百七十三話 旅立ちに向けて3
エステント帝国の帝都へとやってきた儂は、正面から正門へと向かう。
だが、すぐに二人の衛兵が槍を交差させて行く手を阻んだ。
「なぜこのような場所にヒューマンがいる。すぐに帰れ」
「まぁ待て。もしかすると新顔の商人かもしれんだろ。おいお前、許可証を持っているなら早く見せろ」
一人は若い衛兵。もう一人は中年の衛兵だ。
若い方はヒューマンを毛嫌いしているようで門前払いをしようとするが、中年の方は柔軟な対応力があるのか穏やかに話を進めようとする。
しかし許可証とはなんだろうか。どこかで発行された証明書がないと帝都には入れないと言う事か?
「許可証はない」
「じゃあ入れないな。とっと失せろ」
「その代わりなのだが金はある」
「…………なるほど」
若い衛兵がニヤリとする。
だが中年が矛先を突きつけて話に割って入った。
「賄賂は感心しないな。一つ前の町で許可証がもらえるからきちんと手続きをしてこい」
「おっさん、まだんなこと言ってんのかよ。頭が固すぎるだろ」
「お前こそ緩すぎる。我らは誉れ高き帝国の兵士だぞ。いかなる相手だろうが手心を加えるわけにはいかない」
二人の衛兵が揉め始める。
そろそろ中に入りたいのだが……もういっそ眠らせて通り抜けるか?
「そこ、何を言い合っている」
「「参謀!」」
上官らしき人物がマントをはためかせて現われた。
武具などを見るに位が高い人物のようだ。
心なしかその顔はどこかで見たような気もする。
「申し訳ありません。突然やってきたヒューマンの男が中に入れろと言うもので……」
「許可証は?」
「それがないと言っておりまして」
「ならば追い返し――!?」
参謀と呼ばれた男は儂を見るなりギョッとする。
そこでようやく彼に関しての記憶が蘇る。
スケルトンで追いかけていた時に軍を指揮していた人物だ。
彼のおかげでなかなか帝国軍を捕まえられなかったのを思い出す。
向こうは儂のことをよく覚えていたのか、すぐに頭を垂れる。
「部下が失礼いたしました! どうかお許しを!」
「構わない。それで通してもらえるのか?」
「どうぞ! 案内いたします!」
参謀はフェクトルといい、白髪交じりの長髪を後頭部で結んだ細身の男性だ。
紳士然としておりとげとげしさはあまり感じられない。
「田中様が来られるとは存じておりませんでした。ご一報くださればあのような出迎えにはならなかったのですが」
「それはもういい。それにしてもよく儂を覚えていたな」
「お忘れかもしれませんが、私もあの聖獣防衛戦に参加していたのですよ。天使共との激しい戦いに何度死を覚悟したことか」
記憶を振り返れば確かにあの場で何度か顔を見たような気もする。
だが儂にはやはり帝国戦での印象が強いな。
儂は彼に案内をされながら帝都の中を進む。
皇帝との戦いで傷ついた町は、修復され元の落ち着きを取り戻したのか多くの人で賑わっていた。
むしろさらに栄えている気がする。
「スカアハ様は大変賢明な御方です。各国から支援を引き出す代わりに市場を開放いたしました。そのおかげで今では戦前よりも豊かとなっております」
「そのようだな」
数人の町人が儂を見るなり青ざめた顔になる。
先の戦いで眷属と共に行進したことを覚えているのだろう。
「あまり気を悪くされないでください。あの出来事は我々帝国人にとってあまりにも衝撃的だったのです。なんせ都に攻め込まれたのは数千年ぶりでしたので」
言外に聖獣を殺されたことが一番痛手だったと伝えていた。
聖獣ドランは帝都を守る最強の守護獣だった。
だからこそ帝国軍は本拠地を一切守らず攻勢に出ることができたのだ。
絶対の守護神にして崇拝の対象を失ったことは、かつてないほど帝国を揺るがせたに違いない。
仕方がなかったとはいえ、世界のパワーバランスを崩した儂にも責任はあるのだろうな。実際、そのせいでこの星を守る結界が揺らいだのだ。
「それで田中様はいかなるご用で来られたのですか?」
「お前の考えている通り、女帝スカアハに面会をしたいと思っている」
「やはりそうでしたか。一応そのつもりで宮殿へと案内していたので安心いたしました。ちなみにスカアハ様にお会いになる理由をお聞きしても?」
