百六十五話 四魔王


 玉座で足を組んだまま微笑む女王エヴァ。

 彼女を初めて見たメンバーは戦々恐々としていた。


「準備は整った。其方達には三人の魔王と会ってもらうぞ」

「説得するのなら個別に会う方がいいのではないか?」

「そうしたいのは妾も同じ。だが、一人を説得しようとすれば、察した他の二人が必ず動く。結論を言えばこれが一番衝突の少ない方法なのだ」


 エヴァは桁違いの知覚能力を持っている。

 だからこそ儂が魔界に向かっていることも早くから察知していた。

 そして、その能力が彼女だけにあるとはやはり考えにくい。

 他の三人の魔王も相応の力を持っていると判断するのが普通だろう。


 こちらの狙いをある程度知っていて、尚且つそれを阻止したいなら、やはり個別の説得は避けたいと思うはずだ。

 下手をすれば激しい争いに発展する可能性が高い。

 女王はそれを避ける為に、あえて三人同時に説得する手段をとったというわけだ。


 ただ、妙に引っかかってもいる。


 彼女は表向き人に味方をしている。

 種の存続など国力の維持など理由は語られたが、未だに彼女自身の口から人をどう思っているのかは聞いていない。儂に助力するのも後継者になれる可能性が高いからと言うだけであって、明確に立ち位置を明かしてはいないのだ。


 なにより分身のエヴァが言っていた言葉が気になる。


 『くれぐれも妾と本体を同一視しないことじゃ。別れて数千年、向こうもこちらも性格に大きな違いが出ておるはずじゃ』


 それはつまり自分と同じように接してはいけない、油断してはいけない、という彼女からの警告だったのではないだろうか。だとすると彼女が味方だという考えは、今のうちに捨てておくべきかもしれん。

 少なくとも確証が得られるまでは。


「仲間は置いて行く。儂だけでその会談に臨むつもりだ」

「「「「え!?」」」」


 四人が驚いた表情で儂を見る。

 彼女達には申し訳ないが、今回は同行させるわけにはいかない。

 もし仮に女王が他の魔王達と同じ考えならこれは罠だ。

 仲間を人質に取り、儂を屈服させて破壊神解放の鍵に使うかもしれない。


 それに味方だとしてもやはり危険は拭えない。

 相手は神々を圧倒する魔王達なのだから。


「懸命な判断だな。ちょうど妾もそう言おうとしたところだ」


 女王は足を組み替えて微笑む。

 儂は無表情のままさりげなくチラ見した。

 むふふ、まったくけしからん身体をしおって。


 ゴンッ、エルナが杖で儂の後頭部を殴る。


「今、女王の太ももを見たでしょっ!」

「なにを言っている。儂は真剣に話をだな――」


 再び女王がなまめかしく足を組み替える。

 儂の目は意志とは関係なく自動的に反応する。


「ほらっ! やっぱり見た! リズも見たわよね!?」

「現行犯。お兄ちゃんは許されざる大罪を犯した」

「やめっ! やめろ! 儂は無実だ!」


 エルナがチョークスリーパーで首を締め上げ、リズがドスドスッとボディをえぐるように何度も殴る。

 違う。アレは儂のせいじゃない。儂の目が悪いのだ。


「さて、準備はいいか救世主殿?」


 女王は立ち上がってそう言う。

 準備? まさかもう出発するのか?

 次の瞬間、景色が変わった。


「ここは? エルナ達はどこに行った?」

「妾達が移動したのだ」


 ここはただっ広い荒野のど真ん中。

 いるのは儂と女王だけだ。


 彼女には空間転移というスキルがあったはずだ。

 どうやらその力で儂と自身を運んだとみてよさそうだ。

 さすがは魔王というべきか。

 馬鹿げた能力を簡単に見せてくれる。


「こんなところで会うのか?」

「こんなところじゃないと会えないが正しい認識だ。妾を含めた四魔王は、主の元では意志を同じくしているが、普段は反目し合っている関係だ。顔を合わせるだけで喧嘩が起きる。そこまで言えば分かるか?」

