百四十七話 魔導士マーガレット
禁断の島に上陸した儂らは、奇怪な植物が生い茂る森の中をひたすらに突き進んでいた。ウツボカズラによく似たウツボラなどや、ハエトリ草を巨大化させたような人食い草などこの島は凶暴な植物の宝庫なのである。
一方で非常に珍しい植物も見ることができた。
ガラスのように透き通った美しい花を咲かせる白美人花。
夜になると美しい紫の光を放つパープルス。
丸い透明な膜の中に飲料可能な水をため込む水泡華。
百年に一度しか咲かない百年花。
探し始めればきりがないほどだ。
「でいやっ! マーガ、とどめだ!」
「分かってるわよ。フレイムバースト」
リベルトが伸ばされる触手を切り裂き、最後にマーガレットが上級魔法で滅する。
後方を担当しているティナ達も危なげなく勝利を収めた。
栄光の剣が戦っている敵は、ジャイアントスライムと呼ばれるものだ。
大きさは三メートルほどにもなり、身体の一部分を変化させて触手のように相手を絡め取る。
掴まったら最後、骨まで溶かす強酸によってドロドロにされるそうだ。
二匹のジャイアントスライムを倒した五人は、スライムの頭脳であり心臓でもある核石を取り出して喜び合った。
「見てみろよこの大きさ。スライムでもこのクラスならかなりの値段になるぞ」
「やったなリベルト、アタシら専用の一軒家を購入するのも夢じゃないぜ」
「ああ、ここはまさに宝の山だ。俺達は運が良い」
五人がスライムの核を見つめてニヤニヤしている。
当初は緊張のあまり震えていた彼らだったが、この島の価値に気がついてからは率先して敵と戦っていた。
おかげで儂らホームレス組は出番がなくて暇をしていた。
「出番がないのは良いこと。その間ずっと寝られる」
「あってもなくてもいつも寝ているだろうが。ところで周囲の警戒は怠っていないだろうな」
「無論。ペロの嗅覚とエルナの聴覚に私の索敵によって、強力な敵の接近はすぐに分かる。今のところはドラゴンらしき反応はない」
リズの言葉を受けて儂はうなずく。
この島の最たる驚異は上位ドラゴンだ。
遭遇した場合、さすがの儂らでも勝てるかどうか分からない。
◇
初日は切り立った山の上で野営をすることにした。
儂らはリズの闇雲で先に山頂に登って野営の準備を行い、リベルト達には自力で垂直の岩壁を登らせる。
今の彼らなら一時間以内で登り切ることができるだろう。
ちなみに早く到着した者から先に食事ができると言ってある。
最下位は下手をすると食事抜きだ。
「うーむ、何度見ても大粒だな」
腕輪から取り出したのはこの島の海岸で見つけたハマグリだ。
大きさは二十センチほどもあり、貝殻の表面は光沢を帯びた縞模様だった。
あまり時間がなかったので十個ほどしか獲れなかったが、汁の具材にするなら十分の大きさと量だ。
その他にも十センチほどのアサリが数個と、岩肌にあったのを見つけた四十センチほどの岩牡蠣を十個確保している。調理前でも見ているだけでよだれが出てしまいそうだ。ジュルリ。
とりあえずハマグリは醤油とバターで網焼きに、アサリは汁物に、牡蠣はフライにでもするとしよう。もちろん他にも色々と作る予定だ。
「あまり遠くが見えないね」
「そうだな。山に登れば島の大きさが分かると思ったのだが」
ペロが遠くを見ながら残念そうな表情だ。
あいにくどこも霧が出ていてよく見えない。
明日には一望できると良いのだが……。
調理を開始してたった十分ほどで一人目が登頂を果たした。
予想通り一番乗りはティナだ。
「今のアタシにはこんなの朝飯前。早く師匠達みたいに飛べるようになりたいっす」
「うーん、お父さん達のような特殊な進化をしなくちゃ難しいかな。大丈夫、僕も飛べないけど、なんとかなってるよ」
「でもアタシはいつか大空を舞いたい。ペロ様も諦めるのは早いっす」
「……それもそうだね。次の進化で飛べるようになるかもしれないし」
ティナはペロと楽しそうに会話をしながら食事ができるのを待つ。
十分はいくらなんでも早すぎだ。料理がまだ何もできていない状態である。
儂は仲間に手伝ってもらいながら、パン粉を付けた大ぶりの牡蠣を油の中へと投入した。
じゅわわと心地よい音が響く。
「ふぅ、思ったよりも手こずっちゃったわ」
二番手にドミニク――じゃなくキャサリンが到着した。
時間はだいたい二十分ほどか。かなり早い。
「大丈夫?」
「レイラも無理していないか」
「ふふ、私は大丈夫よ。ちゅ」
遅れてリベルトとレイラが到着する。
二人は恋人らしく励まし合いながら堅実に登ってきたらしい。
ただ、師匠の前でキスをするのは羨ま――けしからんな。
調理を始めて三十分でほぼすべての料理が完成した。
それぞれが食事を始めると、満面の笑みで歓喜の声を漏らす。
この島の貝はどれも大きくて味が濃厚だ。
