百四十八話 追跡者1
儂らは朝焼けに照らされながら地平線を見つめる。
「広いな……」
三方は海岸線の見えないどこまでも森と山が続いていた。
小島を想像していたが、ここはもしかすると日本クラスの大きさを誇る島なのかもしれない。
もしそうなら島の中心までかなりの距離だ。
いやはやどれだけの日数を要するのか予想もつかない。
「師匠、今の俺達なら飛行も可能です。空路を使ってみてはどうでしょうか」
「それもそうだな。お前達の修行はほぼ終わったようなものだ。ここからは目的を最優先にするか」
振り返ると黄緑色の光の翼を広げる五人の姿があった。
髪の毛も黄緑色に染まりその瞳は黄色く輝いている。
種族名は”光緑人”である。
そして、新たなスキルも手に入れていた。
一つは性別変換に、もう一つはスキルブーストである。
その他にも万能適応や高速飛行など天使並の能力を有していた。
もしかするとこれこそが本来の人の殻を破った姿なのかもしれない。
天使と言う上の次元に近づいた人間なのだ。
「うふっ、ついに女の身体を手に入れたわ。あーもう、進化って最高」
屈強なドミニクが筋肉質な美女に変貌を遂げている。
性別が自由自在とは恐れ入るな。
今ではレイラも豊満な胸を、防具の中に収めているのが苦しそうだった。
憧れの身体を手に入れてもそれからの苦労は色々ありそうだ。
ちなみにスキルブーストとは、文字通りスキルを強化してくれるスキルだ。
しかも自身だけでなく他者のスキルも、増幅させることができると言う優れものである。
効果範囲はそれほど広くはないが、いざとなれば重宝することだろう。
「準備はいいか? では行くぞ」
飛ぶことのできないペロはフレアに抱えられ、レナはリズの闇雲に乗っている。 儂らは大空へと舞い上がった。
上空からもやはり地平線はどこまでも続く。
地上を進めば一週間でもたどり着けなかったかもしれないな。
弟子が飛行能力を手に入れたのは幸いだ。
「これが師匠の見ている景色か! アタシはもっともっと強くなれそうだ!」
「おいおい、ティナ。隊列を崩してどこかに行くなよ」
「少しくらいいいじゃん。リベルトだって本当のハーレムができて嬉しいだろ」
「……それは否定しない」
ニヤニヤと笑みを浮かべるリベルトは、レイラとドミニクの姿を見て鼻の下を伸ばす。そんな彼に体当たりする人間がいた。
「うわっ!? 突然なんだよマーガ!」
「あんた全員を幸せにできる自信、ちゃんとあるんでしょうね」
「え? どう言う意味?」
「ティナを弾いた私達三人を幸せにできるかって聞いてるの」
「え? え??」
マーガレット、レイラ、ドミニクが笑みを浮かべる。
どうやら三人ですでに話ができているようで、知らないのはリベルトだけのようだ。儂は少しばかりの哀れみの目を向けてから、全体の飛行速度を少しだけ落とす。
「レイラとドミニクと話し合って決めたの。リベルトに引き取ってもらおうって。あんたのせいで私達、嫁に行き遅れてるのよ」
「いや、それは自己責任で……」
「つべこべ言うな。あんたに惚れさせた責任をとってよ」
「惚れさせた責任……ええええっ!?」
リベルトはドミニクの顔を見て、目玉が飛び出すかと思うほど驚愕する。
レイラは現恋人だ。マーガレットも予想はできたかもしれない。
まさかその中にドミニクが含まれていたとは。
儂も聞き耳を立てながら驚かされる。
「リベルトって黙ってればかっこいいし実はタイプなのよねぇ。この私がこのパーティーに入ったのもあんたが目的だったの。レイラに先を越されちゃったから、どうしようか悩んでいたのよねぇ」
「ごめんねキャサリン。分かってたけど譲れなかったの。だからマーガレットから気持ちを打ち明けられた時に三人で幸せになるべきだって私は思った」
