百七十六話 旅立ちに向けて6
ぼぉおおおおおおおおっ。豪華客船が汽笛を鳴らす。
儂は甲板で潮風を受けながらオレンジ色の夕日に目を細めた。
「結婚して初めての夕日ね」
「そうだな」
寄り添うエルナ、その左手には指輪が輝いている。
「後悔してる?」
「いや、最高の気分だ。もちろん少しだけ後ろめたい気持ちもあるにはあるがな」
「それが当たり前だと思う。だって真一は鈍感で世界一深い愛情の持ち主だもの」
「世界一かどうかわからないだろ」
「女神である私が断言したのだがら事実よ」
無茶苦茶だな。だが、儂もそうありたいと願う。
通りかかったスケルトンにスッとカクテルを差し出されたので受け取る。
彼は一礼してからこの場を去った。
船内では至る所で配下が働いている。
このグレートホームレス号は、二十三万トンを誇る地球では最大級の豪華客船である。
内部にはいくつものバーがあり、アミューズメントパーク、カジノ、劇場、ショッピングセンター、プール、一流レストランなどなど様々な物を取りそろえている。
中には闘技場もあり、ちょっとしたバトルも楽しむことができるのだ。
「きゃはははは、返して欲しかったらおいちゅいてみな!」
「ひどいゲロ! 返すゲロ!」
ぱたぱたと甲板を四魔王の二人が走る。
楽しんでいるようで何よりだ。
水平線の向こうではリヴァイアサンが少しだけ顔を出してすぐにまた沈んで行く。
幻想的で神秘的な光景は心を穏やかなものにさせる。
不思議な物で昨日までとは見ている景色が違う気がするのだ。
世界はこんなにも美しく鮮やかだったのかと思い出した気分。
「もうこんな時間。早くしないとアレが始まるわよ」
「うむ、そろそろリズに声をかけるか」
歩き出そうとするとエルナが右手を前に突き出す。
「……なんだその手は?」
「分からないの??」
「?」
「はぁぁぁ」
大きな溜め息を吐かれた。
その姿に元妻の美由紀が重なる。
『貴方本当に鈍感な人なのね。普通は男の方から手を繋ぐものでしょ』
『そうなのか?』
『はぁぁぁぁ、呆れた人。初デートでこの調子じゃぁこの先苦労しそうね』
『す、すまない。誰かと付き合うのは初めてで』
『もういいわ。ほら、行きましょ』
初めてのデートで儂は女性と手を繋ぐことを覚えたのだったな。
今まで閉じていた記憶の箱が開いた気がした。
そうだったな美由紀。
儂はお前に様々なことを教えられていたのだったな。
そっと優しくエルナの手を取る。
「こういうのは男からするものなのだろう?」
「う、うん……」
手を繋いで船内を行く。
すれ違う人々は儂らを見てニヤリとしていた。
全員知り合いなので仕方がない。
カジノへ行くと、スロットの前でフレアが台を叩いていた。
「なんだこれは! 壊れているのか! あと一つで7が三つ揃ったではないか! さては田中殿が金をむしり取るために細工をしているに違いない! 卑怯だぞ!」
あまりにもバンバンッと台を強く叩くので、スタッフのスケルトンがやってきて、強引にスロットの前から引き離されていた。
「赤にベットするよ」
ペロはチップを前に出す。
ディーラーのスケルトンは頷きルーレットにボールを入れる。
彼が『ノーベット』と書かれた札を上げるとチップはもう動かせない。
ボールは赤枠に入りペロが勝利した。
チップを受け取ったペロは嬉しそうに尻尾を揺らす。
他の席ではブラックジャックをしている四カ国の王を見かける。
ヴィシュとドドルとキシリア国王が頭を抱えてトランプを投げ捨てており、サナルジアの女王が高笑いしていた。
ちなみにスカアハはプールが大層気に入ったようなので、今はまだ泳いでいる頃だろう。
支配人であるスケルトンがやってきてお辞儀する。
