百七十二話 旅立ちに向けて2

 マーナの酒場で一杯やっていると見知った五人組がふらりと入ってくる。

 彼らは儂を見つけて一礼した。 


「戻りになられたのですね師匠」

「それで武器はできたのか?」

「はい。ドワーフによる最高の仕上がりとなっています」


 リベルトの抜いた剣は確かにアダマンタイト製だった。

 一方魔導士のマーガレットは暗い表情だ。

 儂は五人にひとまず席に座るように言った。


「実は私の武器だけ見つけられなかったんです」

「お前の魔力に杖が耐えられなかったということだな」

「ええ、その通りです」


 エルナの時もそうだったからな特に驚くようなことではない。

 しかもマーガレット達の場合、天使に限りなく近い『光緑人』と言う種族となったことで非常に高い能力を保有することとなった。


 儂は腕輪からとある杖を取り出す。


「これはエルナから預かっていた物だ。これをお前に渡して欲しいとな」

「なんの杖ですか?」

「世界樹の杖だ」

「!?」


 常に強気な態度を見せている彼女でも予想していなかったことらしい。

 なんせ世界樹を使った武具はサナルジアが独占していて世に出回っていない。

 あの偉大なる聖獣が死んだ今でもそれは変わらないのだ。


 震える手で受け取った彼女は、嬉しさをこらえきれない様子だった。


「てかさ、師匠なんか変わったすか? 雰囲気?」


 ティナが儂をじっと見ている。

 なかなか勘の鋭い子だ。

 儂は五人に別れた後のことを伝える。


「――では大迷宮の最下層に到達したのですか!?」

「そうなるな」


 弟子達からキラキラとした視線が向けられる。

 ふむ、こういった憧れのような目を向けられるのは非常にこそばゆいな。


「でも俺達に話して良かったんですか」

「ムーアとの約束か? あれは無関係な者にまで魔界の存在を伝えるなと言う意味だ。そもそも魔族が大迷宮からいつでも出られる状態となった今となっては、それすらも不要となった言えるがな」


 魔族も魔王も破壊神すらも解放された。

 今の彼らには最下層へ人間を招き入れる必要性はほぼない。


「さて、今日お前達に会いに来たのは、とあることを聞こうと思ったからだ」

「聞く? なにをですか?」


 首をひねるリベルト。

 儂は神崎にした話を彼らにもすることにした。


「――ちょっと待ってください! じゃあこの世界は消えるんですか!?」

「そうだ」


 立ち上がった彼はすぐに席に座り頭を抱えた。

 申し訳なく思う。儂の独断でこのようなことになったのを。

 だがしかし、故郷をこのまま放置することもできなかった。

 だから儂はある時点までの歴史を消すことにした。


「アタシは別にいいっすよ。一緒に連れて行ってもらえれば」


 ティナはベーコンをフォークで口に入れて軽返事をする。

 他の四人がその言葉に驚く。


「本気で言ってるのか!? だって今までの時間が消えるんだぞ!?」

「だからアタシ達だけでもついて行くっすよ。それにせっかく手に入れたこの力を強敵にぶつけないまま消えるなんて、つまらないと思わないすか?」


 真新しい格闘用ガントレットを掲げてティナはニヤリとする。

 すると槍使いのドミニクがティナの肩に腕を回した。


「私もティナの意見に賛同するわ。やっと手に入れたこの身体を捨てるなんてできないもの。それにね、私は女である前に戦士なのよ。戦いと聞くと身体がうずいちゃうの」


 そこへ大盾使いのレイナが加わる。


「二人と同じ意見よ。やっぱりこの身体を捨てたくない。やっと手に入れた私の本当の肉体だもの。なかったことにされるくらいなら、自ら戦いに挑むわ」

「そんな……田中師匠! どうにかできないんですか!?」

「…………すまない」


 言葉だけで見ればほんの数ヶ月前に戻るだけだ。

 だが、実際はそれまでにあった多くの出来事を白紙に戻す行為。

 たとえ儂に付いてきたとしても、そこで生き残れるとは限らない。


 マーガレットが席を立つ。

 彼女はティナ側へと立った。


「今の師匠達ならこの世界を守り抜けるかもしれない。でも私達だけ無事でいいの? 師匠の世界は? それまでに壊された他の世界は? もししたらこれから行く世界には私達の居場所はないかもしれない。でも、家族がいればきっとなんとかなるわ」