「ふむ、ここなら被害も出ないということか」


 しかし、ずいぶんと殺風景な景色だ。

 アメリカにあるモニュメント・バレーを彷彿とさせる。

 土は赤土よりも赤く紫がかっていた。

 風が吹くと細かい砂が舞い上がって煙のように見える。


 近くには古びた木製の円卓と椅子があった。

 席は五つ。その一つに女王は座る。

 儂も彼女の隣の席に腰を下ろした。


「他の魔王はまだ来ていないようだな」

「やつらは時間にルーズなのだ。きっちり時間通りに来るとは思わぬことだな」


 女王はそう言って胸の谷間から一冊の本を取り出す。

 儂は雷に撃たれたように衝撃を受けた。


「ほ、ほう、魔王でも本を読むのだな」

「我らとて娯楽はたしなむ。むしろ常に欲しているものだな。暇は神族の最大の敵。有り余る時間をどう使うのか考え続けている」

「ちなみにそれは小説なのか?」

「そうだ。気になるなら見てみよ」


 すっと差し出された本を儂は受け取る。

 まだ仄かに生暖かく、これがあそこに挟まれていたのかと思うと興奮する。

 だが、儂はぱらりとめくった中を見て悲鳴をあげそうになった。


 六人の美青年が絡み合い、互いに愛を囁き合う。

 迸る愛と欲望。罪を犯した彼らは背徳の果実を口にする。

 待ち受けるのが絶望だとしても。


「……よく分かった」

「ぬへへ、BLとはまことに良いものだな」


 下卑た表情を浮かべた女王は再び本を読み始める。

 さすがは魔王、高次元で腐っている。


 ふと、足下の砂が風で流されていることに気が付く。

 空気の流れは次第に速度を増し、それほど離れてない位置で激しく渦を巻いた。

 大きな竜巻が起きたと思えばすぐに霧散する。

 竜巻のあった場所には黒装束に身を包む人間らしき姿があった。


「魔王ゲロ之助だ」


 女王は本を読みながら呟く。


 黒装束に身を包んだ人物がこちらへとゆっくりと歩いてくる。

 その者は中肉中背の身体に顔はカエルだった。

 首に巻くマフラーのような布を風になびかせており、背中には刀が備えられている。

 忍者でカエルとは……格好良すぎる。儂の少年心を鷲掴みだ。


 ゲロ之助は一瞬だけ儂を見るも、女王に視線を戻して席に座る。


「見たくもない顔を見て、さっき食べた蝿が口から出そうだゲロ」

「奇遇だな。妾もだ」

「このクソ女、早く死ねゲロ」

「其方が死ね。便所カエル」


 周囲の気温が一気に下がった気がした。

 小学生並みの口げんかで呆れるが、どちらも次元の違う強さを有しているせいかまったくもって笑えない空気が漂っている。

 魔王の実力は未知数ではあるが、間違いなく二人とも儂より強い。


「む? 地面が揺れている?」


 地震だろうか。それにしては揺れが小さい。

 そう思ったところで遠くの地面が轟音を響かせて隆起した。

 巨大な岩はすぐに砕け散り、その下から一人の男が姿を見せる。


 精悍な顔つきにリーゼントにされた黒髪。

 さらけ出されている上半身は見事な筋肉が盛り上がっており、肌はうっすらと朱く四本の腕が目をひいた。

 物差し竿のような太く長い槍を片手に、腰に巻いた長い布が風にそよぐ。


「魔王ルドラだ」

「もしやシュラ族というのは……」

「アレの眷属だ。現在、我が国と戦争中でもある」


 確かにフレアとよく似ている。

 勘違いされるのも無理はないな。

 ルドラは儂を見ることもなくテーブルに足を載せて着席する。


「俺様を呼びつけるなんて何様だてめぇ」

「妾は主を解放したくば顔を出せと伝えただけだ。別に無理に参加しろとは言っておらぬ」

「たまたま運良く鍵を手に入れたからって調子こいてんじゃねぇぞコラ」

「そうだな。主を解放した暁にはルドラは指をくわえて見ていただけと報告しよう」

「モスキート女、マジ今すぐ殺すぞ」

「やれるものならやってみろ脳なし男」


 またもや空気が極度に緊張する。

 本当に仲が悪いのだな。顔を合わせただけですでに喧嘩になりそうな雰囲気だ。

 ゲロ之助も止める様子はなく、頬杖を突いてあくびをしている。


「「「!?」」」


 三人がぴたりと動きを止める。

 直後、離れた位置に赤い閃光が落下した。

 満月の照らす荒野に立ち上がる小さなシルエット。

 それは赤いオーラを漂わせており、暗闇の中で赤い両目を光らせる。

 恐らくアレが四人目の魔王。


「やっとお出ましか。サタナス」


 女王は小説を閉じて谷間に仕舞う。

 魔王サタナス。その見た目は意外にも少年だ。

 黄金の短髪に美しくもどこか禍々しさを感じさせる顔。

 身体には黒い軍服のような服を身につけていた。

 サタナスは席に座ると、女王に微笑みながら挨拶する。


「元気そうだねクソ雌豚」

「其方もな、万年短小童貞」


 どちらも微笑んではいるが、顔の筋肉がピクピクしている。

 殺気が吹き荒れ静かな嵐が起きていた。

 しかも二人だけでなく、全員が全員に殺意をにじませている。

 正直、今からでも帰りたい気分だ。険悪なムードに冷や汗が止まらない。


「今日は其方達といがみ合うために来たのではない。ようやく主を解放することのできる人間が現れたのだ」

「そこにいる田中真一とか言う奴だろ。そんくらいステータスみりゃあわかんだよ」

「話の腰を折るな脳なし」

「んだとコラッ!? ぶっ殺すぞてめぇ!」


 ルドラが女王にメンチをきる。

 そこでサタナスがトントンとテーブルを指で叩いた。


「できれば赤いゴミは黙っててくれると嬉しいかな。君が邪魔をすればするほど主の解放が遅くなるんだ」

「いちいちつっかかるなゲロ。これだから赤ピーマンは困る」

「てめぇら俺様とやりあいてぇみたいだな! 今すぐミンチにしてやんよ!」


 ルドラは額に血管を浮かせてサタナスとゲロ之助を睨む。

 なんというか仲の悪さが限界突破していて一向に話が進む気配がない。

 よくこれで四魔王としてまとまっているなと呆れる。


「封印の地へ踏み入る許可をもらいたい。それも妾と彼だけに」


 女王の発言に三人の態度が変わる。

 気味が悪いほど嬉しそうにニコニコしていた。


「いいよいいよ、好きなだけどうぞ」

「もっと早く言うゲロ。すぐに許可したのに」

「協力するのは当たり前だろ。俺達四魔王だぜ」


 なるほど……魔王達は嘘をつくのが下手なのだな。

 考えるまでもなく彼らの狙いが透けて見える。

 ここまであからさまだと逆に罠のようにすら思ってしまうな。


「ではすぐにでも決行する。よいな」

「もう行くのか?」


 儂と女王は席を立つ。

 すたすたと先を行く女王に付いて行きつつも、儂はちらりと振り返った。


 三人の魔王は気味の悪い笑みを浮かべてこっちを見ていた。




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