特に牡蠣は格別。噛んだ瞬間に強烈な旨味の拳が脳みそをアッパーするのだ。
加えてお手製のタルタルソースと相まって至高の一品となっていた。
白米と一緒にかき込めば、我が生涯に一片の悔いなしと叫びたくなる。
「なぁ、ずいぶんと遅くないか。あのマーガでも、山頂に着いていてもおかしくない頃だ」
リベルトの言葉に儂は懐中時計を確認する。
すでに一時間と数分。確かに遅いな。
料理は十人で満足できるほどに作ってはあるが、もし途中で何らかのトラブルに遭っていたら時間の問題ではない。
するとリベルトが立ち上がって剣や胸当てなどの装備を外す。
「師匠、俺が確認してきます。もし何かあれば、その時は仲間のことをよろしく頼みます」
「丸腰でゆくつもりか? 敵がいるかもしれないのだぞ」
「ご心配には及びません。ナイフを持っていきますし、いざとなればマーガだけでも助けます」
彼は軽快に岩壁を降り始める。
仲間の為に身体を張れる実に良いリーダーだ。
確かに実力だけならティナが一番だろう。
しかし、人を率いる器は彼にあるのだ。
「エルナ、二人の様子を見てきてくれ」
「私? 別にかまわないけど……フレアとかリズの方がこう言う環境での戦いに向いているんじゃないかしら」
「あえての指名だ。マーガレットに実力を認めさせる良い機会ではないか」
「それもそうね。この島に来てからも活躍できてないし、ちゃんと認めてもらった方が後々苦労もなさそうだし」
ふわりと舞い上がったエルナは、リベルトを追いかけて降下した。
◇
岩壁に生えたツタが両手両足に巻き付いて放そうとしない。
しかもツタには鋭いトゲが生えていて、私の身体に食い込んで皮膚を貫いた。
「あぎっ!? なんなの、これ! 誰か、誰か助けに来て!!」
声を振り絞って呼びかけるが、山頂からは何の返事もない。
私がこんな目に遭っていると言うのに、四人とも食事にありついて喜んでいるんだわ。
だいたいこんな修行を思いつくエロ田中が最悪だ。
あいつはいつも馬鹿じゃないのって言いたくなるような過酷な修行ばかり出してくる。
たぶん頭の何かが外れてるのね。間違いないわ。
それに何を考えているのか分からない感じでふらふらしてるし、暇さえあれば私の胸やお尻をニヤニヤ眺めている。
あれが本当に強いのか疑問を抱かずにはいられない。
あとはエルナとか言う魔導士エルフ。
恐らくあの女が田中に私をいじめるようにって言っているのよ。
実は私は知っているの。あの女が初級魔法しか使えないポンコツ魔導士だって。
パーティーで大きな顔をしていられるのも、リーダーの田中とデキているからに違いない。
身体でたらし込んで今の地位を確立したと私はにらんでる。
だってそうでしょ。一ヶ月も船酔いで寝込むなんてあり得ない。
私に魔法を見せたくないから隠れていたに決まってる。
すぐに化けの皮を剥いでやるわ。あのクソエルフ。
ミリミシと私の両手にツタがさらに食い込む。
岩の隙間から現れたのは、赤いバラのような頭部をしている植物魔獣だった。
花が開くと、その中から鋭い牙の並んだ口が見える。
ガサガサと言う音に周囲を見ると、同じ魔獣が何匹も壁を這い上って私に向かって近づいていた。
これじゃあいい獲物だ。どうにかしないと。
「私を簡単に食べられると思うな! フレイムボム!」
手首の可動域を限界まで使って、魔法を食らわせてやる。
植物というだけあって炎には弱いようだ。
直撃した一匹が炎に包まれて地上に落下した。
この調子で他も片付けてやる。
伊達に死線を超えてきてないのよ
「あぎっ!?」
鋭い痛みと共に太ももに何かが絡みつくのが分かる。
うかつだった。見えない真下にももう一匹いたらしい。
螺旋を描きながらツタが上がってきていた。
「植物のくせにいやらしい! 変態! 絶対燃やしてやる!」
ジタバタと暴れてはみるけど、ツタが外れる様子は見られない。
周囲の敵もツタを伸ばして私の身体に潜り込ませる。
ほんと最悪。こんなところでこんな敵に殺されるなんて。
思えば私って昔から運が悪いのよね。
借金作った父親は逃げるし。
お母さんは過労で死んじゃうし。
初めての彼氏は暴力男だったし。
汗水働いて稼いだ金を、数年ぶりに現れた父親が全部かっさらっていったし。
二人目の彼氏はドMのド変態だったし。
住んでいた借間は火事になるし。
師事した魔導士の師匠には才能がないって見放されるし。
ようやく心から好きになれた相手も男(女)に奪われるし。
しかもその男(女)が私よりきれいだし。
「ううっ……もういや、私の人生ってなんなのよ! 幸せになりたいだけなのに!」
あふれ出る涙が視界をぼやけさせる。
「マーガ! 大丈夫か!?」
声に見上げると、岩壁をするすると降りてくるリベルトがいた。
どうして来たの? 私は貴方にとってただの仲間でしょ?
