百七十九話 潜伏生活2
夕食は山の幸をふんだんに使った豪勢なものだった。
こんなご馳走を食べるのは数十年ぶり。社長だった頃はよく食べていたのだが、今思うとずいぶんと贅沢な暮らしをしていたのだな。
「グラスが空じゃない。私が注いであげる」
「すまんな」
「まだ残っている。注ぐから早く空にする」
「分かった」
エルナとリズに挟まれて儂はせわしなくビールを飲んでいた。
グラスを空にすれば即座に満たされてまた飲む。それの繰り返しだ。
うぷっ、そろそろ胃袋の限界だ。
もはや何本瓶を開けたのかも不明である。
「この小さなお鍋に入った料理美味しいね! あむっ!」
「あああああっ! モフモフが! モフモフ!」
料理に舌鼓を打つペロは尻尾を盛んに揺らす。
それに反応するのはフレアだ。
猫じゃらしを振られる猫のごとく尻尾を追いかけていた。
「もう飲めないって!」
「ほらほら」
「ふるふる(首を振る)」
「いいから飲めよ! おら!」
「ひぃいいいいっ!」
マーガレットに脅されて口を開くリベルト。
口に酒瓶を突っ込まれてごぼごぼと強制的に飲まされていた。
程なくしてリベルトが床を這って儂のところへ助けを求めに来る。
「し、師匠……助けて」
「リベルト~どこに逃げてんだ~」
「ちょ、待った! ああああ!」
ずざぁああ、マーガレットに足を掴まれて、再び暗い笑みを浮かべるドミニク、レイラ、ティナの元へ強制的に戻される。
ウチもああならないように気をつけねば。
「一番目は妾が唄うのじゃ!」
マイクを握った黒姫が前に立つ。
流されるメロディーは『津軽海峡冬〇色』いきなりこの曲から始めるとは、渋いというかよく知っていたなと驚く。しかも上手いからさらに驚く。
二番目はユグラフィエ。彼女は流暢な英語でアメリカの曲を唄いきる。しかも女神にふさわしく美声で激しく感情を揺さぶられた。歌声に魔力でも込められていたのではないかと疑ってしまったほどだ。
三番目は直樹。現在流行っている曲を披露した。歌声は良くも悪くもないくらいだ。だが、なかなかノリがよく、聞いていて気分はかなりいい。
「四番目、エルナ唄います!」
マイクを握ったエルナが前に立つ。
それだけで全員が不安を抱いた。
流れるメロディーは聞き覚えのあるあの名曲『贈〇言葉』。
こともあろうにエルナは声に魔力を載せて歌い始めた。
このタイミングでの歌のチョイスもアレだが歌声がなんともひどい。
なのに胸を締め付けるような感動が訪れるのだ。
がしゃん。部屋の外から何かが落ちる音が聞こえた。
扉を開けて廊下側を見れば、料理を運んでいただろう仲居さんが床に丸まって泣いていた。
他にも宿泊客が多数廊下でむせび泣いており、これは不味いとエルナの歌を止めさせる。
「なんで唄っちゃだめなのよ!」
「外を見てこい!」
「え? 外?」
廊下の様子を見てきたエルナは「あははは……」と苦笑して戻ってきた。
声に魔力を載せるのはどうやら危険な行為のようだな。今後は充分に気をつけるとしよう。
宴会が終わった後は男同士でもうひとっ風呂浴びることに。
「ふぅ」
露天風呂で夜空を見るのは最高である。
縁に身体を預けて一時を楽しむ。
「お父さんがこの世界を救いたいって気持ち分かった気がするよ」
ペロが顔に付いた水分をタオルで拭きながらそう言う。
最後に鼻先を軽く拭いて頭に載せた。
「この国は居心地がいい。サービスも良いし料理も美味しいし僕は好きかな。向こうに比べるとちょっと狭い感じはするけど」
「それは仕方がない。ここは島国で人口も多いからな」
遅れてリベルトと直樹が湯に浸かる。
「それで師匠はゴーマに勝てそうなんですか?」
「策は用意しているが、正直に言うと勝率は五分もないかと思っている。向こうの戦力は聞く限りでは桁違いだ。まともにやり合えば分が悪い」
「他の神々を味方に付けるって方法もあるんじゃないですかね」
