百五十三話 案内人


 儂らはそろって建物を出る。

 直樹とユグラフィエも見送る為に出口まで付いてきていた。


「本当に付いてこなくていいのか?」

「ボクはこっちでやらなくちゃいけないことがあるからね。父さんのことは弟に任せるよ」

「うん、お父さんのことは僕がしっかり守るよ」


 直樹とペロは微笑み合う。

 実はこの二人、会わせてみると本当の兄弟のように相性が良かった。

 父親としては安堵するばかりである。


「あの、本当にこんなものもらって良かったんですか?」

「この島では沢山採れますし、せっかく来られたのですからお土産にどうぞ」


 リベルト達はそれぞれが両手に抱える物を見て苦笑いしていた。

 それはアダマンタイトの塊だ。

 世界で最も高価な金属と言われているあのアダマンタイトを、ユグラフィエは惜しげもなく彼らに渡したのだ。天使の武器といいアダマンタイトのバーゲンセールだな。

 とは言え戦力強化ができるのは喜ばしいことだ。

 大陸に戻ったらリベルト達にはダルタンに向かってもらうとしよう。


「にゃほほ、やっぱり付いてきて正解だったニャ」


 おっと、戦力強化に繋がらない奴も、アダマンタイトをちゃっかりもらっていたようだ。あれだけの塊を売れば、一生金には困らないだろうな。

 ザニャス一家が金貨の山に囲まれて笑い合う姿が想像できる。

 これをきっかけに彼らが不幸にならなければいいが。少し心配だ。


 ユグラフィエは儂に一礼した。


「田中真一さん、全ては貴方にかかっています。必ずや破壊神の証を手に入れてください」

「色々思うところはあるがひとまずはそうするつもりだ。一つ気になったのは、お前が破壊神の復活に賛同している点だ。役割と矛盾しないか?」

「ふふ、考えてみてください。監獄とはどのような場所なのかを。たとえ破壊神であろうと収監するべき罪がなければこの星に留める理由はありません」

「なるほど、そういう意味でも儂が新しい破壊神にならなければならないのか」


 しかし、この儂が神になるのか。実に妙な気分だ。

 今まで散々進化をしてきたが、神となるとやはり戸惑うな。

 そもそも破壊神とはどのような存在なのかもよく理解していない。

 なんとも不安だ。


「ああ、言い忘れていたことがありました」


 歩き出そうとしたところでユグラフィエが儂を引き留める。

 まだなにかあるのか?


「こちらで大迷宮に詳しい者を手配しておきました。きっと最下層まで無事に案内してくださるはずです」

「おかしくないか。モヘド大迷宮の最下層は、歴史上誰も目にしたことがない未知の領域のはず」

「それは正しくはありません。実際には最下層に至った人間は存在しています。ただ、他人に話したところであまりにも荒唐無稽な内容の為、誰もが口を閉ざしてしまうのです。それにたどり着いたとしても死んでしまう者がほとんどですから」


 おいおいおい、儂らをとんでもないところに送り込もうとしてないか。

 そりゃあモヘド大迷宮は最悪と呼ばれるほど踏破困難なダンジョンではあるが。

 できれば頼りになる案内人であってほしい。


 儂らは今度こそ直樹とユグラフィエに別れを告げた。



 ◇



 その後、船に戻った儂らはユグラフィエに教えてもらった航路を使って、何事もなく大陸に帰還を果たした。

 レナとその父親に礼を言った後は、ローガス王国へと帰還。

 リベルト達はもらったアダマンタイトを武器に加工する為に、帰国するやいなやダルタン国へとすぐに旅立った。もちろんダルタン国王へ向けた儂からの手紙を持たせているので、そこまで時間がかかることはないと予想している。

 そして、儂らは隠れ家へと帰還しようとしていた。


「あむっ、やはり何度食べてもこれは美味だな」

「あまり食べ過ぎると腹を下すぞ」

「そうはいっても食べても食べても減らないのだ。これはもう、永遠に食べなさいと神樹様がおっしゃっているに違いない」

「いや、ユグラフィエからそんな雰囲気は全く感じなかったぞ」


 現在は転移の神殿を抜けて箱庭を歩いている途中だ。

 フレアはユグラフィエにお土産でもらった木の実を、歩きながら夢中で食していた。

 木の実の大きさは直径十五センチほどで、表面は黄色くすべすべしている。それは桃のような甘い香りを放ち、薄皮ごと囓ると柔らかい熟した果肉と共に、甘い果汁が吹き出すのだ。食べたことのない味ではあるがこれが癖になるくらい美味い。

 しかも食べても食べてもすぐに復元して元に戻ってしまう。

 これこそがかつてレナの祖父が手に入れた果実なのだろう。


 事前に受けた話では、この実はユグラフィエの力によって復元しており、消滅させることも持続させることも自由なのだとか。

 彼女は大迷宮探索に役立てて欲しいと言っていた。

 食料が尽きるような非常時には間違いなく活躍が予想できる。


 ……なのだが、すっかりその味にフレアがハマってしまい、現在は彼女のおやつとなっていた。ちなみにフレアが熟睡している間に、エルナとリズがこっそりと木の実を食べているのを儂は目撃している。もしかするとペロも陰で食べているかもしれないな。


「あー、長旅だったから疲れたわ。今日と明日くらい冒険はお休みにしましょ」

「ライバルに同意。そろそろぐっすり眠りたい」

「あんた船でも熟睡してたじゃない。よく言えたわねそんな台詞」


 ぎゃーぎゃー騒がしく二十階層を進む。

 もうじき隠れ家だ。今夜は久々の我が家で酒でも飲みながらのんびりしよう。

 そう言えばユグラフィエは大迷宮に詳しい者を手配したとか言っていたが、どこにいるとかまでは教えてくれなかったな。そうなると探索の前に人捜しをしなければならないかもしれない。