「マーガ……」


 マーガレットの差し出した手をリベルトはとった。


「俺達は師匠に付いて行きます」

「感謝する」


 ゴーマとの戦いにリベルト達の参戦が決定した瞬間だった。



 ◇



 ローガス王国のとある草原にて。


「こんなところに呼び出すとは珍しいな」

「儂は品種改良で忙しいのだが」

「そういうな。これはお前達にも無関係な話ではないからな」


 丸テーブルを囲んだ三人の儂。

 一人は神となった儂。

 それにローガス王となった田中αと畑で栽培を続けている田中βだ。


「――と言うわけで儂は過去に戻る」

「では我々に本体に戻れと言っているのか?」

「そうなるな。今まで得た知識を無駄にしないためにも、そうするべきだと勧める。ただし、その決断は各々でしてもらう」


 αとβは腕を組んで悩み始める。

 今までの生活を捨てることとなるのだ、そう簡単にできる決断ではない。

 だが、βはたった一分悩んだだけで賛同の意を示した。


「儂は畑の管理などをしていただけだ。それに本体の言う通り、今までの研究を無駄にしたくない。よって儂は融合を選択する」

「感謝する」


 遅れてαが賛同する。


「融合するとしよう。ただし条件がある。儂の融合は出立の直前にしてもらいたい。仮にも国王だ。いきなり消えては問題が生じる」

「そうだな。では直前ということにしよう」


 こうして儂らの話はまとまった。



 ◇



 大海を越えた禁断の島。

 一瞬で転移した儂は見上げる。


 ドーナツ状の白亜の建造物。


 大きな門をくぐり抜けるとそのまま建物の中へと踏み入った。

 相変わらず内部は作りたてのようにピカピカしており、埃一つ落ちている形跡はない。

 今なら分かる。この建物は神気によって常に新品同様に保たれているのだ。


 カツカツと足を音を鳴らし、例の部屋へと向かう。


 扉は開け放たれていた。


「あれ以来ですね。こんにちは」

「うむ、直樹は?」

「今はお休みになっております」


 神樹の分身であるユグラフィエが儂に一礼して迎えてくれた。

 彼女の本体はこの中庭にある輝く大木だ。

 その根は星を貫き反対側にある大迷宮にすら届いている。


「なんの真似だ?」


 ユグラフィエは膝を突いて頭を垂れた。


「今や神々の最上位となった貴方様と対等に接することはできません」

「よしてくれ。儂は確かに破壊神となったが、中身はただの田中真一だ。気の遠くなるような永い時間、この星を見守ってきたお前に頭を下げられるような存在じゃない」

「ですが……」

「ならば命令だ。以前と同じように接しろ」


 了承したのか彼女は立ち上がって一礼する。


 儂は神樹に近づくとその幹に触れた。

 ダイヤモンドのように美しく輝き感触は堅く冷たい。

 ずっと見ていたくなる神々しさだ。


「すでに儂が成そうとしていることは知っているな?」

「ええ、直樹様のお力を使い、地球人である貴方が死んだあの日に戻るおつもりなのですよね」

「そうだ。それで聞きたいのだが、破壊神が所持していた神器の最後の一つはどこにあるのだ。ローブ、腕輪……そして、指輪があったはずだ」


 この三つの神器は創造神から贈られた特別な物だ。

 破壊神に、兄弟に、そう考えて創られた最高位の神器である。

 そして、この三つは揃うことによって真の力を発揮するのだ。


「指輪はとある国が所有しており、今でも誰にも知られることなく宝物庫に保管されているはずです。なにぶん神の目でも捉えられない物体なので、私もかつての所有者を偶然見つけるまでどこにあるかも知りませんでした」

