百七十四話 旅立ちに向けて4

 円卓にのった指輪をじっと見る。

 儂は現在、霊峰グランドマウンテンの中腹にある冒険者ギルドの総本部に来ている。

 前回使用した会議室に通され、とある人物を待っていた。


「ほう、とうとう神になったようじゃの」

「まぁな。あまり実感はないが」


 エヴァがやってきて席に着く。

 彼女に会いに来た目的は二つある。

 まず一つ目を彼女に伝えた。


「ムーアの分身が消滅した」

「……そうか。してマリアは?」

「そのままだ。彼は直前で生き返らせることに疑問を抱き、これは己の我が儘だったと言って自身の骸の傍で存在を消した」

「馬鹿な男め……」


 彼女は顔を逸らすと唇をかみしめ何かに耐えていた。

 その目はうっすら潤んでいた。


「二人の墓は魔界に作った。地上に持ってきても良かったのだが、無用な騒ぎが起きそうな気がしたのでな」

「その判断で良い。あの二人の墓は地上でもすでに存在している。どこに死体があるかなど今さら問題にはならん。むしろ奴にしてみれば二人っきりで埋められて本望じゃろう」


 かける言葉が見つからず沈黙する。

 だがエヴァは表情を一転させ微笑んだ。


「じゃがな、この千年は意外に悪くはなかった。あの馬鹿は時々妾に会いに来ては夫らしいこともしておったからな。マリアには悪いが、最もムーアの妻であったのは妾じゃ。これだけは譲らん」


 妻としてのプライドだろうか。

 マリアとどういった関係だったのかは分からないが、彼女なりに対抗意識はあったようだ。若かりし頃のムーアはよほどモテ男だったのだな。

 その父親である繁さんの姿が実に気になるところだ。


「それはそうと、儂はムーアに子孫を頼むとお願いされたのだが、現在はどうなっているかお前は把握しているか?」

「子孫ねぇ……妾の直系は手を回して支援しておるが、その他は没落した後に世界中に散っておるはずじゃ。かろうじてマリアの直系が王都に暮らしているとは聞いておる」


 没落した上に世界中に散らばっているとは。

 今さらであるがなんとも面倒な頼み事を聞いてしまったな。

 とりあえずこれに関しては戦いの後に手を付けるとするか。


 儂は二つ目の用を済ませる為に、封筒を彼女に差し出す。


「これは?」

「式への招待状だ」

「おおおっ! 結婚式か!」


 封筒を開けた彼女は詳細に目を通して怪訝な表情となった。


「三日後とあるぞ? やけに性急じゃな」


 儂は彼女に過去の世界へ行くことを説明した。


「――そう言うことか。それなら良かろう」

「書いてあるとおり祝いの品などは不要だ。とにかく来てくれればいい」

「当然じゃ。破壊神となったお主に妾から贈れる物などない……いや、一つあるか」

「ん? 一つ?」


 首をかしげて疑問符を浮かべる。

 エヴァは円卓の上に立つと、儂をこれでもかと嬉しそうに見下ろした。

 お、おい、スカートの中が見えそうだぞ。


「妾をお主の眷属にしてやってもよい」

「はぁ?」

「どうせお主達が過去に飛べば、この時間は消えるのだろう? おまけにゴーマとの戦いにはまだまだ戦力が足りないときている。相手は主神じゃぞ。控えるのは数百億もの天使の軍団。妾が欲しくはないか?」

「しかしだな……」


 これはさすがに想定外の申し出だ。

 嬉しくはあるが裏がありそうで即答はできない。


「知っての通り妾は魔王の分身。正確に言えば魂の欠片じゃ。じゃが、その魔王もすでに神格を失い魂を操る術を失っておる。直に妾は本体の元へと強制的に引き戻される運命なのじゃ」

