百四十九話 追跡者2
剣が交差するたびに轟音が木霊する。
火花が散り血しぶきが舞った。
「先ほどの威勢はどうした。人間」
「一級天使などと笑える。神の力を借りなければ何もできないのだな」
「神の威光は天使の力。人にしか過ぎない貴様には分かるまい」
激烈な斬撃を二本の剣で受け止めるが、力を殺しきれず勢いよく地上に落下してしまう。奴は追撃の手を緩めず、ホーミングレーザーのような光線を何発も儂に向けて発射した。すぐに立ち上がって飛翔するも、光線はどこまでも追いかけてくる。
「多重メタルウォール!」
エルナの魔法によって分厚い金属板が空中に出現した。
光線は壁に阻まれ事なきを得る。
「助かった。ありがとうエルナ」
「礼はいいから早く竜化しなさい。時間は私達が稼ぐ」
エルナ率いるホームレス組と栄光の剣がロキエルを果敢に攻める。
能力の向上した奴はすべての攻撃を予見しているかのように避け続ける。
言ってみれば赤ん坊と大人の戦いだ。
もしかするとそれ以上かもしれない。
「加速! お前達のいいようにはさせない!」
ペロが加速スキルを使用、闇雲を足場にしてロキエルへと渾身の拳を向ける。
儂ですら加速したペロを捉えるのは至難の業だ。
だが、ロキエルはひらりと躱し、剣を彼の腹部に突き刺した。
「あぐっ!?」
「目障りだ。死せ」
次の瞬間、ペロは爆炎に包まれて地上へと落下した。
怒り狂うのはフレアだ。水神の槍の宝玉がかつてないほど鳴動する。
「よくも、よくもペロ様を! 槍よ我が意思に応え真の力を解き放て!」
パキィィンと音と共に、宝玉がまばゆい光を放つ。
まさか自力で宝具の封印を解いたのか。
宝玉から膨大な水が出現、巨大な龍となってフレアの周囲で身体をくねらせた。
しかし、ロキエルはその様子に余裕の態度を崩さない。
「人の造りしまがい物の神器か」
「水龍よ奴を引き裂け!」
全長はゆうに二百メートルを超す大型の水龍が、ロキエルに向かって猛進した。
質量は数千トン。ぶつかればただではすまない。
「神撃斬」
一振りで水龍は一刀両断。
その見えない斬撃は、フレアの二本の右腕も切り飛ばした。
鮮血と共にフレアは地上へと落下する。
「俺達がいることを忘れるな!」
栄光の剣のメンバーが一斉に攻勢に出た。
マーガレットがまず最初に魔法攻撃で敵に防御の姿勢をとらせ、すかさずリベルトとドミニクとティナが入れ替わりながら攻撃を行う。反撃には間に割って入ったレイラが大盾で防ぐ。
実に効率の良い流れるような連携だ。
儂らも彼らから学ばなければいけないな。
「苦しい修行を経て進化した俺達はひと味違うぞ! 人間をなめるな!」
「ちっ、目障りな。下等生物らしく地を這っていろ」
ロキエルのホーミングレーザーが五人を至近距離で貫く。
落下する五人とロキエルの間に、突如として黒い球が現れた。
球体は爆発するように闇が噴出、周囲を覆い隠してしまう。
「よくやったわリズ。後は私の魔法で仕留めるだけ」
離れた位置でエルナが白銀に輝く矢を弓につがえていた。
あれが二級天使を一撃で仕留めたという魔法か。
彼女は闇雲に向けて射出する。
白銀の矢は弓から解き放たれ、音速にも達する速度で闇の中へ。
数秒を経た後、闇が晴れると左手で矢を握り止めたロキエルがいた。
「危険な魔法だ。私でなければ滅していただろう」
「嘘、私の魔法が……」
「この身に纏った神気はこの程度で破れはしない」
べきっと矢はへし折られて霧散する。
そこでちょうど儂の竜化が完了した。
すべての種族と強化系スキルを発動させ、英雄化改も同時発動。
宝具も出力を上昇させる。
「お前に仲間の痛みを思い知らせてやる」
「痛みを知るのは貴様だ。神に逆らいし愚者よ」
刹那に剣が打ち合った。
甘い。受け止めたのは悪手だ。
「連・爆炎剣舞!」
「なっ!?」
