百七十八話 潜伏生活1
ずるるるっ。一気に麺を啜り出汁でゴクリゴクリと喉を鳴らす。
キレのある塩味と旨味に至福の声を漏らした。
「みんなこっちを見てる……」
「気にするな。どうせ誰もお前を見ていない」
コートを着込んだペロはおどおどした様子でうどんを食べていた。
こっちには魔獣や魔物がいないので、悪目立ちしていると思っているのだろう。
あいにく好奇の目を向けられているのは女性陣だ。
うどん屋で麺を啜る美女と美少女の集団。
彼女達の前ではペロはただの仮装にしか見えない。
そもそも認識しているのかすら怪しい。
通り過ぎる男性達は熱に浮かされたようにぼーっとしている。
「すっごい見られてる。ちょっと恥ずかしいわ」
「美少女だからしょうがない」
「私も少し恥ずかしいな。あんなにも好奇の目で見られるのは初めてだ」
「「それはない」」
エルナとリズがフレアに真顔でツッコみを入れる。
三人ともカジュアルな格好をしていて新鮮に感じる。
エルナとリズのこういった姿もなかなかいい。
パシャ。シャッター音のような男が聞こえた。
目を向ければ腕時計型携帯端末で画像を撮影している男を見つける。
他にも眼鏡型端末機で密かに撮影している者も。何年経っても隠し撮りはなくならないものだな。むしろ時が過ぎるほど悪化している。
バチュン。ひとにらみすると機器が爆発する。
男性客は器を床に落として悲鳴をあげた。
「ありがとう父さん。僕もあれは容認できなかった」
「だろうな。顔を撮られてSNSなどに流されたら、もう一人の儂やお前に把握されてしまう」
「そう、できれば接触はしたくない。ゴーマをおびき寄せる囮にできなくなるからね」
儂らの計画は単純だ。
過去の直樹に誘われてやってくるゴーマとその軍勢を不意打ちで叩く。
その為には同じ流れを作らなければならないからだ。
繁さんや神崎が殺されるところを、黙って見ていなければならないのは非常に苦痛ではあるが、地球を救う為と考えれば我慢するしかない。
「むふっ、これは美味じゃな! やはり眷属になって正解じゃった!」
「本当ですね。リベルトさん達はどうです?」
「めちゃくちゃ美味いです! 師匠、追加注文行ってきていいですか!?」
黒姫はきつねうどんを気に入ったらしく夢中で麺をむさぼる。
ユグラフィエはぶっかけうどんを味わい、リベルト達は溢れる若さで釜玉に天ぷら各種をたいらげる。
前々から思っていたが異世界の住人は日本食と相性が良いようだ。
気が付けばエルナ達もうどんを無心で食べている。
「これからどうする? あのビルで過ごしても別に良いけどさ」
「いや、もっと過ごしやすい場所を探すつもりだ。できれば廃工場などがいいだろうな」
「廃工場かぁ……埼玉辺りならあるかな」
儂は埼玉で良さそうな場所を遠視する。
できれば扉が残ってて締め切れる物がいい。
そんな条件に一つヒットがあった。
広さもほどほどで悪くない。ここにするか。
張り出している不動産屋の住所を確認する。
「ここを出たら埼玉の不動産屋に行くぞ」
「分かったよ父さん」
儂と直樹はうどんを啜った。
◇
ガラララララッ。シャッターを開ければ大量の埃が舞った。
元々どこかの倉庫だったらしく広々としていた。
軽自動車を百台以上置けるくらいのスペースだ。
「ティナ、シャッターを閉めてくれ」
「了解っす」
閉め切ったところで床に手を当ててスキルを使用する。
使うのは復元空間だ。内装はみるみる新品同然に戻りピカピカとなった。
「なんだかぱっとしないわよね」
エルナは魔法で内装を真っ白に変えた。
リズがどこかで見た家具を創り、あっという間に巨大なリビングができる。
それから次々に最新家具がポンポン置かれ、アイランドキッチンを置いたところでエルナがキョロキョロし始めた。
「ここって二階もあるの?」
「二階と外にも一階建ての事務所のような場所がある」
「ふ~ん」
エルナとリズが意味深な笑みを浮かべた。
どうせ自室のことでも考えているのだろう。
直樹は有機ELディスプレイの電源を入れてソファーに座る。
映し出されるニュースを見ながら儂に声をかけた。
「五千万でこれだけの物件が買えたのは僥倖だったね」
「そうだな。周りも人気がなく都合が良い」
「コンビニもないのは不便だけどね」
そうだな、と返事をする。
