百七十七話 過去への旅立ち

 楽しい数日間を送った儂らは、参加者をそれぞれ自宅に帰し隠れ家へと戻ってきた。

 そこから行われるのは大掃除である。


「これは必要?」

「捨ててくれてかまわない」

「こっちは?」

「それは必要だ」


 全員で持って行く物と捨てて行く物を分別する。

 できるだけ荷物は軽くする予定だ。

 これからの儂らには必要な物だけあれば良い。


「父さん、写真の現像ができたよ」

「うむ」


 直樹がやってきて一冊のアルバムを渡してくれる。

 開けば結婚式の様子がしっかりと残っていた。一番の後ろのページにはDVDディスクが入れられており、直樹の撮った映像が編集されて収められている。


「わざわざすまないな」

「いいよ、やることがなくて暇だったしさ」

「じゃあお前も掃除を手伝えそうだな」

「げ」


 逃げ出そうとする直樹の服を掴んで微笑む。

 彼には床のモップがけを頼むとしよう。


 儂らは数時間かけて隠れ家の掃除を終わらせ、家具に埃避けの布をかけてゆく。


 そう、来たときと同じ状態に戻すのだ。

 増やしていた部屋も今では消えて当初のサイズに戻っていた。


「終わりっと。これでいい?」

「完璧に元通りだな」


 懐かしい気分になった。

 たった一人でここへ来た日のことを思い出す。


「ここまで元通りにする必要あった?」

「気持ちだ。儂がこうしてここにいられるのもこの場所があったから、それにずっと決めていたのだ、去るときはきちんと綺麗にして出て行こうとな」


 儂らは隠れ家の隅々をじっと見る。

 もしかしたらもう見られない光景かもしれない。

 だから目に焼き付けておきたかった。


「田中殿、そろそろ」

「そうだな」


 隠れ家から出るとライオンの目を押した。

 鎖が巻き上げられガコンッと扉はきっちりと閉じられた。


 フレアとペロが先に歩き出し、リズとエルナがそれに付いて行く。


 儂はそれでもまだ扉を見ていたが、名残惜しさを胸に抱えたまま四人の後を追いかけた。



 ◇



 マーナから数十キロ離れた草原で足を止める。

 そこにはすでにスケルトン軍が勢揃いしていた。


 スケルトン師団。

 エンジェルトン師団。

 魔獣部隊。

 総数八十万と余り。


 この世界のスケルトンをかき集めて眷属にしたのがこの数字だ。

 将軍スケ太郎が魔天の装を発動。


 口から大量の闇が吐き出され全身を包み隠す。

 闇の下から現われたのは鎧に身を包んだ女性だった。


 黒と金を基調にした禍々しい防具と相反し、その顔は可憐で儚げな美しい少女。

 白銀の長髪に閉じた両目。腰には一振りの見事な剣があった。

 開いた両目は闇に満ちており発する声は人のものとは思えない。


「ご主人様、全軍揃っております」

「うむ」


 スケ太郎がこの姿になった時はそれはもう心底驚いた。

 スケルトンが肉の身体を持ったこともそうだが、なによりその性別である。

 てってきり男だとばかり思っていた。しかしながら今さらスケ太郎を改名することもできず、このままにすることにしていた。

 もちろん本人が改名を願い出るなら認めるつもりだ。


 ちなみに、魂喰スキルがなんなのかを今さらながらに説明する。


 魂喰とは対象者の魂を一つ下の次元に落とす行為だ。

 言うなれば簡易的で不完全な転生。

 スケルトンとなった生物は悪感情を餌に成長を続け、最後には低次元の世界、アビスへと旅立つのである。

 だが、儂の配下は別の感情を発露し悪感情以外のものも餌にするようになった。

