百五十二話 真実
直樹の話は続く。
「その後、ボクは一人で宇宙を彷徨った。母さんから受け取った創造神の証を持ったまま。そして、とうとう地球へと足を踏み入れてしまったんだ」
「なぜだ。お前は分かっていたはず。地球に行けば天使の軍勢がやってくることも。美由紀がどうして避けていたのかも」
「もちろん理解していたさ。でも、ボクはもう限界だったんだ。ゴーマに対抗できる手段もなく、母さんに託された証を持ったまま逃げ続ける生活に疲れ果てていた。だから最後の賭けにでることにした」
「最後の賭けだと?」
儂の言葉に直樹がうなずく。
それはつまり地球に状況を打開できる何かがあったということだ。
しかし、それなら美由紀は真っ先に地球に来たはず。
そう考えると直樹の選択はかなり危うい成功確率の低い何かなのだろう。
「ボクは破壊神の復活を望んだ」
「!?」
「今の状況を変えるにはそれしかないと思ったからだ。けど、それにはいくつかの条件をクリアしないといけなかったんだ」
その条件が地球?
直樹はさらに話を続ける。
「破壊神の封印は神では解けない仕組みになっているんだ。たとえ聖獣結界を解除したとしても、残り二つの結界は神以外の手によって解かれなければならない」
「つまり人によってか」
「そう、おまけに長く危険な道を進んだ果てにその場所はあるんだ。そんなところまで行ってくれる人間の知り合いをボクは知らない」
彼は「父さんを除いては」と付け加えた。
だんだんとだが話が見えてきた気がする。
直樹が儂を転生させたのには二つの理由があったと言うことだ。
「ボクは父さんを見つける為に地球に降り立った。不思議な感じだったよ、神として成長してもやっぱりボクは半分は地球人なんだなって実感した」
「家には行ったのか?」
「うん。今では知らない人達が住んでて、時間の流れは残酷だなと思った。それからボクは父さんを探した。どこら辺にいるのかは分かるけど、ここってはっきり分からないのがボクの力の限界なんだ。おかげでずいぶんと探し回ったよ」
姿もすっかり変わっていたから、見つけ出すのはさぞ苦労しただろう。
それに儂は周囲に姿を溶け込ませる特技を持っていた。
なおさら見つけるのは困難だっただろう。
「父さんを見つけた時はすでに一ヶ月が過ぎていた。それだけあれば主神はボクがどこにいるのか嗅ぎつけられる。案の定、魔物に偽装した天使の軍勢を東京に送り込んでボクを捕らえようとした」
「待て! じゃああの事件はお前が原因だったのか!?」
「そうだとも言えるね。全てを承知の上でボクは地球に降り立ったんだ。酷いだろ。殴ってくれても構わないよ。父さんにはその権利がある」
儂は怒りに拳を振り上げたが、すぐにゆっくりと下ろした。
間違えてはいけない。繁さんや神崎を殺したのは直樹じゃない。
主神ゴーマだ。彼も奴の被害者の一人なのだ。
「……話を続けるよ。ボクは敵の目をなんとか逃れて父さんの元に駆けつけた。けど、その時にはもう遅かった。ボクは非常手段として父さんの魂をとある星で転生させることにした」
「儂の魂? 繁さんや神崎はどうした?」
「実はあの時のボクは非常に取り乱していた。だからいくつかの魂も巻き込んでしまった可能性があるんだ。申し訳ないけど、他の魂がどこでどうなったのかはボクには分からない」
「だが、一緒に殺された神崎はこの世界に転生していたぞ」
「巻き込んだ以上はこの星で転生しているのは確かだ。ただ、いつの誰かまでは不明だってこと。魂というのは様々な条件を付けてあげないと時間を飛び越えてしまうからね」
なるほど。神崎が過去に転生したのはそう言う理由だったのか。
だとすると繁さんは下手をすると、大昔のこの世界に転生してしまった可能性もあるってことか。もしくは遙かな未来に。
「父さんを転生させたボクは地球を離脱してこの星にやってきた。けど、その時のボクは天使に傷を負わされて弱り切っていたんだ」
そこでずっと話を聞いていたユグラフィエが話し始めた。
「本来であればどのような神もこの星へは入れない決まりでした。ですが、彼は創造神の証を持っていた。王たる創造神だけは例外として星に立ち入る権利がありましたからね。加えて彼は傷を負って弱り切っていました。私は異常な事態が起きていると察し、この星へ彼を運び入れたのです」
「彼女のおかげでボクは一命を取り留めた。けど、長く動けない状態が続いた。ボクは床に伏せたまま父さんが生き延びられるようにいくつかの手助けをしたんだ」
そこでハッとする。
転生したばかりの頃、儂はそれらしいものを見つけなかったか?
