百四十四話 いざ外洋へ


「どうだにゃ。ザニャス家の新しい船は」

「以前よりも大きくなっていて速く進みそうだな」


 儂は新しい船と船員による積み込み作業を眺めながら頷く。

 隣ではバージャがパイプをぷかぷかさせながら同じように眺めていた。


 港に停泊する船は地球で言うところのキャラック船――つまりは中型帆船だ。

 某映画の黒真珠号をイメージすると分かりやすい。

 一応だが砲門もあるようで海戦を想定された造りとなっている。

 なんでもこの辺りでは海賊が度々出没するらしいのだ。

 魔獣の群れも船を襲うことがあるらしく、漁師は常に戦いの備えをしておかなければならないそうだ。


「っつ! うぎぎぎっ! あぎぎぎっ!」

「もう無理ぃ! こんなの耐えらんない!」


 船員に交じって荷物を運ぶのはリベルトとマーガレットだ。

 二人は汗をかきながら必死の形相で木箱を抱える。

 ただし、その歩みは遅々としていて、船員が二往復できる頃にようやく目的の場所に運び終えていた。


「納得できない! どうして私達がこき使われなきゃいけないの!?」

「まぁまぁ、落ち着いてマーガレット。これも修行の一環と思えば……」

「これが修行!? あいつらに都合良くこき使われるのが修行だって!?」


 運び終えたマーガレットが船の上で文句を言っていた。

 しかも儂を含めた大勢に聞こえるほどにだ。

 怒りの収まらないマーガレットは、リベルトの胸ぐらを掴んで怒りをヒートアップさせる。


「それもこれもあんたがあいつらに、弟子入りしようなんてクソみたいなことを言い出したのが原因なんだよ! なにが田中真一さんはすごい~だ! お前のバカさ加減がスゲェよ!」

「ちょ、マジで落ち着けってマーガレット。みんなが聞いてるぞ」

「知るか、好きなだけ聞かせてやれよ! だいたいてめぇは独断と偏見でチームを引っ張りすぎるんだよ! 誰がマスター級になりたいって言った!? 一言もそんなことを言ってねぇだろ!? 私は贅沢三昧で良い男を侍らせればそれで良いんだよ! この、この、この!」

「あべっ、ぶべっ、ふぐっ!」


 怒り狂うマーガレットはリベルトの鳩尾を何度も抉るように殴る。

 その様子を見ながらバージャは笑っていた。


「活きの良い奴らにゃ。ありゃぁ長生きするにゃ」

「だろうな。どれ、そろそろ儂も手伝いに行くか」


 立ち上がったところで、木箱を抱えたティナが駆け足で寄ってきた。


「師匠! これ、どこに持って行けばいいっすか!」

「それは砲弾だから砲門の近くに置いておいてくれ。後で船員が倉庫に入れてくれるそうだ」

「了解っす! おらおらどけどけ! ティナ様のお通りだい!」


 しゅぱぱと効果音がつきそうな足の軽さで彼女は船へ向かった。

 ドミニクとレイラもさほど重さを感じていない様子で、荷物の積み込みを手伝っている。


 五人にそれぞれ差が出始めたのは修行を始めた三日目だった。

 リベルトとマーガレットは見ての通りと言った感じで初日とたいして変わらない。

 ドミニク、レイラに関しては、すでに器具の重さを克服しつつあった。

 ただ、ティナは克服どころか、付けていなかった頃よりも力が増していた。

 なにせ彼女は器具を付けた次の日には普通に動き回っていたし、自ら儂やペロに組み手の相手をお願いしてきたほどだ。

 こう言って片づけるのはあれだが、やはり資質と才能だろうか。


 ちなみに五人の種族はハイヒューマンだ。

 特級やマスター級冒険者ともなると、一つ上に進化している者は結構いる。

 さすがに二回目の進化を迎える者は片手で数えるほどらしいがな。


「お父さん、砲弾は砲門の近くに置けば良かったよね?」

「詳しい場所はティナに聞くといい」


 ペロは砲弾の詰まった木箱をそれぞれの肩に二つ担いでいた。

 後ろにいるフレアも四本の腕で同じ数を担いでおり、二人は危なげなく甲板に上がって行く。

 そろそろエルナも来る頃だが、まだ出発に手間取っているのか。


「ごめん。子供達の相手をしていたら遅くなっちゃった」


 エルナがリズを背負って港にやって来た。

 横には母親と幼い弟や妹を引き連れたレナがいる。

 儂はリズの顔を覗き込んで様子を確認した。


「まだ終わらないようだな。仕方がない、そのまま船室に運んでやれ」

「分かったわ。それじゃあみんなまたね」


 彼女が子供達に手を振るれば、レナの幼い兄弟達は「またねエルフのお姉ちゃん!」と返事をして笑顔で見送る。

 ザニャス家に泊まった数日の間に、すっかりエルナは子供達に気に入られていた。

 マーナでもそうだが彼女は子供によく好かれる。

 本人も子供好きと言っていたくらいだから打ち解けるのは得意なのだろう。


 一方のリズだが。本日の早朝に進化を始めた。

 進化の結果予想は原初人もしくはフレアの種族であるノヴァニアとなっていたが、今までのことを考えると必ずしもそうなるとは限らない。また別の何かに進化する可能性は十分に考えられた。一応、本人との話し合いでノヴァニアを選択したが、リズは若干不満そうな顔をしていた。