「でりゃぁぁぁあああああああっ!!」
二本の剣で連続して爆炎剣舞を放つ。
長期戦はあまりにも不利。
故に短期で勝敗を付けることにしたのだ。
ここからの儂は出し惜しみなどしない。
奴を蹴り飛ばすと追撃に竜斬閃を放つ。
もちろん乱れ撃ちだ。余裕などかましていられない。
光の刃が幾重も迫り、奴も神撃斬でこれを相殺する。
「雷帝撃!!」
宝具の出力を半分にまで引き上げ、極太の雷撃を間髪入れず放つ。
紫電は空気を膨張させながらロキエルを直撃。
ブルキングの剣を腕輪に収納し、煙に巻かれる奴へ急速接近した。
「貴様、神気を過剰に浪費させたな!」
「相手の弱いところを突くのは至極当然ではないか。そもそも神ではないお前には神気に限界がある。派手に使いすぎたな」
無傷のロキエルが儂の剣を剣で受け止める。
治癒や守りに神気を使いすぎているのだろう、奴の七色のオーラは薄くなっていた。
これなら多少の効果もあるはずだ。
間近で顔をつきあわせた状態で、奴の目に目を合わせて麻石眼改を使用する。
「何をした!? 足が石に!?」
「長くは効かないことは知っている。だが、ほんの一瞬の隙がほしかったのだ」
左手で思いっきり奴の頬に拳をめり込ませる。
天地経絡穴がヒットを示し、二重の赤丸が奴の頬に表示された。
殴られた奴は、頭を抱えてもだえ苦しむ。
「これは、即死スキルか!? あぎ、うがぎっ! 死なん! 私はこんなものでは死なんぞ!!」
さすがは神の力を宿した天使か。
天地経絡穴でもすぐには死なないようだ。
もしかすると一定量の神気を纏えば、即死スキルにも耐性ができるのかもしれないな。
やはりここはもう一手打つべきか。
「お兄ちゃん、みんな回収してきた」
リズの闇雲にはペロやフレアや栄光の剣のメンバーが座っていた。
全員すでにキノコで回復済みのようで、身体には問題はないように見られる。
ただ、全く歯が立たなかったのが不満だったのか、全員が眉間にしわを寄せていた。
とりあえず栄光の剣に五芒星を描くように配置するように指示を出す。
陣の中心には儂が配置、一気に息を吸い込みその時を待った。
「いいか、田中さんにスキルブーストを集中させるんだ! これで無理なら俺達は負けるかもしれない!」
「分かってるわよ!」
「うふん、いつでもいいわよ」
「こんな攻撃よく考えるわよね」
「田中師匠にアタシ達の力をわけるっす!」
ブーストは五人によって共鳴反応を起こしさらにその効果を倍加させた。
儂のため込んだエネルギーは膨れ上がりその度に濃縮を繰り返す。
そろそろ限界だ。これ以上は儂の身体が保たない。
その時、ロキエルが攻撃を察知してか、数百というホーミングレーザーを撃ち放つ。
もうやるしかない。
「帝竜息ブーストファイブ!!」
吐き出した紫の熱線は空間をゆがめ、レーザーを飲み込みまっすぐ空へと伸びていった。
その威力はこの世界を覆っていた結界すらも貫く。
エネルギーを吐ききった儂は喉と口内が焼け焦げていた。
一方でロキエル身体は上半身が消し飛び、浮力を失って地上へと落下する。
空を見上げると、結界はすぐに修復を始めて穴を塞いでいた。
はぁ、疲れた……。
◇
儂は体力が回復した後、ロキエルの死体を見つけ出し復元を試みる。
肉体と装備だけが再生し、生命活動までは元には戻らなかった。
一度だけ奴の身体を腕輪に収納。腕輪の中で肉と骨を分離させる。
割と最近まで知らなかったのだが、この腕輪は収納中の物体を別の物体とくっつけたり分離させたりできるようなのだ。
生きた生物に有効なのかは不明だが、恐ろしいので試してはいない。
骨だけになったロキエルに、呼び出したスケルトンでアンデッド化を行い、そこからさらに眷属化を行う。
ロキエルを儂が掌握すると、その身体に変化が見られた。
骨はみるみるアメジストのような透明な紫に。
