百五十話 懐かしき顔
石畳の道はぐねぐねと地平線まで続く。
いつ誰が作ったものかも分からないが、儂らはそれを頼りに飛行を続けていた。
「あいつ強かったなぁ。アタシじゃ傷一つ付けられなかった」
「なんだよ、ティナはまだ昨日の戦いを反省しているのか」
「だってさぁ、あんなに鍛えたし進化もしたのに師匠達の助けにもならなかったって割とショックじゃん」
「それはそうだけど、でも俺達だってブーストって言うサポートができたじゃないか」
「はぁ、アタシは前線で活躍したかったんだけどなぁ」
ティナとリベルトがひそひそと儂の後方で会話をしている。
相手が悪かったと言うほかないだろう。
今の彼女なら三級天使でも一対一で倒せるかもしれないが、一級天使ともなると身体能力だけでは対等には戦えない。強力なスキルと魔法が必須だ。
それに武具も並のものでは駄目だ。
敵はこの世界では貴重なアダマンタイトを装備している。
鋼の武器や防具ではとても太刀打ちなどできない。
現に栄光の剣の武器は、ロキエルの剣と打ち合わせただけで刃が欠けていた。
ミスリル製にもかかわらずだ。一応、儂が修復しておいたが、この先も天使と戦うなら今の彼らの武器も新調させる必要がある。
それにスキルブーストは重宝する気がするのだ。
ふと、地平線に建造物らしきものが見え始める。
神殿とでも言えばいいのか。
ドーナツ状の白亜の建物が森の中心に存在していた。
このまま建物の中心へと入ることもできそうだが、それはさすがに無作法すぎる。
なのでひとまず正面から訪問することに決めた。
◇
建造物の外観はギリシャで見るような神殿の遺跡とよく似ていた。
太い柱が並び天使や神らしき存在を、かたどった石像が至る所に見受けられる。
しかしそれらにはツタや苔が生えており永い年月を想起させた。
玄関口はすぐに分かった。
建造物の一部にそれらしき門構えの場所があったからだ。
高さ十メートルにも及ぶ分厚く頑丈な門はすでに開かれており、まるで儂らを歓迎しているかのようにすら感じる。
いや、向こうからのご指名なのだ。
実際にそうなのだろう。
建物の内部へ踏み込めば、妙なことに気がつく。
異様なほど綺麗なのだ。
最近まで人が住んでいたかのように壁や床が鏡面となっており、埃やゴミが落ちていることは確認できない。それどころか建物全体の劣化も感じられなかった。
無人の島だと思い込んでいたが、もしかすると人が暮らしていのだろうか。
「真一、鐘の音が聞こえるわ」
「……そのようだな。そちらの方へ行ってみるか」
通路を進むたびに鐘の美しい音色が耳に届いた。
とある扉にたどり着くと、儂はその扉を開けて中へと入る。
「ようこそいらっしゃいました。田中様」
向こう側では一人の女性が儂に向かってお辞儀をする。
そこは天井のない中庭のような場所だ。
恐らく構造的に考えると、ここが建造物の中心なのだろう。
地面には小さな花が咲き乱れ、ところどころ苔が地面を覆っていた。
その中央には一本の大樹がそびえ立っている。
儂は景色に目を奪われてしまう前に女性の挨拶に応じた。
「ここにいるのは儂の仲間なのだが同席してもいいか」
「もちろんです。申し遅れましたが、私のことはユグラフィエとお呼びください」
「うむ、さっそくだが神樹とやらに会わせてもらおう」
「目の前にいます」
ユグラフィエはにっこりと微笑んだ。
輝くような銀の長髪に大人の女性らしい優しげな顔立ち。
白い肌にはシミ一つない純白の布だけが纏われ、谷間や横からも豊満な胸がちらりと見ることができる。
どう考えても二十代半ばから三十代半ばにかけての容姿にしか見えない。
これが神樹? まるで人ではないか。
「ふふふ、驚かせてしまいましたわね。どうぞこちらへ」
クスクスと小さく笑った彼女は、儂の手を引いて大樹の元へと導いた。
それは筆舌に尽くしがたい体験だった。
そびえる樹はダイヤモンドで作られたかのようにまばゆく輝き、その葉さえもガラスのような光沢を帯びていた。
枝にぶら下がった木の実はリンゴのようにも見えるが、大きさはスイカほどもあり、ルビーのように光を透過している。おまけに樹の全体から、朝焼けに照らされる森のような爽やかな香りがしていた。
神聖で神々しくそれでいて、すべてを包み込んでくれるかのような安心感で満たされる。これが神樹。神の頂に座る植物だ。その輝きと安心感に儂を含めた全員が、目を奪われうっとりとしていた。
