百八十一話 主神ゴーマ
戦況は圧倒的にこちらが優勢だった。
向こうは精々十万を超える程度、対するこちらは八十万を超えている。
加えて末端のスケルトンが三級天使以上の力を備えていたこともあり、大部分の戦力はむしろ人々の避難に助力する方向に傾いていた。
「もう一人のお前は?」
「すでに捕捉している。今は魔物に擬態して逃走しているよ」
恐らくゴーマももう一人の直樹の位置を捉えていることだろう。
だが、突然現われた儂らに警戒してなかなか姿を現わさない。
やはりもう少し待つべきだったか。とは言え動くのが遅すぎてもそれはそれで問題だ。
都民の犠牲は拡大し、直樹はゴーマに深い手傷を負わされてしまう。儂が望むのは最小限度の被害に直樹を無事に確保し、ゴーマと相対することである。
まったくの歴史通りではなんのために戻ってきたのか分からない。
すると地面が揺れ始めるではないか。
まさかこのタイミングで地震か?
地面がせり上がり巨大な石の壁が出現する。
それらは都内をぐるりと囲み完全に封鎖してしまった。
ゴーマの仕業か。どうやっても直樹を逃すつもりはないようだ。
一方で街に取り残された人々の安否も気になった。
「ただいま」
エルナ達が戻ってきた。
避難を任せていたが大丈夫だったのだろうか。
「大部分は私達の力で逃したから問題ないと思う。今もスケルトンが避難所へ続々と誘導しているから、随時壁の外に逃す感じかな」
「うむ、ならばいい。しかしそろそろ動きがあってもいい頃だが――」
その時、遠視をしていた直樹が叫んだ。
「ゴーマが現われた!」
「本当か!?」
「四支神を引き連れてもう一人の僕を取り囲んでる!」
それは不味い。今すぐにでも向かわなければ。
儂らは直樹の誘導に従い音速で飛んだ。
誰もいなくなったスクランブル交差点のど真ん中で、もう一人の直樹が体格のいい男に首を掴まれ持ち上げられていた。
その周囲には四人の美青年がその様子を見ている。
「竜斬閃!」
ゴーマの腕めがけて斬撃を放つ。
だが、その攻撃は四支神に防がれる。
――と、見せかけて本命は別にある。
ゴーマの影から出現したリズが素早く腕を切り落とし、煙幕のごとくダークマターで辺りを覆い隠す。
しゅぅうう、闇が一点に収束するとそこにはリズも直樹の姿もなかった。
次に現われたのは渋谷駅の屋根の上。
「けほっ、君は……」
「今は話す暇ない」
儂らは地上に降下し、ユグラフィエが逃さないように結界を張る。
これで奴らを倒せばこの戦いは終わる。
「まだ我に刃向かう者がいたとはな。さてはあの見知らぬ軍勢も貴様らの向けたものか」
ゴーマと思わしき人物は、切られた腕を拾いあげると傷口へとあてて即座に接合させる。
がっちりした筋肉質体格に身に纏う黄金の鎧。白髪交じりの金髪をオールバックにしており、彫りの深い顔立ちと鋭い眼光は鷲のようであった。口回りには髭が蓄えられ、その佇まいは威風堂々としており威厳に満ちあふれている。
風になびかせる白いマントがさらにその威容さをひきたてていた。
さらに彼を守る四人の神。
玄武神
白虎神
朱雀神
青龍神
いずれも美しい容姿に四神を象徴するかのような武器を持っていた。
玄武神は翡翠の手甲。白虎神は純白の巨斧。朱雀神は紅の槍。青龍神は蒼の巨弓。
ギリシャの神々のような白い布を身に纏い、まるで人形のようにピクリとも表情を変えない。
ゴーマは鷲の傍にいる直樹に目をやり僅かに口角を上げた。
「なるほど、未来からやってきた者達か。ならばこの想定外の事態も納得ができる。我はまんまとおびき出されたわけだ」
「ゴーマ、お前の野望は潰えたも同然! ここにいる僕の父さんは次代の破壊神なのだ!」
「破壊神とは……くくく、これはまたずいぶんと大物が来たものだ」
ゴーマは不敵な笑みを崩さず腰にある剣すら抜く様子はない。
とても追い詰められた者の態度とは思えなかった。
儂の知らない奥の手……あると見ていいだろう。
「ユグラフィエは直樹達を頼む。儂らはゴーマと決着をつけるつもりだ」
「承知しました。ご武運を」
ユグラフィエは直樹や黒姫にリベルト達を連れて結界の外へ。
リズには引き続きもう一人の直樹を守ってもらう。
「父さん!? 父さんだよね!? どうしてここに!??」
「話は後だ。そこで見ていろ」
もう一人の直樹が走り出そうとするが、リズがダークマターで拘束した。
少々可哀想だが今はゆっくり話をしている余裕もない。
「さてゴーマ、こうなった以上投降することを勧めるが……どうだ?」
「下らん。逆なら考えてやってもいいが、どうして貴様ごときに我がひれ伏さねばならんのだ。百年も生きていない赤子のような破壊神にな」
何を考えている。どうしてそんなにも余裕なのだ。
はったりにしては妙に言葉に確信があるように感じる。
勝つ自信がある? いや、ここを抜け出せるという自信の表れか。
だがしかしどうやって??
