第九章 神とホームレス

百七十一話 旅立ちに向けて1

 それから儂らは一週間ほど魔界に滞在した。

 ゼファや魔王達から力の使い方を学ぶ為である。


 知識は神に上がることで自然と得られるが、経験を得ることはできない。

 なのでその辺りを詳しく聞き、身体の感覚を掴むことに専念した。

 その結果、儂らは神としてそれなりに力を振るうことができるようになったのだ。


「やっと帰ってきたわ」


 隠れ家のソファーに寝転がるエルナ。

 ペロとフレアは床に寝そべり、リズはすでにダークマターに乗ったまま熟睡していた。

 四人にとっては久々の我が家だ。しばらくゆっくりと休ませてやろう。


「どこに行くの真一?」

「ちょっとマーナへ行ってくる。色々とやることがあるからな」

「ふーん、いってらっしゃい」


 しばらく動く気はないらしい。

 だれ一人として一緒に行くなどとは言わなかった。


 隠れ家を出るとすぐに転移する。


 一瞬で景色が変わり、儂は地上をぐるりと見渡した。

 最下層に行く前と変わりはなさそうだ。

 そこからふわりと浮き上がって音速でマーナへと向かう。


 町の近くで降下して門をくぐる。


「あ、田中さんお久しぶりですね!」

「おおお、元気にしていたか」


 町の衛兵が声をかけてくれたので軽く挨拶をして雑談する。


「新しくオープンしたお店とか行かれましたか?」

「いや、ダンジョンから戻ってきたばかりでな。見ない間にずいぶんと発展しているみたいだな」

「ええ、すっかり食の都と呼ばれていますよ」


 衛兵と別れると、儂は町の中を散策する。

 戦争があったりと忙しかったので、マーナを見るのはかなり久しぶりだ。

 至る所で飲食店が営業をしていて大通りは人で溢れている。


 儂と神崎が計画していたマーナ改造計画は、ほぼ達成したと言ってもいいくらいだな。


 ふらりと立ち寄った店ではホームレス印の醤油と味噌が売られており、ポップに『大人気調味料!』と書かれていた。

 どうも和食ブームがマーナに到来しているようだ。

 これも食堂などで地道に宣伝をした成果だろう。


「ふはははははっ! 慌てずに買うがいい! ウチには新鮮な野菜も肉も、この俺の筋肉のように山ほどあるぞ! そうだな、今ならサービスとして大胸筋を触らせてもいいぞ!」