 儂はいつものようにライオンの目を押して隠し扉を開いた。

 そこで違和感に気がつく。

 隠れ家内の照明が点いているのだ。

 あれらは自動点灯の為に、人が近くを通らない限り明かりは点かない。

 つまり何者かがここへ侵入したということ。

 索敵を発動させると部屋の中に生物の反応が一つだけあった。


 他のメンバーもすぐに異常事態に気がつく。

 儂らは武器を抜いて戦闘に備えた。


「遅かったではないか」


 そこにはテーブルの上であぐらをかく老人がいた。

 白く長い髪と髭。その顔は深い皺が刻まれている。

 老人はグラスで何かを飲んでいた。


「おい、それはまさか儂の秘蔵のワイン!?」

「ふぉふぉふぉ、よく熟成されていて美味じゃ」


 くそっ! 儂が大枚はたいて購入していた美酒を!

 隠していたはずなのにどうやって見つけたのだ!?

 許さん。この恨みその命で償わせてやる。


「落ち着いてお父さん」

「儂の! 儂の酒が!!」


 ペロに羽交い締めにされて攻撃できない。

 放せ息子よ。あの老人は邪悪な存在だ。

 恐らく天使が偽装しているに違いない。


「せ、仙人様がどうしてここに!?」


 フレアが老人の前で片膝を突く。

 儂はぴたりと動きを止めた。

 仙人? フレアの知り合いなのか?


「では自己紹介をしておこうかの」


 老人はテーブルの上で立ち上がり妙な緊張感を漂わせる。

 そして、歌舞伎役者のごとく豪快なポーズをとった。


「魔導の道を歩み経て武術の道を極めんとする、我こそはその名も轟くモフモフ仙人なりぞ!」

「お見事です仙人様!」


 フレアが拍手する。なんだこれは。どうなってる。

 モフモフ仙人とやらはテーブルからぴょんと飛び降りて、儂の眼前にまで顔を近づけた。


「お主が田中真一か?」

「そうだが……それよりもどうやってここに入った。隠れ家の場所は儂ら以外に知らないはずだぞ」


 老人は腹を抱えて笑い始めた。

 が、前触れもなく無表情になった。


「お主達以外にもここを知る者はいるはずだぞ」

「そんなはずはない。儂はここにいるメンバー以外に教えていない」

「よく考えてみよ。そもそも誰の家だったのかを」

「まさか……」


 儂はハッとする。

 あり得ない。ここの本当の持ち主は千年前の人間だぞ。

 だが、彼が死んだと言う話はまるで聞かない。

 だとすると……。


「いかにも、わしが大魔導士ムーアだ」


 即座にエルナが土下座する。


「ああ、あああ、憧れのムーア様がご存命だったなんて! 頭が高くて申し訳ありません!」

「そう緊張するでない。大魔導士などと呼ばれていたのは遙か昔のこと、今ではただのおいぼれじゃよ」


 ムーアはエルナの肩をポンポンと軽く叩いてから、リビングのソファーにどすんと腰を下ろした。

 すかさずフレアが走り、彼の肩をもみ始める。

 二人の関係がさっぱりだが、ひとまず儂は対面のソファーに腰を下ろした。


「田中殿、実はこの方は私の師匠であらせられるのだ。それどころかレーベル家の人間は全てこの方の弟子。マーナの領主であるライアン様もかつては仙人様から指導を受けたと聞き及んでいる」

「ふぉふぉふぉ、ライアンとは懐かしい名前を出してくれるわい。あの者はモフ道への類い希なる才能を有していたにもかかわらず、モフに染まらなかった変わり者じゃ。もしかしたらモフの究極にたどり着けたかもしれぬのにのぉ」

「全くです。モフの道はモフナーにしか開かれないというのに」


 止めてくれ、二人の話を聞いていると頭がおかしくなりそうだ。

 儂はわざとらしく咳をして話を進めるように促した。


「わしがここへ来たのはもちろん神樹様からのご指示じゃ。お主達に大迷宮の最下層まで案内せよとな」

「だとするとかつて最下層まで行ったことがあるのだな?」

「無論そうじゃ。わしはとあるものを求めて最下層までたどり着いた。そして、今もわしはそこにいる」

「どう言う意味だ?」


 次の瞬間、ムーアの身体がわずかに

 その光景に儂らは驚愕した。


「驚いたじゃろ? 今のわしはスキルによって創り出された存在なのじゃ。本体は今もなお最下層にいる」

「もしやエヴァと同じスキルか」

「そうそう、あれと同じじゃ。本体よりも数段劣った分身しか生み出せないのが難点じゃが、これはこれでなかなか都合が良いスキルなのじゃよ」


 さて、とムーアは話を変える。

 どうやらここからが本題らしい。


「わしは神樹様の命令によりお主達を最下層まで案内する任を受けた。だが、無条件でとはいかない。案内する代わりに一つ約束してもらいたいことがある」

「それは?」

「最下層のことを誰にも話してはいけないと言うことじゃ」


 誰にも話してはいけない?

 儂らはそろって首をかしげる。


「事情は着いてから説明しよう。それでこの条件を飲むことができるか?」


 最下層には何かがある。これは確かだ。

 たどり着いた者は荒唐無稽な内容に口を閉ざすと、ユグラフィエも言っていたほどだ。

 実に興味がそそられるな。


「その条件を飲もう。最下層のことは一切口外しない」

「よろしい。ならばすぐに支度をせよ」



 こうして儂らは大迷宮の最下層へと進み始めた。



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※3月22日コミックス版1巻発売!!

※新作始めました。興味がある方はぜひ読んでみてください。

【魔界賢者のスローライフ】



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