百四十六話 禁断の島
リヴァイアサンとの遭遇後、船は予定していた航路を外れ、真東へとひたすら直進する進路をとっていた。
「やーねもう、潮風ってお肌が荒れちゃうわ」
「ドミニクは肌が綺麗なのが自慢だものね。はいこれ、私の保湿液よ」
「ありがとうレイラ。ところで何度も言うようだけど名前はキャサリンよ、キャサリン」
「そうだったわね。ごめなさいドミニク」
甲板では槍使いのドミニクと大盾使いのレイラが座り込んで会話をしていた。
声だけを聞けばまるっきり女同士の会話にしか聞こえない。
いや、彼女達は女性なのだ。ついつい肉体の性別で判断をしようとしてしまうのは儂の悪い癖だな。
最近ようやく気が付いたのだが、ドミニクとレイラは肉体だけを言えば男性のようだ。分かりやすく言うのならオカ……おっと、誰か来たようだ。
「レイラ、ちょっと話があるんだ」
「良かった。私も貴方に話をしようと思ってたところなの」
レイラがリベルトに駆け寄って抱きつく。
端から見ればただの恋人同士にしか見えない。
実際、この二人は付き合っているそうだ。
紆余曲折はあったもののリベルトはレイラを受け入れ、彼女もまた彼を受け入れたと言うことらしい。
「なぁ、誰か田中師匠がどこにいるか知らないか? ずっと探してるけどどこにも見当たらないんだ」
「もういい加減に諦めたらどうなのよ。修行をしたいならフレアとかリズがいるじゃない。ああでもペロ様なら私も指導は受けたいかな。あの方は気高く心が広いお優しい方なのよ。田中とは違って」
「おいマーガ、師匠達を呼び捨てにするな。特に田中師匠を」
儂を探して甲板へとふらりとやって来たティナとマーガレットだったが、すぐににらみ合いを始める。裏でマーガレットに呼び捨てにされていることは知っていたが、ずいぶんと憎しみの籠もった言われようだ。
だが、それは儂の狙い通りとも言える。
弟子に鞭を振るうのは基本的に田中真一の役目だ。
フレア、リズはその補助を担っているので半鞭役。
一方でペロは飴のようなものだ。弟子達に優しく振る舞い気遣いを見せる。
エルナは……ダウン中なので特に役割は決めていない。
とまぁそんな感じで指導をする上での振る舞いを決めていたりする。
「まぁまぁ二人とも喧嘩は止めよう。田中師匠なら俺も見てないよ」
「私も今朝から見かけていないわ。またどこかで隠れてお食事でもされているのかしら」
リベルトとレイラがそう言うと、ティナは船の端に腰を下ろして足をブラブラさせる。その顔はオモチャを買ってもらえなかった子供のように、つまらないという気持ちがありありと浮かんでいた。
「なんだリベルト達も知らないのか。せっかく師匠に新技を見てもらおうと思ったのにさ」
「それは興味あるわね。今回はどんな技を考えたのかしら」
「お、ドミニクはアタシの新技を見たいの!? じゃあ今から見せるよ!」
ティナは船の端から飛び降りて拳をドミニクに向かって構えた。
すると彼女の身体から見覚えのある赤いオーラが放出される。
まさかこの娘、超人化スキルを会得したのか!?
