百七十話 四魔神の誕生
サイズは以前と変わらないが、その姿は明らかに変化を遂げている。
全身を覆う白銀の毛。青かった目は紫になっており、身長よりも長く大きな尻尾が嫌でも目をひく。
顔つきもどこか禍々しい印象を抱かせる。
名前:田中ペロ
年齢:5歳
種族:銀神狼
職業:冒険者
魔法属性:風・氷・聖・邪
習得魔法:―
習得スキル:真理の目・超光速移動・魂魄干・アビスゲート
「力が溢れてくる。僕が僕じゃないみたいだ」
彼は両手を握ったり開いたりを繰り返し、自身の変化に戸惑っている様子だ。
突然、彼の全身の毛が逆立ち鉄の針のようになった。
すぐに元のふわふわの状態になると、不思議そうに身体に触れていた。
「強くなったみたいだな」
「うん。でもまだちょっと扱いきれない感じはあるよ」
「ところでアビスゲートというのはなんなのだ?」
「これはね……」
ペロが右手に黒い球体を創り出す。
その中から黒くいびつなムカデのような生き物が出てきた。
まるで悪意を形にしたようなそんなデザインだ。
「これは低次元にいる悪感情を餌にしている生き物だよ。怒りや悲しみを増幅させてそれを食べるんだ。命令すれば直接的な攻撃もできるみたいだね」
ほうほう、それはなかなか面白い。
別次元の生き物を呼び出すとは。
「そ、そろそろ飲み物を飲みに行ってもいいかな。すごく喉が乾いているんだ」
ペロはその場から一瞬で姿を消した。
「ペロ様!」
次に目を覚ましたのはフレア。
なぜかペロの名前を叫んで起き上がった。
早速だが進化した姿を確認する。
四本だった腕は六本になっている。
それに加えなぜか両目はぴったりと閉じられていた。
身につけていたはずの鎧は消え失せ、一糸まとわぬ裸体となっている。
その身体には複雑な紋様が描かれており、やはりペロと同様にその顔や肉体からは禍々しさがにじみ出ていた。
名前:フレア・レーベル
年齢:18歳
種族:邪炎紅魔神
職業:冒険者
魔法属性:火・邪
習得魔法:―
習得スキル:真理の目・ワームホール・魂魄干・アトミックエナジー
「私は進化したのか……」
フレアは六本の腕を器用に動かして身体を確認する。
だが、邪魔に感じたのか腕が一対になってしまった。
「二本になるのか!?」
「ん? ああ、念じたらこうなった」
次に彼女は黒色のビキニを創り出し、腰に赤い大きな布を巻いた。
よく見ると足には黒いヒールが履かれている。
「神になるとあまり防具は意味を成さないようだな。それに私の場合、この方が戦いやすいはずだ」
彼女はそう言うと全身から炎を吹き出した。
すぐに炎は収まったが、不思議とビキニなどは焼けた様子はない。
高い耐熱性の素材を神気で創ったようだ。
「ところでアトミックエナジーというのは?」
「体内で核融合反応を行うことによって爆発的にエネルギーを得られるらしい。それと熱による攻撃も全て吸収してしまうようだ」
「ほ、放射能は出てないよな?」
「スキルなので放射性廃棄物が出ることはない……と思う」
一応ではあるが放射能測定器を創り出してフレアに向ける。
数値は至って普通だった。
「はっ、もしやペロ様は喉を潤されに行ったのでは!? 私も急いで飲みに行って、さりげなくモフモフしなければ!」
すたたっと部屋を出て行くフレア。
進化しても中身はあまり変わらないな。
さて、あとはリズとエルナか。
くいくいと服を引っ張られて振り向くと、そこにはすでにリズが立っていた。
いつの間に……まったく気配を感じなかったぞ。
名前:リズ・シュミット
種族:闇神
年齢:15歳
魔法属性:水・闇・邪
習得魔法:―
習得スキル:真理の目・黒水・魂魄干・ダークマター
見た目は……それほど変わっていないな。
額に小さな角が生えて、目の色が銀色になった程度だ。