「吸収されると言う事か」

「うむ、そうなれば妾はもう二度と妾になることはできないじゃろう」


 つまり吸収される前に、儂の力で一個体として再構築して欲しいということだな。

 眷属になれば力もさらに強化され世界にとどまり続けることができる。

 儂としても強力な仲間ができて戦力強化が図れるというわけか。


「言っておくが、過去に戻っても居場所はないかもしれないぞ」

「もう一人の妾がいるからじゃろう? ならば殺してその場所を奪うだけじゃ」


 ニヤァと笑みを浮かべた。

 なるほど、そう言う考えもあるのか。

 未来が消滅するのなら過去の自分を殺してもパラドックスは起きない。

 矛盾が生じるのは時間が前にも後ろにも連続しているからであって、突然発生の位置づけとなる儂らはその紐付けがなされていない。


 簡単に言えば儂らは過去世界において、未来の記憶を持ったドッペルゲンガーのような存在となるのだ。


「もう一つ狙いがあるんじゃないのか?」

「はて? なんのことか?」


 しらばっくれても無駄だ。

 過去に行けばまだムーアの分身が存在している。

 そこで彼女は彼を今度こそ説得し、その手に入れるつもりなのだろう。

 ムーアがマリアに執着していたように、彼女はムーアに執着しているのだ。


「この世界のあやつはマリアと二人っきりで墓に入った。ならば次は妾がそうなるべきではないか。もちろん主である其方をないがしろにするつもりはない。この身の全てはお主の物となるのだからな」

「条件をのめば眷属になると言いたいのだな」

「言っておくがこれはお主だから提案したことじゃ。そうでなければ妾も時間と共に消えることを選んだだろう」


 儂がエヴァに興味がないと理解した上での提案か。

 正直、彼女には戦力として以外に求めているものはない。

 戦いが終われば好きなところで自由にすればいいと思っている。

 もちろん生き残ればの話だが。


「承諾する。戦いの果てまで付き合ってもらおう」

「存分に戦えるとは久々に血が騒ぐのぉ」


 円卓から飛び降りた彼女の頭に儂は手を乗せる。

 最高位の神の眷属となれば限りなく天使や神に近い存在となる。

 彼女ほどの存在なら確実に強力な戦力となるはずだ。


 眷属化が終わったが、エヴァに変化は見られなかった。


 相変わらずの百五十センチほどの身長に、艶やかな黒髪と紅い双眸。

 血のように赤いワンピースと日傘が妙に映える儚げな美少女だ。


 しかし、その能力は飛躍的に上昇している。



 名前:黒姫

 種族:黒血鬼王

 魔法属性:風・闇・邪

 習得魔法:―

 習得スキル:真理の目・血操・EXカウンター

 支配率:田中真一に100%支配されています

 進化:―



「なぜ名前が変っている?」

「この機会に名前を変えたのじゃ。今後は妾を黒姫と呼ぶがいい」

「眷属のくせに態度が尊大だな」


 もう一度ステータスを確認する。

 血操は本体であるエヴァも保有していたスキルだったはず。

 EXカウンターに関しては初めて見るな。

 しかし、真理の目はある一定の強さを超えると誰にでも得られるスキルなのか?