 アーノルドは相変わらず店先で声を張り上げている。

 スーパーマーケットは繁盛しているらしく、人の出入りが激しい。

 ただし、誰もがオーナーだけは無視していた。

 ふむ、大胸筋を触れるというのは素晴らしいサービスだと思うのだがな。


 儂はその足で領主の館へと向かう。






「田中様、ようこそいらっしゃいました」

「ライアン辺境伯はいるか」

「はい。面会の準備をいたしますので応接間にてお待ちください」


 通された部屋で儂はしばし紅茶を楽しむ。

 ガチャリとドアが開けられライアン――神崎がやってきた。


「久しぶりですね田中さん」


 彼はそう言いつつ対面のソファーに座る。


「それで町の方はどうだ?」

「至って順調ですよ。目標の九十%は達成したと考えていいと思います」

「あとはどこまで発展するかということか」

「ええ、ここから税を引き下げて発展を加速させるつもりですよ」


 さすがだなもう儂がいなくとも、この町は第二の王都になれるくらいのポテンシャルを備えている。

 遅かれ早かれ確実に発展する路線に乗ったようだ。

 そう考えると嬉しくもあり寂しくもある。


「今日は別れを言いに来た」

「どういうことですか?」


 怪訝な表情を浮かべる神崎に、儂は神気で創ったデジタルフィットを渡す。


「これは我が社の端末機! どこでこれを!?」

「儂が創った。色々あって儂は神の仲間入りをしたのだ」

「神??」


 ぽかーんとする神崎にことの経緯を説明した。


「――では美由紀さんは女神だったと?」

「うむ。とても信じられない話だがな。それでだ、儂は近いうちに地球を救いにこの星を出ようかと考えている」

「ですが今の地球は死の星だと直樹君が言ったのでしょう?」


 彼の指摘はもっともだ。

 死の星となった地球を今さら救う事はできない。

 よしんばできたとしても、それはかつての地球ではないだろう。


「だから儂は、時を遡ることにした」

「……時を……遡る??」


 もちろん儂の力だけでは不可能だ。

 時を超える事のできる直樹の協力があってこそ初めて可能となる。

 しかし、いくら直樹でもどこまで遡れるわけではない。


 直樹は時間にマーカーを置くことができる。


 たった一つだけ戻りたい時間に。


 過去への移動には多くの縛りがあるのだ。

 そうでなければこんなことにはなっていない。


「では過去の地球に戻って歴史を変えると?」

「その通りだ。儂はあの日に戻る」

「ですが今ある時間はどうなるのです? 消滅するのですか?」

「……残念ながらな」


 直樹によれば儂が過去へ行くことによって、世界の在り方が再構築されるそうだ。

 つまり一度過去に戻ってしまうと同じ未来に戻ることはできないということ。


「そのマーカーはどの時間に?」

「どうも東京が襲撃される一週間前に置いたらしい」

「なるほど……」


 腕を組んで考え込む彼は何かを頭の中で巡らせているようだ。


「気になったことなのですが、同時間に同じ人間が二人いても問題はないのですか?」


 パラドックスを気にしているようだ。

 まぁ、そこは儂も気になったので直樹に質問して回答を得ている。


「宇宙や時間の許容範囲内らしい。あるべき未来が未確定になることで存在が許されるのだとか」


 この辺りは難しい話なので聞いた儂でもほとんど理解していない。

 具体的に言えば『そう言う存在』が突如発生したという扱いになるらしい。

 分かるような分からないような話だ。


「いつ頃旅立たれるのですか?」

「一週間後を考えている。その間に連れて行く相手を募るつもりだ。一応聞くがお前はどうするつもりだ?」


 神崎は微笑んで首を横に振った。

 予想していた通り答えはNO。地球には戻る意思はないらしい。


「そのかわりですがお願いがあります」

「できる限り聞くつもりだ」

「過去の私もライアンへと転生させてください」


 彼の目は儂の目の真ん中を見ていた。

 己の人生に悔いがあればこのような目はできないだろう。


「心配するな。儂が変えるのは地球が滅ぶのを避けることだけだ。儂らが死んだ事実まで改変するつもりはない」

「安心しました。私は私のままでいられるのですね」


 神崎は賢い人間だ。同時に大局を見る大きな目も持っている。

 たとえ今の自身が消えようと、それで何億という地球の人間が救われるのなら喜んで賛成してくれる真の漢である。


 儂は深く彼に謝罪をした。


「本当にすまない。こう言う手段しかとれない儂を恨んでくれてもいい」

「ははっ、そんなことしませんよ。それより次の世界でもちゃんと今と同じようにマーナを発展させてくださいよ。領主としてのお願いです」


 儂は必ずそうすると彼に誓い握手を交わした。



 ◇



 次に向かったのは森都ザーラだ。

 フレデリア家を訪ねると、エルナの両親と面会を行う。


「なんの用だヒューマン」

「貴方、その言い方は無礼ですよ」