「オホン、それで儂を呼んだ理由は?」
「これからについての話し合いをする為です。今やあなた方はこの世界の運命を左右する岐路に立っています。良き道を選ぶには私の情報が必要でしょう」
「では儂らに協力してくれると?」
「はい、ゴーマがなそうとしていることはこの世界への裏切りです。それは私の本意ではない。だからこそあなた方に現在、天界で起こっていることを全てお伝えしようと思っています」
これは非常にありがたい話だ。
天使や神がなんなのかすら今の儂には分かっていない。
ただただ、今を生きる場所を守る為に戦っていたに過ぎないからだ。
しかし、背景がつかめればこの戦いに終止符を打てるかもしれない。
神樹の提供してくれるだろう情報はまさに渡りに船だ。
「では天使と神について教えてくれ。何者なのだ」
「神族とはこの宇宙の管理者のことを指します。その役割は星々の環境を整え生命を育み、高度な知的生命体にまで導くことです。そして、輪廻の流れを一定に保つ。天使とはその為に直接的な行動を行う配下です」
「つまり神々は本来は人の味方であると言うのか?」
「それは不正確です。神は神による正義によってあらゆるものを判断します。もし人がこの宇宙にとって害悪だと断じられれば、天使が押し寄せ全ての魂を輪廻の流れに還すことでしょう」
スケールが大きすぎて現実感が薄い。
宇宙を管理しているような相手と儂らは戦争を始めたのか。
いや、攻撃をしてきたのは向こうが先だ。始めたのは敵である。
だとすればユグラフィエの言う、人間が害獣と認識されてしまったのだろうか。
それだと彼女が裏切ってまでこちら側につく理由がわからない。
「混乱されているようですね。神がこの世界を攻め滅ぼそうとしている中で、同類である私がその意思に背く行為を行っていることに」
「なぜだ。なぜ協力してくれる」
「簡単な話です。今回の件は神々の総意ではない。一人の神が起こした独善なる行いの結果なのです。あなた方はこれは人と神の戦いだとお考えのようですが、真実は神々の戦いに巻き込まれているに過ぎないのです」
「とばっちりだと言うのか?」
「そうでありそうではないと言えるでしょう。結果は必ずこの宇宙に暮らす生命に影響を及ぼします。独善なる神が勝利を得れば、間違いなく破滅を迎えるでしょう」
頭をかきむしってから、近くにあった石の上に腰を下ろした。
どうしろというのだ。神々の戦いとやらを指をくわえて見ていろと言うのか。
神樹は儂らに何をさせたいのかさっぱりだ。
「独善なる神――主神ゴーマはすでに神々の四分の三を滅しています。すでにこの宇宙で彼を止められる者はいないでしょう」
「ふざけるな! すでに手遅れだというのか!? では儂らは何の為にここに呼ばれた! もうこの世界は終わりだとでも言いたかったのか!?」
思わず感情的になってしまった。
必死でこの世界の住人が戦い勝ち取った勝利が無駄になると言うのだ。
儂らだって決して楽々と天使を倒せたわけではない。
ぎりぎりで命をつないで今ここにいるのだ。
「落ち着いてください。まだなんとかできる位置に私達はいるのです。ゴーマへの対抗手段もまだこちらの手にあります」
「……対抗できるのか? しかしどうやって?」
ユグラフィエは地面に腰を下ろし、儂らにも座るように促した。
ここからが本題と言うことか。
「ゴーマが恐れつつも求めているものが”二つ”あります。それさえ手に入れれば人の身であろうとゴーマを倒すことも可能でしょう」
「ちょっと待て、まさか儂らにゴーマを倒せと言っているのか!?」
「ええ、あいにくこの世界でそれができる存在は田中真一さん。貴方だけです。一級天使すら倒してしまうその力をもって独善なる神を屠っていただきたいのです」
「待て待て、待ってくれ! だったらお前がいるではないか! 神だろ!」
「私はこの星を守らなければなりません。離れることはできないのです」
ぐぬぬぬ、どうして儂がしなくてはいけないのだ。
儂はただの人間だぞ。ただのホームレスだ。
彼女は戸惑う儂らの様子に微笑む。
「ゴーマが恐れるモノ、その一つは”創造神の証”です」
「創造神の証??」
「神々にも王がいます。それこそが創造神。証を持つことであらゆるものを創造し、神々を統率することができます。主神――宰相とでもお考えください――であるゴーマは、創造神になることを渇望しているのです」