たとえば不自然に落ちていた死体とか。
それに隠れ家に近い位置で転生できたのも都合が良すぎる話だ。
スキルだってそうだ。あの時、ツボ押しがなければ儂はここにいなかったかもしれない。
それら全てが直樹の仕業だったということなのか。
「ダンジョンに転生してしまったのは申し訳なかったと思ってる。ボクは父さんに一刻も早く強くなってもらって破壊神の封印を解いてもらいたかったんだ」
「だからってダンジョンに放り込むなど……待てよ。ダンジョンなら他にもあったはずだよな。どうしてあそこだったんだ」
「気がついたね。そう、破壊神が封印されている場所はモヘド大迷宮の最下層なんだ」
儂らは驚きに声を漏らす。
まさか暮らしている場所の足下に破壊神がいたとは想像すらしていなかった。
確かにモヘド大迷宮は最悪と呼ばれ、未だに全てが謎に包まれている場所だが……。
それはそうとここで新たな疑問が生まれる。
「こう言ってはなんだが、いくらお前の頼みでも儂が引き受ける確証はなかったはずだ。まさかそれも美由紀の頼みだとでも言うつもりか」
「もちろんこの星に転生させたのはボクの独断だし、破壊神を復活させるって言うのもあくまでボクの希望だ。でも、この話は父さんにとっても悪いものじゃない」
「どう言う意味だ?」
「ボクは父さんに破壊神になってもらいたいんだ」
はぁぁぁっ!? 儂が破壊神にだと!?
どういうことだ。ここにきて全く話が理解できなくなったぞ。
「父さんは勘違いをしている。破壊神とは破壊神の証を持っている存在のことを指すんだ。破壊神の復活、それはつまり新しい破壊神の誕生を意味する」
「では封印されているのは破壊神の証だけと言うことなのか?」
「あー、説明するとややこしいんだけど、考えている通り以前の持ち主も一緒に封印されているよ。けど、今の父さんなら力ずくで奪える。あのモヘド大迷宮というのは、実は力を奪って弱らせる機能もあるんだ。今もなお封印の内側で生き続けている破壊神は、もう風前の灯火のはずだよ」
直樹は懐から直径五センチほどのクリスタルの球体を取り出した。
それは白色のオーラを放ち、そこに存在するだけで周囲の空気を極度に緊張させた。
「これが創造神の証。父さんは大迷宮の最下層でこれとよく似た物を手に入れてくれれば良い」
「どうして儂が破壊神にならなければならない。お前がその証で創造神となって、ゴーマを倒せば良いではないか」
「それができればボクも苦労はしない。証の力を引き出すには資格が必要なんだ。『飽くなき進化への道』このスキルを所持していないと、真の創造神になることはできない」
儂は急いでステータスを確認する。
それは帝国戦の後に手に入れたスキルだったはず。
予想通りスキル欄には直樹の言ったスキルが存在していた。
じゃあ今の儂は創造神にも破壊神にもなれると言うことなのか?
