百六十四話 魔界の市場


 地面に埋められる二人の棺。

 ムーアとその妻マリアだ。

 アリムと儂で上から土をかけて埋める。


「ムーア様……」


 エルナは彼から譲り受けた白いローブを握りしめて光景を見つめる。

 大魔導士を目指していた彼女にとって、ムーアの死は少なからず衝撃だったはずだ。

 短い期間とは言え魔法を教わり師匠と慕っていたのだから。


 ただ一方で、納得する部分もあった。


 彼はある意味過去の人間だ。

 すでにこの世にはいない歴史上の人物、儂らにとって最初からいない人物だったのだ。

 だからこそこのように感じるのだろうな、彼は夢から出てきた幻だったと。


 きっちり土を押し固めてその上に墓石を置く。


「よし、これでスケルトンになって出てくることもないだろう」

「人が悲しみに浸っているのに止めてよ!? と言うかムーア様はアンデッド化しないから!」


 目をひんむいてエルナが怒る。


「そうなのか?」

「そうよ! ムーア様のご遺体は神聖な力によって守られていて、アンデッドになんてなるはずがないの! 間違いない!」

「ふむ、では試してみるか」

「ちょ、止めて! 掘り返さないで!」


 掘り返そうとするとエルナが腰に抱きついて全力で阻止する。

 ええい、邪魔をするな。ムーアがスケルトン化できるか確かめられないだろ。


「しかし残念ですね。陛下がようやく反魂に乗り気になられたというのに」


 アリムは墓に深くお辞儀をする。


「蘇生とはこの国では頻繁に行われているのか?」

「いえ、むしろできることすら知らない国民がほとんどですよ。それに二枚の結界があったおかげで、やろうと思ってもできなかったみたいですから」

「二枚の結界というのは儂が途中で解除したアレか」

「はい。あれは輪廻に干渉できる四人の魔王の力を、封じ込めることにも効力を発揮していました。そのせいで陛下は反魂を行えなかったのです」


 そうか、それで結界を解くことにムーアが素直に応じたのだ。

 儂はさらに疑問に思っていたことを質問した。


「神は神を蘇らせることはできるのか?」

「それは不可能です。これは聞いた話なのですが、どうも神族は死を迎えると魂は輪廻には向かわず消滅してしまうようです」

「……輪廻転生の外にある存在が神なのか」


 実は直樹が美由紀を蘇生しなかった理由が気になっていた。

 もちろんできるとも聞いてはいないが、もしできていたのならどうだったのか知りたかったのだ。

 ムーアよ、どうやら儂はお前と同じ道を歩むことはなさそうだ。


 儂らは大魔導士の墓に安らかな眠りを願う。



 ◇



 次の日、儂らはアリムの案内で買い物に出かけることにした。

 市場がある辺りで馬車を止めると、さっそく買い物に繰り出す。


「おおおおおっ! 見たこともない食材が山積みされているぞ!」

「うげぇ、気色の悪い野菜。真一の作ったものといい勝負ね」


 儂とエルナとリズ、ペロとフレアとアリムの二組に分かれて市場を巡る。

 大勢のヴァンパイアが蛍光色のフルーツや、禍々しい形の野菜を喜々として購入している姿がよく見られた。

 適当な店に立ち寄って野菜を手に取ってみる。


「まるで悪魔の手のような根野菜だな」

「なんだか今にも動きそうね」


 薄茶色の表面に小さく短い根っこがびっしりと生えている。

 形はまさに悪魔の手。指の関節部分まであって自然にできたとは思えないほどリアルだ。

 頭にはちまきを締めたふくよかな店主が、店の奥から身を乗り出して儂の顔をまじまじと見た。


「兄ちゃん見ない顔だね。もしかして上から来たのかい」

「上? ああ、地上のことか。その通りだが、よく分かったな」

「そりゃあ分かるって。こちとら何百年も生きててほとんどの住人の顔を覚えてんだ。その中にいないとすりゃあ、他国から来た奴か上から来た奴しかいねぇだろ」


 アリムの話ではヴァンパイアの平均寿命は八百年ほどらしい。

 上位魔族ともなれば数十万年を生きるのだとか。

 それだけ長く生きれば町の住人の大半を知っていて当たり前だ。


「ところでこれはなんて野菜だ」

「魔手芋だ。煮込むとねっとりとした食感になって癖になる。こいつも一緒に煮込むとさらに美味くなるぜ」


 店主から勧められたのは、目が痛くなるようなピンクの蛍光色のキノコだ。

 しかも傘にはいくつもの触手が生えていて、粘液を纏っているのか全体的にネバネバしている。

 それを見たエルナが「ひぃ!?」と後ずさりした。


「あ、わりぃわりぃ、上の奴らにはこいつはウケねぇんだったな。つっても味は上等なんだぜ。良い出汁もでるしよ」

「無理無理! 絶対無理! だってそれまだ動いてるし!!」


 彼女の言う通り、キノコの触手は未だにうねうねしていた。

 解析スキルでは食用可と書いてあるので問題はないと思うのだが……。

 一応ではあるが芋とキノコを少し囓ってみる。


「――風味が椎茸に似ているな。こっちの芋は里芋っぽい」

「よく食べられるわね!? どんな神経してるの!?」


 普通の神経だが?

