百六十六話 破壊神の目覚め
女王のスキルにより儂は一瞬にして転移する。
そこには美しい湖があった。
周囲には木々が生い茂り深い森の中であることが分かる。
湖の中央には石で造られた円形状の舞台のような場所があった。
儂はそっと湖の中をのぞき込む。
透明度の高い水は青くキラキラ輝いているように見える。
いや、実際に光っているようだ。
水の中で光の粒子が舞っているのが確認できる。
儂はすぐにその水がなんなのか理解した。
「セイントウォーターの湖を見るのは初めてだ」
「ここは魔界において唯一地上と変わらない水が湧き出る場所だ。とは言っても聖獣の成分が溶けこんでいて普通と言い張るにはいささか語弊があるな」
女王はカツカツとヒールを鳴らして橋を渡る。
橋は湖の中央にある舞台へとつながっており、その先には三人の男が道を塞いでいた。
男達はいずれも屈強にして手練れであることが窺える。彼らは女王を見るなり剣の柄に手を添えた。
「三魔王の許可は得た。道を開けよ」
「…………」
男達は一礼した後、端へと身体をずらした。
進み始めた彼女を追いかけつつ儂は質問する。
「あの者達は?」
「三人の配下だ。もっとも忠誠心が強く限りなく魔王に近い実力を備えた者が、ここの警備を任される。妾でも無傷で勝つ事は難しい精鋭中の精鋭だ」
聞けば封印の地は三魔王によって共同の管理がなされているそうだ。
そうなった理由は至極単純で、封印の地は三魔王の収める領土のちょうど境目に存在しているからだとか。
それだけを聞くとエヴァが不公平のように思えるだろう。
ただ、女王も地上へ行く階段を自国で独占しているため、ある意味では公平な関係とも言えるのだ。
「扉?」
舞台の中央には四角い金属製の扉があった。
それは床に設置されており、がっちりと閉じられている。
女王が重厚な扉を持ち上げて開くと、その下から階段が現れた。
扉を開けたとたん空気が下へと流れ込む。
ずいぶんと永い間、ここは閉じられていたようだ。
「其方は魔界こそが大迷宮の最下層と思っていたようだが事実ではない。真の最下層はこの先にある」
「まだ続いていたのか」
こここそが終点だと思い込んでいた。
もしかするとムーアですら、さらに下があることを知らなかったのではないだろうか。
女王はしばし階段を見つめてからゆっくりと下り始める。
「そういえば先ほどお前は、セイントウォーターを聖獣の成分が溶け込んだ水と言っていたが、それはつまりどういうことなのだ?」
「セイントウォーターとは分かりやすく言うなら尿のようなものだ。体外より水を取り入れ体外へと排出する。くくく、聖なる水などと崇めているのは人間くらいなものだ」
「…………」
そうか……大迷宮のおしっこだったのか……。
なぜかひどく悲しい気持ちになった。
「ちょっとまて、ならば魔界の紅い水はなんなのだ。あれも排泄物なのだろう」
「いつから大迷宮が固形の排泄をすると勘違いしていた?」
「まさか!?」
「そのまさかだ。故に妾はこの事実を一部の者にしか明かしておらぬ」
女王は「かつて神々に恐れられたヴァンパイアもおちぶれたものだ」などと遠い目をする。エヴァ(分身)が地下に戻らない理由の一つが分かった気がした。
長い階段を下りた先にはまっすぐに伸びた石造りの水路があった。
壁からは大量の水が流れ込んでおり、膝ほどまで満たされている。
女王と儂は水路に足を入れてさらに奥へと進む。
「魔物はセイントウォーターを嫌がると聞いたが、お前はなんともないのだな」
「これが効くのは弱い者達だ。上位ともなればただの水と変わらぬ」
女王は流れ出る水を両手で受け止めて飲んで見せた。
ただ、儂はその様子を見ながら『おしっこか……』と再び複雑な気分になる。
世の中には知らなくていいことがあるのだと再確認させられたな。
水路を進み続けること一時間。
儂らは終着点と思われる広い空間へと出る。
円盤状の部屋の壁からは大量の水が流れ込み、大きな水音と共にしぶきが上がっていた。
部屋の中央には水面から少し上がった程度の円形の舞台があり、さらにその真ん中には青い水のような球体が浮かんでいる。
儂は近づいてその謎の球体に触れようとした。
バツンッ。
強烈な光と共に儂の手を球体が弾く。
あまりの力に身体ごと後ろへと飛ばされ水の中へ。
びしょびしょになった身体を起こすと、右腕が肘の辺りからなくなっていた。
「アレこそが主を封じる結界だ。この大迷宮はアレを創り出す為だけに存在していると言っても過言ではない。無闇に触れればそのようになるのは道理だ」
「早く言ってもらいたかったな」
立ち上がった儂は腕を再生させる。
いくらでも治るとは言え痛みはあるのだ。
わざわざ腕を失ってまで知るべきことではないだろうに。
「で、どうやって封印を解く?」
「球体の足下に小さな魔法陣が刻まれているだろう。そこに其方の手を乗せればよい」
「それだけなのか」
「封印を解くのはそれほど難しくはない。問題はそれを行える人間がほとんどいないことだ。無属性を保有し、尚且つエンペラーやキングなどの種族を率いるクラスにたどり着いた者。つまり其方だ」
女王の話では無属性を有する人間は非常に希少なのだそうだ。
他の属性は後天的に得ることも可能だが、無属性だけは先天的にしか得ることができない。実際、儂は自分以外に無属性の人間を一度も見たことがなかった。
