百六十七話 選択


 一万のスケルトンが四魔王に押し寄せる。

 それはさしずめ砂糖に群がるアリのようだ。

 魔王の腕の一振りで数十が吹き飛ぶが、あとからあとから膨大なスケルトンが穴を埋め、さらに壁を強力に補強する。


「なんだこの膨大なスケルトンは!?」

「まさかこんな奥の手を持ってたとはね、完全に予想外だよ」

「無駄口を叩いている暇があったら押し返すゲロ!」

「くっ、眷属を聖獣化させるとは!」


 四人は背中合わせで破壊神を守っていた。

 スケルトンは部屋の中でぎゅうぎゅう詰めだ。

 儂はその様子を見ながらさらに召喚する。


 くくく、まだまだいくらでもおかわりはあるぞ。

 笑みを浮かべつつ儂は壁際でスケルトンに押されていた。

 部屋が狭いのでなかなか身動きがとれない。


「ルドラ! こいつらを一気に排除しろ!」

「無理だって! こんな場所でデカいのを放てば確実に主を巻き込んじまう!」

「じゃあゲロ之助! お前の風魔法ならやれるだろ!」

「こっちも無理だゲロ! こいつらシャドウフィールドを多重展開してて、魔法力を過剰なまでに減退させてるゲロ! 今撃ってもそよ風にしかならないゲロよ!」


 四人はひたすらにスケルトンと近接戦闘を繰り返す。

 さすがは魔王と言うべきか、これだけの大群でもまともにやりあっている。

 むしろ広い場所ならこちらが押されていただろう。


 だが、そろそろ向こうもしびれを切らす頃だろう。


「妾が全員を転移させる!」


 そう来ると思った。

 儂は部屋全体に隔離空間を張る。

 確証はないが、これで防げるはずだ。


「なぜだ!? 妾の転移が発動しない!?」

「しまった、空間を閉じられてるぞ! 人間のくせにこんな力まで!」


 焦るエヴァとサタナス。

 どうやら上手くいったようだ。

 実は瞬間移動を使えるフレアで試したことがあるのだが、その時も閉じられた空間からの脱出はできなかった。だから彼らにも使えるかと思ったのだがビンゴだったな。


「まどろっこしいことはやめだ! 全部しらみつぶしにぶっ倒せばいいだけだろ!」

「だからお前は赤ピーマンなんだゲロ!」

「赤いゴミ!」

「脳なし!」

「上等じゃねぇか! 先にてめーらをぶっ殺してやんよ!」


 減らず口をたたきながら四人は儂の眷属と戦う。

 まだほんの数分だが一万ほどいたはずのスケルトンは七千にまで減っていた。

 だが儂の攻撃はこれからだ。


 両手から大量の糸を放出し、眷属の隙間を縫うように走らせる。


 糸の強度は最高にまで引き上げ、糸自体に隠密を付与する。

 認識できない糸は魔王達の手足に巻き付き、その動きを阻害した。


「くそっ! 身体が何かに捕まって動きづぇれ!」

「糸だ! 見えない糸が僕らを縛ろうとしている!」


 やはりすぐに気が付かれてしまったか。

 しかし、そんなことは想定内。

 時間を稼いでいる間に壊された眷属達を復元空間で元通りにする。

 こちらの兵力は瞬時に元通りとなった。


「もう無理だゲロ」


 ゲロ之助がスケルトンに完全に押さえ込まれた。

 どんなに能力があろうが、その力を発揮できるだけの環境がなければ意味がない。

 彼らは特にその強すぎる忠誠心と力があだとなった。


「力さえ振るえればこんな奴ら!」

「この糸、切っても切っても絡みついてきやがる!」

「泣き言を言うな! 主の前だぞ!」


 エヴァは自身の両腕をかみ切り血を垂らす。

 滴る血液は彼女の腕を覆い、一瞬にして硬質化させて紅いガントレットを創りだした。

 スキルかなにかだろう。なかなか面白い。

 彼女はすさまじい勢いで眷属を破壊し始める。


 ならばこちらもさらに力を出そう。


 十人に分裂した儂は、さらに膨大な糸を放出する。

 眷属強化改スキルで眷属の力を最大限まで増強させ、糸に一級天使から奪った神殺しの力を流した。


「力が!? 奪われる!?」

「僕らの神気が!」

「なんてこと! 人間め!」


 糸を伝って神気とやらが儂の中へと流れ込む。

 どうやら奴らが神たりえるのはこの神気のおかげらしい。

 流れ込む力は静かで激しく儂の中で迸る。



「もういい。もう充分だ」



 その声に魔王達はハッとした。

 沈黙していた破壊神が口を開いたのだ。


 儂はスキルを解除し、眷属達を下がらせた。


「もういいとはどう言うことでしょうか!? お答えください主!」

「そのままの意味だ」

「待ってくれよ! ちっと手こずってはいるが、こんな奴らすぐにでも――あぐっ!?」

「お前達の神格を剥奪する」


 破壊神はルドラの額に右手を向けて光を抜き取った。

 ルドラは床に倒れる。


「なぜ……どうしてですか主……」

「分からぬか、もう我らの時代は終わったのだ」

「そんなことは! また貴方様のお力でこの宇宙に――うがっ!?」


 サタナスが倒れる。


「やはりお気持ちは変わっていないのですゲロね」

「始まりがあれば終わりもある。それだけだ」


 ゲロ之助が倒れた。


「そうでしたね……主は一度決めたら断固として変えない御方でした」

「後継者たりえる者が現れれば証を譲る。そう言っておいたはずだ。それに十万年以上も世俗から離れていた私には、現在起きている問題を解決する心も力もない。次に託すべき時が来たのだ」