「それでどこの国の宝物庫にある」


「エステント帝国です」


 それを聞いて殴られたかのような感覚を味わった。


 すでに指輪を手に入れる機会を与えられていたのだ。

 だが儂は戦争を一刻も早く終わらせる為に、帝国から金品を奪うことをしなかった。

 もしあの時、のちの女帝スカアハの勧めに応じて宝物庫に行くようなことになっていたら、今の儂は指輪も所有していたことだろう。

 壺だけもらったかつての自分はなんと欲がなく馬鹿だったのか。


「情報提供に感謝する」


 立ち上がろうとしたところで、ユグラフィエがローブの裾を掴んだ。


「お待ちください!」

「なんだ?」

「あの……まことに申し上げにくいことなのですが……」

「指輪を手に入れるのに問題があるのか?」

「いえ、そう言うことではなく……」


 彼女は顔を赤らめて視線を泳がせている。

 言いにくいことなのはなんとなく分かるが早くして欲しい。儂も時間に余裕があると言うわけではないのだ。


「その、貴方の眷属にしていただけないでしょうか!」


 はぁ? 神樹を眷属??


 突拍子もない言葉に目が点になった。


「私がずっとこの星に縛られているのはご存じですよね? それ自体は別に構わないのですが、どこにも行けないと言うのがなんともストレスで……たまには刺激を得たいと言いましょうか……ああ、もちろん私が眷属になれば貴方にとっても沢山の利点がありますよ」

「それはつまり破壊神の配下になりたいと?」

「単刀直入に言えばそうです」


 気持ちは……わからなくもないな。

 一人の神に責任を押しつけて他の神々はのうのうと外で過ごしていたのだ。

 むしろ反旗を翻すのが遅すぎるくらいだ。

 彼女は優しすぎる。だからこそそこにつけ込まれたのだろう。


 儂は立ち上がって彼女の頭に手を乗せた。


「お前を我が眷属にする」

「感謝いたします。我が主よ」


 ユグラフィエの身体を闇が覆い隠し、霧散する。

 一瞬にして彼女は儂の眷属となった。


 輝くような銀の長髪はダークシルバーへと変わり。

 優しげな顔は妖艶な色気を放つものに。

 身体の隠していた純白の布は漆黒へと染まる。

 開いた目は妖しく紫色に光を放った。



 名前:ユグラフィエ

 種族:黒神樹

 魔法属性:土・光・闇・聖・邪

 習得魔法:―

 習得スキル:真理の目・中距離ワープ・生命結界・超効率エネルギー転換

支配率:田中真一が100%支配しています

 進化:―



 本体である神樹も変化する。

 ダイヤモンドのような白色の輝きから、ブラックダイヤモンドとも言うべき黒色へと色を変えた。

 地面が揺れたかと思うと、神樹は急速に根を縮め、樹が浮き上がる。

 そして、神樹は光に包まれ小さくなった。


 光に包まれた神樹はユグラフィエの胸へと吸い込まれてしまう。


「これが私の移動形態です。分身だけで移動してもいいのですが、それでは戦いの際に存分に力を振るうことができませんので」

「しかし、顔つきは変っていないのにずいぶんと雰囲気が違うな」

「そうですか? 私も眷属になるのは初めてのことなので、あまり違いが分かりません。でも強いて言うのなら、主の為ならいかなることにも身を捧げられるということでしょうか」


 彼女はそう言って蠱惑的に笑みを浮かべる。

 思わずゴクリと喉を鳴らしてしまった。

 神樹を眷属にしたのはある意味では失敗だったような気がする。

 そう、ある意味では。


 あとでエルナとリズに怒られないか少し心配だ。


「一応聞くがこの星の結界はまだ解いていないな?」

「もちろんです。むしろ眷属になったおかげで、さらに強固な結界を効率よく張ることができるようになりました。主が望むのならこの星系から敵を追い出すことも可能です」

「いや、今はそこまではしなくていい」


 さて、そろそろ指輪を手に入れに行くとするか。

 しかし帝国の宝物庫か……勝手に拝借するのは気が引けるな。


 ひとまず儂は女帝に直接交渉をする為に帝国へと転移した。


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