しばらくしてペロが二階から走って戻ってきた。
「直樹兄さん、部屋はどうする?」
「僕はユグラフィエと一緒でいいよ。彼女の結界の中じゃないと安心して寝られないんだ」
「えーと、防音にしといた方がいいかな」
「ちがっ、彼女とはそう言う関係じゃないから! 変な意味で言ったんじゃないからさ!」
慌てて訂正する息子に生暖かい目を向けた。
そうか、直樹はユグラフィエが好きなのだな。
父としてできるだけ協力するつもりだ。
「父さんもそんな目で見ないで! 違うって!」
「うんうん、分かっている。儂は分かっているぞ」
「絶対勘違いしてる!」
直樹は「やっぱり自分の部屋を創るよ!」と二階へと上がる。
一階に残ったのは儂と黒姫だけだ。
「主は残り六日間をどう過ごすつもりじゃ」
彼女は缶ビールのタブを開けて足を組む。
見た目は幼いが中身は老人だ。違和感はあるがな。
儂も缶ビールのタブを開けてぐいっと喉を潤す。
「好きに時間を潰すつもりだ。敵の出現場所も時間も分かっているのだ、やるべきことをやってもおつりが来る」
「せっかくこっちに戻ってきたのだから、したいことはないのかと聞いておるのじゃ」
「したいことか……」
だいたいのことは向こうでやってしまった。
なので特にこれといってない。
「……そういえば一つだけあったな」
「なんじゃ」
「温泉旅行だ」
「温泉??」
そう、儂は家族で温泉旅行に行くのが夢だった。
美由紀と直樹ともいつか行きたいとよく話をしていた。
今こそ夢を叶えるときではないだろうか。
「数日ここで過ごしてから温泉宿に行くとしよう」
「主がそうしたいのなら妾に異論はない」
ところで……と彼女は続ける。
「ゲームをしたいので面白そうなのを買ってきてくれぬか」
「分かった」
一つ返事で立ち上がった。
転移で秋葉原へと移動する。
相変わらずここはオタクの聖地だ。
儂は適当なビルに入って適当な本体とソフトを購入。
その帰りにラーメン屋へとふらりと立ち寄る。
久しぶりのラーメンはずいぶんと味が濃く感じた。
店を出て駅の方へと歩いていると、視界に奇妙なものが入る。
それはスーツ姿の男性なのだが僅かにブレるのだ。
恐らく偽装スキルかなにかだろう。
真理の目で見ればそれが天使であることは一目瞭然だった。
三級天使はすれ違う人間を観察している。
まるで誰かを探しているようだった。
直樹の追っ手なのだろうな。
儂が天使とすれ違うと、向こうは振り返って声をかけてきた。
「突然に失礼。私こういった者なのですが、つかぬことをおたずねします。この辺りでこのような人物を見たことはありませんでしょうか」
天使は儂に手帳を見せて一枚の写真を差し出す。
それは直樹を隠し撮りしただろう物だった。
「初めて見るな」
「そうですか、ご協力ありがとうございました」
天使は一礼して立ち去る。
どうやら儂の正体には気が付かなかったらしい。
まぁ天使ごときでは儂の偽装は見破れないだろうがな。
それから電車に乗って帰還する。
その間、何度も偽装した天使を見ることに。
東京だけで数千はうろついているのではないだろうか。
厄介この上ない。仲間には注意させておかないとな。
廃工場に戻ると妙に懐かしい匂いがしていた。
キッチンでは直樹とエルナとリズがエプロンを付けて調理をしていた。
とは言っても協力じゃなく指導している様子だった。
「母さんは隠し味にこれとこれをひとつまみ入れるんだ」
「こんなものを?」
「意外。本当に美味しくなる?」
「大丈夫、味は僕が保証するよ」
直樹が二人に何かの作り方を熱心に教えていた。
この匂いからするとカレーだな。
そういえば美由紀がよく作っていたな。
リビングの片隅では、本を読むペロの尻尾をブラッシングしながら、だらしない顔をするフレアがいた。
「ああ、ペロ様が進化されて本当に良かった! 至高のモフモフが増量されるなんて! 私めはこの尻尾モフがあるだけで十杯はご飯を食べられます!」
「こわいから落ち着いて」
はぁはぁ、呼吸を荒くして尻尾を撫でまくる。
あの二人はどこに行っても平常運転だな。
エルナとリズがこちらへとやってくるとモジモジする。
「お帰りなさい貴方。お風呂にする? ご飯にする? それとも?」
「私は全てを一度に行う準備がある。完璧」
「ちょっと、私の邪魔をしないでよ!」
「邪魔をしているのはエルナ。早々に引っ込むべき」