「……はい」


 エヴァが倒れる。

 破壊神は四人から集めた光を結晶に変え、その右手に収める。

 彼は儂に向き直ると、左手を胸に当てて黒い球体を抜き取った。

 そして、ソレを儂に差し出す。


「これは破壊神の証。君が望んでいる物だ」

「くれるのか?」

「その為にここまで来たのだろう」


 恐る恐る儂は球体を受け取る。

 それは不思議な物体だった。

 まるで宇宙を小さな球に押し込んだかのような、冷たく暗く広大で計り知れない感覚を抱かせる。覗いてみると星のようなきらめきが球の奥に見えた気がした。


「どうすれば破壊神になれる?」

「証を胸にあてればいい」


 言われたとおりにしてみると球体は胸に吸い込まれる。

 直後に襲いかかる激痛。

 目の前がゆがみ、儂は思わず床に両膝を突いた。


「すぐに収まる。破壊神となる為の準備が始まっているのだ」

「うぐ……お前の……配下は死んだのか?」

「いや、気を失っているだけだ」

「そうか……」


 身体の中でいくつもの爆発が起きているかのような感覚があった。

 視界には無数の光が現れては消えを繰り返す。

 そして、状態が収まる頃に例の文字が視界に現れた。



【まもなく進化が始まります。進化が完了すると、以前に戻ることはできません。進化いたしますか? YES/NO】



 ここで眠るのは不味いな。

 一度選択を保留にして仲間の元へと戻るか。


「ひとまずエヴァの城に戻る。お前には付いてきてもらうぞ」

「喜んでそうさせてもらう。こっちは永く閉じ込められていて一刻も早くどこかで休みたい。しばらくこのスケルトンに背負ってもらおうか」


 破壊神はよっこらしょと適当な眷属の背中に乗る。

 見た目は若いが、意外に年寄り臭い奴だ。

 実際永く生きているのでそうなのかもしれんがな。


 儂は魔王達も配下に背負わせ封印の間から出ることにした。



 ◇



 地上に顔を出すと、三人の男が武器を抜いて待ち構えていた。


「魔王様達はどうした!?」

「もしや封印を解かずに逃げ出したか!」

「主の解放は我らの悲願! 即刻戻ってもらうぞ!」


 遅れて地上に出てきた破壊神に三人は固まる。


「懐かしい顔ぶれではないか。久しいな」

「「「あ、あるじ!!!!」」」


 三人は跪き深く頭を垂れる。

 その顔はしわくちゃでとても見られたものじゃない。

 ぽたぽたと地面に落ちる涙に儂は複雑な心境だった。


「私はすでに破壊神ではない。後継者は彼だ」

「「「――え?」」」


 言ってしまったか。

 どうせ後で分かることだが、この状況で言うのはあまりいただけない。

 まだ完全な進化を果たしていないのだがな。


「なんてこと! 証が人間の手に!?」

「これは一大事だぞ!」

「魔王達は何をやっていたんだ!」


 案の定怒り心頭な三人に、破壊神は手を掲げて黙るように示す。