「それは儂も考えた。が、直樹によれば未だ抵抗を続けている神々は、もはや心をへし折られ頼りにならないらしい。自分達を守るので精一杯だとか」
むしろこのまま敵勢力を引きつけてもらいたいところ。
せっかく分散しているのだから好都合だ。
ちなみにユグラフィエと黒姫の予想ではこちらが最初に相手するのはおよそ十万。そこから合流する敵数は一億から二億だと考えている。馬鹿げた数字だがこの広大な宇宙を支配する存在と戦うのだからむしろ当然。
幸いなのはそれらが神ではなく天使だという点か。
「問題は天使だけじゃない。四支神がいることも忘れちゃ駄目だ」
四支神とはゴーマに仕える四人の実力者である。
ゴーマに絶対の忠誠を誓った配下。これを破らなければ主神ゴーマと相対することもできない。
「四支神は僕らが引き受けるよ。お父さんはゴーマと戦ってくれればいい」
「そうそう、師匠がさっさと親玉をぶっ倒してくれればこっちも楽できるしさ」
「創造神の証を持たないゴーマなんて今の父さんには相手にならないよ。早く片づけてまた一緒に暮らそう」
三人の言葉は力強かった。
そうだな、儂がさっさと片を付ければこの戦いは終わるのだ。
◇
翌朝、ひとっ風呂浴びた儂らは豪勢な朝食を食べて町に出た。
「みてみて真一! これ可愛い!」
「こっちも悪くない」
エルナとリズが巾着ではしゃいでいる。
浴衣姿の二人はなんとも色気があって、ついつい巾着じゃなく胸元を見てしまう。
ハッと気が付いた時には二人に巾着と他数点を買わされていた。
「父さん!」
急いで戻ってきた直樹が慌てて儂の背後に隠れる。
後を追うようにして数人の警官が目の前を走り去っていった。
よく見れば姿がぶれている。あれらは天使らしい。
「見つかったのか?」
「ううん、顔を見せていないからバレてはないと思う。けどいきなり逃げたものだから怪しまれたかも」
こんなところにまで天使を配置していたのか。
逃げ続けているもう一人の直樹はさぞ苦労しているのだろうな。
助けられないのがなんとも歯がゆい。
「全員を集めろ。すぐにここを出るぞ」
「分かったわ」
温泉旅行はたった一泊で終わってしまった。
その後、儂らは天使に警戒しながら廃工場に帰還。
誰一人欠けることがなかったことに安堵した。
『次のニュースです。昨夜、刑務所より服役中の一名が脱走しました。現在も逃走中であり警察が足取りを追っています』
ソファーの前でニュースを見ていた儂は、大きく映された直樹の顔に目を見開く。他の報道番組に変えると、田中直樹の生い立ちと犯罪歴の特集が放送されている。
「そうそう、この頃には政府に天使が入り込んで大がかりな捕り物が行われていたんだ。もちろん全部でたらめ。父さんのことまで話が及んでて頭にきた覚えがあるよ」
「ふむ、しかしこうなると知っていたのならどうして言ってくれなかった。もう少し気をつけたものを」
「心配はいらない。この時にはもう警察は潜伏先のあたりをつけていたんだ。注意はそっちに向いているし、まさかもう一人僕がいるなんて夢にも思ってないだろうね」
真横に座った彼は、菓子の袋を開きながらニュースを眺めていた。
ようするに時間は順調に流れていると言うことか。
結果的に直樹は見つからず、業を煮やしたゴーマは東京を襲撃してあぶり出しを図ったと。
「ゴーマは直接出向くのだよな?」
「そうだね。歴史が変っていなければ向こうからやってくる。なんせ僕は彼に傷を負わされたからね」
相当な深い傷を負わされたのだと推測する。
それも特殊な攻撃で。
「ゴーマは治癒力低下のスキルを持っているんだ。それに自身のスキルをコピーして他の者に与えることもできるし、神殺しのスキルだって持っている。対神のエキスパートなんだ」
「だからこそ創造神は手元に置いたと言う事か」
「他の神々への牽制になるからね。破壊神を封印した後は特に重要度が増した。噂では破壊神の糾弾もゴーマが裏で糸を引いていたって聞く」
