百五十四話 モヘド大迷宮1


 転移の神殿を使って三十階層に到達。

 儂らは階段を見つけて三十一階層へと下りる。


「へぇ、三十一階層って言っても今までとそんなに変わらないわね」

「普通。もっととんでもない場所を想像してた」


 エルナとリズは視界に広がる光景に少し落胆した様子だった。

 三十一階層はフロア全体が一つの部屋のタイプだった。

 生い茂る樹木に地面には絨毯のように苔が生えている。

 針葉樹林が多く見られることから今までとは少し環境が変わっているようだった。

 心なしか肌寒い気もする。

 先頭を歩くモフモフ仙人――ムーアに儂は声をかけた。


「考えてみたのだが、お前が最下層まで転移の神殿で、連れて行ってくれればいいのではないのか」

「ふぉふぉふぉ、それは難しい話じゃの。なぜならわしはあの神殿を使えぬ」

「どう言う意味だ?」

「そのままじゃよ。わしはムーアの分身、所詮はスキルで創り出されたまがい物じゃ。それ故、神殿はわしを本人と認めず応答を拒む。同行するだけなら問題はないのだがな」


 ふむ、つまり最下層までは地道に進まなければならないということか。

 面倒だが他に手段がないのなら仕方がない。

 ムーアは「心配するな」と話を続ける。


「大迷宮はお主達が考えているほど深くはない。ただ、行く手を阻む障害が過酷なだけじゃ」

「そんなに厳しい道のりなのか?」

「いや、お主らにとってはそれほどには感じぬじゃろう。普通の人間にとってはと言う意味だ。あまり緊張する必要はないぞ」


 彼は森の中をすいすいと迷うことなく進む。

 まるでこの三十一階層を知り尽くしているかのような歩みである。

 不意に彼が足を止めると、地面に横たわる枯れ木に駆け寄って何かを採取した


 それは茶色いキノコのような物体だ。

 儂はそれを見て「おおっ!」と喜んでしまった。


「これはキクラゲインと呼ばれているキノコじゃ。こりこりしていて美味いぞ」


 ムーアはにっこりと微笑んで儂にキノコを渡す。

 まさしくこれはキクラゲだ。

 思わず喉をごくりと鳴らしてしまった。

 今夜はこれで一杯できそうだ。


 その時、視界の索敵レーダーに反応が見られた。

 敵の数は五体。足の速い獣なのか急速にこちらへと近づいている。


「む、全員気を引き締めろ。敵が来たぞ」


 すると一匹と四匹が二手に分かれて別行動を始めた。

 四匹は儂らの後方へと回り込むように移動する。

 この動きには見覚えがあった。


 囮であろう一匹が少し高い位置から姿を見せる。

 それは体長が二メートルにもなる青毛の狼だった。


「あれはブルーウルフじゃ。毛皮は高値で売れるらしいの」

「ふむ、確かに美しい毛並みをしているな」


 だが、今の儂らには邪魔なだけの相手。

 圧伏スキルを発動させると、視界に移る狼はブルブルと震えだし、地面に伏せてくぅーんくぅーんと怯えるような声を発した。同様に後方に回り込んでいた狼達も動きを止めて伏せているようだった。