「実はここの宝物庫に儂が探している指輪があるようなのだ。それを譲ってもらおうと思ってな」
「なるほど。指輪ですか」
宝物庫に入った事があるのか、彼は腕を組んで思い出そうとしていた。
もちろん親切心からではなくその指輪の価値に興味があるのだろう。
普通の指輪なら作れば良いだけの話だからな。
少なくともただの指輪ではないことは彼にでも察せよう。
「見た目は?」
「恐らくだが黒い」
「黒い指輪……もしや初代皇帝の指輪では!?」
エステント帝国初代皇帝――グワン始皇帝。
その人物は非常に冷酷で独裁的だったと伝えられているそうだ。
ただ、彼が行ったことは当時では画期的だったものが多く、今の帝国の礎を築いたのは間違いなく彼であったと言われている。
そのグワン始皇帝が片時も肌身離さず身につけていたのが黒い指輪だ。
現在では宝物庫の最奥で保管されているが、歴代皇帝は即位後必ずその指輪をはめられるかどうか試す儀式があるのだとか。
ただ、始皇帝以降誰一人としてはめられた者はいないとか。
「もし田中様の求めている指輪がそれならば、手に入れることはほぼ不可能に近いでしょうな。なにせ我が帝国の国宝中の国宝。いくらスカアハ様とて首を縦には振らないはずです」
「ふむ、国宝か。それは困ったな」
「しかしまずはそれがグワン様の指輪かどうかの確認が先でしょうな。スカアハ様とお話ししていただき宝物庫を確認していただかねば」
フェクトルは儂を皇宮に案内し、そのまま女帝のいる謁見の間へと導いた。
玉座には女帝としてのカリスマを身につけたスカアハが座っており、儂を見てもその表情をピクリとも変えない。
父親を亡くしたあの時と比べるとずいぶんと印象が違うな。
「ようこそ田中殿。して、いかようで来られた」
「捜し物をしていてな。この国の宝物庫に黒い指輪があると思うのだが、それを譲ってもらいたい」
「タダでと申しているのか?」
「もちろん引き換えに報酬を払う」
「……よかろう」
彼女は臣下に宝物庫にある黒い指輪を全て持ってくるように命じた。
しばらくかかるようなので、彼女としばし雑談をする。
「ずいぶんと女帝らしくなったな」
「ふふっ、なかなかこそばゆいことを言ってくれる。そなたが妾をこのようにしたのではないか」
「かもしれんな」
スカアハは女帝と呼ばれているとは言え、未だうら若き娘だ。
その美しさは最初に見た頃よりも磨きがかかっているように見えた。
「ところで其方、妾の夫にならぬか?」
「は? 夫??」
さすがの儂も自身の耳を疑う。
父親を殺した男に結婚を申し出るなど正気か?
「妾は優秀な子を残したいと考えておる。その点其方はヒューマンにもかかわらず世界の有力者と対等以上に渡り合い、あの強力無比な天使共すらも倒して見せた。帝国の繁栄を考えれば其方との婚姻は大きな転機となるはず」
「いやいや、儂はお前の父親を殺したのだぞ。それに国民が黙っていない」
「其方ほどの男が小事を気にするか。父はすでに死した身、妾とて国の先を想えば恨みなど吐いて捨てようぞ。もし民が其方との婚姻に不満を漏らすなら、YESと言うまで圧政を敷くだけだ」
こ、この娘考えていたよりも恐ろしい人物だったかもしれん。
さすがは前皇帝の娘と言うべきか、ひしひしと血の繋がりを感じさせる。
しかしながら儂は彼女と結婚をするつもりはないのでこの話は断らせてもらう。
「悪いが儂にはそのつもりはない。お前にはふさわしい相手がいるはずだ」
「ではこうしよう。その黒い指輪がもし国宝である始皇帝の指輪なら、譲る代わりに妾の夫になってもらう」
そうきたか。ぐぬぬ。
別に力尽くで奪ってもいいのだが、あまり気の進まない話だ。
できればきちんと取引をしたい。そう言う気持ちがあった。
「お持ちいたしました」
臣下が四つの指輪をトレイに載せて戻る。
女帝は「どれが求めている物だ?」と僅かに口角を上げた。
「少し触れてみてもいいか?」
「構わぬ」
一つ目の指輪。
黒真珠を抱いた金の指輪だ。
軽く指で触れてみるが反応はない。
これは違う。
二つ目の指輪。
オニキスを抱いた銀の指輪だ。