儂は彼にリズ達はどこかと尋ね、先ほど家族と一緒に部屋に戻ったと教えてもらう。
いくつかのフロアを抜けるとメインホールに出る。
ここは吹き抜けになっており巨大なシャンデリアが吊されている。
上から真下を覗くと、ホームレスセラフがピアノで優雅な演奏をしていた。
ホームレスセラフだが、その姿は儂が神になったことで変化している。
アメジストのような骨格はそのままだが、両側頭部には太く大きな角があり、背中には黒い翼が二対生えていた。胸にはやはり紫玉が備わっている。
演奏が終わると聞いていた人々が拍手をした。
セラフは立ち上がって一礼する。
そこから儂らは一度最上部へと行く。
開放的な野外を楽しむ為のプールやバーなどが設置されており、水着姿の人々が一時を満喫していた。
その中で一際目をひくのがもうもうと煙をあげる屋台群。
焼きそば、リンゴ飴、焼き鳥、わた飴、たこ焼き、イカ焼きなどなど。
スケルトン達が一心不乱に調理を続けている。
「カタカタ」
屋台群の様子を見回りながら指示を出すのはスケ太郎だ。
その姿は一点の汚れもない純白。
一周回って元のスケルトンに戻ったようだった。
だが、実際は以前とは比べものにならないほど強化されている。
純白の骨格にその目には一切の光がなく、胸には黒い玉が備わっていた。
スケ太郎は眷属の中で最も儂の力を受けたらしく、限りなく神族に近い存在となっていた。
眷属で最も強い力を持つのがユグラフィエなら、その次は間違いなくスケ太郎だろう。
名前:スケ太郎
種族:骨魔天
魔法属性:闇・聖・邪・無
習得魔法:―
習得スキル:真理の目・空間跳躍・魔天の装・神殺し
支配率:田中真一が100%支配しています
進化:―
魔天の装とはスケ太郎の戦闘形態だ。
その力は星をも砕くほど……らしい。
実際に目にしていないので真偽は不明だ。
他にもスケ次郎、スケルトン軍の十体の師団長、エンジェルトン軍の五体の師団長などそれぞれ変化が起きている。
それについては後に再確認するとしようか。
「カタカタッ!」
スケ太郎が儂を見つけて恭しくお辞儀する。
エプロン姿に頭にははちまき。すっかり板に付いてしまったな。
後で知ったのだが、儂らがいない間スケ太郎はマーナで三つの店を構えるオーナーになっていた。
ホームレス食堂の経営も地道に継続させており、もはややり手の経営者である。
しかも今では正体すら隠しておらず、普通にスケルトンの姿で接客しているのだとか。
スケ太郎は焼きそばや焼き鳥を袋に詰めて儂に持ってくる。
一度は断ったものの、腰が低いくせに妙な押しの強さで袋を手に持たせた。
まぁ美味そうなので遠慮なくもらうとするか。
プールサイドではサングラスを付けたスカアハがチェアーで横になっていて、プールの中ではスクール水着のエヴァとサタナスと戯れるゼファの姿があった。
他にもバーでは、マーナギルドの支店長であるバドウェルとリズの専門医をしていたダフィーが瓶ビールを片手に話をしている。
「そろそろ夜になっちゃう。急いで」
「慌てるな。まだ始まるまで二十分くらいある」
エルナに手を引かれつつ部屋のあるフロアに降りる。
「あ、父さん」
「直樹か。どうしたんだこんなところで」
青い顔をした直樹と廊下で出会った。
ずいぶんと周囲を警戒して挙動不審なので疑問に思う。
「それが黒姫さんの話に付き合ってたら、ムーアさんの話になっちゃって、『お主が父親を転生させたのは実に良き行いじゃった。褒美に色々手ほどきしてやろう』とか言い出して……」
「あとで叱っておく」
まったく困った年寄りだ。
儂の息子に手を出そうとするとは。
直樹は屋上に行くと言って儂らと別れた。