「こいつはエルナを盗ろうとしている盗人だぞ! こうして屋敷に上がらせているだけでも充分に特別扱いをしている!」


 エルナの父親は相変わらずひねくれている。

 母親は表情を変えず普段通りの佇まいだ。


「ザーラもだいぶ復興したようだな」

「ええ、各国から大きな支援をいただけたおかげです。ただ、町の中央はずいぶんと寂しくなりましたけどね……」


 そびえ立っていた世界樹トレントが消えて、青い空がこの屋敷の窓からでも見えていた。確かに寂しい気がするな。残った切り株だけがかつてそこに巨樹があったことを示す。


 さて、そろそろここへ来た用を済ませるか。


 儂は立ち上がって床に両膝を突くと、額を床に打ち付けて土下座をした。


「娘さんを儂にください!」

「「は?」」


 ようやく覚悟を決めたのだ。

 儂はエルナと結婚する。


「ふざけるな! やらん! エルナは絶対にやらんぞ!」

「貴方、落ち着いて」

「たかがヒューマンごときがエルフの、それもフレデリア家の娘を娶るだと!? ありえん! 絶対にあり得んぞ!」


 げしげしと父親は儂の後頭部を踏みつける。

 儂は何もせずにされるがままだった。


「あの子は私の太陽なんだ! どんなに妻や娘達に相手にされなくとも、あの子だけは私の味方でいてくれた! どんなに仕事で辛いことがあってもあの子だけは優しい言葉をかけてくれた! それを貴様は奪い取るというのか!」

「…………」

「貴様と出会ってあの子は変わった! 私にきつい言葉を吐きかけ、冷たい態度をとるようになってしまった! 全て貴様が悪いんだ! 私の娘を返せ!」

「…………」


 杖で叩かれ、踏みつけられ、髪を掴まれて殴られようが、儂は土下座を続けた。


 そして、父親は両膝を突いた。


「くっ…………しぶとい男め……分かった、認める」

「いいのか?」

「本音を言えば死ぬほど嫌だ。だが、あの子が認めた男を私だけが認められないなど、父親として恥ずべきことだ。死ぬほど嫌だがな。結婚を認めよう」

「ありがとうございます。お義父さん」


 儂は顔を見ないまま、もう一度改めて土下座をした。

 床にぽたぽたと滴が落ちるのが分かったからだ。


「それで式はいつあげるのかしら?」

「三日後というのは?」

「ずいぶん性急ね。ドレスなんかの準備があるのだけれど」

「そちらには申し訳ないが、天使との戦いが継続している以上悠長にはしていられない。なので手配はこちらに全て任せてもらえないだろうか」

「それはかまわないけど資金は大丈夫なの?」


 フレデリア家としての面目を案じているのだろう。

 神となった儂に金などもはや不要だ。

 どんな貴族にもできない最高の式を準備する自信がある。


「問題ない。招待客も最高の人物達を連れてくる予定だ」

「それなら口出しはしないでおきましょう。ね、貴方?」

「ふん、好きにするがいい。ただし、貧相な式になるのならやり直しを要求するからな。しかと肝に銘じておけ」


 父親はツカツカと部屋を出て行った。

 ようやく顔を上げた儂は一気に肺から空気を吐き出した。


「お疲れ様。よく耐えたわね」

「父親の気持ちを考えるならああするべきだと思ったのだ」

「ちゃんと言っておくけど、あの人別に貴方のことを本当に嫌っているわけじゃないのよ? ただ、エルナが可愛くて仕方がないだけなの」


 それにしては行きすぎている気はする。

 とは言え認めてもらったのは嬉しくあるがな。

 ちなみに結婚の話はエルナには内緒だ。


 これでプロポーズが上手くいかなかったらきっと儂は泣く。


「それでエルナはどうしてここにこなかったの?」

「サプライズ結婚式を考えていて、まだ彼女にはプロポーズすらしていない状態なのだ」

「なかなか勇気があるわね。でもまぁ、あの子貴方にベタ惚れだから大丈夫でしょ」


 にっこりと微笑む母親。

 娘の気持ちは手に取るように分かっているらしい。


「それと――」


 とあることを伝えると母親は笑顔で頷いた。


「貴族では良くあることですし、そっちも問題ないでしょ。あの人にも私から伝えておくわ」

「若干心配なのだが」

「気にしないで。サナルジアではウチの方が特殊なのよ」


 かなり不安だな。

 父親に言いそびれた儂も悪いが。


 儂は母親に一通りのスケジュールを伝える。

 その後、よろしく頼むと一礼してから屋敷を出た。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

いつもお読みいただきありがとうございます。

この度9月20日にホームレス転生のコミック第2巻が発売されることとなりました。

すでに書影も出ており予約も始まっておりますので、興味のある方はぜひ手に取っていただけると嬉しい限りです。

引き続きホム転と徳川レモンをよろしくお願いいたします。


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