「その通りだ。今の父さんはどちらにでもなれる。けど、創造神になるのはやめておいた方がいいと言っておくよ」
「理由があるのか」
「創造神は神々の統率者だ。常に規律を尊び宇宙のバランスを保つ役割を担っている。聞こえはいいけど実際は自由なんてほとんどない。それが数億年も続くんだ。父さんに耐えられるかい。その点、破壊神ならそんな縛りもないし自由だ」
自由を愛する儂からすれば破壊神一択じゃないか。
しかし、直樹が証を持ちながら創造神として力を振るえない理由がよく分かった。
ふと、妙な考えが頭をよぎる。
創造神と破壊神の証を二つとも手に入れた場合はどうなるのだろうか。
「それは神々の世界では最大の禁忌とされている行いだ。もしかしたら宇宙自体が消滅する可能性だってある。とにかく何が起こるか分からない危険極まりない行為なんだ」
直樹もユグラフィエもとんでもないと言った表情だった。
「とにかく、父さんが破壊神になればこの現状を打開できる。主神ゴーマを倒し、天界に平和が訪れれば自然とこの星も救われるんだ」
「だが、地球はどうなる。儂やお前が生まれ育ったあの星では大勢の人間が……」
「父さん、もう地球はないんだよ。あそこは今や灰に包まれた無人の惑星だ」
「な、なんだと……!?」
地球が……滅んだだと?
儂の知っている誰もが死んでしまったというのか?
それは感じたことのない悲しみだった。
故郷の喪失は儂が儂である為の、大切な何かが消えてしまった感覚にさせる。
「一つだけ地球を取り戻す方法がある」
「!?」
「ただ、それによって失うものもある」
「ど、どういうことだ!? 故郷が元に戻るなら儂は何だってするぞ!」
直樹は儂にその方法を語る。
それは馬鹿げていて理解の範疇を超えていた。
「――ってことなんだけど、父さんはこれを受け入れるかな?」
「…………」
「すぐに返事はしなくて良いよ。その前にまずは証を手に入れないといけないからね」
「う、うむ……」
言葉が出てこない。
YESともNOとも言えない微妙な気分だった。
場の空気を察したユグラフィエが話を変えようとする。
「直樹さんからのお話で現状は理解できましたね? 田中真一さんがゴーマを倒せる唯一の存在だと言うことも。そう言うわけで貴方方にこれから行っていただきたいのは、モヘド大迷宮の踏破です」
「儂が破壊神になればこの宇宙は救われるのだったな」
「はい。この状況を放置すれば、必ず独善なる神ゴーマは全てを破壊しようとします。いえ、再創造と言った方がいいでしょうか。絵の具を上塗りするかのごとく、世界を作り替えてしまうでしょう」
「どうしてそこまでゴーマは再創造にこだわる? 単純に地位に固執しているだけではないのか?」
「私も理由は分かりません。ですが創造神になることでなんらかの目的を成し遂げようとしているのは確かでしょう」
創造神になることでしか達成できない目的とは一体。
ゴーマがいかなる考えで動いているのか非常に気になるな。
どうやら話はここまでのようなので、儂らは船に戻る為に立ち上がる。
この島での用事は済んだ。あとは帰るだけだ。
「父さん」
不意に直樹から声がかかる。
その顔は先ほどまでの神としてのものではない。
数十年ぶりに再会した息子の顔だった。
「こんなことになってごめん。本当は父さんを巻き込みたくなかったし、自分の手で母さんの仇を討ちたかったんだ……でも……今のボクは無力だ……父さんに頼ることしかできない愚かな息子でごめんなさい……ごめんなさい……」
直樹は涙を流しながら土下座した。
儂は息子の肩を掴んで顔を上げさせる。
「子供が親に迷惑をかけるのは当然だろう。それに悪いのはゴーマであってお前ではない。謝る必要なんてないのだ」
「父さん……」
直樹を抱きしめて「今までよく頑張ったな」と言葉をかけた。
儂の背中に回された手に強く抱きしめ返された。
ようやく息子と再会できた気がする。
立派になったな。ずっと会いたかったぞ。
「ペロ、こっちに来い。お前の兄さんだ」
ペロを呼び寄せる。
目を赤くした直樹は目元を腕で拭って笑った。
「ふふ、大きな弟だ。ボクは田中直樹、仲良くしてもらえると嬉しいかな」
「僕は田中ペロと言います。こちらこそこんな弟ですけどよろしくお願いします」
直樹とペロは互いに照れくさそうに微笑み合った。
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