触れてみるが反応はない。
三つ目の指輪。
ブラップオパールを抱いた金の指輪だ。
やはりこちらも反応はなかった。
四つ目の指輪。
金で縁取られた漆黒の指輪だ。
黒い部分にはのたくった文字が刻まれている。
触れてみると光の波が走った。
これだ。間違いない。
「これだ」
「それは始皇帝の指輪だ」
やっぱりか。明らかに他の指輪と違っているからな。
女帝は僅かに笑みを浮かべて儂を見ている。
「もし婚姻以外で取引できるものがあるとすればそれはなんだ」
「難しい話だ。なにせそれは帝国の歴史そのもの。同等の価値があるとすれば聖獣ドランくらいであろう。よって其方に代価を払うことはできぬ」
「聖獣ドランか……」
意地でも儂を帝国に引き込みたいらしい。
だが、確かに聖獣ドランはそれだけの価値があると言える。
国の防衛を高め国民の意識をまとめるのには最高の存在だ。
指輪の代価としては相応だろう。
しかしだ、ここで儂がドランを生き返らせれば、次に要求するのは前皇帝やガエンを初めとする兄妹達だ。
それでは際限がなくなる。
死者蘇生とは過程よりもその結果が問題になるのだ。
「新しい聖獣を与えよう。それを代価にできないか」
「何を言っている? 聖獣??」
「儂がドランに代わる聖獣を渡す。それと引き換えに指輪を譲り受けたい」
「ふん、言っておくがただのドラゴンの聖獣では妾は納得せぬぞ。最低でも上位ドラゴンの聖獣でなければな」
儂は神気を使いドラゴン型の聖獣を創造する。
いきなり成体にしてしまうと皇宮を破壊してしまうので、まずは幼体で作成し、数日ほどで成体になるように調整する。
色は純白。金色の目。光と聖属性を付与。
虹色の光が渦を巻いて一匹のドラゴンの子供が出現した。
「クワァァ」
「おいで」
抱き上げたドラゴンの子供はあくびをする。
純白の鱗にガラス玉のような大きな金色の目。
謁見の間はざわついた。
「ど、どうやってそれを!?」
「企業秘密だ。ところで鑑定が使える者はいないのか」
周囲を見ると臣下の一人に鑑定スキルを保有している者がいた。
儂はその者にドラゴンを抱かせてステータスを見るように指示する。
「どうなのだ!?」
「は、はい……確かに聖獣です。それも最上位ドラゴンの」
女帝スカアハは玉座の肘置きを叩いて悔しそうな顔をした。
「まだだ、この程度では指輪はやれぬ! もう一匹最上位ドラゴンの聖獣を出せば認めよう!」
「ふむ、いいだろう」
今度は漆黒の最上位ドラゴンを創る。
こっちは闇と聖属性と銀色の目を与えた。
目の前に現われた瞬間、スカアハも臣下も絶句する。
「其方は……人の域を超えた存在になってしまったのか……」
「簡単に言えばそうだ」
「ならばなおさらに惜しい。妾がもっと早くに籠絡に動いていれば」
落ち込む女帝にかける言葉が見つからない。
実は彼女に結婚式に来てもらおうと考えていた。
こうなると誘うのはあまりに酷な気がする。
しかし、各国の首脳が集まる式で彼女だけいないのもそれはそれで問題。
やはり誘うだけ誘ってみるか。
儂は懐から封筒を取り出す。
それを近くにいる臣下に渡し、彼女に見せるように伝える。
「……妾に結婚式の誘いとは罪な男だ」
「すまないな。だが各国が集まる場になるので、誘わないわけにもいかない」
「よかろう。参加させてもらう。しかし、開催日が三日後とはずいぶんと性急であるな。祝いの品も不要とはこれいかに?」
「三日後に迎えをよこす。記載している時間までに準備をしておいてくれ。詳しいことはその手紙に書いてある」
「承知した」
女帝スカアハは諦めたように微笑んだ。
「で、指輪はもらえるのか?」
「強力な聖獣を二体も与えられては妾も承諾するしかない。国宝と言ってもその指輪は所詮、誰にもはめることのできぬ使い道のない飾り。むしろこれだけの物と引き換えにできたことすら驚きだ」
二体のドラゴンを膝の上で撫でつつスカアハは満足そうだ。
これで帝国はさらに落ち着くことだろう。
「またな」
儂は指輪を受け取り謁見の間を後にした。
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