切る。だがそれこそこちらが望んでいた状況。
「全軍攻撃開始!」
「御意!」
指示に従いスケ太郎が全軍に攻撃命令を下す。
眷属は紫色の光を帯びるなり飛んで行く。
白い光と紫色の光がぐねぐねと螺旋を描きながら天使とスケルトンが戦う。
「アビスゲート、オープン」
ペロが黒い球体を創り出す。
黒い歪な蟲のような生き物が蛇口をひねった水のごとくあふれ出た。
それらは天使にまとわりつき跡形もなく喰らい尽くす。
戦況は拮抗していた。
いや、僅かにこちらが押している。
天使は数こそ多いものの今の眷属にとっては雑魚と言ってもいい。
それぞれが一騎当千のごとく猛威を振るい、疲れも知らずただひたすらに戦い続ける。
加えて死んだ天使をアンデッド化して眷属化して行くので、こちらの数はさらに増えるばかり。
早い内に数すらも逆転するのだ。
「貴様が新しい破壊神か! ゴーマ様の邪魔をすることはまかりならぬ! ここで始末してくれようぞ!」
四体の特級天使が数百もの一級天使を引き連れて現われる。
その後方には数千もの二級天使が追随していた。
特級天使とは天使の最上位に位置する存在だ。
戦闘力だけなら神と対等以上に渡り合えるとも言われている。
以前の儂らなら間違いなく敗北していた相手。
「あがっ!?」
特級天使の一人が真っ二つに割れた。
その向こう側にはリズが短刀を片手に無表情でたたずんでいる。
「よくも我が同胞を! 許すま――?」
ペロの太い腕が胸を貫いていた。
ぐしゃ、心臓を握りつぶす。
「特級天使と言うから期待したのだが、これではつまらん」
刹那に敵を細切れにしたフレアは、逆さまで漂いながらぼやいた。
「あがっ――」
光の矢が脳天を貫く。
弓を持ったエルナは笑みを浮かべた。
「うん、やっぱりムーア様にいただいた風神の杖は良いわね。弓にもなるからすっごく便利」
弓は瞬時に形を変えて杖に戻る。
風神の杖は以前の持ち主が完全に消失したことからエルナに所有権を認めていた。
とは言っても神樹の一部からできているので、たとえムーアが存在していようが所有権は委譲されただろう。
あっさりと特級天使がやられたことで天使達に動揺が走る。
不意を突くようにして黒姫とスケ太郎が攻勢をかけた。
「今なら逃げてもいいのじゃぞ! 無様に妾にひれ伏せ!」
敵の首筋に噛みつき血液を啜る。
手刀で首を切り落とすと、吹き出した血液で二本の刀を創り出した。
敵を斬る度に漂う血液は黒姫へと集まり、彼女の身体を鎧のように覆い隠した。
「ヴァンパイアごときが!」
一級天使が黒姫に斬りかかる。
敵の剣を刀で弾いた次の瞬間、一級天使の腕が消し飛んだ。
恐らくEXカウンターだろう。数十倍で攻撃を返すスキルとは恐ろしい。
「ご主人様を邪魔する存在は排除する」
一筋の閃光が鋭利に軌跡を描きながら二級天使をみじん切りにする。
混乱は混乱を呼び天使は反撃すらもままならずなすがままとなっている。
加えて百メートル級の巨体となったワイ太が、大口を開けてさらにその数を削る。
宇宙空間を光速にも迫る速度で飛翔している姿は、なんとも不思議な気分にさせる光景である。
「む」
天界を守る最後の砦とも言うべき生物が動き出した。
中央の星団らしき場所から、黄金の龍が身体をくねらせてこちらに向かってきている。
先に始末した二頭の龍よりも強力な存在なのは明白。儂はリベルト達に目配せして配置につかせた。
五つのスキルブーストが共鳴し五芒星を描き出す。
放つは神の領域にまで昇華された帝竜息。
「神竜息ブーストファイブ!!」
超極大の閃光が黄金の龍の頭部を飲み込んだ。
儂はすかさず死体を復元すると、スケ太郎に黄金の龍をアンデッド化させ眷属にする。
黄金の龍は漆黒の禍々しい姿となって咆哮した。
なぜここで龍を眷属にしたのか。
それは先に倒した二頭の龍が復活しようとしているからだ。
さすがは天界の門番、驚異的な再生能力で失った頭部を元通りにしていた。活動再開まで一時間もかからないことだろう。
眷属となった龍は以前の二倍ほど大きくなり再生中の龍に噛みつく。
これで邪魔者はいなくなり、堂々と天界へと侵入できるはずだ。
「リベルトはここで眷属達を助けてやって欲しい。厳しいと思えばすぐに撤退せよ」
「分かりました師匠」
儂らは弟子を置いて先へと進む。
向かうはヒミコの中心にある天界への入り口。
中心辺りに転移すればガスの中にぽっかりと空いた空間があった。
その中央には白い球体が浮かんでいる。
触れてみると水のように波紋が広がった。
「行くぞ」
全員が頷き球体に身を沈める。
視界は真っ白に染まった。
目を開くとそこは限りない大地が広がっていた。
雲を抱く高い山々が連なり、空には神殿のような建造物が建ち並ぶ別の大地が存在している。
それらを繋ぐのは山よりも巨大な無数の太い柱。
あまりに異質であまりにも不可思議な景色。
遠視をしてみればどうやらここは板状の大地が向かい合わせになった場所らしい。
その周囲には星々は見えず、暗闇だけが広がっている。
天界とは異空間に創られた特殊な場所のようだ。
「罠があるかと思ったがこうも反応がないと不自然だな」
「私も探してみたけどゴーマの姿が見当たらないの」
見当たらない?