儂は自室であるスィートルームのドアをノックする。
反応がないので開けて中を覗くと、シュミット家とフレデリア家が勢揃いして談笑していた。
「いやはやなんとも可愛らしいお嬢さんだ。ウチのエルナには劣るが、それでも素晴らしい美貌を誇っている。ご両親もさぞ自慢に思ってらっしゃるだろう」
「いやいや、こちらこそ申し訳ない。娘がお宅のお嬢さんより気立てが良く綺麗なので、ずいぶんと見劣りされているのではないかと心配しておりました」
二人の父親は笑顔から一転して憤怒の表情に変る。
「表に出ろヒューマン!」
「いいじゃねぇか! やってやるぜ!」
「「やめなさい」」
ぴしゃりと二人の母親が叱る。
どちらも悔しそうな表情を浮かべて大人しくなった。
なんだあれは。なぜ喧嘩をしている。
「ずっと娘自慢をしているのよ。真一は知らないと思うけど、披露宴の時からあの二人仲が悪いの」
言われてみれば途中からにらみ合っていた気もする。
どうせ原因はフレデリア卿だろう。べらべら娘の自慢をしたことでリズの父親の神経を逆なでしたに違いない。
「真一!」
リズがこちらに気が付いて駆け寄る。
だが、儂とエルナの手を見るなり眉間に皺が寄った。
「ん」
「分かっている」
リズと手を繋いだところで両家が儂に気が付いた。
二人の父親はこちらに走ってきてニコニコとしている。
「やっぱりウチのエルナが一番のようだな!」
「そうれはどうかと! ウチの娘の方が田中殿とは相性が良いように思えますが!」
「「いい加減にしなさいっ」」
それぞれの母親が耳を引っ張って大人しくさせる。
儂は苦笑いしかできなかった。
「それにしても田中さんは本当に素晴らしい力と財力をお持ちなのですね。まさかエルナにこんな結婚式を挙げてくださるなんて。それにこの船にも驚かされました」
「いえいえ」
「私も心底驚きましたわぁ。ウチのリズがここまで素敵な男性を捕まえているなんて、こんな旦那捨てて私が結婚したいくらい」
「あ、いや……」
「このまま海に捨てましょうか」「それいいですわね」
母親は仲が良いのかキャッキャッと楽しそうに話をしている。
二人の父親は冷や汗を流して奥歯をガタガタ震わせていた。
「時間なのでそろそろ上に」
両家を誘ってプールのあったデッキに上がる。
すでに多くの人が集まり島の方を見ていた。
空は暗くなり満点の星々が輝く。
『始めます』
ユグラフィエの念話が聞こえて数秒後、空に大きな花火が上がった。
空気を震わせる破裂音と風に乗って火薬の臭いが届く。
花火が上がる度に歓声があった。
儂は両サイドにいる妻の顔をそれぞれ眺める。
ここにあるものこそが儂がこの世界に来て手に入れた物だ。
妻と息子と多くの知人。
配下だってそうだ。
過去に飛べば大部分は消えてしまうかもしれない。
けれど記憶は残るのだ。
これは儂からの感謝と謝罪。
必ずまた出会うと決意をする為の儀式。
本当にすまない。
「まだ謝っているんですか」
カクテルを持った神崎がそこにいた。
「少しだけな」
「田中さんらしくもない。やるときは遠慮がないのが貴方のはずだ。それこそが経営者でありホームレスであり田中真一でしょうに」
やはりお前はどこまでも儂の右腕だな。
いつもここぞと言う時に背中を押してくれる。
「その代わり貴方の精一杯で世界を救ってください」
「うむ」
「そして、またあの夕日を見ましょう」
「ああ」
儂らが見た夕日、それは未来だ。
明日へと続く輝き。
彼と握手を交わしたところで最後の花火がぱっと夜空に咲いた。
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