創造神が王。主神が宰相。
なるほど人間の価値観に話を落としてくれたおかげで理解が追いついてきたぞ。
要するにゴーマは玉座につく為に、血眼になってその証とやらを探している。
そして、それはこちら側にある。微かではあるが希望が見えてきたな。
「それで創造神はどうしてゴーマを止めない。王なのだろう」
「最初に犠牲になったのが創造神なのです。統率を失った天界は荒れに荒れ、混乱に乗じてゴーマが反旗を翻しました。現在の天界はゴーマの手中にあります」
ユグラフィエは目線を下に落とし、悲しげな表情を見せた。
「ごめなさい。落ち込んでもいられませんね。話を続けましょう。そして、二つ目が”破壊神の証”です。田中様はこの星の成り立ちをご存じありませんよね?」
「うむ。特別な理由があるのなら聞かせてもらおう」
「では――」
彼女の話した内容はこうだ。
かつてこの宇宙には創造神と対となる存在。破壊神と呼ばれる神がいた。
彼の行うことはあらゆるものの破壊。
神々ですらその対象だったそうだ。
いつしか彼を疎ましく思い始めた神々は、創造神に直訴し、破壊神を封じることを進言した。
提案は受けいられ、永き戦いを経て破壊神はとある惑星に封じられることとなる。
創造神は彼が出てこられぬように、何重にも封印を施したそうだ。
その一つが聖獣結界システム。
神樹の管理下の元、十二の強力な聖獣をエネルギー源とした、惑星全体を覆い隠す結界を構築したのだ。その封印は今でも継続されているのだとか。
「この星は……破壊神の独房だと言うのか」
「監獄という方が正しいでしょう。かつて神々と戦った破壊神の配下も、この星に封じられているのです」
「だったら人間は……人間がなぜ暮らしている」
「彼らは私や聖獣の世話役としてこの星に持ち込まれました」
エルナ達が絶句している。儂だってそうだ。
この世界の衝撃的な真実を知らされて平然としてい奴はそうはいない。
人間は奴隷のように連れてこられて働かされていたのだ。
神樹への見る目も変わってしまいそうだ。
「お気持ちは理解できます。私も含めた神々は傲慢で愚かだったのでしょう。破壊神を恐れるあまり役割を超えてこの宇宙に干渉しすぎた」
先ほどからずっと気になっていることがあった。
ユグラフィエは管理や役割などをずいぶんと強調するのだ。
神々が宇宙を管理することは分かった。
だが、誰にその命令を下されたのだろうか。
創造神か? それともまだ上があるのか?
神樹は表情を切り替えて話を続ける。
「これでも私なりに人間には手を差し伸べました。魔法を固定化したり宝具の造り方を伝授したり。少しはお役に立てたと思います」
「魔法の固定化って、もしかして
「はい。魔力は人間が扱うには難しい力でしたので、自由度を犠牲にすることで一定の威力を保証したのです。この星限定のルールですが、エルフさん達はとてもお喜びになられていました」
会話に割り込んできたエルナが神樹の返答にあわあわしている。
最後には「ご先祖様がお世話になりました!」と土下座した。
これはつまり当初の見立てとは少し違ってくる。
儂はスキルも魔法もこの世界の理によって定められていると考えていたが、魔法に関してだけは神樹と言うフィルターに通されていたというわけだ。
マスター級魔導士の魔力が妙な動きをしているのも納得ができる。
しかしながら宝具の造り方まで伝授していたとは驚かされる。
古代ドワーフの技術の大半は、彼女によってもたらされたものかもしれない。
ユグラフィエは襟を正して表情を引き締めた。
「話を元に戻しましょう。先ほど私は、創造主の証がこちら側にあると言いました。それはゴーマの目をかいくぐってこの星へ持ち込んだ方がいるからです」
「その者とは?」
「もう良いですよ。出てきてください」
彼女が声をかけると、大樹の後ろから一人の青年が姿を現した。
見覚えのある顔。儂によく似ていて母親にもよく似ている。
そうだ、前回はマーナの教会で顔を合わせた。
あの時は全く気がつかなかったが、今ははっきりと分かる。
「直樹……なのか?」
「父さん。やっと会えたね」
そこにいたのは母親と共に消えた、我が息子の田中直樹だった。
第七章 〈完〉
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