「ティナ式コークスクリューアッパー!!」
真上に拳を突き上げた次の瞬間、ティナの周囲に渦を巻く風が発生した。
四人は吹き飛ばされ儂は咄嗟に身構えて踏みとどまる。
「いたたた、やりすぎよティナ。びっくりしたじゃない」
「ごめんごめん。つい力が入ったよ。で、アタシの新技どうだった?」
「見たところ技スキルって感じじゃないみたいね。原因はその赤いオーラかしら」
スキルのスイッチをOFFにしたティナは、満面の笑みでドミニクの質問に答える。
「さっすがドミニク、よく分かったな! そうそう、この超人化スキルって言うのが力を何倍も高めてくれているみたいなんだよ!」
「ドミニクじゃなくてキャサリン。でも超人化スキルなんて大成果じゃない。ヒューマンにのみ会得できるって噂のレアスキルだもの。あの田中さんもさすがに持っていないスキルじゃないかしら」
「え? 師匠は超人化改ってスキルを持ってるって聞いたよ?」
「……嘘でしょ? あの人、一体いくつスキルがあるのかしら?」
ティナ以外の四人は呆れた様子で肩をすくめる。
彼らの中では、儂が多数のスキル保有者であることはすでに常識となっているようだ。もちろんどのようなものを持っているのかは詳しく教えていないので、色々と謎の多い人物という認識のはずだ。
反対に儂は解析スキルがあるので、五人のステータスは完璧に把握している。
さすがに先ほど取得したスキルなどは知り得ないがな。
ティナは満足したのか再び船の端に腰をかけた。
「早く師匠に新技を見せたいなぁ。どこにいるんだろ」
「ふーん、ティナは田中さんのことが好きなのかしら? ずいぶんと懐いているわよね?」
「ドミニクとかってすぐにそう言う話にしたがるよね。だいたいアタシは恋愛感情なんてよくわかんないし。普通に尊敬する師匠だと思ってるよ」
「そうなんだ。でもあんたよく弟子入りをしようって思えたわよね。前々から誰にも教えなんて受けないって言ってたじゃない」
ドミニクの言葉にティナははにかんで頭をポリポリと掻く。
どこか恥ずかしそうな雰囲気だった。
「アタシ、格闘系の道場に通ってたことがあるんだ。そこの師匠がスパルタでね、アタシはすごく強い人なんだって信じて付いて行ってたんだ」
「そりゃあ弱い相手に教えを受けられないわよね。私も槍を教わった方は誰よりも最強だと信じてたもの」
「うん。でさ、アタシはふと思ったんだ。師匠はどれくらい強いんだろうって。ある日、ちょっとしたおふざけで師匠を殴っちゃったんだ。すると一撃で気絶しちゃって、その時にアタシの中で尊敬の心は崩れちゃった。冷めたって言う方が正しいのかな」
ティナは足をブラブラさせながら苦笑いする。
彼女の気持ちは理解できる。自分より強いと思っていたからこそ尊敬できていたのだ。それが弱かったなどと知れば失望するのは当たり前。よくある話だ。
「だからアタシは誓ったんだ。自分より強い相手にしか師事しないって」
「じゃあ田中さんはあんたのお眼鏡にかなったってこと?」
「そう言う言い方は止めてよ。アタシは本能で田中師匠が強いって分かっただけさ。あの人は誰よりも強い。もしかすると全種族の中で最強かも。それに今まで散々あの人の噂も耳にしていたし、疑う余地はないって思ったんだ。今度こそ信じてもいい相手だと」
「それって恋に似ているわね。それも一目惚れ」
「ほんとドミニクってそう言う話が好きだなぁ。でも近いかも。アタシは田中師匠の強さに惚れたんだと思うよ。あ、もちろんペロ師匠だって尊敬してるよ。あの人は私と同じ戦闘スタイルだから目標にしてるし」
「ああ、いいわぁ。そのうら若き乙女の清らかな心。しかも二人の男の間で揺れ動く心はまさに青春ね。私もこの身体が女なら素敵な恋ができたのに」
ドミニクがクネクネと身体をくねらせて気持ちの悪い動きを見せる。
そこへリベルトが声をかけた。
「ド、ドミニク……」
「キャサリンだっつってるだろうがよぉ! ○○○○引きちぎって○○○を○○○○してやろうか! あ゛あ゛!?」
ぶち切れたドミニクが野太い声でリベルトの胸ぐらを掴む。
その光景に儂はキャサリンを二度とドミニクと呼ばないことを誓う。
「違うってドミ――キャサリン。あれだよあれ」
「お゛ん? あれ?」
リベルトが指し示した方角には陸地があった。
かなり大きく全体像がよく確認できない。
あれが禁断の島なのか。
儂は隠密スキルを解いて舵を取っているバージャの元へと走る。
「え!? 師匠が突然現れた!?」
後方でリベルト達の声が聞こえたが、今はそれどころではない。
バージャはパイプ煙草を吹かしながら遠方に見える島に目を細めていた。
「バージャ、あれが禁断の島か?」
「多分にゃ。上陸してみねぇと何にも分かんねぇが、リヴァイアサンとやらなら色々と知ってんじゃねぇかにゃ」
その時、船の真横から巨大な何かが姿を現わした。
エメラルドグリーンの鱗に頭頂部から背中にかけて生える白いたてがみ。鼻の下には二本の長い髭が生えており、縦長の瞳孔がこちらを見ていた。
とんでもなくでかい龍だ。
儂はとんでもない勘違いをしていたらしい。
リヴァイアサンとは魚類ではなくドラゴン種だったのだ。
「あれが神樹様の島だ。ここから先は貴殿らのみで行くがいい」
「ついてこないのか? まだ島まではかなりの距離があるぞ?」
「すでに肉眼で確認できる位置にまで来た。これ以上我輩が案内をする意味はあるまい。島を護る海の民には貴殿らのことは伝えている。遠慮なく島に踏み入れ」
彼はそう言ってから海中に顔を沈めてゆく。
儂は慌ててリヴァイアサンに質問した。
「神樹は島のどこにいるのだ!? 儂に会いたいと言う人物は誰なのだ!?」
「かの方は島の中央に御座す。答えは己の中にすでにある。今一度、記憶を辿るがいい」
それっきりリヴァイアサンの声は聞こえなくなった。
答えは儂の中にあるだと? ならば会ったことのある人物か?