 それに味を確認しないと調理のしようがない。


「これとこれと、それからこれもくれ」

「あいよ」


 店主は野菜を袋に入れてくれる。

 代金は事前にアリムにもらった魔界の金で支払った。


 その後も儂とエルナは店を回りながら購入する。

 どれもこれも見たことのないものばかりで、儂をずいぶんと興奮させた。

 さしずめテーマパークに来た子供のような心境だ。


 それに魔族の女性はスタイルが良い上に、非常に薄着でついつい目がひかれてしまう。

 中にはきわどい格好で歩く美人もいて、男性冒険者が帰りたくないと言い出すのも激しく納得できた。


「ぬふふ――ぬわっ!?」

「見ちゃダメー!!」


 下着同然の女性を見ていると、エルナが儂の両目を押さえた。

 くっ、眼福を邪魔するとは。

 だが振り返ると彼女は顔を赤くしてモジモジしている。


「裸が見たいなら、わ、わたしのを見ればいいじゃない!」

「お、おお……」


 不覚にもドキリとしてしまった。

 いつも一緒にいるのでつい見落としてしまうが、彼女は誰もが目を奪われてしまう絶世の美少女なのだ。しかも進化したことでその美しさはさらに上がっている。

 そんな彼女にそのような台詞を言われると普通の男はイチコロだ。


 だったら見せてくれ……。


 そんな言葉が脳裏に浮かび上がって彼女の肩に両手が伸びる。

 エルナは頬をピンクに染めて潤んだ目をしていた。


「抜け駆けは許さない」


 ぎちっ、何かが儂の耳を挟んだ。

 真横を見ればリズがザリガニのようなものを持って立っているではないか。

 どうやら儂はそのザリガニに耳を挟まれているらしい。


「これはっ!?」


 耳からハサミを外した儂は驚く。

 リズが掴んでいるザリガニはすでにゆであがったように赤く、ハサミのある腕が四本あった。大きさはおよそ一メートル。ザリガニとは言ったが、正確にはウチワエビのようなフォルムのザリガニだ。なかなか凶悪な見た目である。


「こっちにもスゴイ海老がいる」

「それはまさか!?」


 彼女のもう一方の手には見覚えのある形の海老が握られていた。

 大きさは五十センチ近く、独特の形の腕でボクサーのようにパンチを放つ。

 そう、シャコだ。思わずヨダレが出そうになった。


「あと少しだったのに! あと少しだったのに!!」

「愚かなエルフ。あえて先手を打たせていたのが分からなかったとは」

「このぐーたら忍者! 今日という今日はぶっとばしてやる!」

「ふ、今日の私はひと味違う。圧倒的実力差に戦慄するがいい」


 リズはがらりと表情を変えてキラキラした空気を発した。

 声もいつもより高くなる。


「お兄ちゃん、向こうにたっくさん海老や蟹があったよ♡ 私と一緒に行こ♡」

「おおおっ、ぜひ案内してくれ! まったくリズは気が利くな!」

「えへへへ♡」


 今日のリズは実に可愛らしい。

 いつもこうだったらいいのにと少し思う。


「ずるいずるい! そんなの卑怯よ! 騙されないで真一!」

「お兄ちゃんは我が術中にはまった。これこそ秘技・猫かぶり」

「くっ! だったら私も! うふ~ん、あは~ん♡ 真一カモ~ン♡」

「別の意味でヤバい」


 儂はリズとエルナで市場の一角へと向かう。

 そこには魚介類を専門に扱う店が多く並び、見知らぬ魚などが山積みされていた。

 ウキウキする心を落ち着かせて食材を探し始める。


「ふざけるなっ! 私は正真正銘のヒューマンだ!」

「落ち着いてフレア! こんなところで暴れちゃダメだよ!」

「どうか穏便に! 私からもちゃんと説明いたしますのでっ!」


 とある店の前でフレアを羽交い締めにするペロを見つける。

 店とフレアの間ではアリムが右往左往しており、だらだらと冷や汗を流していた。


「どうしたのだ?」

「救世主様! ちょうど良かった! どうかフレアさんの怒りを静めていただけないでしょうか! その間、私は店にきちんと説明をいたしますので!」

「?」


 うなずいた儂は、とりあえずフレアに事情を聞くことにした。


「ここの店主が私を敵国のスパイだと言うのだ! だから商品を売れないと! いくら温厚で心の広い私でも、あらぬ疑いをかけられるのは度しがたい侮辱だ! 今すぐにでもこの男を串刺しにして臓物を引きずり出さねば気が済まない!」