「血操は自身だけでなく他者の血液も操ることのできる力じゃ。それだけにとどまらず噛んだ相手も操ることができる」

「そんなことまできたのか。だが、それなら魔界のエヴァはどうして儂を操らなかったのだ?」

「簡単な話じゃ。破壊神を封じていた封印は、洗脳状態の人間を鍵とみなさない仕組みになっておるからじゃ。やりたくてもできなかったと言うべきじゃな」


 彼女は儂に「妾を叩いてみよ」と言い出す。

 少しためらいがあったが、今の彼女なら怪我をすることもないだろう。


 パァン。


 頬叩いた手が逆に強烈に弾かれた。

 確認すると黒姫の頬は叩かれたあとがない。

 当たる前に反撃されたと言うことか。


「EXカウンターは知覚可能なあらゆる攻撃を倍にして返すスキルじゃ。自動発動じゃないのでタイミングを合わせる必要はあるが、かなり有効な攻撃手段だろう」


 円卓の端にストンッと座った彼女は足をぶらぶらさせる。

 その姿は以前よりも隙がなく手強くなった印象である。


「先ほども言ったが、敵は想像を超えて遙かに強大じゃ。破壊神の役割を担う神殺しの一級天使もいると考えれば、そう簡単には勝たせてもらえないじゃろうな」

「ああ、あの天使にはそう言う役割があったのか」

「なんじゃ、気が付かなかったのか。お主は意外に阿呆じゃのう」

「五月蠅い。事情を知らなかっただけだ」


 だが、一級天使は確かに要注意だな。

 あれがいるせいで神々も劣勢になったはずなのだ。

 それに加えゴーマ自身の実力も不明である。


 まぁ、その辺は黒姫やユグラフィエから聞くとしよう。


 儂は懐中時計を確認して席を立つ。


「もう行くのか?」

「あまり時間がないのでな。招待状を渡さなければならない人物は沢山いる」

「それもそうじゃの」


 儂は黒姫に軽い挨拶をしてから転移した。



 ◇



 隠れ家に戻ってくる頃には夕方となっていた。

 リビングではペロとフレアが二人で調理を進めている。

 どうやら今夜は鍋のようだ。


「む、エルナとリズはどこに行った?」

「お帰りお父さん。二人なら部屋を改造するって言ったきり籠もったままだよ」


 嫌な予感がするな。

 あの二人が一緒に行動する時はいつも碌な事をしない。

 ひとまずリズの部屋を覗くことに。


「なんだこれは!?」


 開けたドアの向こうには、和風の廊下がどこまでも続いていた。

 両側には障子扉が点々とあり、扉を開ければ真新しい畳の敷かれた和室があった。


「真一?」

「うわぁ!?」


 廊下の天井がぱかりと開いてエルナが顔を出す。

 すると壁の一部が回転してリズが姿を見せた。


「何をしているのだ!?」

「改造」

「それは見れば分かるが、これはやりすぎだろう!」

「忍びたるものいつ何時でも備えなければ」


 爛々と目を輝かせるリズは以前よりも忍び度が上がっている。


「そうそう、私の改造した部屋も見てみてよ!」

「お、おお……」


 エルナに連れられて部屋へと入る。

 そこで儂は言葉を失う。


「すごいでしょ!」

「…………」


 そこは森だった。


 木々に囲まれた静かな花畑にぽつんと家がある。

 二階建てのほどほどの大きさのログハウスと言えばいいのか。

 おしゃれで落ち着いた雰囲気の建築物だった。


 建物の中にはアンティーク調の家具が置かれており、至る所に彼女なりのこだわりらしきデザインが見受けられる。


 寝室らしき部屋を見つけて確認すると、キングサイズのベッドが置かれており、傍らには紅茶などを置くことができる小さいテーブルがさりげなく設置されている。この部屋にはベランダがあるらしく、開け放たれた窓では白いレースのカーテンが風に揺られていた。


 それに加え、壁にはさりげなく儂の美化された肖像画が掛けられている。

 さすがに恥ずかしかったのか、エルナは慌てて絵を壁から外してベッドの陰に隠した。


「私の寝室はもっとすごい」


 いきなり声をかけられて振り返ればいつの間にかリズがそこにいる。

 闇水で移動してきたのだろうが、せめて一声かけて欲しい。


 クイクイッ、とリズが手招きして黒い水の中へ入れと指示を出す。


 恐る恐る水の中に足を入れて潜れば、ボスンッとふかふかの布団の上に落ちた。

 なるほど、寝室の天井に出口をつなげていたのか。変な感じだ。


 見渡せば十二畳もの部屋にぽつんと布団が敷かれていた。

 傍らには朱色に塗られた行灯が置かれ、開け放たれている扉の向こうには鹿威しの鳴る見事な庭があった。しかも塀の向こうにはおぼろ月まで見えている。

 しかも耳を澄ませば鈴虫の音色も聞こえるから驚きだ。


「これでいつでも子作りできる」

「残念ね。真一は絶対私の寝室を気に入ったわ」


 どうせ部屋を改造している最中に変な競争が始まったのだろう。

 これはこれで面白いが、ちょっとやり過ぎな気もするな。


「はっ、子供部屋を作らなければ!」

「しまった! 私もそれを忘れてたわ!」


 二人で楽しそうに話をしているので、儂は静かに転移してリビングへと戻った。


「あ、ちょうどできたところなんだ」

「田中殿、今夜は味噌煮込みだぞ」

「美味そうだな」


 席に着くと、土鍋からふわふわと湯気をただよう。

 ぐつぐつ煮込まれている具材に涎が出そうになった。


「あれ? 二人は?」

「知らん。気が向いたら来るだろう」


 儂はいただきますと言って、鍋に箸を付けた。


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