用意周到で抜け目がない印象だ。
これからの戦いは間違いなく熾烈を極める。今のような安穏たる日々とはしばらく疎遠になるだろうな。
ばんばん。
誰かがシャッターを叩く。
全員が警戒して武器を握った。
こんな場所に来る知人などこの世界にいないはず。
しかもユグラフィエが結界を張っているので、天使にはこちらの居場所は分からないはずだった。
儂は人差し指を口に当てて静かにするよう指示を出した。
エルナがシャッター前に近づいて向こうの相手に声をかける。
「どなたでしょうか?」
「えっと、僕は田中直樹って言うんだけど、ここに来た理由はどう言えばいいのかな……遠視をしても全然見えない場所があるから、もしかしたら同族かと思って来てみたんだ」
げ、もう一人の直樹が来たのか。
こっちの直樹と視線を交す。
ブンブンと首を振って追い返せと言っていた。
儂はエルナにジェスチャーで『帰ってもらえ』と指示する。
ここで接触してしまうと計画が崩れてしまう。
囮にするようで悪いが今は会うことはできない。
「なんのことか分かりません。お帰り願えますか」
「――駄目だ。やっぱり転移しようとしても入れない。ここには強力な結界が張られている。お願いします中に入れて。僕を助けて」
「お帰りください。どなたか存じませんが私達には関係のないことです」
「そんな! 同じ神族じゃないか! せめて少しの間だけで良いから保護してもらえないか! ほんの少しでいいから!」
ぐぬぬぬ、ひどく心が痛む。
立ち上がろうとすると直樹が腕を掴んで引き留めた。
「我慢だ。こちらの存在がバレればゴーマは現われないし、予定よりも大規模な軍勢が差し向けられる。僕らのアドバンテージは知られてないことなんだ」
「くっ……」
まったくもってその通り。
儂は大人しく座った。
「お帰りください」
「なんでだよ! なんで味方になってくれないんだ! そんなにゴーマが怖いのか!」
「お帰りください」
「もういい! どのような神かは知らないが、頼ろうとした僕が愚かだった!」
足音が遠のいて行く。
どうやら諦めたようだった。
全員が大きく息を吐く。
「ごめん、この時の僕は精神的にまいっていたんだ。日々迫ってくる天使の影や先行きの不安でね。生活の場も下水道だったし一刻も早く逃げ込める場所を探していた」
「そうか……本当に苦労したんだな」
「いいさ。今は父さんや弟と一緒だからね。ああ、あとお義母さん達も」
しかし、ここが見つかってしまったのは痛い。
もう一人の直樹は必ずまた来るだろう。
それに加え天使共もここに注目するかもしれない。
そろそろ移動するべきか。
「黒姫、金はまだあるか?」
「くふふ、実は妾の方で増やしておいたぞ」
はぁ? 増やす?
どさどさっ、一億らしき塊が三つほど転がった。
「なんでそんなにある」
「そりゃあ勝ったからじゃ。妾ほどにもなればトランプは透けて見えるし、馬は史上最速をたたき出す。儲けようと思えばいくらでも手段はあるものじゃ」
「預けていた金を勝手に賭けたのか」
「サプライズじゃ。その方が喜びも倍じゃろう?」
ニシシシと笑う黒姫に怒る気も失せる。
まったく……だが先に手を打っておいてくれたのはありがたい。
この金で新しい住居を購入するとしよう。
「全員引っ越しの準備だ。設備はこのままにしておけ、もしかしたらここに訪れた誰かが使うかもしれないからな」
「じゃあ食料も置いておく?」
「その方がいいだろう」
どうせまだ直樹はこの近くにいるだろうからな。
あの雰囲気ではまた来るに違いない。
ユグラフィエに遠隔で複数の結界を張れるか尋ねると可能だと返事があった。
ここの結界は引き続き維持し、儂らは直樹と天使の目の届かない場所で潜伏するつもりだ。
儂らは深夜になってから気配を殺して廃工場を後にした。
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