しかし、あまりにも気配が薄い。
恐ろしく静かで動きがないのだ。
彼女はこちらが質問する前に答えた。
「黒水は空間転移みたいな能力。ダークマターは闇雲をさらに強化したみたいな力」
「ふむ、そのダークマターはどの程度の広さがあるのだ?」
「惑星十個を軽く飲み込むくらいにはある」
強化したと言うレベルではない気がするが……。
リズは床にできた黒い水の中にチャプンと落ちて消えた。
ペロと同様に水でも飲みに行ったのだろう。
「あ~、よく寝た~」
ようやくエルナが目覚めて背伸びをする。
寝ぼけた表情で立ち上がると、一糸まとわぬ姿がモロに儂の目に入った。
「ふ、服を着ろ!」
「へ?」
ぼーっとした顔で自分の身体を見る。
が、すぐに目を見開いて悲鳴をあげると、隠すようにしゃがみ込んだ。
「エッチ! スケベ! よくも見たわね!」
「偶然だ。しかし、エルナ達の服が消えてしまったのはなぜだろうな。儂の場合は進化しても着ていたのだが」
「それはたぶん、彼女達の力に服が耐えられなかったんだ」
気が付けばいつの間にかゼファが部屋の中にいた。
彼は指を振ってエルナに服を着せる。
「だが儂は消えなかったぞ」
「それは君の身につけている神器が衣類も保護しているからだ。やけに服が頑丈だと思ったことはなかったか?」
確かに言われてみればそうだな。
激しい戦闘でも破けるようなことはなかった気がする。
「うーん、あんまり好きな服じゃないかなぁ」
エルナはふんだんにレースが使われたピンクのドレスに不満そうだ。
一応確認するが見た目が変化した感じは受けない。
いや、よく見れば目が虹色になっている。
全体的に美麗で神々しく人ならざる存在感を発していた。
「そうだ、ムーア様のローブを使って……」
瞬時に右手に現れたムーアの白いローブ。
それを神気で変化させ新品同様の純白のローブに作りかえてしまった。
袖やフードの縁にはレースが縫い付けられており、裏地には模様のように数え切れない無数の魔法陣が刺繍されている。
薄着の可愛らしいシャツと短めのスカートを着ると、その上からローブを羽織った。
さらに足には黒いニーハイを履き、革製のブーツヒールを履く。
「うん、いいわね。何でも創れちゃうから、もうお金を払って服を買う必要もないわね」
すらりとした姿に思わず見とれてしまう。
儂が見てきたどんな物よりも美しく感じてしまう。
「それで私の進化はどう? もう喉が渇いて仕方がないのよ」
「ん? ああ、悪い。確認してなかったな」
名前:エルナ・フレデリア
年齢:19歳
種族:光邪神
職業:冒険者
魔法属性:火・水・土・風・光・闇・雷・邪
習得魔法:―
習得スキル:真理の目・空間転移・魂魄干・重力操作・特異点
「特異点……とはなんだ?」
「さぁ? なぜかこのスキルだけ説明が頭に浮かばないのよね。使おうとしても危険な感じがして試す気にもなれないし」
ゼファに目を向ける。
彼は眉間に皺を寄せてエルナを見ていた。
「そのスキルは本当に危険なときしか使わない方がいい。私が知っているものならあの御方達に目を付けられる力だ」
「あの御方というのは?」
「……知ってはいけない方々だ。もし気になるのなら天界の最奥にある封じられた書庫に行くといい。そこには隠された真実が綴られている」
ここで明かすつもりはないということか。
気にはなるが、今は進化したエルナに意識を向けるべきだな。
「それで重力を操れるのか?」
「本気でやればブラックホールも創れると思う。けど、消すのはかなりの労力になるから、実際はそこまでやらないかな」
ふーむ、これは期待できそうだな。
それにしてもエルナはヴァンパイアにはならないのだな。
力を受け継ぐみたいなことを言っていたのだが。