 不機嫌な理由を聞くと「四本腕はフレアとキャラがかぶる」とかなんとか。

 とまぁそんなわけでリズは進化中なのである。


「積み込み完了! 副船長がいつでも行けるって言ってたよ!」

「ん? ああ、そうなのか。手伝えなくてすまなかったな」

「全然問題ないっす。その代わり航海中はビシバシ鍛えてもらうっす」


 ティナは天真爛漫な性格ではあるが、教えを受ける姿勢は五人の中で一番だった。

 もしかすると過去にも、誰かから師事を受けたことがあるのかもしれないな。

 彼女は「押忍」と言って一礼すると、しゅたたたと船へと走り去って行く。

 元気が良くて見ていて気持ちの良い相手だ。


「そんじゃぁ出航するにゃ。全員、船に乗り込めにゃ」


 煙草を吸い終えたバージャが、重い腰を上げて旅立ちの時を知らせる。

 儂らが船に乗り込むと帆が広げられ、船はゆっくりと港から離れ始めた。

 レナは甲板でザニャス家の幼子達に手を振っていた。


「行ってくるニャ! お土産を楽しみにしててニャ!」

「ちょっと待て、どうしてお前がここにいる?」

「真一は何を言っているニャ? 私も一緒に行くに決まっているニャ」

「え?」

「え?」


 首を傾げるレナに儂はそんなやりとりをしただろうかと同じく首を捻った。

 別に彼女が来たところで困ることはない。

 バージャが許可を出したのだからむしろ都合が良いのだろう。

 だったら儂がとやかく言う筋合いはない。船長はレナの父親なのだ。


 船は追い風によって遥か水平線の向こうを目指して加速を続ける。

 サラスヴァティーから次第に離れて行き、気が付けば見えなくなっていた。


「もう勘弁してくれよ! へぐっ!?」

「ざけんなっ、この程度で許してもらおうなんて甘いんだよ! 魔導士が遠距離しかできねぇと思ってんだろ!? あいにくてめぇをぶちのめすくらいの力はあんだよ! おらっ、おらっ、おらっ!」


 未だにリベルトとマーガレットの喧嘩は続いていた。

 一方的なものではあるがな。いつものことなのか他の三人は見て見ぬフリだ。

 それにしてもマーガレットへの認識を改めなければならないな。

 器具など関係ないとばかりにしっかり動けている。

 あの調子なら次のステップに移っても大丈夫かもしれない。


「すごい弟子だニャ。唾を吐きかけられてるニャ」

「魔導士の彼女はあまり怒らせない方がいいかもしれん」

「まったくニャ。弟子まで変なんてとんでもないパーティーニャ」

「どう言う意味だ?」

「自分の胸に手を当てて考えてみるニャ」


 レナは意味深な言葉を残して船室へと歩いて行った。

 言われた通り胸に手を当ててみるが、思い当たることは浮かんでこなかった。



 ◇



 サラスヴァティーの港を出て一週間が経過した。

 船は諸島を経由しながらも真東へと移動を続けている。


 島々には主に獣人が住み着いているが、意外にも他の五種族の姿もちらほら見かけた。

 バージャに詳しい話を聞けば、かつてヒューマンの統治時代に地球で言うところの大航海時代があったそうだ。六種族はこぞって外洋に進出し、土地と資源の確保に躍起になっていたのだとか。

 しかし、それも終焉を迎える。世界大戦の始まりだ。

 戦いは大陸全土にまで及び、戦火を逃れる為に多くの人々は船に乗って島々に逃れたのだという。結果的に大戦は五種族で構成された連合軍が勝利を収め、島に避難をしていた人々も大陸へと帰還した。