儂らがじりじりと近づく。
向こうも武器を構え出方を窺っていた。
「一つ聞きたい。未来の我は創造神の証を手に入れたのか?」
「いいや、触れるどころか拝むことすらできなかったようだぞ」
「どちらにしろ今回の策は徒労に終わったということか」
気を緩めた次の瞬間。
どんっ。大きな衝撃と共に六つの光の柱が出現して六芒星を描いた。
その中心である新宿駅周辺は巨大な穴が空き陥没する。
儂らはユグラフィエ達共々落下。
しまった! これを狙っていたのか!
想定外の出来事に結界が揺らぎほころびが生じた。
そこをゴーマ達は突破し、自由落下する直樹めがけて突貫した。
くそっ、そうはさせない!
体勢を立て直しゴーマに斬りかかかるも、剣は素早く間に入った四支神に防がれる。儂は玄武神を蹴り飛ばし、朱雀神の槍を掴んで投げ飛ばし、白虎神の打ち込みをはじき返した。
だがしかし、青龍神の一瞬で放たれた無数の矢に動きを止められてしまう。
「あぐっ!?」
ゴーマの腕が直樹の胸を貫く。
「直樹!!」
「愚か者め。我が何の備えもしていないと思ったか」
奴は直樹の懐から創造神の証を取り出し、用済みとばかりに息子をゴミのように捨てた。
ニヤリと証を見つめてから四支神を連れてその場から姿を消す。
儂は穴の底に落ちた直樹に駆け寄り抱きかかえた。
「直樹、直樹! しっかりしろ!」
「とう……さん」
「今すぐ傷を治してやるからな!」
リングから取り出したレインボーマシューを直樹の口に入れようとする。
けれど彼は微笑みを浮かべて首を振った。
「きか、ないんだ……ごめん」
「どうにかできないのか!?」
直樹は弱々しい手を儂の手に重ねた。
止めどなくこぼれ落ちる涙。どんなに我慢をしようとしても次から次へとあふれ出てくる。
感情が激しく波立ち思考がまとまらなかった。
もう一人の直樹が近づいて息子の顔に触れる。
「過去の……僕……とうさんを……たのんだ」
「分かったよ。未来の僕」
ペロが駆け寄ってきて直樹の手を取った。
「兄さん! 死んじゃいやだよ!」
「ペロ……可愛い僕の弟……」
「直樹兄さん! 死なないで!」
「ごめん……父さんを支え……」
ペロの顔に触れてから直樹は力尽きた。
「直樹」
再会したあの日から今日までの出来事がフラッシュバックする。
やっと、やっと家族としての関係を取り戻しつつあったのだ。それがこんなことになるなど。
あの時間を共に過ごした直樹は彼だけなのだ。
なのに儂が守り切れなかったばかりに。
すまない、本当にすまない直樹。
儂は直樹の遺体を抱えて立ち上がる。
「ユグラフィエ、すぐに地球を結界で覆え。ほどなくして攻撃を仕掛けてくるはずだ」
「かしこまりました」
天使掃討は仲間に任せ、儂は直樹を抱えてその場を後にした。
◇
無事に魔物に偽装した天使は掃討した。
ひとまず山の家に戻った儂らは、各々で過ごし心の整理をつけることに。
実を言うとある程度覚悟はしていた。この戦いでは誰かが死ぬだろうと予想していたからだ。
それでも実際に起きてしまえばやはり動揺する。息子ならなおさらだ。
もう一人の直樹への事情説明はエルナ達で行ってもらった。
本来なら儂からするべきこと、だが気を遣ってくれた妻や仲間が引き受けてくれたのだ。
改めて誰かが傍にいれくれて良かったと深い感謝の念を抱いた。
「直樹……」
地下室で横たわる氷漬けになった息子。
何度も何度も生き返らそうとしたがその魂はどこにもなかった。
神族の魂は死後消える。その話は事実だったのだ。
扉が開けられエルナとリズが入ってくる。
「真一、大丈夫?」
「無理は禁物」
「もう落ち着いた。心配かけて悪かったな」
直樹の遺体をリングに入れる。
この戦いが終わった後はちゃんと田中家の墓で眠らせてやるつもりだ。
それまで少しの間だけ我慢してもらおう。
一階に上がれば全員が勢揃いしていた。