 儂らは狼を放置して先へと進む。



 ◇



 三十二階層へと到達。

 三十一階層と同様に一つ部屋のタイプのようだが、景色が少し変わっていた。

 ゴツゴツした岩が多く見られ、切り立った岩山が行く手を阻むように至る所にそびえ立っている。

 岩の上にはコンドルのような鳥が何羽もとまっており、三メートルにもなる大型のトカゲが何匹も岩壁を這っていた。

 奴らは儂らの姿を見つけると一気に殺気立った。


「さて、ここはわしがなんとかしよう。今のままでは自称ムーアと思われていても仕方がないのでな」


 ムーアはどこからともなく杖を呼び寄せ魔法を行使する。

 放たれた無数の光の針は、目に映る全ての魔獣の頭部に直撃した。

 獣達は大した損傷もなく絶命する。恐ろしく手際の良い攻撃だ。


「今の魔法はなんなの!? 初めて見たわ!」

「光属性を使用した魔法じゃ。これなら素材を痛めずに敵を無力化できる。ま、自慢げに言ったところで今のお主なら簡単にできる芸当じゃがな」

「でも杖がいきなり現れたのは!? それも魔法!?」

「これもお主にはそれほど難しいことではない」


 ムーアはエルナの目の前で杖を消してみせる。

 マジックを見ているようで、エルナだけでなくこの場にいる全員が驚きの声をあげた。


「魔法で亜空間を創り出してそこに収納しているだけじゃ。わしの場合は右手に出入り口を固定して杖を出し入れしておる」

「あくうかん?」

「空間の裏側にもう一つ空間を創るのじゃ」


 彼は適当な岩に腰を下ろして、拾った枝でエルナに講義を始める。

 その間に儂らは倒された魔獣を集めて解体する。

 作業が終わるとすでに昼頃だった。

 儂は魔獣の肉を使って調理を始める。


 コンドルの肉をしょうゆ、みりん、しょうが、にんにくを揉み込んでしばし置く。

 ほどよく漬かったところで油で揚げて唐揚げの完成。

 トカゲの肉は細かく刻んで卵と野菜ととったばかりのキクラゲを入れて炒める。

 あとは味噌汁とサラダを用意して昼食ができあがる。


「――とするから、空間はできるだけ身体に固定する。空間自体は移動ができないのだ」

「ふむふむ、空間は身体に固定っと……なるほど、真一の腕輪みたいなものなのね」

「いや、あれはわしの魔法とは別物じゃ。イメージとしては近いが――なんじゃこの良い匂いは?」


 スンスンとムーアが鼻を鳴らす。

 彼の視線はすぐに、儂の持っている茶碗で止まった。


「……変わった物を食べておるの」

「これか? 白米と言って儂の主食だ」

「どれどれ、わしも一ついただこうかの」


 講義は終わったらしく、ムーアとエルナは料理の前に座る。

 儂は彼に茶碗に盛った白米を渡した。


「その、お主が使っておる二本の棒もわしにくれぬか」

「箸もか? 別に構わないが……使いづらいと思うぞ?」


 箸を彼に渡すと、ムーアは慣れた手つきで音を立てて味噌汁をすする。

 すぐに白米をかき込み、再び味噌汁を口に含んだ。

 その姿はまるで日本人。

 当たり前のように箸を使って白米の上におかずを乗せて食べていた。


「あ、そう言えばムーア様ってどうしてダンジョンで暮らしていたんですか?」

「んん? ずいぶんと直球で聞くの。まぁよかろう、どうせ伝えなくてはいけなくなることじゃ。ここで言っても変わりはないか」


 彼は「じゃが、それは飯を食ってからじゃ」と食事を再開する。

 その食いっぷりは老人とは思えないほどだった。

 唐揚げとご飯を口いっぱいに頬張ってもぐもぐとかみしめる。

 山ほど作っていたおかずはあっという間になくなってしまった。

 ペロとフレアは食べるものが消えて箸を持ったまま呆然としている。


「ぷはぁ、満足じゃ。今すぐ死んでも悔いはない」

「年寄りとは思えない食欲。千年生きているだけのことはある」


 横になって腹をさするムーアをリズは冷たい目で見つめていた。

 どうやら彼女もおかずを取られてしまって怒っているようだ。


「そうじゃ、わしの話を聞きたいのだったな。ではわしがどうしてダンジョンで暮らしていたのか語ってしんぜよう」


 ムーアはあぐらを掻いて襟を正す。

 彼の口からどんな真実が語られるのかと儂らは緊張する。


「わしは反魂の方法を探しておったのじゃよ」

「はんごん?」

「分かりやすく言えば蘇生じゃ。死んだ者をこの世に蘇らせる方法じゃよ」

「そ、そんなものがこの世にあるんですか!?」

「あると言えばあるしないと言えばない」


 ペロが気を利かせてお茶を全員に淹れてくれる。

 受け取ったムーアはお茶をすすりながら一息ついた。


「反魂とは魂を輪廻の流れから掬い上げ、再び肉体へと封じ込める行いじゃ。だが、それができるのは神のみ。人の身では輪廻を見ることすら叶わない」

「でもムーア様はその方法を探していたんですよね」

「そうじゃ。わしは微かな希望を胸に、人が反魂を可能とする手段を探し続けた。それこそ世界中を彷徨ってでもな」


 ムーアは己の名前を伏せて各地を回ったそうだ。

 時には正体を見破られ盛大な歓迎を受けたとか。

 そして、彼はナジィのサラスヴァティーへと訪れる。


「わしは有力な情報を見つけていた。禁断の島には神樹と呼ばれる存在がおり、高度な知識を授けてくれるというものだ。始祖エルフ達が記したとされる島までの航路をその手に船乗り達に交渉をした」


 その結果、彼は神樹の元へとたどり着く。

 だが、得られた答えは残酷なものだった。


「神樹様は人の身ではそれは不可能だと言った」


 彼は眉間に深い皺を寄せる。


「ならば神樹様の手で反魂をしていただけないかとわしは懇願した。だが、あの方は私にそのような力はないと要求を突っぱねた。それができるのは一部の優れた神だけなのだそうじゃ」


 ムーアは再び茶をすする。

 ふぅ、と息を吐いて話を続けた。


「ただ、あの方はわしに新たな希望を与えてくれた。モヘド大迷宮の最下層に、一欠片だが望みがあると言ったのじゃ。そこにいる者なら蘇生が可能だと」

「じゃあムーア様がダンジョンで暮らしていたのは……」

「最下層へ至る為だ。お、悪いがもう一杯お茶をくれぬか」


 湯飲みを受け取ったペロは、正座で静かにお茶を注ぐ。

 その姿を見たムーアは「なかなか良い息子を持っておるな」とうなずいていた。

 お茶を受け取った彼はずずっとすすって息を吐く。


「もう一つだけ聞いてもいいか?」

「別にいくらでも質問すればよい。わしはそのつもりで道案内を引き受けたのだからな」

「では聞くが。廃棄場とはなんなのだ」


 儂の言葉を聞いた途端、ムーアは鋭く口角を上げた。


「あそこを見たのか」

「うむ、実に奇妙な場所だった。死体が集められ粉状に分解されていた。あれはまるで消化しているように感じたぞ」


 彼は懐から懐中時計を取り出して時間を確認する。

 その時計は儂の持っている物とずいぶんと似ていた。

 それも当然か、儂が現在使っている時計は元はムーアの物だ。

 やはり彼こそが伝説の大魔導士なのだろう。


「そろそろ出発するとするかの。それについての説明は下に向かいながらするとしよう」


 ムーアを先頭に儂らは三十三階層へと向かう。




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