「てやんでぃバーロ! なにがヒューマンだ! その四本腕はどっからどう見てもシュラ族じゃねぇか! ふざけんのもたいがいにしろってんだ!」

「ぶっ殺す!」

「おおよ、やれるもんならやってみろ!」


 筋肉質の威勢のいい店主が、アリムを押し退けてフレアを挑発する。

 ようするにフレアの見た目が敵対する魔族と似ていることが原因なのだろう。

 シュラ族というのは気になるが、今は喧嘩を止めるのを優先すべきだな。


 と言うわけで儂は圧伏スキルを発動した。


 市場にのしかかる儂の気配。

 騒がしかった場は一気に静まりかえった。

 頭に血が上っていた二人も静かになっている。


「彼女がヒューマンであることは儂が保証しよう。もし、それでも文句があるのならこの儂が相手するぞ」

「は、はい……文句はありません」


 店主は素直に謝罪する。

 こういった時、力は絶大な効果を発揮するな。

 誰が言った言葉だろうか、真の勝利とは戦わずして得るものだと。

 まさにその通りだとうなずくばかりだ。


「頭に血が上りすぎていたようだ。すまない田中殿」

「儂は別にいいが、ペロとアリムにはちゃんと謝っておけ」

「そのつもりだ。特にペロ様には詫びモフをしなければな」

「新しい言葉を作るな」


 トラブルは解決したので、儂は気を取り直して食材を探し始める。

 どうやら地下世界にも海はあるようだ。

 豊富な海産物についつい息が荒くなってしまう。


「これはなんという魚だ!?」


 儂は店主に質問する。

 それはデメキンほどに目玉が飛び出た魚だ。

 腹部には無数の海老のような足が生えており、表面は極彩色に粘液でぬめっていた。

 某ハンター漫画に出てきそうな魚だ。


「そいつぁヘブンフィッシュってんだ」

「天国の魚とはずいぶんな名前だな」

「死ぬほどうめぇってのが由来だ。実際、夢に出るほど美味いからな。間違いなくやみつきになる高級食材だぜ」


 値札を見ると手持ちよりも値段が高い。

 だが、儂はどうしても諦めきれず、店主に物々交換を申し出ることにした。


「物々交換だぁ? 言っちゃ悪いが、ヘブンフィッシュはそんじょそこらのものと交換できるような安いもんじゃねぇぞ」

「地上の食材ならどうだ?」

「!?」


 店主の目が大きく見開かれる。

 興味があるようだな。だったら一気に物量で押す。


 儂は腕輪から地上の野菜や海産物を抱えるほどに取り出した。

 ドサリと置かれる籠。

 中に入れられた大量の食材に店主は喉を鳴らす。


「どうだ、交換する気になったか?」

「……ぶはははっ、降参だ。負けた。これだけ珍しい食材をだされちゃぁ、応じねぇ方がどうかしてるぜ。いいぜ、魚を持ってってくれよ」


 ヘブンフィッシュを腕輪の中に収納する。

 ふと、多くの視線を感じて振り返ると、人々が儂らを取り囲むようにして集まり始めていた。もちろんお目当ては地上の食材だ。

 店主が籠からタマネギを取り出すと、人々の視線も後を追う。


「あー、やっちゃいましたね。みんな刺激に飢えてますから、地上の食材なんて見た日には気になって夜も眠れなくなりますよ」

「不味いか?」

「暴動なんてことは起きないでしょうが、しばらくは救世主様に町の人が群がってくるでしょうね。今ので完全に地上から来たってバラしちゃいましたし」


 アリムは苦笑いしながら店主の持つ籠を見ていた。


 ふむ、ここでは地上の物は価値が高いと考えて良さそうだな。

 ならばいちいち金を払う必要もないかもしれない。

 儂は大量の食材を腕輪から出して見せ、周囲の店に声を張り上げて知らせる。


「お前達、儂と物々交換しないか?」


 殺到する人々。商売人と一般人が入り乱れて大騒ぎだ。

 こうして儂は魔界の食材を大量に手に入れることにまんまと成功した。




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