 その最たるがスケ太郎だ。彼女は魂を高次へと引き上げることに成功し、その結果肉の身体を有するまでとなったのだ。


「……どうやらまだ増援があるようです」

「増援?」


 スケ太郎の見ている方角の空には無数の黒い影があった。

 それはグリフォンの群れだった。およそ三百頭。


 群れは草原に降り立ちこちらを見ていた。

 その中から黒く巨大な二頭のグリフォンが儂の方へと進み出る。


「まさかダルタンで置いてきた配下が戻ってきたのか」

「ぐるぅ」


 グリフォンは儂の影響からかずいぶんと巨体となっていた。

 大型トラック並と言えば分かりやすいか。

 両目は紫に、羽は金属のように堅く艶やかに、頭部からは飾り羽のようなものが生えていた。


「仲間を連れて駆けつけてくれたのだな」

「くるるるっ」


 触ると甘えたような声で儂に顔を擦り付けた。

 それにしてもこれだけの群れを形成するほどになっていたとは驚きだ。

 儂は群れを眷属化し、グリフォンを魔獣部隊に編入する。


 遅れて黒姫とユグラフィエが到着。

 二人は片膝を突いて頭を垂れた。


「すいませーん! 遅れてしまいました!」


 栄光の剣の五人がようやく到着する。

 彼らも儂の眷属となっており、その姿は変化していた。


 全員が黒髪となりその目は紫だ。背中には黒い光の翼があった。

 翼は自由に消すことができるので、向こうに行ってもハーフだと言えば通用しそうな感じがする。


 五人も片膝を突いて頭を垂れた。


 さて、あとは分身か。

 田中βはすでに吸収済みなので、残るはローガス国王をやっているαのみ。


「遅れて悪いな」


 十分後、もう一人の儂が現われた。

 握手を交わして吸収すると、国王として過ごした日々が一気に流れ込んできた。

 彼もそれなりに楽しい王様ライフを送っていたらしい。


「準備はいいみたいだね」


 直樹が現われ微笑む。

 儂は頷いてからスケルトン軍を腕輪に収めた。


「うむ、いつでも行けるぞ」

「じゃあ始めるよ」


 直樹の身体が輝き始め、光の粒子へと変る。

 エルナ、リズ、ペロ、フレア。仲間も同じく光の粒子となって天へと昇る。

 栄光の剣、黒姫、ユグラフィエが消え、最後に儂の身体が消え始めた。


 足から徐々に消えて行く中、儂は異世界をじっと眺める。


 いつか必ず戻ってくる。


 それまでさようならだ。




 儂はこの世界から完全に消えた。




 ◇




 ドガッ。ガシャン。

 パリンパリン。


「きゃぁぁぁあああっ!?」


 衝撃と共に儂は目覚める。

 見えるのは白い壁と怯えた複数の女性。


 違う。これは儂が倒れているのだ。


 ゆっくり起き上がると自分が壊れたテーブルの上で寝ていたことを知る。

 近くには割れた皿と巻き散らかされたパスタ。

 他にもコーヒーが入っていただろうグラスが割れていた。


 周囲をキョロキョロして確認する。


 狭い店内には女性客ばかり。

 店員だろう若い男性がこちらを見て固まっていた。


「成功したのか? だがなぜ仲間が誰もいない?」


 首をかしげると、再び悲鳴が響いた。


 ん? こうか?


 ポーズすると悲鳴が。さらにポーズするとまたも悲鳴。

 なるほどいきなり現われた儂に怯えているのだな。


「怯えるな。すぐに出て行く」

「な、なに言ってんだこの人。おい、誰か英語話せる奴いるか」


 疑問符が浮かんで首をひねった。

 言葉が通じていない?