両目にも紫色の炎が宿り、背中の翼は漆黒に染まった。
白いコートと剣を装備すると、儂に恭しく片膝を突いて頭を垂れる。
【分析結果:ホームレスセラフ:一級級天使がアンデッド化した後に眷属化されたことで誕生した聖獣。通常の一級天使と比べると十倍の力を誇る:レア度G:総合能力G】
【ステータス】
名前:ホームレスセラフ
種族:ホームレスセラフ
魔法属性:炎・光・聖・無
習得魔法:―
習得スキル:解析(中級)、剣神術(中級)、偽装(中級)、隠密+(初級)、危険察知(中級)、索敵+(中級)、限界突破(中級)、覚醒(中級)、無効化キャンセル、超高速飛行(中級)、万能適応、伏圧(中級)、独裁力(中級)、崇高なる精神
支配率:田中真一に100%支配されています
進化:条件を満たしていません
<必要条件:解析(特級)、限界突破(特級)、覚醒(特級)、独裁力(特級)>
ちなみに奴の種族とスキルである神撃斬と神殺しは儂がいただいている。
神殺しの効果はさっぱりだが、一級天使が保有していたスキルなので恐らく有能なのだろう。
それと気になるのが、眷属となった奴のレア度や総合能力だ。
Gと言うのはもしやゴッドのGなのだろうか。
もしそうなら儂は神を手に入れたこととなる。
それにしてもなんとも皮肉だな。
神の使徒が死後に神になるとは。
儂は元ロキエルにスケルトンを抱えて船に戻れと命令する。
一応、船長宛てに事情をしたためた手紙も持たせているので、船に現れていきなり攻撃されると言うことはないはずだ。たぶん。
「真一達はいつもあんなのと戦っているのニャ。肝が冷えたニャ」
「だったら付いてこなければ良かったのだ。おとなしく船で待っていればいいものを」
「そうは行かないニャ。この島はお宝の山だニャ。パパにも良いモノを拾って来いって言うわれているニャ」
「なるほどそう言うことか。船長が危険な島に娘を快く送り出すわけだ」
レナは地面に生えている魔石の柱を軽く折って、麻の袋の中へと放り込む。
袋の中にはこれまで見つけた、魔石や極楽鳥の羽根やドラゴンの鱗や牙が入っているのだ。とことん金にはめざとい親子だな。感心する。
「マーガレット、貴方の属性は?」
「え? どうしてそんなことを聞くのですか?」
「いいからいいから。教えて」
「炎と水と風です」
エルナが地面に生える魔石を見ながら、ヒョイヒョイといくつかの小さな魔石を引き抜く。
この辺りはかなり魔力が濃いのか、魔石の柱がいくつも見られた。
中にはセイントクリスタルらしき結晶も確認できる。
エルナは拾った五個の魔石の欠片をマーガレットの手のひらにのせた。
その意味が分からず弟子は首をかしげる。
「さ、飲み込んで。私も氷の魔石を飲み込むわ」
「ええっ!? 魔石を飲み込む!? 正気ですか!!」
「ふふーん、驚くのも無理はないわね。私もムーア様の修行場で教えられるまで全く知らなかったもの。実は属性は魔石で増やせるのよ」
「そんな話聞いたこともありません。嘘じゃないですよね?」
マーガレットは怪訝な表情でエルナを見ていた。
結局、エルナが魔石を飲み込んだことで、マーガレットも決心が付いたようだった。
「本当! 属性が追加されている!」
「でしょ。魔導士は遠距離攻撃で支援しなくちゃいけないから、保有する属性は多ければ多いほどいいの」
ようやく師匠らしく振る舞えてエルナは鼻高々だ。
そこへ岩山へ登っていたペロとフレアが帰還する。
「お父さん、北の方に道らしきものがあったよ。あれを辿れば目的の場所に行けると思う」
「そうか、よく見つけてくれた。ではそろそろ出発するぞ」
儂らは島の中心に向けて、再び移動を開始した。
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