テーブルには昼食として作った弁当が置かれている。
そうか、食べるタイミングを逃してしまったのだったな。
「父さん、事情は聞いたよ。未来でも大変だったみたいだね」
「まぁな。だが、お前が無事で一安心した」
「変な感じだ。父さんが二人いるなんて」
こっちの直樹にとっては数十年ぶりの再会だ。
儂は彼を強く抱きしめた。
唯一の救いはまだ過去の直樹がいることだ。
おかげで絶望せずに済んだ。
「腹も減ったし飯を食うとするか」
「そうだね」
重箱を覆っていた袋を解き、蓋を開けて中を覗く。
そこには直樹が作ったおにぎりや卵焼きが詰まっていた。
「う、うううっ……」
おにぎりを囓った途端、涙がこぼれてしまった。
お前の料理は本当に美味いな。直樹。
食事を終えた儂らはコーヒーやお茶を飲んでニュースを見ていた。
その番組も突如出現した未知の怪物と東京を覆った巨大な壁のことばかり。
他にも人々を守った謎の黒い人骨について語っていた。
そこへ速報が入る。
ニュースキャスターが慌ただしく受け取った用紙を読み上げた。
どうやら無数の未確認生命体が地球に向かっているとのことらしい。
現時点ではまだ火星の周回軌道上にいるとのことだが、その異常なまでの速度から数日中には地球に接近する見通しだそうだ。
「来たか」
遠視でざっと見た限りその数は三億。
舐められたものだな。破壊神である儂にたったそれだけの軍勢を差し向けるとは。
それとも様子を見ているのか。こちらがどう出るのか。
「当初の予定通り直樹とユグラフィエは地球に残す。儂らは一気に天界へ総攻撃を仕掛けるぞ」
「本当に勝てるの? ちょっと不安になってきたわ」
「数に騙されるな。今の儂らには天使など所詮羽虫に過ぎん。行く手を阻むというのなら遠慮なく消し去ってやろうではないか」
儂は新たな決意を胸に立ち上がる。
そこですっと直樹が懐から何かを差し出す。
「父さんに預かってもらいたい」
「創造神の証ではないか。だがしかし」
「恐らくだけどゴーマはもう一つも手に入れようと動くはずだ。じゃないと誰かがこれで邪魔をすると考えるはずだからね。でも僕が持ったままだと万が一のことが起きるかもしれない。だから最も安心できる父さんに預けるよ」
彼は付け加えて「ゴーマをおびき寄せる釣り餌にもできるはずさ」と笑みを浮かべていた。逆に言えばそれだけ直樹はこの戦いに賭けているということ。
儂は「できるだけ使わないようにする」とだけ言って懐に収めた。
決戦を前に一度月面に転移する。
最後に地球を見ておきたかったというのが大きな理由か。
「地球って青くて綺麗なのね」
「いい景色。また見たい」
エルナとリズはぼーっと地球を眺める。
「これが宇宙なんだ。ふわふわしてる」
「ふわふわならペロ様の毛には負けますよ!」
「そっちのことじゃないから」
ペロとフレアは重力の低さを楽しんでいる様子だった。
「師匠の息子さんの仇を討つぞ!」
「当然だわ! 目にもの見せてやる!」
「そうよねぇ、このままってのは癪だもの」
「皆の防御は私に任せて」
「神でも天使でも全部ぶっ倒してやるっす!」
リベルト達は闘志を燃やして円陣を組んでいた。
「妾もここまで来たか。ムーアにいつか見せてやりたい光景じゃ」
黒姫は目を細めて地球を見上げる。
「出でよ我が眷属」
リングからスケルトン軍が出される。
ずらりと並ぶ眷属は一斉に片膝を突いた。
儂は剣を抜いて掲げる。
「破壊神田中真一の名において命ずる! 存分にその力を振るい敵勢力を圧倒せよ! 容赦はするな! 命乞いも許すな! 奴らの屍を踏み越え天界を制圧するのだ!」
「御意に」
スケ太郎が返事をした。
続いて眷属達は顎を鳴らす。
「いざ出陣!」
儂は全員を転移した。
行く先は天界のある宇宙の中心だ。
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