四巻&コミック一巻発売記念SS



『ジャガイモ君改』



 儂とエルナは久しぶりに箱庭の畑へとやってきた。

 最近は分身に畑仕事を任せっきりでめっきり顔を出していない。

 また変な物を作っていないか時々見ておかないとな。


 畑にやってくると至って普通だった。

 しかし、分身とデミリッチCの姿が見えない。

 分身――田中βは自分で言うのもなんだが油断ならない奴だ。

 儂は畑のある箱庭を隅々まで探索してとある物を見つける。


「ねぇ、あれなに?」

「倉庫……いや、監獄のようにも見えるが……」


 そこには箱形の石造りの建物があった。

 扉は金属製で明らかに異質な雰囲気を漂わせていた。

 二人でそっと扉に耳を当てると、奥から悲鳴が聞こえる。


「なに、なんなのここ……」

「とりあえず中を見るぞ」


 扉に鍵はかかっていなかった。

 静かに開けて身体を滑り込ませると、薄暗い通路が奥へと続いている。

 儂とエルナは音を立てずに歩き、通路の両側に目をやった。


「こ、これは!」

「ひぃ、なんあのあれ!?」


 牢屋の中にはガチガチに拘束されたがいた。

 手足は革製のベルトで固定され、口には噛みつき防止の拘束具がはめられている。ソレは金属製の板に固定され、こちらを見るやいなや興奮した様子で暴れる。


 どこからどう見ても筋肉質の体格のいい男性なのだが、頭の上からはニンジンの葉っぱが生えており、身体の色は美味しそうなオレンジ色だ。人間のように見えるが恐らくニンジンで間違いないだろう。

 

「ぎゃぁぁあああああっ!」


 通路の奥から悲鳴が聞こえる。

 儂らは何が行われているのか確かめる為に再び足を進める。


 廊下の両端にはいくつも牢屋が設けられ、その中には先ほどのニンジン同様の人形の野菜が拘束されていた。

 大根、キュウリ、ピーマン、なすび、とあげればきりがない。

 奴め、ジャガイモ君の件で懲りていなかったようだ。


「くははははっ、完成したぞ! お前こそが究極のジャガイモだ!」


 通路の奥から分身の笑い声と拍手が聞こえる。

 まさか、またジャガイモを!? 


 儂は最奥にある金属製の扉に駆け寄り、のぞき窓から中の様子を窺う。

 そこには診察台に寝かされる黄金のジャガイモ君と、それを見ながら笑う分身とデミリッチCが見えた。

 やはり禁断の研究に手を染めていたか。

 扉を勢いよく開け、儂とエルナは現場へと踏み込む。


「動くな! 抵抗すれば痛い目に遭うぞ!」


 分身は舌打ちをするが、すぐに笑みを浮かべて両手をあげた。


「遅かったじゃないか本体。もう究極のジャガイモは完成したぞ」

「性懲りもなくまた研究していたのか! 儂は野菜の強制進化は禁止したはずだぞ!」

「くくく、儂は彼らにちょっと手を貸しているだけだ。考えてみたらどうだ、人間の手を借りず野菜達が自己繁殖する姿を。我々は増えすぎた彼らを少し間引くだけでいい。実に効率がいいじゃないか」

「その結果、彼らは人間に牙をむいた! あの悲劇を続けるつもりか!」


 分身はちっちっと舌を鳴らしながら人差し指を振る。

 彼はデミリッチC目配せをして、二人で拘束具を外し始めた。


「止めろ! それが逃げ出せば大変なことになるのだぞ!」

「それはこれを見てから言え。起き上がれジャガイモ君改」


 診察台から黄金のジャガイモ君が身体を起こす。

 見た目は偶然人型に育ったジャガイモにしか見えない。

 だが、儂は以前のものとは圧倒的に違う事に気がつく。


 ほくほくしている。

 そうだ、湯気が漂い甘い匂いが漂っているのだ。

 黄金のジャガイモ君……まさか。


「想像の通りだ。彼は生まれついてのジャガバターなのだよ」

「ばかな! すでに完成されているだと!?」

「だからこそ究極のジャガイモ君なのだ。見てみろ、コントロールも完璧。もはやあの失敗作のようなことも起きないだろう」


 黄金のジャガイモ君は儂の鼻先に近づいて香りを漂わせる。

 儂とエルナは思わず喉を鳴らした。


「どうした? 儂の研究を止めるのではなかったのか?」

「ぬぐぐ、卑怯な手を使う奴め……」

「そいつに齧りつけばすぐにでも最高の味が楽しめるぞ。それとも本体はチーズを垂らしてがお好みか? ん?」

「止めろ! そんなことをすればもっと美味くなってしまう!」


 デミリッチCが黄金のジャガイモ君の頭上から溶けたチーズを垂らす。

 すると我慢できなくなったエルナが、ジャガイモ君へと齧り付いた。


「はふっはふっ! 美味しい! 最高!」


 儂は彼女に止めるように声をかけたが、もはや聞こえないようだった。

 ジャガバターにチーズは反則だ。勝てる気がしない。


「お前がそいつを食べれば、研究を止めることはもはやできまい。さぁ、いますぐに食べるんだ」

「儂はそのようなものに惑わされないぞ。たとえこの身が果てようとも……ごくんっ、絶対にこのような研究は認めない……もぐもぐっ」


 ハッとする。いつの間にか儂はジャガバターを食べているではないか。

 やはり本能には逆らえなかったか。しかし、なんと美味いこと。


「くははははっ、所詮は本体も人の子! 本能には抗えなかったか!」

「儂は! 儂は! なんて美味いんだ!!」


 デミリッチCが顎を鳴らし、分身が笑う。

 儂は涙を流しながらジャガイモ君改をエルナと一緒にむさぼり続けた。

 これからの世はジャガバター時代。美味いものの前では儂は無力だ。


 ジャガイモ最高。

 もうジャガバター以外食べられない。


 じゃが……。


 じゃ…………。



「真一! そろそろ起きて!」

「!?」


 ソファーから飛び上がるように起きた儂は周囲を見回した。

 なんだ、夢だったのか。


 隠れ家のリビングではいつものメンバーがくつろいでいた。

 儂はテーブルの前に座り直してあくびをする。

 すると、目の前にすっとふかしたジャガイモが出された。

 その上にはバターが乗せられとろりと滴っている。


「私が作ったのだ。この前のジャガイモがまだ余っていたのでな」

「たまにはこんなのもいいわよね。早く食べましょ」


 フレアが人数分のジャガバターをテーブルに置いて、ナイフとフォークで食べ始める。

 そうか、この匂いで妙な夢を見たのだな。


 まだ寝ぼけている頭でジャガバターを口に入れると、強烈な美味さが脳みそをビリビリ刺激した。分かってはいたがやはり美味だ。

 フレアがすかさずジャガイモの上からチーズをかける。

 それを口に入れると言葉が出ないほど絶品だった。


「大変だ! 大変なんだ!」


 分身が慌てた様子で隠れ家へと飛び込む。

 儂はすさまじく嫌な予感がした。


「実は実験で作ったジャガイモ君の改良版と野菜達が――」


 これは夢だな。儂はまだ眠っているようだ。

 分身がなにやらぎゃーぎゃー訴えているが、儂は枕を持って自室で寝ることにした。




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