「ちょっと待って、俺の意見は? 俺にどうして相談してくれないの?」
「「「今してる」」」
リベルトは三人にみっちり挟まれ、ほぼ強制的に婚約を結ぶこととなった。
とは言ってもその顔は意外にまんざらでもないようだ。
ティナはと言えば四人を拍手して無邪気に喜んでいた。
恋愛が分からないと言っていただけに、リベルトに対しては全くそのような感情は抱いていなかったようだ。
「弟子に先を越された……悔しい」
「奴らは破門だ。ここで捨ててゆく」
一方でエルナとリズは嫉妬の黒い炎が燃えさかっている。
儂におかしなとばっちりがなければいいのだが。はぁ。
突如として視界に敵影が現れる。
反応は進行方向の五百メートル先。
「全員戦闘態勢! 攻撃に備えろ!」
指示を出した直後、近くをブレスのような熱線が通過した。
聖獣ドランほどの規模はないがあれは間違いなくドラゴンブレスだ。
木々をへし折りながら身体を起こしたのは青色の竜だった。
全長で四十メートル近くあり、離れた場所からでもその圧倒的質量による威圧感が伝わる。紛れもなく上位ドラゴンだ。
奴のその足下には数個の卵が置かれ、すぐに母親であることを察する。
儂らはうかつにも子育て期に入ったドラゴンのテリトリーに入ってしまったようだ。
どのような動物でもそうだが、子供を育てる期間の親は非常に攻撃的となる。
それはドラゴンも例外ではない。
「不味い、第二波が来るぞ!」
息を吸い込んだドラゴンが、大きく喉を膨らませて顎を上げる。
ブレス攻撃の予備動作だ。
――だが次の瞬間、ドラゴンの頭部が地面に落ちた。
ドスンッと音を響かせた後、切断されたドラゴンに首から血液が噴出する。
その血を全身で浴びるのは一人の天使だった。
「貴様らを討つには頃合いか。神樹を殺す前に不安要素は排除する」
二対の輝く純白の翼。身に纏う白いコート。
陽光を反射するほどの金の長髪は風に揺れ、右手に持つ金の装飾が施されたアダマンタイトの長剣がぎらりと鋭く光る。
気品ある顔立ちに青き双眸は儂を見据えていた。
【分析結果:ロキエル:主神ゴーマによって聖獣および神樹の抹殺を命じられている:レア度SSL:総合能力SSL】
【ステータス】
名前:ロキエル
種族:一級天使
魔法属性:炎・光・聖
習得魔法:―
習得スキル:解析(中級)、剣神術(中級)、偽装(中級)、隠密+(初級)、危険察知(中級)、索敵+(中級)、限界突破(中級)、覚醒(中級)、無効化キャンセル、超高速飛行(中級)、万能適応、圧伏(中級)、独裁力(中級)、崇高なる精神、神撃斬(中級)、神殺し
進化:条件を満たしていません
<必要条件:解析(初級)、限界突破(特級)、覚醒(特級)、神撃斬(特級)>
ひとまず全員を下がらせ、儂とロキエルだけで話をすることにした。
なぜ奴がここに来ることができたのかを知りたかった。
「どうやってこの島に来た。天使には見つけられないはずだぞ」
「その通りだ。しかし、貴様らがその位置を示してくれた。ずっと監視されていたことを知らなかっただろう?」
「っつ、そう言うことか。だがどうして今頃になって顔を見せた。天使と人間の戦いには現れなかったはずだ」
「現れなかったのではない。その時、私はこの世界にいなかった。ザジが世界樹を殺してくれたおかげで、外側で待機をしていた私だけが、なんとか侵入することができたのだ」
あの時か。結界が破られたあの一瞬でこっち側に入ってきたと。
つくづく世界樹を守り切れなかったことを悔む。
「それで儂らを排除した後は神樹を殺すと」
「予定通りにゆけばな。そして、結界を消滅させ、この世界にはびこる人間共を殲滅。ゴーマ様に例のモノと共にこの星を献上するのだ」
