百五十九話 モヘド大迷宮6


 ブレスと雷撃が正面から衝突する。

 四十階層に爆風が巻き起こった。


 くっ、ここがダンジョンだろうとお構いなしか。

 だったらこっちもやってやろう。


 魔宝珠の出力を上げれば、さらに強力な雷撃が放出される。

 じわじわとブレスを押し始め、最後にはドラゴンの口へ紫電が直撃した。


「グギャァァアアアッ!」


 雷撃がドラゴンの体内を焼く。

 死に際の声をあげてから巨体は地面へと横たわった。

 儂はトドメとしてドラゴンの首を掻き切る。


「ふぅ、まさかドラゴンまで生息していたとはな」


 死体を腕輪に収納してから振り返る。

 湯に浸かっているはずの仲間達はなぜか地面に転がっていた。

 よく見ればあるはずの湯が空っぽになっているではないか。

 もうひとっ風呂浴びようかと思っていたのに残念だ。


 儂は仲間をそのままにタオルで身体を拭いて服を着た。



 ◇



「ねぇ、早く次の階層へ行こうよ。暑くて耐えられない」

「まぁ待て。もうすぐなのだ」


 儂は湯だまりの前でじっと待っている。

 エルナ達はと言うと水着姿で地面にだらけた様子で寝転がっていた。

 しかも器用に魔法で風を創り出して扇風機代わりにしている。


 む、もう頃合いか。


 湯だまりから引き上げたのは小さな籠。

 その中には五つの卵が入っている。


 そう、儂は温泉卵を作っていたのだ。


 温泉と言えばこれ。定番である。

 一つだけ割ればぷるんと半固体となった卵が器の中で揺れた。

 数滴だけ醤油を垂らせば濃厚な卵が味わえる。


「さて、卵も食ったし出発するか」

「はぁ~、やっとなのね。もうヘトヘトよ」


 ゾンビのように立ち上がるエルナ達は、ふらふらと身体を左右に揺らしながら付いてきていた。

 いや、ゾンビのようではなくゾンビそのものだ。

 見てみろ、あのムーアもドン引きして距離を取っているぞ。


 儂らは階段を探して四十階層をうろうろする。

 そして、とある奇妙な場所を発見した。


「アレはなんだ?」

「そうそう、アレの説明をしておかねばならかったの」


 それは光で描かれた魔法陣だ。

 中心には台のようなものがあり、その上には光り輝く赤い球体が浮かんでいる。


 ムーアは儂らに前に立って球体を指さす。


「アレはこれより先を封じているじゃ」

「網?」

「あの球体が創り出す結界のことじゃよ」


 彼の説明によれば、四十階層に存在する結界は一定の能力を超える持つ者を、弾くように創られているそうだ。

 もっと分かりやすく言えば、普通の人間は問題なく階段を降りられるが、神族などはこの結界を解かない限り入ることはできないということ。

 用意周到に何重にも結界が張られているのだと感心してしまった。


 儂が球体に近づこうと魔法陣に足を踏み入れれば、バチンッと電撃のような痺れが走った。


「ふぉふぉふぉ、結界を創り出している物自体にも守りは当然ある。解きたければ覚悟して進むのじゃな」


 ふむ、結界解除には痛みを伴うのか。

 ムーアによれば別に解除しなくとも先へは進めるそうだ。

 帰還時も人間であるならばなんら問題はない。

 だが儂は違う。ここへ再び来る頃には神族の仲間入りを果たしていることだろう。

 だとするとなおさらここで解いておかねばならないのは明白だ。


 再び魔法陣に足を踏み入れれば、先ほどと同様に痺れが全身を襲う。


 一歩進めばさらに激しい痺れと痛みが走った。

 うぐぐ、なるほど。誰も結界を解かない理由が理解できた。

 さらに一歩進めばより強い痛みが全身を焼く。


「あぎっ!」

「真一!? 大丈夫!」

「心配するな……大人しく見ていろ」


 とは言ったもののこれはなかなかキツい。

 心なしか身体にのしかかる重みが増した気がする。


 さらにまた一歩。

 今度ははっきり感じ取れた。


 先へ進むほど重力も増すようだ。

 激痛に耐えつつ踏み出す。

 直後に地面に足を沈めるほどの重量がのしかかった。


「ふぐ、ぐぐぐぐぐっ!」


 もう二歩進めば球体に手が届く。

 だが、その二歩が出ない。

 次にどれほどの重みと痛みがやってくるのか恐ろしいからだ。


「なんじゃ、ギブアップか? キツいのなら止めてもいいのじゃぞ?」