その上で魔界にまでたどり着ける強さを有していなければならないとなると、奇跡ともいうべき確率になるのは間違いない。神々が破壊神を解放する気がなかったことが、ここから読み取れる。
封印解除の魔法陣に手を乗せようとしたところで女王から質問をされた。
「封印を解く前に聞かせてもらいたい。其方は弱り切った我が主を前にしてどうするつもりだ」
「まず証を譲ってもらえるよう話をする」
「拒否をしたら?」
「強引にでも取り上げるつもりだ」
できれば殺したくはない。
魔王達の言動を見て儂は知った。
破壊神は敬愛されているのだと。
しかし、儂もただ証が欲しいからなどと理由で、こんなところにまで来たわけじゃない。救いたいものがあるからこそ今ここにいるのだ。
儂は魔法陣に手を置いた。
直後、部屋全体が震え始める。
どうやらこの振動は球体から発せられているようだ。
球体の表面が波立ちいくつもの波紋が浮かび上がる。
中心からは光が漏れ出し、球体全体に亀裂が入り始めた。
ドッポン。
そんな音が響き、球体の底が抜けた。
大量の水と一緒に出てきたのは一人の男。
痩せこけており一糸まとわぬ姿だ。
「ゼファ様!!」
女王が男性に駆け寄り身体を抱き起こす。
黒い長髪の男性は彼女を見てぎこちなく微笑んだ。
「エヴァ……か……」
「そうです! 貴方様の忠実な下僕エヴァでございます!」
「あれから……どれほど経った?」
「十万と六千九百七十六年でございます!」
「そうか……永かったな……」
男性は精根尽き果てているように見えた。
どれほどの過酷な時間を封印の中で過ごしたのだろうか。
人間である儂には想像すらできなかった。
「出てきたばかりで悪いのだが、儂に破壊神の証を譲ってもらえないだろうか」
「君は……」
ゼファと呼ばれた男は髪の毛の隙間から儂を覗く。
その目は弱り切っていても鋭く、計り知れない何かを感じさせた。
彼が口を開こうとすると、突然儂の身体が見えない腕によって後方へと引っ張られた。
背中から壁に叩きつけられると、追い打ちをかけるようにして鳩尾に太い腕がめり込む。
激烈な痛みと衝撃に血を吐き出した。
儂は床に両膝を突いて前のめりで倒れてしまう。
「てめぇの役目は終わったんだよ。なに調子こいてんだ」
「うぐっ……お前はルドラ……」
空間が揺らめき、その下から魔王ルドラが姿を見せる。
さらに水の中からゲロ之助が顔を出し、突如として出現した黒い球体からサタナスが姿を見せた。
やはりこうなってしまったか。
「田中真一、其方には礼を言う」
女王はゼファを床に置いてから儂の元へと歩み寄る。
味方であるはずの彼女は、笑みを浮かべ愉悦に満ちた目で儂を見下ろしていた。
「もう殺していいだろ?」
「その前に少し話をさせてもらう。愚かな人間とは言え主を解放してくれた恩人だからな。せめてなぜこうなったのかくらいは教えてやらねば」
女王は儂を裏切っていた。それはもはや確定とみて良さそうだ。
正直、そうあって欲しくはなかった。
ごく短期間の付き合いとは言え、儂は彼女を信用できると考えていたのだ。
「妾は最初から人間などに証を譲るつもりはなかった。愛しき主が神の座から下りるなどあり得ない話。万が一にも其方にはチャンスはなかったのだ」
「だったらなぜ力ずくで封印を解かせなかった」
「其方は知らぬだろうが、実は一度ここへ鍵になる人間がやってきたことがあるのだ。だが、その時の妾達は興奮するあまり、うっかりその者を殺してしまった。あのような過ちを繰り返さぬ為、細心の注意を払い、鍵が自らここへ赴くように誘導することとした」
僅かだが回復した儂は身体を起こす。
このままどうにか話を続けさせて、この状況を切り抜ける方法を考えなくては。
「魔族同士で戦争をしていると言うのも嘘だったのか」
「アレは真実だ。其方に語った魔王同士の仲の悪さももちろん事実。ただし、妾達は主のことになると強力に結束する」
よし、肉体の再生が完了した。
次はどうやってこの場を切り抜けるかだ。
とれる選択肢は二つ。
戦って証を手に入れるか。
この場はひとまず逃げるか。
どちらも達成するには厳しい状況だ。
相手は神々をも圧倒する四魔王。
考えるまでもなくあの一級天使よりも格上だ。
まともに戦えば殺されるのはこちらとなるだろう。
とはいえ手がないわけでもない。
いかに魔王と言えど、膨大な敵に勝つには時間を要する。
おまけにここは狭い空間だ。破壊神を守りながらともなればさらに手こずるはずだ。
儂は迷うことなく眷属を召喚した。
「ほう、まだ妾達とやる気か。それにしてはなんとも頼りない味方だな」
一体のホームレススケルトンが召喚される。
それを見た女王と三人の魔王は鼻で笑う。
だが、次に百体が現れると四人は怪訝な表情となった。
一千体。二千体。三千体。四千体。
次々に召喚されるスケルトンに魔王達は後ずさりする。
もちろんまだまだこれからだ。
部屋を埋め尽くそうかと言うほどのペースで増え続けるスケルトンは、セイントウォーターに触れたことで次々に聖獣化した。
大部分の眷属はシルバースケルトンへと変化する。
中にはゴールドに変わる者もいて、数秒ごとに総数が増加してゆく。
「我が眷属よ! 魔王を討ち取れ!」
「カタカタッ!!」
スケルトン軍対四魔王の戦いがここに勃発する。
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