 あ、しまった。うっかり異世界の言語で話していたようだ。

 コホン、咳をしてから久々の日本語で述べる。


「怯えなくていい。すぐに出て行くつもりだ」


 神気で壊した物を全て修復。

 さらに店内にいる人間に魔法をかけて記憶を消去した。

 全員が立ったままぼーっとしているが、じきに意識もはっきりしてくるので問題ない。

 今のうちに店を出るとするか。


 そこで窓をコンコンと叩く者がいることに気が付く。


 カジュアルな服を着た直樹だ。

 首にはヘッドホンを付けており若者らしい格好をしている。


 彼はすぐに店の中に入って来た。


「やっと到着したんだね」

「やっと? どういうことだ?」

「話はあと。とりあえずその格好をどうにかしないと」


 ふむ、それもそうだな。

 ローブを外してリングの中に入れると、服を変化させてスーツにする。

 ネクタイは邪魔なので付けないでおいた。


「父さんらしい格好だ」

「よく着ていたからな」


 客達の意識が戻る前に店を出ると、視界に見慣れた光景が飛び込んだ。


 無数にある高層ビル。道路には自動車が行き交い、人々は忙しそうに足早に歩いていた。

 遠くには東京タワーが見える。間違いなくここは東京だ。


「こっち」


 直樹に案内されてしばらく歩く。


「他の者達はどうした」

「もう着いてるよ。父さんが最後だ」

「なぜ時間がずれた?」

「僕のスキルは本来一人で使う物なんだ。それを多人数に使ったから、到着にばらつきが出てしまったみたい。でもまだ時間に余裕があるから焦る必要はないよ」


 なるほど、それで仲間が近くにいなかったのか。

 しかし直樹の様子を見るに、ズレは一時間そこらではなさそうだな。


 彼は小さなビルに案内し、階段を上がってドアを開けた。


 そこは潰れた会社のオフィスらしい。

 がらんとした部屋にテーブルと二つのソファーが置かれていた。

 床には寝袋が放り出されており、仲間達はソファーの前でゲームをしたり、漫画を読んだりと好きなことをしている。


「これ美味しいわよね! いくらでも食べれちゃう!」

「エルナ食べ過ぎ。少しくらいよこせ」

「いやよ! これは私のなの! 一枚もあげないの!!」


 ポテチの袋をリズから死守しようと掲げる。

 儂は袋に手を突っ込んで一枚取り出した。


「コンソメか。久しぶりに食べたな」

「「真一!!」」


 エルナとリズが抱きつく。

 二人を抱擁すると心が和らいだ気がした。


「お父さん!」

「ペロも無事のようだな」


 フレアを見るとコントローラーをかちゃかちゃしながら、某有名落ち物パズルゲームをしていた。

 コンピューターの方が強い為、次々に石を落とされ徐々に積み重なって行く。

 どうやっても消せなくなったところでゲームオーバー。


「ぬわぁあああああああっ! また負けた!!」

「フレア、お父さんが来たんだ! フレア!」

「え? あ、田中殿!」


 ようやく気が付いた彼女は、何事もなかったように立ち上がって一礼する。


「直樹、ユグラフィエと黒姫が見当たらないようだが。それに栄光の剣の五人も」

「あの人達は現金をとりに行ってる。それと買い出しも」


 現金をとる? まさか銀行強盗でもしているのか?

 儂の考えを読んだかのように彼は先に答えた。


「父さんは日本に結構な額の現金が埋められてるのを知ってる?」

「初めて聞くな。そんなものあるのか?」

「公には受け取っていない大金があると、みんなどこかに隠したがるんだよ。でも近くに置くとバレてしまう。だから人目の着かないところに埋めるんだ」


 そう言われると納得する。

 隠したい人間は山ほどいるからな。


「この世界の奴って弱すぎっす。少し押しただけでひっくり返るなんて」

「頼むからお前はもうちょい手加減ってものを覚えてくれ」


 リベルト達が戻ってくる。

 彼らは儂を見るなり笑顔となった。


「師匠! お着きになっていたんですね!」

「先ほどな。それで何かあったのか」


 五人はどさりと買い物袋を置いて一息つく。

 返事をしたのはドミニク――じゃなくキャサリンだった。


「もうほんと聞いてください師匠。私達町を歩いていると急に変な男の人に絡まれてぇ、君達でユニットを組めば絶対に売れる、ってよく分からないことを言いながら住んでいる場所や名前を聞こうとしてくるんですぅ。やっぱり美しすぎるのが問題なのかしらぁ」


 ドミニクはくねくねしながら嬉しそうだった。

 芸能事務所からのスカウトか何かだろう。四人とも美人で可愛らしいので、町を歩けばさぞ目をひいたに違いない。

 で、勧誘があまりにひどかったのでティナが追い払ったと言ったところか。


「ただいまじゃ」


 黒姫とユグラフィエが空間に空いた穴から出てくる。

 どすんっと床に落とした四角い塊に儂は感心した。


 透明なビニール袋に覆われた札束の山。


 ざっと一億はありそうだ。

 これだけあれば好きに過ごせそうだな。


「おお、主も来ていたか」

「ずいぶん遅かったですね」

「うむ」


 儂は机に新聞が置かれていることに気が付き、ソファーに腰を下ろして開く。


 日付は……西暦2041年2月20日。


 間違いない。ここは目的の時間だ。

 確か儂がが死んだのは2月26日だったはず。


 待てよ、予定は19日到着だったのでは?


「父さんは一日遅れて来たんだよ。場所も少しズレたみたいだ」

「それでカフェに出てきてしまったのか」


 いやはやあれは少し驚いた。

 もう少し人気のない場所で現われたかったな。


 儂はすくっと立ち上がるときりっと表情を引き締める。


「では〇亀製麺に行くぞ!」



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【訂正報告】

作中内の過去の日付が6月20日となっていましたが、2月20日に訂正いたしました。


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