「まだだ! まだ行ける! これを必ず解いて破壊神として直樹の前に帰ると決めているのだ!」


 なぜ儂が破壊神になろうと決めたのか。

 それは単純な理由だ。


 直樹が儂を頼ってくれているからだ。


 神である息子とは違い、儂は何の力もない人間だ。

 だが、それでも息子は最後の最後に父親を頼りにしてくれた。

 それがひどく嬉しかったのだ。

 だから儂は必ず神となって直樹の前に帰還すると決めている。

 どのような障害があろうと越えてみせるとな。


 一歩踏み出す。


「ぐぎっいぎぎ!?」


 身体から煙が立ち昇り、肉を焦がす臭いが漂う。

 骨をきしませるような重みがのしかかり、意識が一瞬だけ朦朧とした。


 あと一歩だ。あと一歩で指が届く。

 田中真一のド根性を見せてやる。


 最後の一歩を踏み出した。


「…………?」


 身体から痛みが消えて重みもなくなった。

 どうやら球の近くは侵入者を防ぐ機能は働かないらしい。

 一息つくと球を台から取った。


 次の瞬間、魔法陣は消え失せ球からは光が消失した。


「これで結界は消えたのか?」

「そのはずじゃ。とは言ってももう一つあるのじゃがな」

「まだあるのか。それはどこだ」

「ここより下じゃの。なぁに慌てるでない、それよりも今は身体を休めよ」


 儂は地面に腰を下ろす。

 自己再生スキルで回復は早いが、精神的な疲労が思ったよりも大きかった。

 もしかすると気がつかなかっただけで、肉体だけでなく精神にも負荷を与えられていたのだろうか。


「お父さん、大丈夫?」

「うむ、これくらいならすぐに元気になる」


 儂は手に持った球をペロに渡した。

 彼は石をのぞき込んで指で軽く叩く。


「なんだろう、魔石にしては大きすぎるし宝石かな?」

「ちょっと貸してみて」


 エルナが石を受け取って覗く。

 反対側から見る儂はエルナの顔が歪んで見えた。


「これは魔石ね! しかも純度の高い国宝級クラス!」

「売れば大金持ち?」

「金貨でお風呂に入れるくらいよ! ああ、どれだけ服が買えるのかしら!」

「よし、売ろう。私達は大金持ちとしてこの国で名を馳せる」


 エルナとリズが興奮し始めたので球を取り上げる


「コレは売らない。何かあった時、結界を元に戻せるようにしておかないといけないからな。金なら野菜の売り上げや食堂で十分ではないか」

「返して! 私の服が!」


 球を上げれば、エルナがぴょんぴょんと跳びながら手を伸ばす。

 どこまでファッションに貪欲なのだこの娘は。


「ところでムーア、この階層にも転移の神殿はあるのだな?」

「もちろんじゃ。ただし、一つ注意しておかねばならぬ。ここより下は神殿が存在しない。行きも帰りも自力じゃ」


 だとすると隠れ家や地上に戻るのは今が最後のチャンスか。

 仲間に視線を向ければ、全員が静かにうなずく。

 先へ進む覚悟はできているようだった。


「ではこのまま下へ行く」


 儂らは転移の神殿を見つけてから四十一階層へと向かった。



 ◇



 それからの儂らは様々な環境の階層を突破した。

 出発して二ヶ月、ようやく四十九階層へと到達する。


「ふわぁ~、相変わらず環境がコロコロ変わるせいで安眠できないわね」

「ZZZZZZ」


 未だに寝息を立てているリズに毛布を譲ってあげて、エルナが寝床から起き上がる。

 儂はと言うとすでに起床しており、朝食の為の準備をしていた。


 本日は蛇の照り焼きだ。

 ジューシーに焼き上がっていて香ばしい匂いが胃袋を刺激する。

 それをさらに野菜とマヨネーズを付けてパンに挟めば、照り焼きサンドイッチの完成である。

 朝食をとる頃になれば全員が起床していた。


「ごちそうさま。場所が良ければもっと美味しく感じられたのに残念だわ」

「そう言うな。こうやって落ち着いて食事ができるだけでもマシだろ」


 視線を周囲に向ければ、水の湧き出る泉と豊かに茂る木々が見える。

 だが、さらにその向こうは砂漠が広がっていた。


 四十九階層は広大な砂漠エリアだ。


 天井からは強い日差しが照りつけ、強い風が砂を巻き上げる。

 ここに生息する魔獣は主にサンドシャークなどの砂を得意とするものばかりだ。

 