奴と儂の戦いは唐突に始まった。
剣を切り結び、さばききれない斬撃は紙一重で躱す。
フェイントの織り交ぜられた剣技は儂の左腕を切り飛ばし、対する儂もとっさに奴のみぞおちへ蹴りをたたき込む。
「うぐ、人間ごときが高貴な私を蹴るとは」
「悪いな。儂はそれほど信心深くないので天使だろうと一切気にしない」
宙を舞う左腕をキャッチして、素早く切断された箇所に癒着させる。
これで儂はノーダメージだ。奴は蹴られただけのダメージがまだ残っている。
腕輪からブルキングの剣を取り出して左手に持った。
剣の腕前は向こうが上だ。
だが、手数ならどうだ。
急加速でロキエルと相対し、剣を交える。
「二刀流とは小癪な!」
「一本しか使わないと誰が言った」
一撃が弾かれても間髪入れずもう一撃が振られる。
無数の剣閃がロキエルをじりじりと押し込む。
「フレア!」
「承知! 食らえ神通力!」
瞬間移動でロキエルの背後に出現したフレアが、神通力でいくつもの槍を放つ。
五本中三本が突き刺さった奴は、苦虫を潰したような表情で真上へと一気に飛翔した。
「逃がさない! 多重フレアゾーン!」
エルナの魔法によって超高温の球体空間が多重展開する。
身を焦がされたロキエルは叫び声を上げた。
「闇手裏剣」
闇雲によって作られた一メートルほどの手裏剣がリズによって投げられる。
手裏剣は大きく弧を描いてロキエルに向かう。
「このようなもの! 神撃斬!」
刀身が目もくらむようなまばゆい光を放ったかと思えば、手裏剣は一瞬にして真っ二つとなる。
やっかいな技だ。
今の儂では視覚で捉えきれない。
二つになった手裏剣はロキエルの眼前で形を失い、闇の霧となって周囲を包み込む。どうやら防がれることを予測して放った攻撃だったらしい。すかさず真上から降下したペロが敵に強烈な一撃を加える。
「あぐぁ!? よくも神に愛されし私の顔に!」
霧の中から弾かれて飛び出したのはロキエルだ。
霧散していた闇は凝縮すると、ペロの足場となって受け止める。
「たかが人間相手だと侮ったな」
「くっ、おのれ! このようなはずでは!」
儂の剣が奴の胸を貫いた。
すかさずもう一本の剣で首を狙うが、寸前で剣によって弾かれる。
吐血したロキエルはずるりと剣が抜け、力なく地上へと落下した。
この程度では死にはしないだろう。
頭部を切り落とすまでは安心できない。
追随してとどめをしようとした時、奴の身体から七色のオーラが発せられた。
それは即座に傷口を修復してしまい。
焼け焦げた皮膚や衣類すら完璧に元通りにしてしまう。
それどころか奴の翼が七色に輝き始めたのだ。
「神気をこのような形で消費してしまうとは。貴様達の実力を未だ見誤っていたと言うのか。この神殺しと呼ばれる私が」
七色のオーラに包まれたロキエルは儂の前へと上昇。
その身から放たれる気配は神々しく空気がぴんと張り詰める。
常人ならこの場にいるだけで死んでしまうような異常な圧力だ。
「神気とはなんだ。お前が回復したのもそれのおかげか」
「その名の通り神の気だ。神々にしか創り出すことのできない至高のエナジーであり、その効果はあらゆるモノの傷を癒やし力を何倍にも高めてくれる。こうなった私は先ほどの五十倍強いと思え」
ご、五十倍だと!? ふざけるな!
ただでさえ手強い存在が五十倍も強化されてしまえば、ほぼ勝ち目がないではないか。
ようやく儂は奴が単身でここに来た理由を察した。
他の天使など足手まといでしかないのだ。
儂らの相手も神樹討伐も一人で充分なのである。
ロキエルは勝利を確信して嗤った。
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