まさかここを捨てたのか??
浮遊すると上の大地に移動する。
ギリシャ神話を彷彿とさせるもう一つの大地には人気は全くなかった。
静かすぎて気味が悪いくらいである。
道には破れた服が所々に残され、戦いがあった痕跡が見て取れた。
広場らしき場所に行けば、槍に突き刺さった神々の頭部が無数に掲げられ、地面には山積みとなった首のない身体があった。
天界とは名ばかりの死の都と化していた。
「生きている者は?」
「まだいるみたい。でも地下に閉じこもって結界を張っているわ」
ふむ、ゴーマも全ては殺せなかったようだ。
それはそうとまずは天界の支配権を取り戻さねば。
今も仲間や眷属が天使と戦っている。
一際目をひく巨大な神殿へと赴き扉を開けた。
奥へと柱が並び天井からは光が降り注ぐ。
神々しい建造物でありながら、中はがらんとしており死臭が漂っている。
散乱する死体がゴーマの冷酷さを物語っていた。
長い廊下を進み続け扉に突き当たる。
開けば玉座らしき椅子が置かれた部屋へと行き着いた。
やはりゴーマの姿はどこにもない。
「お父さん、これを見て」
ペロが玉座に置かれた封筒を見つけた。
儂は開いて中の手紙を取り出す。
『ここへたどり着いたこと褒めてやろう。戦えると期待して来たのではないか。残念ながら創造神たる我はもはやこのような場所に興味はない。我が求むは新たなる世界創造。誰にも支配されない我による我だけの安寧だけが続く世界だ。そして、時期が来れば奴らに宣戦布告するつもりだ。我こそは唯一にして絶対なる支配者となる存在』
思わず手紙を握りつぶした。
一歩遅かったか。
創造神への進化には時間がかかると踏んで攻め込んだのだ。
だがしかし、奴はこちらの行動を予期していた。
今頃は儂の知らぬ安全な場所で進化を行っているに違いない。
「田中殿、天使を止めるにはどうすればいいのだ?」
「その玉座に座ればいい」
「なるほど。ではペロ様」
「え! 僕!?」
フレアに促されて渋々ペロが玉座に座る。
すると玉座は虹色の光を帯びた。
ペロの前にウィンドウが出現する。
【天界の所有者が所有権を放棄しました。よって次の所有者は貴方となりますが、天界を所有いたしますか? YES/NO】
ペロはYESを選ぶ。
その直後、天界に鐘の音が鳴り響いた。
これで天使はペロに従うはずだ。
「ねぇ、こっちに扉があるわよ」
「開かなくて困ってる」
エルナとリズが玉座の裏から戻ってそう言った。
赤いカーテンが覆われた玉座の背後の壁には、確かに一枚の扉が隠されている。
押してみるが開く様子はなく、引いても殴ってもびくともしない。
「ん?」
ふと、扉に鍵穴のような物を見つける。
それはちょうど指を突っ込むには適した大きさだった。
左手の人差し指を入れてみるが特に反応はない。
それに少し指よりも大きい感じだ。
指輪を付けてぴったりくらい……。
ハッとする。
黒い指輪を付けた右の人差し指で穴に突っ込んだ。
案の定、ガチャンと施錠が解かれ扉が開く。
「なるほど、この指輪はここへ入るためのものだったのか」
エルナとリズには先に確認すると言って二人を外で待たせることにした。
扉を開くと小さな部屋が儂を迎える。
部屋の中央には台座があり、その上には数枚の紙束が置かれていた。
「――命令書?」
紙の表紙にはそう書かれている。
ぱらりと表紙をめくった。
『二つに分かたれし我が眷属に命ずる。未来永劫、世界と輪廻を管理せよ。その主たる目的は魂の救済と悪敵を討ち滅ぼす為の戦力の拡充である』
次をめくる。
『神々に我らを悟らせてはならぬ。神々に任を放棄させてはならぬ。神々こそは永遠なる揺り籠の管理者なるぞ』
次をめくる。
『人に仕えよ、人にその身を捧げよ』
儂はふらふらと後ずさりして床に座り込んだ。
なんだこれは。頭がクラクラする。
脳裏に黄金の光がよぎった。
神々は……何かに支配されている?
そして、儂はそれを知っている?
「真一? まだ?」
エルナの声を聞いて意識がクリアとなる。
急いで立ち上がると、紙束を元の状態に戻して足早に部屋を出た。
それから扉を閉めて施錠がかかっているのを何度も確認する。
「中になにがあったの?」
「何もなかった」
「怪しいわね」
「本当だ。何もなかった」
冷や汗が流れた。
これは知られてはならない真実のように思う。
なんとなくだがそう感じるのだ。
「ここにいるはずじゃが……おお、おったおった!」
黒姫達がぞろぞろと部屋に入ってくる。
全員負傷した様子はなかった。
「師匠、ゴーマは?」
「ここにはいなかった」
リベルト達は落胆の色を見せる。
儂もこれで終わると思っていたのだがな。
「それでこれからどうする?」
「とりあえず生き残りを保護し、ゴーマの行き先を聞き出すしかない」
「なるほどのぉ。ところでお主、顔色がすぐれんの」
「気にするな」
適当に返事をして儂は外へと出た。
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