 だが、戻らなかった者達もいた。

 彼らは祖国を捨てて島に定住することを決断したのだ。

 現在、島々で生活を営んでいる人々はそんな者達の子孫なのである。


 どこの島の住人も儂らを快く迎えてくれた。

 今でこそ原住民ではあるが、元を辿れば同じ大陸に同じ国に住んでいた同胞である。彼らにとっては遠い親戚が来てくれたような感覚だったに違いない。


 儂らは住人に積極的に大陸での情報を渡すなど積み荷の一部を分け与えた。

 と言うのもわざわざ島に寄ったのは情報収集が主な目的だからだ。

 禁断の島について彼らが何か知っているのではないかと期待してのこと。

 結果を言えばいくつか収穫があった。

 まず遥か東には近づいてはいけない海域があること。

 海の住人に遭遇した場合は、決してこちらから攻撃してはいけないこと。

 人間では倒すことのできない怪物が外洋には潜んでいること。

 他にもいくつかあったが、この三つが重要な情報であると儂は考えていた。


 そして、現在の船は予定進路の四分の一を消化していた。


「師匠、もう勘弁してください! マジで死にますって!」

「まだまだ。このくらいでへばっているようでは栄光の剣の名が泣くぞ」

「絶対にそんなことないですって! 俺、鎧着て数キロ泳いでますよ!?」


 腹にロープを巻かれたリベルトは、バタフライをしながら懸命に船を追いかけていた。

 ロープの端を持つのは真上で飛行する儂である。

 彼には修行としてフルアーマーの状態で、十キロを目標にして泳がせている。

 かなりハードな内容ではあるが、この世界の人間は地球とは違って色々と恵まれていたりする。きつめにしないとトレーニングにすらならない場合だってあるのだ。

 実際、ハイヒューマンである彼らは腕立て伏せを軽く一万回こなす。

 すでに器具は負荷にすらなっていないのだ。


「もう無理です! さっきから頭にちらちらお袋の顔がよぎるんですよ!」

「止まっていいぞ。ちょうど十キロだ」

「やった! 早く、早く引き上げてください! お願いします!」


 ロープを引っ張りあげ、海水に滴ったリベルトを船の甲板に降ろす。

 そこには同じ格好で倒れている三人の姿があった。

 特にマーガレットは、目の焦点が合わず口の端から涎を垂らして呆然としていた。


「よーし、今日の修行はここで終わりだ。各自好きにしろ」


 儂がそう言っても四人は倒れたままその場から動かない。

 そこへパンを囓るティナがやってくる。


「師匠、もう修行終わりっすか?」

「今日はな。お前、また食料庫からパンをくすねたのか」

「どうして運動の後ってこんなに腹が減るっすかね。アハハ」


 相変わらずティナだけはタフだ。

 他の四人は食事をする元気もないだろうに。


「でもパンだけじゃ満足できないっす。ここはいつもみたいにリズさんにお願いっすね」

「呼んだ?」


 ティナの声にリズがどこらともなく現れる。

 今の彼女は儂ですら姿を見つけられない隠密性を有している。

 突然に現れると心臓に悪いことこの上ない。


「リズさん、今日も大物希望でお願いっす」

「分かった。可愛い弟子の為に一肌脱ぐ」


 リズの周囲に闇が生まれ、それは煙の如く上へ上へと膨らみながら成長してゆく。

 船の上空で一つの大きな丸い塊ができると、無数の触手のような闇が塊から伸ばされ、次に次に海の中へと入れられる。

 触手は海中で生き物を捕らえると甲板の上に放り投げた。

 あっという間に数匹の大型魚が捕獲されてしまった。


「やっぱりすごいっすねリズさんの闇雲! 私も欲しいっすよ!」

「ダークヒューマンに進化すれば手に入る。もしくはダークネスディメンショナーになれば闇雲使い放題」


 リズは新しい強力な種族へと進化を遂げた。

 儂はそっと解析スキルでステータスを覗いてみる。



【分析結果:リズ・シュミット:シュミット家の三女。少し前まで船酔いで苦しんでいたが、最近は慣れてきた為に船旅を満喫している。ティナに頼りにされるのが少し嬉しい:レア度SS:総合能力SS】


 【ステータス】


 名前:リズ・シュミット

 年齢:15歳

 種族:ダークネスディメンショナー

 職業:冒険者

 魔法属性:水・闇・邪

 習得魔法:アクアボール、アクアアロー、アクアウォール、アクアキュア、シャドウ、ディザイアボ-ル

 習得スキル:超忍術(初級)、斬首撃(初級)、剣王術(上級)、拳王術(特級)、身体強化Z(初級)、覚醒(初級)、視力強化(上級)、偽装(初級)、危険予測(中級)、以心伝心、忍びの器

進化:条件を満たしていません

 <必要条件:超忍術(特級)、剣帝術(特級)、覚醒(特級)、偽装(特級)>



 忍術が超忍術へと進化し、新たに斬首撃と言う技スキルが追加された。

 さらに偽装スキルも新たに加わって、より儂の期待する忍びへと成長を遂げたのだ。

 闇雲に関してだが、以前とは比較にならないほど巨大になっている。

 凝縮したサイズで現在乗っている船ほどもあり、拡大サイズにもなると船が十艘ほどすっぽり収まるほどだ。

 おかげで今では、無風の日には船ごと雲で持ち上げて移動したりしている。

 リズは昼寝ができなくなるので嫌がってはいるがな。


 魚をむさぼるティナを横目に、儂は水平線の彼方を見つめた。



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