 特に厄介なのはサンドシャークの上位種であるトルネードシャークである。

 こいつらは砂の中を泳ぐばかりか短時間だが空を飛ぶ。

 猛スピードで空中を駆け抜けて獲物を食いちぎって行くのだ。


「あ、見て! 砂クジラが泳いでるわよ!」


 エルナが指さした方向には、砂しぶきを上げる砂クジラの姿が見えた。

 このフロアでは最も巨大な生き物だが、性格は大人しくむやみやたらと攻撃は仕掛けてこない。それでも一応は肉食獣なのでサンドシャークなどは丸呑みしているようだがな。


「ところでムーア。次の結界はどこにあるのだ」

「わしの記憶では五十階層じゃったと思うが……なんせかなり昔のことじゃからな。間違っておったら許してくれ」


 五十階層か。ずいぶんと深いところまで潜ったものだ。

 もはやここが地上からどれほどあるのかも不明。

 昼か夜かも分からない状態だ。


 ここに至るまでに多くの生き物とも戦った。


 隠密スキルを保有する猿。

 炎を無効化する虎。

 壁を走る狼。

 毒ガスをまき散らすタコ。

 電撃を放つ黄色いネズミ。


 だが、儂らはそれらを全て倒し、ここに来たのだ。


「そう難しい顔をするな。最下層まではもうすぐじゃ」

「む、そうなのか? 儂はてっきり百階層よりも下だと思っていた」


 だとすればあと五十階層以内に到着するということか?

 まぁ、それでもまだまだ道のりは長そうだがな。


「さぁて、そろそろ出発するか!」


 荷物をまとめて儂らはオアシスから旅立つ。


 リズの闇雲に乗っての砂漠の横断だ。

 ふわふわと移動しながら眼下に広がる砂丘を眺める。


「キシリア聖教国へ行った時を思い出すわね」

「そうだな。あの時は砂漠を渡るだけで苦労した」

「でも私には良い思い出かなぁ。真一と手をつないで旅ができたし」


 エルナが照れくさそうに頬をピンクに染める。

 そんな彼女を見て、儂は胸で熱くなる感情に意識を向ける。


 そろそろ本気で自分自身と向き合うべき時なのかもしれない。


 彼女はこんな儂を好きと言ってくれた。

 それは今も変わっていないようだ。


 だとするならきちんと彼女の気持ちに応えるべきだろう。

 確かに儂は前の妻――美由紀のことを今も愛している。

 だが、だからといってエルナに何の感情も抱いていないわけではない。


 ”私の分まで幸せになって欲しい”


 美由紀の言葉は儂の心を救ってくれた。

 踏み出そうとする背中を今は強く押してくれている気がするのだ。


 もちろんすぐには無理だ。


 まだ心の整理が完全にはできていない。

 でも前には進もうとはしている。


 だからあと少しだけ待って欲しい。

 儂は必ずお前に気持ちを伝えるつもりだ。


「何、そんなにじっと見て」

「たいしたことではない。少し小腹が空いたなと思っただけだ」

「え!? さっき食事したばかりだけど!?」


 ギョッとするエルナを余所に、儂は景色を眺めながらエルナと出会った頃を思い出していた。


「階段見つけた」


 リズの報告で儂の意識は現実に引き戻される。

 ようやく五十階層に行けるのか。


 闇雲は階段の近くに降下。

 儂らは何かを話し合うわけでもなく階段を降り始める。


「五十階層には何があるのかな」

「さぁな、行ってみれば分かるだろう」

「暑いのはもう止めて欲しいなぁ」


 ペロは眉間に皺を寄せて本気で嫌がっていた。

 四十階層から四十九階層まで暑いエリアが続いていたからな。

 そう言いたくなるのもしょうがない。


「あ、次の階層が見えてきたよ」


 儂らは五十階層へと足を踏み出した。





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