ぐぬぬぬ、と二人はつかみ合いをする。
どこで覚えたのかは知らないが、あまり変な知識は増やして欲しくないものだ。
「ところで黒姫達はどこだ?」
「二階で部屋を創ってるわよ。それとお風呂はもうできてるから」
エルナが指さした方向には小さなドアがあった。
どうやら空間を拡張して創ったらしい。
ドアを開けると最新設備が整った広い脱衣所があった。
洗濯機などが置かれ、棚には美容関連の品が個人ごとに置かれている。
浴室に入れば十人が収まるほどの浴槽があった。
すでに湯も入れられ湯気が昇っている。
正面にはガラスでできた壁があり、東京を一望する景色が映っていた。
スカイツリーが遠くで光っていて実に素晴らしい夜景だ。
壁に貼り付けただけの幻だろうがこれはこれで良しとする。
儂はさっそく風呂に入って一息ついた。
◇
日本に戻って数日が過ぎた。
「これどう! 似合う!?」
「うむ」
「こっちは?」
「悪くない」
儂の前でエルナとリズは雑誌を見ながらファッションショーを開いていた。
審査員は儂と女性陣。誰もが真剣な表情で同じ雑誌を見ながら赤ペンで書き込んでいる。
二人の格好を参考に服装の組み合わせを考えているらしい。
とは言え数時間も付き合わされると眠くなる。
ファッションに興味のないティナとフレアはゲームで対戦中。
ペロは黙々と絵を描いており、リベルトはプラモ造り。
直樹は部屋の隅にあるバーカウンターで読書をしていた。
儂は壁に掛けられた時計を確認する。
そろそろ出発の時間か。
「全員準備はいいか」
「大丈夫」
「問題ないし」
女性陣は決めた服装にチェンジして荷物を持つ。
男性陣も近くに置いていた荷物を背負い、こちらへとやってきた。
これから旅行に行く。
もちろん目的は温泉だ。
廃工場を出てシャッターを閉める。
そこから歩きで駅まで向かい、電車に乗って目的地を目指す。
「のんびりしてていいわよね」
「のどか」
電車に揺られながら景色を楽しむ。
時折男性がこちらを隠し撮りしていたが、儂や直樹はサングラスとマスクをしている為、最悪天使が嗅ぎつけることはないと判断していた。
加えて黒姫とユグラフィエは末端の天使には顔は割れていないはずなので問題ない。
数時間を要して目的地へ到着。
温泉街に儂らは心が躍る。
「ねぇ、どこの宿を押さえたの?」
「この辺りで一番良い場所だ」
そこは格式のある古い旅館。
趣のある門構えに期待が高まる。
「ようこそいらっしゃいました」
女将らしき女性が出迎えてくれ、儂らは見事な庭の見える廊下を通り抜けて部屋へと案内された。
広い庭の見える和室。
建物自体も比較的新しく機能面で不安はあまり感じられない。
儂はエルナとリズで自室へと入る。
「本日はようこそお越しくださいました」
女将が一礼して顔を上げる。
ほんの一瞬だが儂らの関係を探るように目が動く。
面倒なので先に言っておくか。
「この二人は儂の妻だ。こう見えて国籍は海外にあってな」
「あ、ああ! そうでしたか!」
納得できたようで何度も頷く。
おかしな詮索をされるよりはマシだろう。
女将が退室すると荷物を部屋の隅にやり、さっそく三人で温泉へと行く。
赤と青ののれんの前で二人が立ち止まる。
「これなんて書いてあるの?」
「神の力を使えば自分で分かるだろ」
「そうだけど、なんでも力に頼るのはつまらないじゃない。こういった小さな発見を楽しむのも旅なんでしょ」
微笑むエルナに思わず感心した。
その通りだ。旅は新しい発見があるからこそ楽しい。
「こっちは男、こっちは女と書いてある。お前達の入るのはその赤い方だな」
「向こうの緑はなんなの?」
「……あれは貸し切り専用の混浴だ」
「「混浴」」
二人は儂の手を掴んでぐいぐい引っ張った。
行く先は緑色ののれんがかかっている混浴だ。
こ、混浴に入るのか?
いやしかし夫婦だから別に拒む理由もないのだが……。
戸惑っている間に脱衣所に連れ込まれ、あれよあれよと二人に服を脱がされ、気が付けば三人で湯に浸かっていた。
「ふぅ、気持ちが良いな」
「やっぱり夫婦で入らないとね」
「激しく同意」
揃ってだらしない顔になる。
儂らは一汗流して部屋へと戻った。
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