「くそっ、どけ! マーガに手を出させないぞ!」
「もういい! 私のことは放っておいて!」
「何を言っているんだ! そうか、こいつらの毒にやられているんだな!」
リベルトはナイフでツタを切りながら一匹ずつ始末してゆく。
かつての彼なら手こずっていただろう。
今のリベルトは見違えるほど逞しく、岩壁から岩壁へ飛び移りながら善戦していた。
最後の一匹を倒してしまうと、私の手足に巻き付いたツタを切断して微笑んだ。
「無事で良かった」
卑怯だ。ズルイ。
仲間に徹しようと思ってたのに、これじゃあもっと好きになってしまう。
彼は背中に掴まれと言って私を強引に背負ってしまった。
まさかこの状態で上がるつもりなの?
いくらなんでも無茶だわ。私は自分で上がると言って止めた。
「いい修行になると思わないか? 確かに俺はティナやドミニク――じゃなくてキャサリン。それにレイラにも力では敵わないかもしれない。でもそれは今の話だ。これから先、俺がもっと強くなれないとは限らないだろ」
「可能性を感じているのね……」
「ああ、俺はもっと強くなれる。田中さんやエルナさんを見て、また自分を信じられるようになったんだ。田中さんは言っていた。諦めたらそこで試合終了だと」
諦めないか……私にもまだ可能性はあるのかな。
ふと、遠くの空に動くものが見えた。
どうやら翼竜の群れのようだ。
「あれ、こんなところに穴なんてあったか?」
リベルトの言葉に私は背筋が凍り付いた。
よく見れば登っている岩壁には無数の穴が開いており、中からは翼竜の雛らしきものが鳴き声を上げて顔を出していた。
じゃああの群れはここに戻ってきている?
「リベルト、早く上がらないと餌になるわ!」
「分かってる。これでも急いでいるんだ」
翼竜が私達の周囲を飛び回って威嚇する。
体長は二メートルほどで頭数は百を軽く超える。
絶体絶命のピンチだった。
「多重フレイムボム!」
空から降りてきたのは美しい羽を広げたエルフだった。
私達に群がろうとする翼竜は、あっという間に爆炎に包まれて落下してゆく。
優雅な飛翔はまるで蝶のようで、私は伝説にきく妖精なのではと思ったほどだ。
「二人とも無事?」
「はい。エルナさんが来てくれたおかげで助かりました」
「じゃあ私がつゆ払いをするから、二人は山頂を目指して」
私達はそれから二十分かけて山頂に達した。
◇
「エルナ師匠! 今までの非礼をお許しください!」
マーガレットがエルナに土下座する。
どうやら儂の予想通りの効果があったようだ。
「顔を上げて。私はなんとも思ってないから」
「いいえ、素晴らしい魔導士であるエルナさんを、ずっと無能だと思い込んでいた私は愚かでした! 田中をたらし込んで身体で今の地位を手に入れたと! そんな考えに至った自分自身が恥ずかしい!」
「やめて。私の心が悲鳴をあげているわ」
別の意味でダメージを受けているエルナは額を押さえて後ずさりした。
ちょっと待て、堂々と儂を田中呼ばわりしていないか。
実に失礼である。修行をもう少しきつくするべきだろうか。
「マーガ、ほら一緒に食事をしよう。三人とも俺達の分を残してくれているんだ」
「ありがとうみんな」
ティナ、ドミニク――じゃなくキャサリン、レイラは微笑む。
結果的に結束力が強まったようだ。
おっと、そろそろアレを彼らに飲ませないとな。
「五人とも、食事が済んだらこれを飲め」
「これは?」
「飲めば分かる」
儂は五人にセイントウォーターをコップに入れてそれぞれ渡す。
今まであえて飲ませていなかった。
理由は単純で、五人同時に進化させたかったからだ。
もし一人だけ先行して進化をしてしまうと、能力の違いに悲観する者が出てくると思ったからだ。それに儂としても修行メニューを考えるのが面倒になる。
なので今まで一滴も飲ませていなかったのだ。
「では……」
五人が水を一気に飲み干した。
次の瞬間、儂の視界に進化の選択肢が出現。
もちろん五人ともだ。
進化の選択肢が出るのは主導権を握る人間――チームのリーダーが行う。
なんでも進化自体が希なことなので知る人ぞ知ると言う話らしい。
リベルトに聞くまでは全く知らなかったことだ。
儂は五人と相談をしながら進化先を選択。
彼らはわくわくした表情で眠りへと落ちていった。
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