思い返してみるがそれらしい者は出てこない。
「なやんでも仕方がない。行けば分かるか」
「そう言うことだにゃ。てなわけで最大船速で島に向かうにゃ。帆を全て開くにゃ」
「了解だニャ! 島にれっごーニャ!」
船員とレナが指示に従いマストの帆を全て開く。
船は速度を上げ、禁断の島へとまっすぐに向かう。
「真一、島にはお前達だけで行くのにゃ。俺達は沖で待っているにゃ」
「分かっている。長くても一週間以内には戻るつもりだ。もし期限を超えても戻ってこない時は置いて行ってくれ」
「そうさせてもらうにゃ。ただ、二週間くらいは待ってからだと思うがにゃ」
ニヤリと笑うバージャに儂は笑みを浮かべた。
◇
船を沖に停泊させ、儂らは小舟で島の砂浜から上陸を果たした。
島に来ているのはホームレスと栄光の剣、それにレナが同行をしている。
レナに関しては船で待っていろと言ったのだが、言うことを聞かず付き添いを押し切られた形だ。
どうやら儂らが心配らしい。嬉しいことだ。
まぁ、元軍人の冒険者ならば早々に死ぬこともないだろう。
「はぁ~、空気が美味しいわ。陸地って本当に最高ね。もうここから離れたくない気分」
砂浜に大の字で寝るのは船酔いから解放されたエルナだ。
活き活きとした表情で、あの弱り切っていた彼女はどこにもいない。
「エルナ姉さん、ほらもう行くよ」
「嫌。もう少し休ませてよ。長旅で私の心身はズタボロなの。まだ陸地エネルギーを吸収しきれてないの」
「そんなこと言って、歩くのが面倒なだけでしょ。僕の背中に乗っていいから」
「ペロは本当に良い子に育ったわよね。私の教育のおかげかしら」
へらへらとした表情でペロの背中に乗るエルナ。
だいたい陸地エネルギーとはなんなのだ。聞いたこともないぞ。
「ペロ様のお背中に……くっ、なんて羨ましい」
フレアは親指を噛んで嫉妬の炎を目に宿らせていた。
一方でリズはと言うと、いつも通り闇雲に乗って熟睡中だ。
やはり何度見ても不思議だ。寝ながら移動ができるなど。
「師匠、俺達はどうすれば良いでしょうか」
リベルト率いる栄光の剣はぴりぴりとした空気を漂わせている。
別に船に置いてきても良かったのだが、せっかく上位ドラゴンがいると言う島に来たのだ。ここでもしっかり修行をつけてやった方が良い経験になるだろう。
儂は金属操作スキルで、彼らのはめていた輪っかを外してやった。
「すごく……身体が軽い。変な感じだ」
「自分達の身は自分達で守るつもりでいろ。もし儂らが全滅した時は、助けずにすぐに逃げるのだ。いいな」
「はい。師匠の期待に添えるように精一杯努力します」
五人は儂らに一礼した。今の彼らなら足手まといと言うことはないだろう。
それどころかこの島にいる間に、第二の進化に至るかもしれない。
実は彼らの活躍をかなり期待しているのだ。
「この島、変な島だニャ。魔石がごろごろ落ちてるニャ」
レナが浜辺に生えている魔石の柱に眼を見開いていた。
彼女がそう言いたくなるのも無理はない。
上陸した浜辺は非常に綺麗な場所だが、岩や砂から無数の魔石の柱が生えているのだ。それも属性など関係ないとばかりに、炎、水、風、土などの色とりどりの石が目につく。
一言で言えば異常だ。
この島は様々な属性の魔力が入り乱れていると言うことである。
「準備はいいな? 行くぞ」
儂らは浜辺から生い茂る森へと足を踏み入れた。
目指すは島の中央にいると言う神樹の元だ。
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