「私が決めた後継者に不満があるのなら戦って証を剥奪すればよい」

「「「そ、それは……」」」

「すでに位は彼に移った。そのことを肝に銘じよ」

「「「ははー!」」」


 三人は頭を垂れて道を空ける。

 「さ、行こうではないか」と破壊神は笑みを浮かべた。


 スケルトンの行列は長く続いた。


 封印の地からエヴァの国までずいぶんと距離があったからだ。

 儂はできるだけ多めに休憩を挟んだ。


「私のことはゼファと呼んでくれ」

「儂は真一だ」


 ゼファは焼いたばかりの肉を頬張りながら自己紹介をする。

 よほど腹が減っていたのか、持ってきていた食料の半分以上を食べられてしまった。

 しかも異常なまでに消化吸収を行っているのか、身体はみるみるふっくらしてきている。


 現在はブラッドフォール国を目前とした、ケトブレル国領土の草原地帯にいる。

 ちなみにケトブレル国はサタナスが治める領土だとか。見かける種族は多種多様で、ケンタウロスやワーウルフやサキュバスなどが暮らしている。魔界で一番大きな国でもあるらしい。


「まだ目覚めないのだな」

「二、三日はあのままだ。今の彼らは君とは逆の現象が起きていて、大きく身体が変化しているのだ」


 魔王達は未だに眠り続けていた。

 少しずつだが彼らの気配が小さくなっているような気がする。

 今なら儂でも対等くらいには戦えそうな感じだ。


「どうして彼らの神格を剥奪したのだ?」

「彼らは私が創った子供達だ。私に従い私の為に生きている。そんな彼らに君が成そうとしていることへの協力は難しいと判断したのだ。君は君の配下を創りたまえ」


 ゼファは四つの結晶を儂に渡した。


「これは?」

「神格を封じ込めた物だ。与えれば人を神の頂へと引き上げる」

「よく分からないのだが、破壊神とは創造もできる神なのか?」

「神族とは程度の差はあるものの誰もが創造を行うことのできる存在。破壊を主とした私でもその力はある。しかし、決して無制限というわけではない。創造神ほどの莫大な力は通常の神にはないのだ」


 つまり神になれば限定的にだが創造が行えると?

 これはちょっとワクワクするな。

 いつでも好きな時に好きな食べ物が食べられるということだぞ。

 ああ、早く城に戻って破壊神になりたい。ジュルリ。


「詳しい話は落ち着ける場所に行ってからだ。私は十万年以上、空腹と睡眠不足で疲れ果てているんだ」

「封印の中では眠れなかったのか?」

「眠ろうとすると脇や足の裏を見えない手でこちょこちょされるのだ。そんな状態でどうして眠れようか。筆舌に尽くしがたいほどの過酷な独房であった」

「そ、そうか……大変だったな」


 儂らは再出発し、無事にブラッドフォールへと入国。

 城に帰還した儂は仲間に迎えられた。




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