そのことをゼファに言うと、彼は笑って返答する。
「神格を与える欠片には元々方向性が設定されている。たとえばスピード特化や物理特化などだな。それに個々の資質が合わさり神としての姿が決定するのだ」
「ではエルナがヴァンパイアにならなかったのは?」
「ヴァンパイアというのは元々私が創造した種族だ。そこへ神格を与えただけのこと。ここまで言えばなんとなく分かるだろ」
納得した。ようするにエヴァは神になったからヴァンパイアになった、というわけじゃないのだな。むしろリズがカエルになっていない時点で気が付くべきだったな。
「ねぇ、もう行っていい!? 喉が渇いてたまらないんだけど!」
彼女はそう言ってその場から転移した。
もしかすると地上にまで水を飲みに戻ったのかもしれない。
「これで君も破壊神としての配下ができたようだな。それで彼らにも魔王と名乗らせるのか?」
「悪いがそこは変えさせてもらうつもりだ。この星ではすでに魔王と言う呼び名は恐れられている。なので仲間には『四魔神』と名乗らせることにする」
「四魔神か……良い響きだ」
一瞬で周囲の景色が変わり、見覚えのあるものとなった。
儂はキョロキョロとしていたが、ゼファは慣れた動きで棚に置いてあるボトルをとり、ソファーに戻ってくる。
「ここは隠れ家じゃないか」
「何を驚く。今の君ならどこだって好きな場所に行けるだろ。自由に地上と魔界を出入りだってできるんだ」
カランッとグラスに氷を入れて酒を注ぐ。
彼は二つのウチの一つをすっと儂に差し出した。
「ふう、長く世俗を離れていたおかげで酒が美味い」
「アルコールが分かるのか? 儂は進化してからすっかり酔わなくなったのだがな」
「肉体の抵抗値を下げればいい。そうすれば毒でもなんでも好きなだけ味わえるぞ」
抵抗値……これか?
頭の中にいくつかの数値が浮かぶ。
抵抗値らしき数値を下げると身体が一気に重く感じた。
「あまり下げすぎると病気になるぞ。だいたい半分くらいだ」
「半分、これでいいのか」
グラスの酒を飲むとクラクラする。
実は転生してからまともに酔えていなかったのだ。
だからなのかアルコールが脳みそに直撃した。
「神族というのは感覚を調節できるのか?」
「その通り。だからいつだって初めてのように体験できる。永く生きる者にとって慣れに埋もれた退屈とは絶望そのものだからな」
「やはり数千年も数万年も生きるのは大変なのだな」
儂ら人間でも百年生きることはとてつもなく永い。
人のままではとても万年を生きることなどできないだろう。
「だが、別れの時は抵抗値を上げておけ。誰かを無くす時は神であろうと人であろうと、正気と狂気の境目を歩くのだ」
ゼファは世界樹で造った木彫りの熊を見つけて懐かしそうな表情となった。
「私にはかつて可愛いペットがいたんだ。トレントという種族なんだが、その子はその始祖として創ってね。いつも私の後ろについて歩いてきた」
「トレント……」
「私には分かるのだ。彼はこの星で永く生きたのだと。いつかまた私に会える日を待ち望んで大地に根を張り、たとえ敵対する聖獣となっても待ち続けていた」
「……生き返らせないのか?」
「彼は彼なりに満足してこの世を去った。それを引き戻すのは無粋であり、侮辱だと思わないか。それにこうして彼は形を変えてこの地に残っている」
彼は木彫りの熊を撫でて微笑んだ。
破壊神などと恐れられているが、儂から見れば全く逆の人格者に見える。
当時の神々は一体なにを見ていたのだろうな。
「せっかくここに戻ってきたんだ。つまみくらい作ってやろう」
「楽しみだ」
儂は台所に立って枝豆をゆで始めた。
第八章 〈完〉
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